聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ

文字の大きさ
29 / 41

第29話 自分の責任

しおりを挟む
 山荘の拠点の居間に、アンクティワンが訪れた。珍しく仲間たち全員が揃った状態で、話し合いが行われることになった。

「大変な状況になったので、皆さんにも話しておきます」

 そう言って、話を始めるアンクティワン。彼の声には、いつもの商人らしい朗らかさがない。ジャメルも眉間に深い皺を寄せて、何か重要な報告を控えているような緊張した雰囲気だった。

「まず、王子からの依頼について」

 彼に任せていたこと。あれからどうなったのか、気になっていた。それを教えてくれるようだ。

「依頼については、なんとか断ることができました」

 その報告に、私は安堵のため息をついた。よかった。面倒な事態は避けられたのね。

「ですが」

 ジャメルが続けた言葉に、私の安堵の気持ちは瞬時に凍りつく。

「王子殿下は、この件で激怒されたようです」
「激怒? 依頼を断っただけで?」

 そんな怒らせるような断り方をしたのか。アンクティワンなら、穏便に済ませるための理由を用意できそうなのに。それでも、彼を怒らせるような何かが起きたのか。

「はい」

 アンクティワンは頷き、苦い表情を浮かべた。

「プライドを傷つけたということで、王子殿下は神殿に依頼されたようです」

 神殿に依頼。その依頼の内容について、アンクティワンが重い口調で続ける。

「依頼を断った冒険者パーティーを……抹殺するように、という依頼を」
「なっ!?」

 唖然とした。言葉が出てこない。まさか、依頼を断っただけでそれほど過剰な手段に出るなんて。理解ができない。それを神殿も引き受けた、というの?

「その話を、若き賢者アレクシスが知らせてくれました」
「アレクシス……!」

 ジャメルの言葉に、私の心臓が大きく跳ねた。アレクシス。まさか、彼の名前を再び聞くことになるなんて。

 記憶消去の魔法をかけて、二度と関わることはないと決めた人。それなのに、こんな形で彼を巻き込んでしまうとは思ってなかった。

「申し訳ないことを、してしまいました」

 私は顔を伏せた。関わりたくないと思って依頼を断ってしまったから、神殿に話が行き、彼を巻き込んでしまった。これは、私のせい。

「ノエラ様、それは違います」
「エミリー?」

 彼女が私の手を握った。ぎゅっと、力強く。彼女の瞳が光を受けて、純粋に輝いている。私のことを信じている、そんな信頼の瞳。

「あなたのせいじゃありません。悪いのは、そんな依頼を出した人、それを引き受けようとする神殿の老賢者たちです」

 ナディーヌも頷く。肯定の頷き。

「そうです。あなたは何も悪くない。依頼を受けていたら、面倒なことになっていた可能性が高い。それを回避しただけ」

 でも、と私は思ってしまう。私がもっと違う方法を取っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。

「それだけではありません」

 ジャメルは、話を続けた。白髪交じりの髭に手を当て、深刻な表情で。

「アレクシスも、神殿のやり方に疑問を持ち、従えないと判断しました。それから、逃亡することを決意したようです。部下の女神官たちを引き連れて」

 その報告を聞いた瞬間、私の口は勝手に動いていた。

「助けましょう!」

 私の声は、自分でも驚くほど力強かった。でも、そのすぐ後に疑問が湧き上がる。

 先に逃げ出した私が助けようなんて、そんな権利があるのだろうか。記憶まで消して、関わりを断ち切ったのに。今になって助けるなんて、彼らがどう思うのか。私のわがままで、誰かの人生を動かしてしまうことになるのでは?

「ノエラ様」

 エミリーが再び私を見つめた。

「あなたは悪くありません。神殿の老賢者たちが悪いんです。そして、ノエラ様は自分がやりたいと思ったことに集中してください。もしも間違っていたのなら、仲間が止めてくれます。ジャメル様やアンクティワン様がいます。だから、心配しないで突き進んで」
「ありがとう、エミリー。わかったわ」

 彼女は何度でも、そう言ってくれる。私は、エミリーの信頼を裏切りたくない。そのためにはどうするべきか。今、大事なことに目を向ける。

 私は深呼吸した。今は後悔することよりも、できることを考えなければならない。アレクシスと女神官たちを無事に助け出すこと。まずは、そのことに集中する。

「アンクティワンたちは、どうするつもり? 考えはある? 私に手伝えることは?」
「逃げ出す神官たちを保護し、簡単には手を出せないような実力を持つ集団を作る。そのために、新しい組織を立ち上げる予定です」
「なるほど」

