聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ

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第29話 自分の責任

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 山荘の拠点の居間に、アンクティワンが訪れた。珍しく仲間たち全員が揃った状態で、話し合いが行われることになった。

「大変な状況になったので、皆さんにも話しておきます」

 そう言って、話を始めるアンクティワン。彼の声には、いつもの商人らしい朗らかさがない。ジャメルも眉間に深い皺を寄せて、何か重要な報告を控えているような緊張した雰囲気だった。

「まず、王子からの依頼について」

 彼に任せていたこと。あれからどうなったのか、気になっていた。それを教えてくれるようだ。

「依頼については、なんとか断ることができました」

 その報告に、私は安堵のため息をついた。よかった。面倒な事態は避けられたのね。

「ですが」

 ジャメルが続けた言葉に、私の安堵の気持ちは瞬時に凍りつく。

「王子殿下は、この件で激怒されたようです」
「激怒? 依頼を断っただけで?」

 そんな怒らせるような断り方をしたのか。アンクティワンなら、穏便に済ませるための理由を用意できそうなのに。それでも、彼を怒らせるような何かが起きたのか。

「はい」

 アンクティワンは頷き、苦い表情を浮かべた。

「プライドを傷つけたということで、王子殿下は神殿に依頼されたようです」

 神殿に依頼。その依頼の内容について、アンクティワンが重い口調で続ける。

「依頼を断った冒険者パーティーを……抹殺するように、という依頼を」
「なっ!?」

 唖然とした。言葉が出てこない。まさか、依頼を断っただけでそれほど過剰な手段に出るなんて。理解ができない。それを神殿も引き受けた、というの?

「その話を、若き賢者アレクシスが知らせてくれました」
「アレクシス……!」

 ジャメルの言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。アレクシス。まさか、彼の名前を再び聞くことになるなんて。

 記憶消去の魔法をかけて、二度と関わることはないと決めた人。それなのに、こんな形で彼を巻き込んでしまうとは思ってなかった。

「申し訳ないことを、してしまいました」

 私は顔を伏せた。関わりたくないと思って依頼を断ってしまったから、神殿に話が行き、彼を巻き込んでしまった。これは、私のせい。

「ノエラ様、それは違います」
「エミリー?」

 彼女が私の手を握った。ぎゅっと、力強く。彼女の瞳が光を受けて、純粋に輝いている。私のことを信じている、そんな信頼の瞳。

「あなたのせいじゃありません。悪いのは、そんな依頼を出した人、それを引き受けようとする神殿の老賢者たちです」

 ナディーヌも頷く。肯定の頷き。

「そうです。あなたは何も悪くない。依頼を受けていたら、面倒なことになっていた可能性が高い。それを回避しただけ」

 でも、と私は思ってしまう。私がもっと違う方法を取っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

「それだけではありません」

 ジャメルは、話を続けた。白髪交じりの髭に手を当て、深刻な表情で。

「アレクシスも、神殿のやり方に疑問を持ち、従えないと判断しました。それから、逃亡することを決意したようです。部下の女神官たちを引き連れて」

 その報告を聞いた瞬間、私の口は勝手に動いていた。

「助けましょう!」

 私の声は、自分でも驚くほど力強かった。でも、そのすぐ後に疑問が湧き上がる。

 先に逃げ出した私が助けようなんて、そんな権利があるのだろうか。記憶まで消して、関わりを断ち切ったのに。今になって助けるなんて、彼らがどう思うのか。私のわがままで、誰かの人生を動かしてしまうことになるのでは?

「ノエラ様」

 エミリーが再び私を見つめた。

「あなたは悪くありません。神殿の老賢者たちが悪いんです。そして、ノエラ様は自分がやりたいと思ったことに集中してください。もしも間違っていたのなら、仲間が止めてくれます。ジャメル様やアンクティワン様がいます。だから、心配しないで突き進んで」
「ありがとう、エミリー。わかったわ」

 彼女は何度でも、そう言ってくれる。私は、エミリーの信頼を裏切りたくない。そのためにはどうするべきか。今、大事なことに目を向ける。

 私は深呼吸した。今は後悔することよりも、できることを考えなければならない。アレクシスと女神官たちを無事に助け出すこと。まずは、そのことに集中する。

「アンクティワンたちは、どうするつもり? 考えはある? 私に手伝えることは?」
「逃げ出す神官たちを保護し、簡単には手を出せないような実力を持つ集団を作る。そのために、新しい組織を立ち上げる予定です」
「なるほど」

 アンクティワンが説明を続けた。

「そして、ノエラ様。私たちは、その新しい組織のトップとして、あなたに君臨していただきたいと考えています」
「私が、トップに?」

 信じられない思いで聞き返した。

「新しい組織のトップ。私以外で、もっとふさわしい方がいるのでは? ジャメルの方が知識も経験もある。アンクティワンは交渉術に長けているし」
「いいえ」

 ジャメルが首を振った。

「この中で、飛び抜けて実力があるのはあなたです。その力を示せば、神殿や王家も手出しできないでしょう」
「それに」

 アンクティワンが付け加えた。

「人々を惹きつける力、人の心を動かす力。それはノエラ様にしかない特別な才能です。新しい組織には、そうした求心力が必要なのです」

 私は仲間たちの顔を見回した。みんな、真剣な眼差しで私を見つめている。ナディーヌの瞳には強い信頼の光が、エミリーの表情には期待が、ジャメルの眼差しには確信が見える。

 そうね。私は、自分にできることに集中すると決めた。かつて聖女として人々を助けていたように、今度は新しい形で人々を守っていく。

「わかりました。その役目、引き受けます」

 私の決断に、仲間たちの顔に安堵の色が浮かんだ。

 アレクシス、そして女神官たち。私は絶対にあなたたちを守ってみせる。そして、真に人々のための新しい組織を作り上げてみせる。

 それが、私の新たな責任。私が自分で選んだ道。
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