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エピソード1

貸与術師と幼馴染

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 そんな内容の事を当たり障りのない程度にまとめて俺は課題を終わらせた。放課後の教室には誰も残っておらず、昼間の喧騒が嘘のように静まりかえっている。後はこれを提出すれば晴れて釈放となるだろう。

 俺はごそごそと帰り支度を始める。するとその時、不意に教室のドアが開き女の子が入ってきた。

「ヲルカ、課題は終わった?」
「ヤーリン? 待っててくれたの?」
「勿論!」

 ヤーリンと呼んだこの女の子は俺の幼馴染だ。両親からして仲が良く、家も隣同士という筋金入りの関係だ。産まれたときから今に至るまで喧嘩もすれど仲良くやってきている。こうして帰るまでに待っていてくれるくらいには。

「どれどれ、提出前に私がチェックしてあげよう」

 などと先輩面をしてくるが、ヤーリンはクラスはおろか学年単位で見てもトップの成績を納める優等生なのでグウの音も出ない。

 緑青色の髪の毛を掻き上げながらふふふ、とドヤ顔でレポートを手に取ると何が面白いのか笑った口元からチャームポイントの八重歯を光らせる。そしてスルスルと蛇の下半身を巧み動かしてとぐろを巻くと隣の席に腰を掛けてはレポートを読み始めた。

 そう。ヤーリンは『ラミア』という半人半蛇の種族であり、下半身は紛うことなく蛇のそれだ。制服のスカートの下は人間であれば足が見える所だが、ヤーリンの場合はエメラルド色の鱗と白い蛇腹が覗いている。

 この蛇腹がスベスベでプニプニとしていて触り心地満点なのだ。昔はお互いに平気で触ったり触られたりしていたが、気が付いた頃にはそんな触りっこはしなくなっていた。

 まあアレだ。俺たちも大人に近づきつつあるってことだな。

「うん。上手にまとめられてると思うよ」
「そっか、ありがとう。じゃあ先生に出してくるから、そしたら一緒に帰ろっか」
「オッケー。待ってるね」

 そんな口約束をした俺は教務員室へレポートを提出しに出向く。二、三の小言を笑顔でかわしながら、ようやく帰宅許可をもぎ取ると急いで教室に戻った。

 するとその時、不意に後ろから声を掛けられた。

「おい、ヲルカ」

 聞き覚えのある声に、つい足を止めた事を後悔した。もう見なくてもそこに誰がいるかは明白だった。俺はうんざりとした気分を隠すこともなく返事をする。

「なんだよ、タックス」

 振り返ると、想定通りの三人組がいた。
 
 吸血鬼のタックス。オーガのカーデン・ダム。ハーピィのザルシィ。

 カテゴリの上ではこいつらも俺の幼馴染となるのだが、ヤーリンとは大分扱いが違う。端的に言えばアレだ。いじめっ子というヤツだ。同じ地区に住んでいるので、嫌でも顔を合わせる機会が多い。

 そしていつものように俺に余計なちょっかいを出してくる。

 その理由は明白だ。

 というのも、タックスはヤーリンの事が好きらしい。

 お隣さん同士という理由でいつもヤーリンの傍にいる俺がどうにも気に食わない様だった。だから事ある毎に俺にいちゃもんをつけてくる。

 最初はムキになって抵抗もしていたが、こうもしつこいと流石にうんざりが勝ってくる。何よりこいつには子供らしさというか、可愛げがないのが致命的に悪い。

 左右にいるカーデン・ダムとザルシィは言ってしまえば腰巾着って奴で、ほとんど必ずと言っていいほど三人一組で固まっている。 カーデン・ダムはオーガという種族で腕っぷしが強い。ザルシィは飛行能力を持つハーピィという鳥人間で身体は細いが悪知恵が働く。そしてタックスの家は金持ちだ。金持ちの小僧の取り巻きに小賢しいのと筋肉バカという実に分かり易いトリオだった。

「気安く名前で呼ぶんじゃない」

 タックスは不機嫌そうに言った。

 いや、お前が俺を名前で呼び止めたんじゃないか、とは言わなかった。面倒くさいから。

「それで? なんか用?」

「カーデン・ダムとザルシィがお前に話があるんだよ」

 …ああ、はいはい。そういう事ね。

 二人に俺の足止めを頼んで、自分は教室にいるヤーリンと仲良くしてあわよくば一緒に帰りたいとか思っているんだろうなあ。それを正直に打ち明ければ可愛げがあるというものなのに、素直になるどころか暴力的な解決方法を選ぶのが関わっていて不愉快になる。いつだったか、同じ子供の俺相手にヤーリンに近づくなと、金を渡してきたこともあった。それほど悪い方向にませた悪ガキなのだ。きっと親のそういうところを見て育ったんだろうなぁ。

 魂胆は見え見えでも、断るには分が悪い。だってこいつら全員、人間よりも腕力が強いんだもの。

 というか、身体能力で考えれば「人間」はヱデンキアでも下から数えた方が早いくらいに貧弱な種族だ。その変わりに平均として魔法を使うのが上手かったり、手先が器用だったりと他の種族にはない特徴も勿論持っているが。

 とりわけオークのカーデン・ダムはまずい。成人男性でも単純な力比べには恐らく負ける。

 俺は大人しく従った。

 タックスはニヤッと笑みを浮かべるとすぐさま踵を返して教室の方へ帰っていった。

 それを見届けると、俺は徐にカーデン・ダムとザルシィに近づいた。腕力でかなわないのなら、頭を使えばいい。それだけのことだ。

 俺は自分の特技を惜しみなく発揮することにする。

「なあ。最近になって噂の怖い話はもう聞いた?」
「え?」

 大方俺の足止めをしてろと言われただけで、具体的に話をする内容などは考えていないのだ。俺が話を振ると、二人は簡単食い付いてきた。

 俺はじっちゃんの画集の中にあった架空世界のトイレの怪談を話し始めた。「ハナコさん」という少女が出てくるその話は、かつては俺も一ヶ月くらいは一人でトイレに行けなくなるくらいに竦み上がった話だから効果は抜群だ。今でもたまに夢に見るし。

 語りの中で自然に移動して、二人がトイレを背中に負うような位置まで持って行く。そしてここぞとばかりに二人の後ろを指差して叫んだ。

「うわあああ! うしろっっぉぉ!」
「「ぎゃあああ!!!」」

 聞くや否や二人は悲鳴を上げて走って行った。ここまで引っかかってくれると少し嬉しような気分になる。俺はすぐに教室へと戻って行った。

 足早に戻ると、ちょうど教室に入って行くタックスの姿が目に入った。移動時間と俺が足止めを食っていた時間の辻褄が合わないところを見ると、大方教室の外で躊躇していたのだろう。

 俺は華麗にタックスの横をすり抜けてヤーリンに近づいた。

「ヤーリンお待たせ」
「な!?」
「あ、タックス。あの二人だったら話が終わったからって急いで帰ってたよ。僕らも帰ろうか、ヤーリン」
「そうだね。それじゃあタックス君、またね」
「ああ…うん。またね」

 その時、ついムキになってしまい、わざとタックスに見えるようにヤーリンの手を繋いだ。ヤーリンはキョトンとした顔をしていたが、去り際に一瞬だけ見えたタックスの顔は丸めたティッシュペーパーのように皺くちゃになっていた。

 俺たちはそのまま手を繋いで学校を後にした。一度繋いでしまった手は離すタイミングが掴めないもので結局は家に着くまで繋ぎっぱなしだった。ヤーリンが終始上機嫌だったのも俺が手を離せなかった要因のひとつだ。
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