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後日談(前)

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 メディア王国の城内にある庭園に置かれたテーブルで、リテラシーはティータイムを楽しんでいた。周りに植えられた薔薇の周りを飛び回るのは蝿……ではなく蜜蜂。処刑場で起こった蝿の大群爆発事件から半年が経過し、今や悪意の化身であった蝿も本物と同じ程度には落ち着いてきていた。

「ファンヴァーグ宰相、同席しても?」
「もちろんですわ、代理陛下」

 声をかけたのは、今なお病床にいるミゴスに代わって采配を振るっているマーク=メディア代理王。彼から新宰相の役職を頼まれた時は恐縮するしかなかったけれど、反ファンヴァーグ派が軒並み日常生活すらままならない状況なので残された者たちで国を回していくしかない。王妃とはまた違う仕事漬けの日々に四苦八苦だが、有能な部下たちに支えられ何とかやっている状況である。

「国葬儀も無事に終えてよかった。他国同士でも有意義な話が進んでいたようだし、君の御父上は死してなお最高の外交の場を用意してくれたよ」
「代理陛下のおかげです。わたくしが『蝿の魔女』などと揶揄された時も立ち回っていただいて」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 リテラシーが処刑台の上で『FLY』の魔法を唱えた事で、やはり彼女は魔女だと、前宰相と共に悪魔を崇拝していたのだという声が上がった。ただし少数派であり、この国で彼女を害そうと企む者の体には蝿や蛆がわき出した。
 ただし逆に言えば、悪意の可視化はメディア王国限定だ。国外に出てしまえば蝿など視界から消え失せ、痒みや吐き気も治まる。新聞各社の幹部らは発行・配達を下請けに任せ、自分たちは国外支社に避難してリテラシーが魔女である事と処刑の正当性を訴えた。

 だがそれに異を唱えたのは、メディア王国と同盟を結んでいる海の王国コラリウム。かつて前宰相と共にリテラシーが外交訪問をし、珊瑚のブローチを賜った国であった。かの国は自然の恵みも災害も海の魔女の仕業であるとし、信仰する事で安全な航海が約束されるという教えがあった。その一環として、神官のトップにあたる王族には魔法が扱えたのだ。

「サンド=ファンヴァーグ前宰相に『スキル譲渡』の魔法を授けたのは、我がコラリウム王国だ。母なる海に祈りを捧げる巫女の力を代々引き継がせるためのものだが、偉人が長年築き上げてきた英知の結晶を失わせないために、特例で使用許可を出す場合もある。

生前、ファンヴァーグ宰相は国王との親交を深め、自らのスキルを明かした事があった。国王は大変感銘を受けられ、ぜひともその能力は遺していくべきだとメディア国王に報告した上で習得させた。メディア王国の国教では魔法は否定しているが、『宰相のスキルを遺産としてメディア王国民全員に譲渡させる能力』という形であれば申請は通る。もちろん、悪意の強さによっては耐えられぬ者もいるだろうからと、前宰相は娘の命が脅かされるレベルの危機においてのみを発動条件としたが。

メディア王国の一部の層は、我がコラリウム王国の巫女の力を『火の玉会』なる特定の宗教のものとして、ファンヴァーグ前宰相の娘で元王妃のリテラシー嬢を魔女と認定し、処罰した。これはコラリウム王国への多大なる侮辱と受け取り、今後メディア王国の情報媒体関係者を『民衆を煽動した邪教集団』としてコラリウム王国への入国を禁止する」

 コラリウム王国はこの宣言を全世界に向けて発信し、魔法が火の玉会と無関係である事を強調した。また、火の玉会側もスキル譲渡の魔法については関わりがなく、反ファンヴァーグ派がした事は信仰の自由を妨げた宗教差別だと主張。新聞各社にどれだけ火の玉会信者が貢献してきたのかを、次々暴露し始めたのだった。

 また、魔法が無害なものでコントロール可能であると訴えたのは、医療関係者たちだ。
 猛烈な痒みと吐き気に悩まされ、病院に担ぎ込まれた患者は多い。彼らは頭の中に蛆が這っているような感覚や、ぶんぶんと蝿の音がうるさくて夜も眠れないと訴えた。ところが放射線撮影したところ、何も写っていなかったのだ。傷口から採取した蛆を顕微鏡で覗いても何も見えない。

(そう言えば新聞の号外で使われた写真にも、逃げ惑う群衆の姿だけで蝿は一匹もいなかった……)

 城から蝿に対する通達を受けていた医者は、魔法によって他者の目にも可視化されているものの、精神的な問題だと判断し患者にこう告げた。

「しばらく新聞を読むのをやめなさい。余計なノイズを入れず、他人への憎しみを一切遮断すれば、症状は治まります」

 これらの事が重なり、新聞の売り上げは一気に激減した。蝿を生み出したり寄ってきたりしない方法を、若者たちが広めていたおかげでもある。

 サヒール新聞社長は娘サニアをリテラシーに殺されたと猛抗議するが、自分はさっさと他国に逃げ、安全圏から石を投げる見苦しさは余計に民衆の心証を悪くした。
 そうでなくとも、蝿の卵がびっしりと付着した新聞など誰も買いたがらない。やがて売り上げを水増しするため、販売店に対して配達している部数を超えて搬入する『押し紙』が横行したが、新聞の衰退は止まらなかった。

