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エピソード2

貸与術師と『アルラウネ』のマルカ

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 興味に引かれるまま、俺は食堂に入ってみた。すると中にはアルルとラトネッカリを除いた8人がおり、全員が立ったり、座ったり浮かんだりしながら何かを話し合っていた。
 
 一瞬だけ喧嘩か、とも思ったがそこまで険悪なムードではない。かと言って和気藹々と女子会をしている雰囲気でもなかった。まあ、アレだ。無理矢理に形容するなら会議というのが一番しっくりくるような気がする。
 
 俺が中に入ると、入口の一番近くにいたワドワーレが「丁度良かった」と言った。その言葉に反応して、全員がやってきた俺の事に気が付いたのだった。
 
 何をしていたのかは勿論興味が沸いたが、それ以上に首が落ちんばかりに俯いて負のオーラを出しているヤーリンが気になって仕方がない。学校時代に、ペーパーテストで全問正解をしておいて名前を書き忘れて0点を取った時の事を思い出す。
 
「ヤーリン? どうしたの?」
「その子が落ち込んでんのはこれ」
 
 そう言ってワドワーレは一枚のメモを渡したきた。
 
 手に取って見てみると、上からここにいるメンバーのギルドの名前が番号と共に記されている。そして『ヤウェンチカ大学校』の名前は一番最後になっていた。
 
「これは?」
「ヲルカはオレ達全員からギルドの事を聞きたいんだろ? その順番が決まってないなら、それの上から順に当たって頂戴。文句がないようにくじ引きで決めといたから。勿論、必要とあれば順番なんかは気にしないでくれていいけどね」
 
 なるほど。だからヤーリンは落ち込んでる訳ね。
 
 パッと見る限り順番に問題はない。一番気になっていた「パック・オブ・ウルブズ」については確認済みだ。その上で他に優先して聞きたい事件は思いつかない。ヤーリンには悪いけど、くじまでして決めたのなら理由なく変更するのは忍びない。
 
「いや、とりあえずはこの順番で」
「なら次は、アタシら『マドゴン院』についてだよね? ね?」
 
 窓際にいたマルカが晴れ晴れとした笑顔と共に溌剌と手を上げた。若葉色の肌が差し込む日の光に煌めいている。
 
「ああ。マルカの方はもう話は出来るの?」
「勿論だよ。いつでもヲル君を迎え入れられる準備は整っているからね」
「なら急ぎの予定もないわけだし、今からでも」
「オッケー!」
 
 マルカは俺の腕を取るとギュッと強めに抱きしめてきた。途端に腕に二つのスポンジが押し当てられたような感触が走る。すると、そのまま強引に連れ出されて部屋に行くことになってしまった。
 
 去り際にチラリとヤーリンに目をやった。鬱屈した気配を醸し出しながら、やはり俯いていたのだけれど怒っているのは分かった。ヤーリンの尻尾の先が左右に細かく揺れているからだ。アレはヤーリンが不機嫌な時にやる癖の一つだった。
 
 ◇
 
「はい、どうぞ~」
「お邪魔します…」
 
 と、ホステスと同伴出勤するような雰囲気で部屋へと通された。いや、キャバクラなんか行った事ないんだけどさ。
 
 そして腕を引かれるがままにしていると、どういう訳か寝室に連れてこられた。寝室と言ってもパッと想像するような部屋ではない。マルカのアウラウネという種族らしく、床は板やタイルなどではなく、土が敷き詰められていた。正直マルカに寝室だと説明されなければ、植物園と勘違いしていただろう。ようなそんな感じの部屋だったのだ。

 しかし。それはそれとして。
 
「…何で寝室?」
 
 俺が思った疑問をそのまま口にすると、返事の代わりに微かな笑い声が返ってきた。
 
「ふふふ」
「何ですか…?」
 
 思わず約束を破って敬語を使ってしまう。そうするとマルカはさらに目を潤ませ、によによと笑いを堪えた様な顔になる。
 
「ふふふ。喋り方が慣れてないのが可愛いなぁ、って思ってね」
「…」
「不機嫌になるのも可愛いね」
 
 これはアレだ。年上のお姉さんにからかわれているんだ。
 
 何だか深みにはまりかけそうな不穏な何かを感じてしまったので、反射的に防御行動に出てしまった。俺は全てをなかったことにして、強引に話題を変えた。
 
「ここ座って良い?」
「どうぞ~」
 
 そして何故か部屋にある切り株に腰を掛けようとした時、壁を伝う蔦にとても美しい花がかかっている事に気が付いた。蔦から咲いているのではなくて、別から摘んできたものを生けているようだった。
 
「綺麗な花」
「花?」
「うん、ここに飾ってある奴」
「あ」
 
 マルカは心底慌てた様子でその花を隠すように片付けてしまう。その時の顔が意外であった。
 
「え? 何でしまうの?」
「ごめん。これアタシの下着…」
 
 声が本気で恥ずかしがっていた。なので俺も
 
「…あ、はい」
 
 と、バカみたいな返事しかできなかった。
 
 マルカは誤魔化すように視線を泳がすと愛想笑いをしながら無理矢理喋ろうと話題を振ってきた。
 
「アルラウネは花で着飾るからさ。下着もそうなんだよね」
「へえ。ちなみになんだけど、ベットがないのは何で?」
 
 俺も恥ずかしさに堪えかねて、頭に浮かんだことを何のフィルターにも通さず吐き出した。
 
「ああ、それはね。こうやって作ってるの」
 
 そう言ってマルカはドレスと花弁を足して二で割ったような独特の装束の袖から種を一粒取り出して土に放り投げた。すると瞬く間に芽が生えてきて、見た事もない程大きな一輪の花が咲いたのである。それと同時に健やかな花の香りが部屋中に広がった。
 
