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第2話 勝手なこと
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会議室が騒然となる中、私は静かに立ち上がった。椅子が軽い音を立てて後ろに下がる。重鎮たちの視線が一斉に私に向けられるのを感じた。
「婚約破棄!? そんな、そんな勝手なこと……許されるわけがない!」
ケアリオットが慌てふためいて言葉を続ける。顔は真っ赤になり、額には汗が浮かんでいる。まるで子供が駄々をこねているようだった。
「勝手なのは、どちらでしょうか」
私は冷静に、はっきりとした声で返答した。会議室に響く自分の声が、いつもより低く落ち着いて聞こえる。慌てふためく姿なんて絶対に見せたくなかった。
「私と王太子は正式に婚約していました。それなのに、後から別の女性を連れてきて、勝手に王妃にすると宣言なさった。しかも、私を格下げして第二王妃にするなど……一体、どちらが勝手な振る舞いをしているのでしょう」
大臣たちが頷いているのが見えた。当然の反応だと思う。
「だが、彼女は立派な女性だ! そして、私は彼女を心から愛している。この気持ちに嘘はない!」
ケアリオットが必死に弁明する。その横でカーラは俯いているが、時折チラチラと私の方を見ている。その視線には、明らかな敵意が込められていた。
「それがどうしたというのですか」
私の声には、これまで感じたことのない冷たさが込もっていた。自然と、そういう気持ちがこもってしまった。そんな言葉を彼らに容赦なく放つ。
「別にあなたが誰を愛そうと、どうでもいいことです。ですが、私が王妃の立場を奪われたのは紛れもない事実。それを私は受け入れられません。ならば、婚約を破棄するしかないでしょう?」
「な、なんだとっ!」
冷たく微笑んで、彼らに突きつけた。ケアリオットの顔がさらに赤くなる。怒りで震えているのが分かった。
そんな彼に視線を向けながら、私は続けた。
「第一、王太子としての自覚はおありですか? 王様がご病気で伏せっていらっしゃるこの重要な時期に、恋愛沙汰で王国を混乱させるなど……国民に対してどう責任を取るおつもりですか?」
「いや! そ、それは……」
ケアリオットが言葉に詰まる。明らかに、そこまで考えていなかったのでしょうね。
「私は幼い頃から、王妃としての責務を学んできました。民の幸せを願い、王国の繁栄のために尽くすことを。それなのに、あなたは一体何を学んでこられたのでしょう?」
会議室の空気が一層張り詰める。大臣たちは息を呑んで私たちのやり取りを見守っている。
「……」
何も答えない王太子に代わって、カーラが口を開いた。
「いいじゃないですか。彼女の言うことを受け入れてあげれば」
そう言ったのは、王太子が連れてきた女性。彼から愛されているという彼女。その声には、どこか上から目線の響きがあった。
「カーラ……」
ケアリオットが彼女の名前を呼ぶ。その声には感謝が込められている。話をそらしただけで、なんの解決にもなっていないけれど。
「だって、ケアリオット様。この方は婚約破棄がお望みなのでしょう? それなら、お望み通りにしてあげればいいじゃないですか。そうすれば、私たちも堂々と結ばれることができます」
「お、お待ちください」
大汗を流した大臣の一人が割って入り、口を開こうとした。事の重大さを理解しているのだろう。だが。
「部外者は黙っていろ!」
ケアリオットが一喝する。
「……」
そう言われて黙る大臣。彼は部外者ではないと思うけれど。そんなことを言ったら、王太子が連れてきた女性こそが一番の部外者だと思うけれど。そんな理屈、彼らには理解できないのでしょう。
「ケアリオット様、あの私、間違ったことを言ってしまったでしょうか……?」
カーラが不安そうに王太子を見上げる。だけど、その目の奥には確実に野心の炎が燃えているのを私は見逃さなかった。
