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52話 わたしの王子様
しおりを挟む「兄さん、なんか騎士達の様子が
いつもと違う……」
「……違う?」
騎士たちが寝泊まりしている宿舎。
この時間そこの庭では、騎士たちが鍛錬している頃だが、今日はその姿がなかった。
「騎士たちはどこへ行ったんだ?」
「どこかへ行くつもりなら、
馬で行くだろうな……」
二人は好奇心に駆られ、馬小屋に向かった。
屋敷の裏手。
そこには父と、武装した数多くの騎士たちの姿があった。
マイリー家の騎士達の多くは、メッカに残っているはずだった。
それなのに、ここに集まった騎士たちは――多すぎた。
――なんで、こんなたくさんの大人が……?
二人は顔を見合わせ、身を屈めて、さらに近づいた。
「マイリー家の紋章じゃない……」
ふと、キリアンは気づく。
本で何度も目にしたことのある、皇家の紋章――ハクリ。
あの大きな白い花。
「ど、どうして皇家が……」
「シッ……兄さん見つかる……」
声が漏れ、危うく見つかるところだった。
父からは何も聞かされていない。
きっとこれは、僕達には知られたくないことだろう。
二人は慎重に足を運び、耳を澄ました。
「――女は、邪術を使う。
けっして、惑わされぬように!」
いちばん立派な装いに、いかにも偉そうな態度。
父ではなく、その人物が指揮をとっているようだ。
父は頷き、動き出した列に静かに並んだ。
「何か嫌な予感がする――」
「ま、待って兄さん!」
キリアンは、ブラットの制止にも気にも止めずに、馬に乗る父の元へ走った。
「と、父さん!
どこへ向かっているのですか!?」
「キリアン…っ…!」
驚く声には焦りも混じる。
「……キリアン。
すぐに屋敷へ戻るんだ。」
「どこへ行くのかだけ教えてください!」
歩く父の馬を、走るようにしてキリアンは追いかける。
「伯爵、急ぎますぞ!」
「はい……失礼しました。」
父はここの領主だ。
それでも、彼らはこの態度だった。
キリアンは不安げに見上げる。
「……キリアン、今は時間がない。
いずれお前にも話をする。
だから、今すぐに屋敷へ戻れ。」
納得も行かず、キリアンは黙ったまま列に並走する父を追いかける。
すると、皇家の騎士が鼻を鳴らし口を開いた。
「フッ… メッカだよ。
邪術を使う極刑人を捉えに行くんだ。」
「お前もこのままついてきたら
その魔女にやられるぞ。
ククッ…」
子供をからかうような軽口。
まわりの騎士達が笑う。
ダニエルは舌を打ち皇家の騎士達を睨む。
「キリアン、これは遊びじゃない
早く戻れ。」
馬が少し小走りになり、キリアンの足はその列にやがてついていけなくなった。
「……魔女……メッカ……」
頑なに父は話をしたがらない。
そして、理由も分からないまま――ノアの顔が脳裏に浮かんだ。
――
冬のあいだ沈黙していた山道に、雪解け水が細く流れていた。
踏み固められた雪の下から、黒い土が顔を出している。
騎士たちは無言のまま馬を進ませた。
彼らが向かう先には、禁忌の罪を犯した女がいる。
邪術など迷信だと、誰もが口にした。
だが、完全に否定できる者はいなかった。
剣の届かぬものを前にしたとき、人は理由のない恐れを抱く。
道は登り、近づくにつれ、その沈黙はいっそう重くなっていった。
――
その頃ノアは、男達が隊列を組み、迫っていることなど、夢にも思わずにいた。
廊下には薄く埃が積もり、ノアの足跡だけがまだらに残る。
彼女の目に、今映るのは怒り――そして寒さと飢え。
この屋敷に取り残され、余裕などなかった。
着飾ることもなく、厚手の外套を重ねたノアの服も、埃を帯び袖口は黒ずみ、かつては湯浴みの好きだった彼女も、今は体を洗うことすらできず、皮膚にこびりついた匂いにも、もはや意識が向かなくなっていた。
「……温かいスープに……
パンを浸して食べたい……」
貯蔵庫の床には開けかけの袋や瓶が転がり、乾いた穀物が散らばっている。