「おもしろ。ちょっと触ってみていい?」
「いいよ」
「花なのに羽毛みたい。あ、花びらを布団みたいにして上にかけられるんだ」
「そうそう。花びらがいい具合に気温を調節してくれてね、寝心地いいんだよ。ちょっと横になってみて」
 
 確かに寝心地は良さそうだ。が、不意に冷静さを取り戻すと「年上のお姉さんの部屋のベットに横になっている自分」というモノを客観視してしまって、緊張と焦りと恥ずかしさが混ざったような感情が押し寄せてきた。
 
 ところが、起き上がろうとすると何かに張り付いたように身体の自由が利かなくなってしまった。
 
「…花粉と蜜もあるのか」
「ごめんごめん。布を噛ませるのを忘れちゃった」
 
 見ればベットの花から出ている蜜が服にべっとりとからみつき、例えは悪いがごきぶりホイホイのように捕まってしまっていた。
 
「服洗うから、ちょっと脱いでくれる?」
「いや大丈夫。そのタオル貸して」
「…はーい」
 
 俺がそう言うと、何故か非常に残念そうな返事が返ってきた。
 
 蜜は半分諦めて、タオルを当てながら切り株に座り直す。そこでようやく真面目な話ができるようになった。
 
「じゃあどうする? 早速『マドゴン院』についてお話しようか?」
「その前にアルラウネについて聞いてもいい?」
「へ? 別にいいけど…どんな事?」
「実は、俺アルラウネって初めて会うんだよね」
「あ~、珍しい種族とは言えばそうだからね。どうしても土が必要な種族だから、隅から隅まで整備されたヱデンキアだと生きづらくって」
「やっぱり体の仕組みは植物に近いんだ?」
「そうだね。多少は口から摂取する食べ物の栄養でもいいだけど、やっぱり土の養分があると全然違うかなぁ」
「他にも気をつけた方が良いこととかってあるの?」
「うーん…やっぱり土の近くにいたいってのは本音かな」
「離れると不味いことでも?」
「そうじゃないんだけど、なーんかそわそわしちゃうんだよね。地に足がついてないというか」

 そう言われてふと感覚的に思い付いたことがあった。

「例えば飛行機械に乗ってるみたいな?」
「あ! 近いかも。落ちないだろうけどひょっとしたらとかって考えるでしょ? あんな感じなのが続くみたいな」
「なるほどね」
「反対に土があるなら洞穴とか洞窟とか下水道なんかはある程度平気だよ。暗くてジメジメしてるのは好き」
「俺は逆に苦手かも…」

 閉塞感のある場所はあまり得意じゃない。子供の頃、クローゼットに隠れて遊んでたら出れなくなった事があったせいだと思っている。

 更にマルカはもう一つ思い出したように言った。

「あと水も欲しいかな。誰かに掛けて貰えると嬉しい、特にヲル君とか?」
「え」
「自分でやってもいいんだけど味気ないじゃん? それにほら! 植物に話しかけながら水やりするとキレイに花が咲くって言うでしょ? あんな感じで愛を囁かれながら水貰えたらもう最高っ!」
「か、考えとく」

 なんか再びからかわれ路線に連れて行かれているような気もする。

 俺は強引に話を戻すことにした。

「とにかく土には気をつけるようにするよ。でも自然公園とかじゃないと辛いよね。大体は舗装されてるし」
「そだね。だからこそ、アタシは『マドゴン院』ってギルドに感謝していているの」
「感謝?」
「そうだよ。『マドゴン院』はアタシらみたいな開発された場所では住みにくい希少な種族とか、社会的に行き場をなくした人たちの受け皿になっているんだから。ついでたから『マドゴン院』の事を話そっか。そもそもヲル君は、『マドゴン院』にどんなイメージ持ってる?」
 
 例によってマルカからもギルドについて持っている印象を聞かれてしまった。
 
 だから俺も例によって普段から感じている『マドゴン院』に対してのイメージをそのまま言った。
 
「臭い、汚い、泥、埃、苔。不衛生なのに病院やってる。それから、」
「もういいよ。お姉ちゃん、ちょっと泣きそう」
「あ、ごめん」
 
 本当に目の端をウルウルとさせてしまった。けれどもマルカは、それを払拭するかのような眩しい笑顔を見せる。
 
「ううん。むしろここでヲル君の偏見を解消できるんだからラッキーだよ」
 
 そしてわざわざ俺の前にやってきて前かがみになると、如何にも色気の出る様なポーズを決めてから言った。
 
「お姉さんがキチンと『マドゴン院』について教えてあ・げ・る」
 
 …。
 
 アルルと違って慣れているというか、照れがない。
 
 絵に描いたようなお姉ちゃんらしいお姉ちゃんオーラに感動すら覚えてしまった。
 
「本物だ」
「え? どういう事?」
「いや、こっちの話」
 
 そんなお姉ちゃんのお姉ちゃんによるお姉ちゃんのための、『マドゴン院』ギルド講座はこうして始まったのだった。
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