sunflower.

和奏 澄

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#16:Oath.

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「おじゃまします…。あの、急に来てしまって…ごめんなさい」

「ママも来たよ!」

「えっ…あっ…うん…そ、そう。い、いらっしゃい…」

(だからケーキが三つだったのか)

「はいパパ、これ冷蔵庫にしまっておいて」

スーパーに寄ってきたのか、何やら具材の入ったレジ袋を格納する職務を与えられた。これくらいの量なら余裕でスペースは確保できそうだった。昨日やたら冷蔵庫の中身を確認していたから、不足品でも買ってきてくれたのだろう。慈悲深い姫様で執事は感動しました。

「ママこっちこっち!」

「うん…」

十二年振り…いや、画面越しでは意識して、出来るだけ見ないようにしていたけれど、ふとした瞬間に姿は見ていた。それに、成長した娘と一緒に居る彼女を見るのは初めてだったので、つい見とれてしまった。

(全然変わらないな…)

女優:海としてではなく『佐々木 花』としての彼女は、あの日の姿ままタイムリープして来たかのように見えた。それ程までに、彼女の持つ独特なオーラは全く色褪せていなかった。

初めて出逢った時のことを思い出して、恥ずかしくなってしまったけれど、全身に黒を纏っている彼女は、ボクの知っている彼女とは別の何かを放っていた。

「パパー、はやくケーキが食べたい」

「あ、うん…いま用意するよ」

十二年振りに会う彼は、初めて出逢った時のように、少しだけ影を纏っているように感じた。娘が『本人のくちから聞くべき』と言っていたと関係があるのだろうか?

「あのっ、ワタシも何か手伝おうか?」

「いや、大丈夫だよ。ありがとう。座って待ってて」

「うん…」

パパもママも、どこかよそよそしい雰囲気だったけれど、出だしは悪くないと思っていた。

(あとはパパから、どう話をしてもらうかだなぁ)

『はい、貴女あなたのです』と、モンブランを彼女の前に出すのは気恥ずかしくて、買ったままの箱の中から、各自好きな物を選んでもらうことにした。

「あっ…このお店」

「えー、ママ知ってるの?」

「うん…ここのモンブランが大好きなの」

(開けないで欲しいな…)

「なによパパそんなにジロジロ見て」

「ジロジロなんて見てないよ!いいから早く選びなさいよ」

「てか、パパなんで四つ買ってきたの?」

「なんとなくだよ、なんとなく!」

「へえ~」

(完全に悪役令嬢の顔じゃないか)

「仲が良いのね…」

「ママ…?」

「どうしたの?」

「んーん、なんでもない!早く選ぼう!」

(いま確かにママが笑ったように見えた…)

気のせいかもしれなかったけれど、やっぱりママの笑顔を取り戻せる鍵はパパだ。家で嬉しそうだった時もパパの話をしたからだった。その鍵が私じゃないことに改めて気付かされたのは、ちょっとだけ複雑だった。

「ママ!モンブランあるよ!」

「ほんとだ…」

穴があったら入りたい気持ちだった。まさか彼女が来るとは思ってもいなかった…でも来ると分かっていたら尚更モンブランを選んでいただろう。

「じゃあ…私はチョコのにする!ママはどれにする?」

「ワタシは…最後で良いよ。たいよ…パパに先に選んでもらって?」

「ボクは何でもいいから好きな物を選んで良いよ。こういうのはレディーファーストだから」

「懐かしいね…」

つい昔の癖で言ってしまった。実際、ボクはどのケーキでも良かった。元はと言えば姫様への献上品だったのだ。モンブランを買ったのは無意識だったけれど。

「パパがレディーファースト?!私にはガミガミ言うくせに」

「パパはガミガミなんて言ってません!」

「そうかなー、まあいいけどさー」

「じゃあ…ワタシはモンブランで…」

やっぱりママは、どこか嬉しそうで幸せそうな雰囲気を出していた。潔癖症というか、外では人を寄せ付けないようなママとは別人みたいだった。

私の前にはストレートの紅茶、ママの前にはストレートの紅茶と、お砂糖と牛乳が置かれていた。

「ママってミルクティーが好きなの?」

「えっ?うん…粉とかポーションのじゃなくて、牛乳で割るのが好きなの」

「知らなかったなー。パパは知ってるんだ~」

「ま、まぁね…」

(指摘されると恥ずかしいからやめてほしい…)

ボクはショートケーキを選んで、チーズケーキは娘が夜に食べると言うので、冷蔵庫に戻しておいた。

「いただきまーす!」

「いただきます…あのっ、お金は?」

「そんなこと気にしてなくていいよ…」

「うん…ありがとう」

「んまいんまい、パパほれほいひーね」

「だから食べるか喋るかにしなさい!んまいんまい猫かよ」

「んまいんまい猫?」

「ひま、ママにも見せてあげなさいよ」

「えー、パパが見せたらいいじゃない」

「ウチのWi-Fi使ってるんだから、それくらいしなさい」

「仕方ないなぁ…」

(せっかくチャンスだったのに鈍いパパだな…)

「ママ、これが『んまいんまい猫』だよ!」

『ンマインマインマインマイ』

「なにこの子!可愛いっ」

「ママ…笑った…」

(え?ワタシが笑ってる?)

「ママ、こんなのもあるよ!」

キュウリにビックリする猫、カーテンに引っ掛かって取れなくなった猫、動いているお掃除ロボットの上に乗っている猫の動画をママに見せてみた。

「あはははっ!ちょっと待って!どの子も可愛いけど、笑ってケーキが食べられない」

娘が見せてくれた動画の猫たちは、ひょうきんで無声映画を観ているように楽しくて、つい笑いが止まらなくなってしまった。

「おー!ママも好きだねえ」

ママがこんなにも楽しそうに笑う姿を間近で見るのは、私の記憶の中では初めてだった。アルバムの写真の見たこともない顔をするママも、いまのママも『笑わない女優』なんかじゃなくて、普通に笑う普通の女の子に見えた。

「でもひま、食事中はお行儀が悪いからやめましょうね?」

「はーい…んまいんまいんまい…」

「ぷッ、だからやめてってば」

(ママを笑わせてやったぜ!ほら、パパもママを笑わせてみろっ!)

挑戦状を叩きつけようと思ったけれど、私達を見ていたパパは静かに泣いていた。まだうつ病の症状が寛解かんかいしていないパパには、刺激が強すぎたのかもしれない…少しうるさくしてしまったことを反省した。

「パパごめんなさい、大丈夫?ちょっとうるさかったかな?」

「いや…そうじゃない。そうじゃないよ、ありがとう」

彼は泣いていた。私が楽しそうにしているのは、やっぱり良く映らないのだろうか。つい優しい彼に甘えてしまうのは悪い癖だ。でも、今のワタシがこんなにも笑うことができるなんて思ってもみなかった。

「ワタシも…その、騒がしくしてしまって…ごめんなさい」

「大丈夫だから、謝らないで。嬉しいだけだから」

昔のように彼女と娘とボクの三人一緒に居れることが、こんなにも幸せなことだったなんて思っていなかった。この一時いっときだけでも、幸せを思い出せて良かった。


でも、ボクにはこれを見続ける資格はない。


ボクの手がふたつの光に届くことはない。
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