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第1部
Long Sleeper
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第1部 第1話 Assassination Classroom
俺には扶桑という友人がいる。
1990年代、日本でのこと。
「シャルンホルスト・タワー」と呼ばれる高層ビルがあった。なんだその呼称は、と思うだろうが、それについてはいずれ誰かが話してくれるだろう。扶桑はそのビルに入った。
扶桑はこのビルによく来ているのだ。慣れた足つきで地下へと進む。そこにあるのはシャルンホルスト・カフェだ。90年代にはよくあったんだ。
入り口には「いそしぎ」という看板が掲げられている。扶桑がドアを開けると「カランカラン」とベルの音が響き渡る。店内のBGMはスイング・アウト・シスターだ。
「いらっしゃいませ。いそしぎへようこそ!」
まるでどこかのファミレスに入ったかのような出迎えのあいさつ。入り口付近には、順番待ちの長椅子と、子ども向けに販売されるおもちゃがある。
扶桑はウェイトレスの顔を見ずに、頷きながらカウンターへと座った。なぜウェイトレスの顔を見ないのか。扶桑は内向的だからだ。まして、相手が女性となればなおさらだ。だから顔は見ない。いつもそうだ。
扶桑はポケットから取り出したショートホープにジッポーで火をつけながら、カウンターに置かれたメニューを眺める。扶桑は、胸が高鳴るような感覚を覚えた。目に飛び込んできたのは、メニューの隅に輝く、見覚えのない一品だった。
「未来を味わうコーヒー」の文字が目に焼きつく。扶桑はそのコーヒーを注文することにした。
ヘアスタイルをシャルンホルスト・カットにした、喫茶店のマスターが現れた。マスターというのは、師匠的な意味のマスターではない。店主である。
「君にぴったりの選択だね」
マスターの微笑みとともに、ただのコーヒー以上の何かを感じた。未来への扉が開かれる瞬間に立ち会っているようなワクワク感が、扶桑を包み込む。
マスターが、トレイにのせたカップを手渡してくれた。そのカップには、未来の風景が広がっているようだ。竹槍の先のような形状の透明な筒に、伝票が入れられる。
扶桑は卓上のパルスイート(アスパルテーム)を1つカップに入れ、香りを楽しみつつ一口飲んでみた。その瞬間、いつも飲んでいるモカの味が口の中に広がった。何も未来などない。いつもの味じゃないか。扶桑はマスターのいたずらにひっかかったのか。
再び「カランカラン」とベルが鳴った。来客だ。マスターは、店に入って来た客を見、大きく息を吐き出すと、「やれやれ」といった様子で言った。
「グナイゼナウ・ライダーのお出ましのようだ」
扶桑がその客を見やると、そこには、フルフェイスとライダースーツに身を包んだ奇妙な男が立っていた。その男はフルフェイス越しに扶桑を見て、こう言った。
「扶桑、ここにいたのか。捜したぞ!」
「どうかしたのか!?」
「とにかく来てくれ!」
訳も分からず連れ出された扶桑は、何処からか出てきたタンデム用のちょっと臭うヘルメットをかぶらされ、グナイゼナウ・ライダーの愛機、スーパーカブ90のタンデムシート(というか荷台)に無理矢理座らされた。
「行くぞ!」
という掛け声とともにマシンは発進した。重力を感じる。ライダーは40キロ制限をしっかり守り、大通りを駆け抜けた。
近くのコンビニ「ホット・スパー」の前で急停止すると、ライダーは鋭い口調でこう言った。
「今日のターゲットはアイツらだ!」
ライダーの目線の先には、店先でたむろする若者等がいた。90年代の日本には、よくいたんだ、ああいう輩が。ライダーはマシンから降りると、若者等に向かって歩いて行き、仁王立ちになってこう叫んだ。