「大丈夫だよ、カーラ。君は間違っていないし、何かあれば俺が守る」
ケアリオットがカーラの手を取る。その光景を見て、様子を伺っていた貴族が顔をしかめているのが見えた。
まあ、彼女が私の援護をしてくれるのなら都合がいい。その女性は、自分が王妃になれるという未来に夢見ている様子。おそらく、自分のことしか考えていない。王妃の座へ上り詰められると思って、有頂天になっているのだろう。
そんな女性を王妃に据えるなんて……これから王国は、本当に大変なことになりそう。政治の経験もなく、ただの平民で貴族社会の慣習も知らない女性が王妃になったら、どれほどの混乱が生じることか。
だけど、彼らに巻き込まれる民たちが可哀想。どうにかしないといけない。でも、今の私にできることは限られている。
「お話は終わったようなので、私は失礼させていただきます」
私は優雅に一礼すると、毅然とした態度で歩き出した。ここでできることは、もうなにもない。これ以上この場にいても、彼らの愚行を止めることはできないでしょう。
「ごきげんよう、ケアリオット様」
「ま、まて……ミュリーナ!」
ケアリオットが慌てたように私の名前を呼ぶ。でも、もう遅かった。
背後から聞こえてくる声を無視して、私は部屋を出た。扉が閉まる直前、大臣たちの慌てふためく声と、それに紛れるようなカーラの嬉しそうな小さな笑い声も聞こえてきた。
彼らの声も届かなくなり静かになった廊下を歩きながら、私は一度立ち止まって深く息を吐いた。実は胸の奥で激しく打っていた心臓が、ようやく落ち着いてきた。
美しく装飾された廊下の窓から、庭園が見える。いつもと変わらない平和な光景だったが、今日を境に全てが変わってしまうでしょう。
これからすぐ、父である当主様にご報告に行かないといけない。そして……これから先、どうなるのでしょうか。ローズウェル公爵家の立場は? 王国の政治は? そして私自身の将来は?
考えるべきことは山ほどあるけれど、一つだけ確実に言えることがあった。
婚約破棄したことに間違いはなかった。
正妃以外の立場など、絶対に認められない。それが、私の答えだったから。それは間違いなかったはず。
「婚約破棄!? そんな、そんな勝手なこと……許されるわけがない!」
ケアリオットが慌てふためいて言葉を続ける。顔は真っ赤になり、額には汗が浮かんでいる。まるで子供が駄々をこねているようだった。
「勝手なのは、どちらでしょうか」
私は冷静に、はっきりとした声で返答した。会議室に響く自分の声が、いつもより低く落ち着いて聞こえる。慌てふためく姿なんて絶対に見せたくなかった。
「私と王太子は正式に婚約していました。それなのに、後から別の女性を連れてきて、勝手に王妃にすると宣言なさった。しかも、私を格下げして第二王妃にするなど……一体、どちらが勝手な振る舞いをしているのでしょう」
大臣たちが頷いているのが見えた。当然の反応だと思う。
「だが、彼女は立派な女性だ! そして、私は彼女を心から愛している。この気持ちに嘘はない!」
ケアリオットが必死に弁明する。その横でカーラは俯いているが、時折チラチラと私の方を見ている。その視線には、明らかな敵意が込められていた。
「それがどうしたというのですか」
私の声には、これまで感じたことのない冷たさが込もっていた。自然と、そういう気持ちがこもってしまった。そんな言葉を彼らに容赦なく放つ。
「別にあなたが誰を愛そうと、どうでもいいことです。ですが、私が王妃の立場を奪われたのは紛れもない事実。それを私は受け入れられません。ならば、婚約を破棄するしかないでしょう?」
「な、なんだとっ!」
冷たく微笑んで、彼らに突きつけた。ケアリオットの顔がさらに赤くなる。怒りで震えているのが分かった。
そんな彼に視線を向けながら、私は続けた。
「第一、王太子としての自覚はおありですか? 王様がご病気で伏せっていらっしゃるこの重要な時期に、恋愛沙汰で王国を混乱させるなど……国民に対してどう責任を取るおつもりですか?」