 アンクティワンが説明を続けた。

「そして、ノエラ様。私たちは、その新しい組織のトップとして、あなたに君臨していただきたいと考えています」
「私が、トップに?」

 信じられない思いで聞き返した。

「新しい組織のトップ。私以外で、もっとふさわしい方がいるのでは? ジャメルの方が知識も経験もある。アンクティワンは交渉術に長けているし」
「いいえ」

 ジャメルが首を振った。

「この中で、飛び抜けて実力があるのはあなたです。その力を示せば、神殿や王家も手出しできないでしょう」
「それに」

 アンクティワンが付け加えた。

「人々を惹きつける力、人の心を動かす力。それはノエラ様にしかない特別な才能です。新しい組織には、そうした求心力が必要なのです」

 私は仲間たちの顔を見回した。みんな、真剣な眼差しで私を見つめている。ナディーヌの瞳には強い信頼の光が、エミリーの表情には期待が、ジャメルの眼差しには確信が見える。

 そうね。私は、自分にできることに集中すると決めた。かつて聖女として人々を助けていたように、今度は新しい形で人々を守っていく。

「わかりました。その役目、引き受けます」

 私の決断に、仲間たちの顔に安堵の色が浮かんだ。

 アレクシス、そして女神官たち。私は絶対にあなたたちを守ってみせる。そして、真に人々のための新しい組織を作り上げてみせる。

 それが、私の新たな責任。私が自分で選んだ道。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

【完結】王子は聖女と結婚するらしい。私が聖女であることは一生知らないままで

雪野原よる
恋愛
「聖女と結婚するんだ」──私の婚約者だった王子は、そう言って私を追い払った。でも、その「聖女」、私のことなのだけど。  ※王国は滅びます。

お飾りの婚約者で結構です! 殿下のことは興味ありませんので、お構いなく!

にのまえ
恋愛
 すでに寵愛する人がいる、殿下の婚約候補決めの舞踏会を開くと、王家の勅命がドーリング公爵家に届くも、姉のミミリアは嫌がった。  公爵家から一人娘という言葉に、舞踏会に参加することになった、ドーリング公爵家の次女・ミーシャ。  家族の中で“役立たず”と蔑まれ、姉の身代わりとして差し出された彼女の唯一の望みは――「舞踏会で、美味しい料理を食べること」。  だが、そんな慎ましい願いとは裏腹に、  舞踏会の夜、思いもよらぬ出来事が起こりミーシャは前世、読んでいた小説の世界だと気付く。

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

【完結】お飾り妃〜寵愛は聖女様のモノ〜

恋愛
今日、私はお飾りの妃となります。 ※実際の慣習等とは異なる場合があり、あくまでこの世界観での要素もございますので御了承ください。

復縁は絶対に受け入れません ~婚約破棄された有能令嬢は、幸せな日々を満喫しています~

水空 葵
恋愛
伯爵令嬢のクラリスは、婚約者のネイサンを支えるため、幼い頃から血の滲むような努力を重ねてきた。社交はもちろん、本来ならしなくても良い執務の補佐まで。 ネイサンは跡継ぎとして期待されているが、そこには必ずと言っていいほどクラリスの尽力があった。 しかし、クラリスはネイサンから婚約破棄を告げられてしまう。 彼の隣には妹エリノアが寄り添っていて、潔く離縁した方が良いと思える状況だった。 「俺は真実の愛を見つけた。だから邪魔しないで欲しい」 「分かりました。二度と貴方には関わりません」 何もかもを諦めて自由になったクラリスは、その時間を満喫することにする。 そんな中、彼女を見つめる者が居て―― ◇5/2 HOTランキング1位になりました。お読みいただきありがとうございます。 ※他サイトでも連載しています

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

婚約破棄はまだですか?─豊穣をもたらす伝説の公爵令嬢に転生したけど、王太子がなかなか婚約破棄してこない

nanahi
恋愛
火事のあと、私は王太子の婚約者:シンシア・ウォーレンに転生した。王国に豊穣をもたらすという伝説の黒髪黒眼の公爵令嬢だ。王太子は婚約者の私がいながら、男爵令嬢ケリーを愛していた。「王太子から婚約破棄されるパターンね」…私はつらい前世から解放された喜びから、破棄を進んで受け入れようと自由に振る舞っていた。ところが王太子はなかなか破棄を告げてこなくて…?

婚約破棄は喜んで

nanahi
恋愛
「お前はもう美しくない。婚約破棄だ」 他の女を愛するあなたは私にそう言い放った。あなたの国を守るため、聖なる力を搾り取られ、みじめに痩せ細った私に。 え!いいんですか?喜んで私は去ります。子爵令嬢さん、厄災の件、あとはよろしく。

処理中です...