「君等、迷惑だろう。今すぐそこをどきたまえ!」
すると、若者等の中でリーダー格と思われる人物が、眉をひそめてこう言った。
「あぁ、何だお前!?」
ライダーは少しも動じずに切り返した。
「邪魔だと言ってるんだ!」
若者は、しかめ面でこう言った。
「お前にゃ関係ねーだろ!」
ライダーは負けじと言い返す。
「皆に迷惑をかけているのがわからないのか!」
若者は怒り気味に叫んだ。
「うっせーな。俺等の勝手だろ!」
ライダーは、フルフェイス越しでよく分からなかったが、口元に笑みを浮かべた様子でこう言った。
「自分の勝手で人様に迷惑をかけても良いと言うのか。だったら、私の勝手でお前達に迷惑がかかっても構わないと言う訳だな!?」
若者は、呆れ顔で言い返した。
「やれるもんならやってみろよ!」
ライダーはフルフェイスごしにも明らかにそうとわかる不敵な笑みを浮かべながら、
「後悔するなよ!」
と言うと、おもむろにM20バズーカを取り出し、若者等に向かって発射した。激しい爆音を上げ、若者等はコンビニもろとも吹っ飛んだ。冷たい夜空に、噴煙が立ち昇る。
「いかん、逃げよう」
2人は慌ててマシンに乗り込み、颯爽とその場を立ち去った。扶桑にはふと、ある疑問が浮かんだ。
「なぁ、僕、来る意味あったのか?」
ライダーはその質問には答えなかった。後方から、サイレンの音が聞こえる。
グナイゼナウ・ライダーとはいったい何者なんだ。もしや、こうやって扶桑に殺しを教えるのか。そういわれると、後ろ姿は殺せんせーに似ていなくもない。
再び扶桑等は「いそしぎ」へとやってきた。ライダーは言った。
「俺等は、少し話をしなくてはならないようだな」
扶桑は答えなかった。ライダーはマスターに向かってこう言った。
「マスター、ちょっと長くなるけど、いいかな?」
すると、マスターはそうびキャップの付いたバトえんを持った手を止め、こう言った。
「僕は構わないさ。しかし、マスターがなんていうか……」
扶桑は言った。
「お前は誰だよ!!」
俺には扶桑という友人がいる。
1990年代、日本でのこと。
「シャルンホルスト・タワー」と呼ばれる高層ビルがあった。なんだその呼称は、と思うだろうが、それについてはいずれ誰かが話してくれるだろう。扶桑はそのビルに入った。
扶桑はこのビルによく来ているのだ。慣れた足つきで地下へと進む。そこにあるのはシャルンホルスト・カフェだ。90年代にはよくあったんだ。
入り口には「いそしぎ」という看板が掲げられている。扶桑がドアを開けると「カランカラン」とベルの音が響き渡る。店内のBGMはスイング・アウト・シスターだ。
「いらっしゃいませ。いそしぎへようこそ!」
まるでどこかのファミレスに入ったかのような出迎えのあいさつ。入り口付近には、順番待ちの長椅子と、子ども向けに販売されるおもちゃがある。
扶桑はウェイトレスの顔を見ずに、頷きながらカウンターへと座った。なぜウェイトレスの顔を見ないのか。扶桑は内向的だからだ。まして、相手が女性となればなおさらだ。だから顔は見ない。いつもそうだ。
扶桑はポケットから取り出したショートホープにジッポーで火をつけながら、カウンターに置かれたメニューを眺める。扶桑は、胸が高鳴るような感覚を覚えた。目に飛び込んできたのは、メニューの隅に輝く、見覚えのない一品だった。
「未来を味わうコーヒー」の文字が目に焼きつく。扶桑はそのコーヒーを注文することにした。
ヘアスタイルをシャルンホルスト・カットにした、喫茶店のマスターが現れた。マスターというのは、師匠的な意味のマスターではない。店主である。
「君にぴったりの選択だね」
マスターの微笑みとともに、ただのコーヒー以上の何かを感じた。未来への扉が開かれる瞬間に立ち会っているようなワクワク感が、扶桑を包み込む。
