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第1部
Walk The Dog
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第1部 第2話 Sound! Euphonium
ショートホープに火を付けながら、俺の友人、扶桑は尋ねた。
「マスター、どうしてこのビルはシャルンホルスト・タワーって言うんだい?」
シャルンホルスト・カットのマスターは、ロケットえんぴつを持った手を止め、答える。
「あぁ、それはね……、長い話になるけど、良いのかい?」
扶桑は答える。
「構わないさ」
マスターは落ちついた口調で語り始めた。
「そう、あれはその昔、ちょうどバブルが真っ盛りの頃だった。この国は本当に景気が良くてねぇ。みんなお金を持て余していた。
そんなご時世だから、政治家なんかが多少変な事に税金を使っても皆文句なんて言わなかった。このタワーも、例によって悪徳政治家とゼネコンが結びついて造った、いわば悪のタワーだって訳さ」
扶桑はゆったりと煙を吐き出す。ケンちゃんラーメンは今日も新発売らしい。
マスターは話を続けた。
「しかしそんな夢の様な世界はいつまでも続かない。ご存知の通り、バブルは崩壊してしまう。そんな悲劇に追い討ちをかけるかのようにして、もう一つの悲劇が起こってしまう。このタワーの手抜き工事の発覚だ。まあ、これは後からデマだったってわかるんだけどね。
そんなこんなで、このビルに軒を連ねていた企業は、次々と撤退していった。そうなると、そういう企業の会社員を相手にしていたテナントも行き場をなくしてしまう。このビルはもう終わりかに見えた。取り壊しの話も上がった」
扶桑はいつの間にか話に引き込まれ、煙草を吸うのすら忘れていた。危うく灰がテーブルの上に落ちそうになっているのを、マスターに指摘された。この手抜き工事の話が重要な意味を持つとは、この時の扶桑には知る由もなかった。扶桑は話の続きが気になってマスターを急かした。
「それで、このタワーは取り壊されたのかい? YMOの散開とともに」
マスターは答える。
「そうなんだよ……って、このタワーは今もあるじゃないか! 揚げ玉ボンバー!」
「やられたぁ!」
扶桑は自分の発言の愚かさを悔いた。
マスターは話を続けた。
「そう、このタワーは瀕死の状態だったんだ。しかし、そんなピンチを救った救世主の存在があった」
扶桑は煙草の火を消した。
「誰だい、それは?」
マスターは自慢げに話を続ける。
「そう、その救世主っていうのは君等も良く知ってる、今このタワーに軒を連ねるベンチャー企業やショップ達って訳さ。
ほとんど崩壊しかけてたビルだからね、当時はテナント料がべらぼうに安かった、ってのが大きな理由なんだろうけど、そういった訳でこのビルには若者が集まり、再び活性化した。息を吹き返したんだ」
ウェイトレスが扶桑の前にそっとモカを置く。
マスターの語りは続く。
「当時の若者達は、ここにシャルンホルスト系のショップが次々と集まっていくのに感動し、いつしかここはシャルンホルスト・タワーと呼ばれるようになったってわけさ。ちなみにこの店は、このタワーの設立当時から営業を続ける数少ない店の1つなんだよ」
語っている時のマスターのシャルンホルスト・カットはいつもの1.25倍は輝いているように見えた。
「なるほど。このビルにはそんな背景があったのか」
そんな事を考えていると、扶桑にはいつも見慣れたモノトーンの店内が妙に暖かく見えた。いつものモカを一口啜ると、扶桑は言った。
「マスター、今日のモカは、何だかしょっぱいね」
マスターはおもむろにハンカチを取り出すと、それを差し出しこう言った。
「涙をふきなよ」
扶桑は、いつの間にか涙を流していたのだ。
扶桑は、普段顔を見ないようにしているウェイトレスを、うっかり見てしまった。黄前久美子似だ。
「マスター、あれは誰?」
マスターは言った。
「扶桑君はいつも人の顔を見ないからね」
そう言うと、マスターはそのウェイトレスを呼び寄せ、紹介した。
「若宮ちゃんだ」
そして、ウェイトレスにも扶桑を紹介する。
「いつも来ている扶桑君。知っているよね?」
マスターがそう言うと、ウェイトレスはお辞儀をしながらあいさつをした。
「よろしくお願いします」
扶桑は唖然としてしまった。一目で恋に落ちたのだ。声も黒沢ともよに似ている。
若宮ちゃんは一体何者なんだ。ユーフォニアムのファンファーレはまだ響かない。
若宮ちゃんがいなくなった隙を見計らって、扶桑はマスターに相談を持ちかけた。
「マスター、僕、若宮ちゃんをデートに誘いたいんだ。でも、僕デートなんてしたこと無いんだよ。どうしたらいいかな?」
マスターは優しくアドバイスした。
「ううむ、それじゃあ順序立てて説明していくよ。まずは待ち合わせだ。今の時代、待ち合わせはバックスだな!」
扶桑は言う。
「バックスって、スターバックスの事かい。それを言うならスタバだろ。やだなあマスター!」
マスターはカード型電卓で計算しながらこう言った。
