聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ

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第30話 新たな組織の立ち上げ

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 アンクティワンが用意してくれた建物。そこに、逃げてくる者たちを受け入れる準備を進めていく。神殿が簡単には手出しできないように、これから万全の態勢を整えていくつもりだ。

 組織の名前は『癒しの協会』となった。協力し合うための会、という意味を込めて。私たちの理念をよく表していると思う。

 私は、組織のトップという新しい役割を与えられた。その責任を全力で果たすことを約束した。

 神殿から逃げてきた女神官たちと、彼女たちを連れてきたアレクシスがやってくる。その日がついに来た。私は覚悟を決めて、彼との『初対面』に備える。



 アレクシスと目が合った瞬間、私の胸に複雑な感情が湧き上がる。懐かしさ、切なさ、そして罪悪感。でも、記憶操作により、彼は私のことを覚えていない。それが、今はかえって救いだった。

「あなたが、ノエラさんですね」
「はい、そうです」
「……」

 アレクシスは私の顔をじっと見つめた。その視線に、何か引っかかるものを感じているようだったが、すぐに首を振る。

「色々と話を聞いています。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 私たちは丁寧な初対面の挨拶を交わした。私だけが、彼のことを覚えている。胸が少し苦しくなったが、それをスルーして自分の仕事に集中する。

「皆さんの安全を確保し、新しい道を歩むお手伝いをすることをお約束します」

 私の言葉に、アレクシスが引き連れてきた女神官たちの表情が明るくなった。不安そうだった彼女たちが、少し安心したようだ。彼女たちの多くは若く、神殿での厳格な規律から解放されて、目に見えて表情が柔らかくなっている。

「それでは、新しい生活を始めましょう」



 アンクティワンが用意してくれた協会専用の拠点は、思っていた以上に立派だった。女神官たちの個室、共同の食堂、そして治療や祈りを行う施設まで完備されている。さすが商人の人脈と資金力は侮れない。

 新しく生活を始めた者たちからは、非常に好評だった。アレクシスからも感謝の言葉が届いていた。

「ありがとう、ノエラさん。これほどまでに整った環境を用意していただいて」
「いいえ、これを用意してくれたのはアンクティワンです。感謝なら彼に伝えてください」
「もちろん、アンクティワンさんにも感謝を伝えました。ですが、ノエラさんの冒険者としての活躍があったからから。それから、熱心なお願いしてくれたと聞いています。それで、アンクティワンさんも動いてくれたと話してくれましたよ」
「そうですね。お願いしたかもしれませんが、些細なことですよ」

 アレクシスと、そんな何気ない会話をする。また彼と一緒に働いている。彼が何も知らない状態で、一から関係を深めていく。とても不思議な感覚だった。



 拠点を整えて、私たちは本格的な活動を開始した。

「協会の目的は、人々の生活を守ることです」

 最初の会議で、私は全員に向けて話した。大広間に集まった女神官たち、アレクシス、そして私の仲間たちに。

「神殿が果たすべき役目を、私たちが代わりに行います。彼らが役目を果たさないのであれば、私たちがその役目を代わりに果たすのです。しかし、決して彼らと敵対するわけではありません。争いは避け、ただ人々を助けることだけに集中しましょう」

 基本的には、冒険者活動の延長のようなものだった。新しい生活を始めた私たちがやっていたような仕事。市民からの依頼を受けて、病気の治療、作物への祝福、魔物退治の仕事をこなしていく。

 冒険者ギルドと協力し合って、お互いの領域を奪ったりしないように依頼を受けていく。神殿から敵意を向けられていることを感じるが、なにか仕掛けてきたりはしない。向こうから仕掛けてくるまで、こちらも何もしない。ただ、依頼を受けるだけ。

 女神官たちは皆働き者で、どんどん依頼を達成していった。彼女たちだけでは難しい依頼があれば、私とエミリー、アレクシスなどが担当する。それで完璧だった。

「ノエラ様、私たちもがんばります!」

 エミリーをはじめとする女神官たちは、神殿にいた頃よりもずっと生き生きとしていた。

 私も彼女たちの修行を見守りながら、一人一人の成長を待った。魔法の使い方に、治癒術の効率、祝福の儀式の作法など、基礎から丁寧に指導していく。

 仕事に修行に、やっていることは神殿にいた頃と似ているが、決定的に違うことがある。

 神殿に居た頃のような、邪魔する者がいない。

 老賢者のような存在がいないことで、全てがスムーズに進んでいく。女神官たちは自分のペースで成長でき、仕事に挑み、市民の要望に素早く応えることができた。

 アレクシスも、私たちの活動に積極的に参加してくれた。記憶操作により過去のことは覚えていないが、彼の真面目で優しい性格は変わっていない。

「ノエラさんの指導は素晴らしいですね。女神官たちがこれほど早く成長するとは」

 彼にそう言われると、なんだか申し訳ない気持ちになる。ただ普通のことをしているだけなのに。私が聖女だったことを知れば、また違った感想を持つかもしれない。だけど私は、その過去を打ち明けるつもりはない。このまま、ずっと。



 アレクシスと女神官たちが抜けた穴は、かなり大きかったようだ。神殿は依頼を受けても失敗し、被害を拡大している。それなのに謝罪もなく、言い訳ばかり。そうしているうちに、神殿の評価は地に落ち、私たちの協会が新たな依頼先の定番として市民に浸透していった。

「神殿には失望したよ。協会の方がずっと頼りになる」
「依頼しても失敗したと言われて、お金だけ奪われて最悪よ」
「病気もちゃんと治してくれるし、お祈りも心がこもっている」
「これからは神殿ではなく、協会だな!」

 協会に対する市民からの評価は、日に日に高まっていった。一方、神殿への不満は募るばかり。聖女が本来担うべき役割が果たされていないのだから、当然の結果かもしれない。

「長い歴史がある神殿が、これほど簡単に役目を終えることになるなんて」

 窓の外を眺めながら、私はつぶやいた。想像していなかった展開だった。

「ノエラ様」

 エミリーが私の隣に来た。

「また神殿から、抗議があったようです。『我々の仕事を奪うとは、何事か』と」
「また、あの連中なのね」

 面倒だけど、トップとして対応しなければならない。仕事を奪ったりしていない。彼らが失敗してしまった依頼を、こちらで引き受けているだけ。

「その連中は、私が対応してくるよ。ノエラさんは、他の仕事に集中して」

 背後から聞こえてきた声に振り返ると、アレクシスが立っていた。神殿の対応は、彼が引き受けてくれるらしい。

「……ありがとう。そうさせてもらいます」

 彼なら大丈夫。神殿の内部事情にも詳しいし、冷静に対応してくれるだろう。彼に任せて、私は自分の仕事に集中することにした。

 人々を助け、守ること。それが私たちの使命。

 新しい組織である『癒しの協会』は、順調なスタートを切っていた。そして私は、この新しい道を歩むことが大事だという確信を持っていた。
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