マスターが、トレイにのせたカップを手渡してくれた。そのカップには、未来の風景が広がっているようだ。竹槍の先のような形状の透明な筒に、伝票が入れられる。
扶桑は卓上のパルスイート(アスパルテーム)を1つカップに入れ、香りを楽しみつつ一口飲んでみた。その瞬間、いつも飲んでいるモカの味が口の中に広がった。何も未来などない。いつもの味じゃないか。扶桑はマスターのいたずらにひっかかったのか。
再び「カランカラン」とベルが鳴った。来客だ。マスターは、店に入って来た客を見、大きく息を吐き出すと、「やれやれ」といった様子で言った。
「グナイゼナウ・ライダーのお出ましのようだ」
扶桑がその客を見やると、そこには、フルフェイスとライダースーツに身を包んだ奇妙な男が立っていた。その男はフルフェイス越しに扶桑を見て、こう言った。
「扶桑、ここにいたのか。捜したぞ!」
「どうかしたのか!?」
「とにかく来てくれ!」
訳も分からず連れ出された扶桑は、何処からか出てきたタンデム用のちょっと臭うヘルメットをかぶらされ、グナイゼナウ・ライダーの愛機、スーパーカブ90のタンデムシート(というか荷台)に無理矢理座らされた。
「行くぞ!」
という掛け声とともにマシンは発進した。重力を感じる。ライダーは40キロ制限をしっかり守り、大通りを駆け抜けた。
近くのコンビニ「ホット・スパー」の前で急停止すると、ライダーは鋭い口調でこう言った。
「今日のターゲットはアイツらだ!」
ライダーの目線の先には、店先でたむろする若者等がいた。90年代の日本には、よくいたんだ、ああいう輩が。ライダーはマシンから降りると、若者等に向かって歩いて行き、仁王立ちになってこう叫んだ。
「君等、迷惑だろう。今すぐそこをどきたまえ!」
すると、若者等の中でリーダー格と思われる人物が、眉をひそめてこう言った。
「あぁ、何だお前!?」
ライダーは少しも動じずに切り返した。
「邪魔だと言ってるんだ!」
若者は、しかめ面でこう言った。
「お前にゃ関係ねーだろ!」
ライダーは負けじと言い返す。
「皆に迷惑をかけているのがわからないのか!」
若者は怒り気味に叫んだ。
「うっせーな。俺等の勝手だろ!」
ライダーは、フルフェイス越しでよく分からなかったが、口元に笑みを浮かべた様子でこう言った。
「自分の勝手で人様に迷惑をかけても良いと言うのか。だったら、私の勝手でお前達に迷惑がかかっても構わないと言う訳だな!?」
若者は、呆れ顔で言い返した。
「やれるもんならやってみろよ!」
ライダーはフルフェイスごしにも明らかにそうとわかる不敵な笑みを浮かべながら、
「後悔するなよ!」
と言うと、おもむろにM20バズーカを取り出し、若者等に向かって発射した。激しい爆音を上げ、若者等はコンビニもろとも吹っ飛んだ。冷たい夜空に、噴煙が立ち昇る。
「いかん、逃げよう」
2人は慌ててマシンに乗り込み、颯爽とその場を立ち去った。扶桑にはふと、ある疑問が浮かんだ。
「なぁ、僕、来る意味あったのか?」
ライダーはその質問には答えなかった。後方から、サイレンの音が聞こえる。
グナイゼナウ・ライダーとはいったい何者なんだ。もしや、こうやって扶桑に殺しを教えるのか。そういわれると、後ろ姿は殺せんせーに似ていなくもない。
再び扶桑等は「いそしぎ」へとやってきた。ライダーは言った。
「俺等は、少し話をしなくてはならないようだな」
扶桑は答えなかった。ライダーはマスターに向かってこう言った。
「マスター、ちょっと長くなるけど、いいかな?」
すると、マスターはそうびキャップの付いたバトえんを持った手を止め、こう言った。
「僕は構わないさ。しかし、マスターがなんていうか……」
扶桑は言った。
「お前は誰だよ!!」
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