 一方で、一時的ではあるが売り上げを伸ばした新聞もある。今まで報じられてこなかったファンヴァーグ前宰相の本当の功績や、コラリウム王国で彼の銅像が立てられたりマイトリー王国では二国間の関係強化に貢献したとして勲章が授与されるなど、国外の動きも伝えた内容になっている。
 前宰相が火の玉会のアジトを使っていた件についての真相も明かされた。スキルの事で悩んでいた若き日のサンドは、魔法学を扱う火の玉会に情報はないかと信者二世に接触した。そこで詐欺被害の実態を知り、権力で潰そうとしても地下に潜るだけだと判断し、腹芸で適度に距離を縮めつつ長期無力化を謀る作戦に出た。アジトはその時に会議の場として二世から提供されたものであり、仲間として多くの若者たちが集った。
 参加者の中には先代国王や、呆れた事にサヒール新聞社長もいたのだ……彼は当事者としてその場にいたからこそ詳細を知っていた。にもかかわらず、他人のふりをして火の玉会のアジトを使った事だけを取り上げて糾弾していたのだ。

 事実だけを淡々と書き記した新聞には蝿の卵は一切なく、飛ぶように売れた。この情報をどう受け取るかは読者それぞれに委ねられる。前宰相を評価する事を「神格化」だと訳の分からない理屈で糾弾する声は……ぶんぶんと耳障りな音にしかならなかった。


 国葬儀はそうした中で、厳かに執り行われた。
 訪問した各国の要人は事前に聞いていたとは言え蝿の多さに驚いたが、あまりにも酷い有り様の者は隔離された事で却って安全性をアピールできた。それどころか、会見はぜひともこの国で行いたいとジョークを飛ばす国まで出る始末で、前宰相から受け継がれた能力は意外にも好意的に受け取られていた。新聞による偏向報道には、どの国の権力者であれ辛酸を嘗めさせられてきたからだ。

「これが、サンドの見ていた世界か」

 同盟国の一つ、大国ザブルのやり手宰相が空を見上げる。

「彼から見れば、私も蝿発生装置にしか見えなかっただろうね。だが小国と侮っていた私を友と呼んだあの男が見せてくれたビジョンには、投資してもいいと思った。
一触即発の議論も、彼を挟めば穏やかに進行する。『サンドは何と言っている?』が、いつからか口癖になっていた……同じ事ができる者は歴史上二度と現れないだろう。それだけの男を我々は、世界は永遠に失ったのだ」

 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

 ザブル国宰相の国葬儀での言葉は、全世界に伝えられた。読んでいた記事から目を離すと、リテラシーは折り畳んだ新聞をそっとテーブルに戻す。そこに書かれた文字は、残念ながらメディア王国のものではない。

「わたくしたちはこれから情報とどう向き合っていくべきでしょうか……過激な者たちの中には、新聞社を潰せという声もあります。けれど情報媒体をすべてなくしてしまうわけにもいきません。父も人間である以上は完璧ではない……正当な問題点はきちんと議論すべきです」

 たまたま前宰相のスキルが広まったおかげで、悪意を可視化できた。しかし『悪意=嘘』とは限らないのも事実。新聞以外の情報媒体と言えば、来賓から聞いた『てれびじょん』なる映像装置はどうだろう? しかしマークによれば映像も編集できるし、音声がある分見なくても頭に入ってきてしまう上、蝿も映らないので悪意に気付きにくい。新聞以上に厄介な代物になりそうだった。

「そう言えば、ザブル国では国民が選挙で大臣を決めるそうだね。新聞はそれぞれどの政党を応援するのか、明らかにしなければならない決まりだとか」
「それは……公平とは言えないのでは?」
「この世に完全な公平性など存在しない。だと認めるところから始めないと、自称公平中立な詐欺師にまた騙されてしまうよ」

(新聞は公平じゃない……偏って当たり前。その空気に殺されかけ絶望していたけれど……受け入れる)

「もちろん読まないという選択肢もある。だけど妄信するのではなく、知り得ない情報の……あくまで断片である事を前提に読めば、案外真実を読み解けるものさ」
「代理陛下は新聞を読んで、何か真実に辿り着いたのですか?」

 少なくとも記事に書かれているような内容そのままではなさそうだが。
 マークはメディア王国の新聞から顔を上げ、ニヤッと意味深に笑う。

「そうだね、例えば……君の御父上を殺した犯人の動機は、本当に発表された通りのものだと思う?」

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