ノアは一人、そこにただ存在していた。
お目当ての、呪いを跳ね除けた媒体となる"物"。
未だそれも見つからなかった。
「あいつら……
くそ……くそ…………!」
ノアは、空腹と寒さに耐えかね、街へ出かけ助けを求めた。
しかし、伯爵ーーダニエルが正気を取り戻したという噂は、瞬く間に街を駆け巡った。
それと同時に、ノアの名は――
傍若無人な愛人として、忌むべき噂とともに語られるようになった。
彼女が助けを求め扉を叩いても、返ってくるのは沈黙だけ。
そして人々は、彼女の顔に浮かび上がった痣を見て、露骨に視線を逸らす。
まるで“見てはいけないもの”を見るかのように。
扉は閉ざされ、鍵は掛けられ、
彼女の言葉に耳を傾ける者は、誰ひとりいなかった。
「……わたしが、どんな犠牲を払って
ここまで来たか……
誰も、知らない……」
下腹部に手を当て、虚勢を張ってきたノアの目にも涙が滲む。
「……ダニエル……ダニエル……
あなたは、わたしの王子様……」
ノアは、引き出しからある物を取り出した。
それは、ジルの青晶のついた古い櫛だった。
「自分の瞳と同じ色の物……
それはプロポーズと同じよね……?」
これはノアにとって、宝物だった。
「ノア、これをあげる
女の子は髪を綺麗にしていないとね」
ノアが孤児であったこと、そして父の命の恩人。
事情を聞いた幼い頃のダニエルは、まだ身なりも整ってない彼女に、母の形見であるその櫛をプレゼントした。
それは、父の命を守ってくれたノアへの感謝からだった。
――しかし、光を失ったノアの瞳に、その時、光が灯った。
――ああ、これが運命なのね……
目の前の少年は、清潔な身なりに麗しい姿。
自分と同じ黒髪なのに、まったく違っていた。
ノアから見たらダニエルは、まさに「王子様」であった。
帝都管理の書庫。
寒さを凌ぐため、彼女はそこに何度も忍び込んでいた。
字はわからなくても、本を手に取り、王子様とお姫様の本。
その挿絵を何度も指でなぞり、夢に見てきた。
まさにその王子様に、ダニエルはそっくりであった。
ノアの世界はその日から変わった。
「……本当は、わたしが妻になる
はずだった……そう、わたしがっ……」
何度もダニエルの父には、結婚の許しを得ようとした。
しかし、返ってくる言葉は、
「弁えろ。」
命の恩人だと、かつては暖かな眼差しを向けてくれていたダニエルの父。
その瞳が、いつしか嫌悪に濁っていることに、ノアは気づいていた。
ノアは彼を、実の父のように慕っていた。
それなのに――
身分を盾にダニエルとの結婚を拒み、
無理矢理、わたしを他家へと押しやった。
「何が貴族よ……血筋……?
それがそんなに大事……?
ねぇ……大事なの……?」
裾を捲り、ベッドに足をかける。
凍えた指先は赤黒く腫れ、垢にまみれた肌は煤のよう。
心の震えは怒りだけじゃない、惨めさも混じる。
「あの偽善者め……くそっ………
ダニエル……ダニエル……
……うるさい……ごちゃごちゃ……
洗脳して……私たちの……愛も……運命も
……壊した……くそっ……」
姿見に目をやると、知らない化け物が映る。
顔は歪み、狂気がにじむ。
ノアは、胸に櫛を抱え、震える瞳に殺意を宿す、
「ダニエルのことを洗脳しやがって……
わたしたちの運命を
引き裂いた…っ…!」
黒くなった体中の皮膚が疼く。
痒くてたまらず、ノアは腕に爪を立てた。
「……腹が立ってしょうが……ない……」
震える瞳孔に、あの日の殺意が、はっきりと宿っていた。
「あの老いぼれめ。
なぜ、あんな簡単に…………
わたしは殺しちゃったのかしらね………
なぜ、こんな……ふふ…………」
思い出す……あの日の拒絶、あの日の裏切り、あの日のすべて……
「ダニエル……早く会いにきて……」
邪術の痣は、顔の半分だけを残し、ノアを蝕んでいた。
――
※続きは明日更新予定です
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