「いや! そ、それは……」
ケアリオットが言葉に詰まる。明らかに、そこまで考えていなかったのでしょうね。
「私は幼い頃から、王妃としての責務を学んできました。民の幸せを願い、王国の繁栄のために尽くすことを。それなのに、あなたは一体何を学んでこられたのでしょう?」
会議室の空気が一層張り詰める。大臣たちは息を呑んで私たちのやり取りを見守っている。
「……」
何も答えない王太子に代わって、カーラが口を開いた。
「いいじゃないですか。彼女の言うことを受け入れてあげれば」
そう言ったのは、王太子が連れてきた女性。彼から愛されているという彼女。その声には、どこか上から目線の響きがあった。
「カーラ……」
ケアリオットが彼女の名前を呼ぶ。その声には感謝が込められている。話をそらしただけで、なんの解決にもなっていないけれど。
「だって、ケアリオット様。この方は婚約破棄がお望みなのでしょう? それなら、お望み通りにしてあげればいいじゃないですか。そうすれば、私たちも堂々と結ばれることができます」
「お、お待ちください」
大汗を流した大臣の一人が割って入り、口を開こうとした。事の重大さを理解しているのだろう。だが。
「部外者は黙っていろ!」
ケアリオットが一喝する。
「……」
そう言われて黙る大臣。彼は部外者ではないと思うけれど。そんなことを言ったら、王太子が連れてきた女性こそが一番の部外者だと思うけれど。そんな理屈、彼らには理解できないのでしょう。
「ケアリオット様、あの私、間違ったことを言ってしまったでしょうか……?」
カーラが不安そうに王太子を見上げる。だけど、その目の奥には確実に野心の炎が燃えているのを私は見逃さなかった。
「大丈夫だよ、カーラ。君は間違っていないし、何かあれば俺が守る」
ケアリオットがカーラの手を取る。その光景を見て、様子を伺っていた貴族が顔をしかめているのが見えた。
まあ、彼女が私の援護をしてくれるのなら都合がいい。その女性は、自分が王妃になれるという未来に夢見ている様子。おそらく、自分のことしか考えていない。王妃の座へ上り詰められると思って、有頂天になっているのだろう。
そんな女性を王妃に据えるなんて……これから王国は、本当に大変なことになりそう。政治の経験もなく、ただの平民で貴族社会の慣習も知らない女性が王妃になったら、どれほどの混乱が生じることか。
だけど、彼らに巻き込まれる民たちが可哀想。どうにかしないといけない。でも、今の私にできることは限られている。
「お話は終わったようなので、私は失礼させていただきます」
私は優雅に一礼すると、毅然とした態度で歩き出した。ここでできることは、もうなにもない。これ以上この場にいても、彼らの愚行を止めることはできないでしょう。
「ごきげんよう、ケアリオット様」
「ま、まて……ミュリーナ!」
ケアリオットが慌てたように私の名前を呼ぶ。でも、もう遅かった。
背後から聞こえてくる声を無視して、私は部屋を出た。扉が閉まる直前、大臣たちの慌てふためく声と、それに紛れるようなカーラの嬉しそうな小さな笑い声も聞こえてきた。
彼らの声も届かなくなり静かになった廊下を歩きながら、私は一度立ち止まって深く息を吐いた。実は胸の奥で激しく打っていた心臓が、ようやく落ち着いてきた。
美しく装飾された廊下の窓から、庭園が見える。いつもと変わらない平和な光景だったが、今日を境に全てが変わってしまうでしょう。
これからすぐ、父である当主様にご報告に行かないといけない。そして……これから先、どうなるのでしょうか。ローズウェル公爵家の立場は? 王国の政治は? そして私自身の将来は?
考えるべきことは山ほどあるけれど、一つだけ確実に言えることがあった。
婚約破棄したことに間違いはなかった。
正妃以外の立場など、絶対に認められない。それが、私の答えだったから。それは間違いなかったはず。
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