「いや、オートバックスだ!」
「お客様のカーライフを全面にサポートかよ!!」
ショートホープに火を付けながら、俺の友人、扶桑は尋ねた。
「マスター、どうしてこのビルはシャルンホルスト・タワーって言うんだい?」
シャルンホルスト・カットのマスターは、ロケットえんぴつを持った手を止め、答える。
「あぁ、それはね……、長い話になるけど、良いのかい?」
扶桑は答える。
「構わないさ」
マスターは落ちついた口調で語り始めた。
「そう、あれはその昔、ちょうどバブルが真っ盛りの頃だった。この国は本当に景気が良くてねぇ。みんなお金を持て余していた。
そんなご時世だから、政治家なんかが多少変な事に税金を使っても皆文句なんて言わなかった。このタワーも、例によって悪徳政治家とゼネコンが結びついて造った、いわば悪のタワーだって訳さ」
扶桑はゆったりと煙を吐き出す。ケンちゃんラーメンは今日も新発売らしい。
マスターは話を続けた。
「しかしそんな夢の様な世界はいつまでも続かない。ご存知の通り、バブルは崩壊してしまう。そんな悲劇に追い討ちをかけるかのようにして、もう一つの悲劇が起こってしまう。このタワーの手抜き工事の発覚だ。まあ、これは後からデマだったってわかるんだけどね。
そんなこんなで、このビルに軒を連ねていた企業は、次々と撤退していった。そうなると、そういう企業の会社員を相手にしていたテナントも行き場をなくしてしまう。このビルはもう終わりかに見えた。取り壊しの話も上がった」
扶桑はいつの間にか話に引き込まれ、煙草を吸うのすら忘れていた。危うく灰がテーブルの上に落ちそうになっているのを、マスターに指摘された。この手抜き工事の話が重要な意味を持つとは、この時の扶桑には知る由もなかった。扶桑は話の続きが気になってマスターを急かした。
「それで、このタワーは取り壊されたのかい? YMOの散開とともに」
マスターは答える。
「そうなんだよ……って、このタワーは今もあるじゃないか! 揚げ玉ボンバー!」
「やられたぁ!」
扶桑は自分の発言の愚かさを悔いた。
マスターは話を続けた。
「そう、このタワーは瀕死の状態だったんだ。しかし、そんなピンチを救った救世主の存在があった」
扶桑は煙草の火を消した。
「誰だい、それは?」
マスターは自慢げに話を続ける。
「そう、その救世主っていうのは君等も良く知ってる、今このタワーに軒を連ねるベンチャー企業やショップ達って訳さ。
ほとんど崩壊しかけてたビルだからね、当時はテナント料がべらぼうに安かった、ってのが大きな理由なんだろうけど、そういった訳でこのビルには若者が集まり、再び活性化した。息を吹き返したんだ」
ウェイトレスが扶桑の前にそっとモカを置く。
マスターの語りは続く。
「当時の若者達は、ここにシャルンホルスト系のショップが次々と集まっていくのに感動し、いつしかここはシャルンホルスト・タワーと呼ばれるようになったってわけさ。ちなみにこの店は、このタワーの設立当時から営業を続ける数少ない店の1つなんだよ」
語っている時のマスターのシャルンホルスト・カットはいつもの1.25倍は輝いているように見えた。
「なるほど。このビルにはそんな背景があったのか」
そんな事を考えていると、扶桑にはいつも見慣れたモノトーンの店内が妙に暖かく見えた。いつものモカを一口啜ると、扶桑は言った。
「マスター、今日のモカは、何だかしょっぱいね」
マスターはおもむろにハンカチを取り出すと、それを差し出しこう言った。
「涙をふきなよ」
扶桑は、いつの間にか涙を流していたのだ。
扶桑は、普段顔を見ないようにしているウェイトレスを、うっかり見てしまった。黄前久美子似だ。
「マスター、あれは誰?」
マスターは言った。
「扶桑君はいつも人の顔を見ないからね」
そう言うと、マスターはそのウェイトレスを呼び寄せ、紹介した。
「若宮ちゃんだ」
そして、ウェイトレスにも扶桑を紹介する。
「いつも来ている扶桑君。知っているよね?」
マスターがそう言うと、ウェイトレスはお辞儀をしながらあいさつをした。
「よろしくお願いします」
扶桑は唖然としてしまった。一目で恋に落ちたのだ。声も黒沢ともよに似ている。
若宮ちゃんは一体何者なんだ。ユーフォニアムのファンファーレはまだ響かない。
若宮ちゃんがいなくなった隙を見計らって、扶桑はマスターに相談を持ちかけた。
「マスター、僕、若宮ちゃんをデートに誘いたいんだ。でも、僕デートなんてしたこと無いんだよ。どうしたらいいかな?」
マスターは優しくアドバイスした。
「ううむ、それじゃあ順序立てて説明していくよ。まずは待ち合わせだ。今の時代、待ち合わせはバックスだな!」
扶桑は言う。
「バックスって、スターバックスの事かい。それを言うならスタバだろ。やだなあマスター!」
マスターはカード型電卓で計算しながらこう言った。
「いや、オートバックスだ!」
「お客様のカーライフを全面にサポートかよ!!」
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