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「琥珀」

 気づいたら琥珀を抱きしめていた。

 俺にはできない。絶対にできない。

 ポタリと心の泉に雫が落ちた。

 もういいじゃないか。これ以上琥珀から何を望むというのだ。

 腕の中にいる琥珀に顔をうずめ、思いっきり息を吸い込んだ。

 琥珀の匂いがする。

 身体の隅々にまで、細胞の一つ一つにまで、琥珀の匂いを行き渡らせ記憶させる。

 そうしてゆっくりと琥珀の身体を押しやった。ベッドから立ち上がると、近くにある椅子に腰かける。

「琥珀、これからも俺たちが親友であるために、血の誓いに新しい項目を付け加える。血の誓いその四、俺に一メートル以上近づくな」

「え……なにそれ、どういう意味? さっきのセフレはどうなったんだよ」

 琥珀は困惑する。

 当たり前だ、自分のやっていることと言っていることは支離滅裂だ。

「セフレのことは忘れろ」

 琥珀は何か言いたそうな顔をしたが、

「分かった」

  と、しょんぼりうなづいた。

 その姿が切なくて、たった今交わしたばかりの誓いを破って、琥珀を抱きしめたくなった。

「で、確認したいんだけど……。これでまた俺たち元通りなんだよな?」

 琥珀が窺うように聞いてくる。

 元通りなんかじゃない、全然ない。

 そう言いたかったが二言「ああ」と返した。琥珀は嬉しそうにふにゃりと表情を崩した。




 琥珀は外から二階の暖の部屋を見上げた。

 なんだか今日の暖は一段と訳が分からなかったけど、なんとか親友解消を解消してもらった。

 花火大会はすでに終わってしまったようで、耳を澄ましても空を轟かせる花火の音は聞こえてこなかった。

 今晩は満月だったが、花火を見たあとでは、月がなんだかつまらないもののように見えた。

 せっかく親友に戻った暖と本当はもっと一緒にいたかったが、今日はもう帰れと言われてしまった。新しい血の誓いの他に、今後泊まりは一切なし、とも言われた。

 それにしても、暖のあれらはいったいなんだったのだろう。セフレになれと言い出したり、今日はキスだけじゃなくあんなことまで。

 キスと同じように嫌じゃなかったけどびっくりした。最後までってなんだ。男同士じゃセックスなんてできないだろうに。出っ張りと出っ張りでいったいどうするんだ。

 琥珀はポケットからスマホを取り出すと“男同士 セックス”と検索してみた。

「こっ、こっ、これはっ」

 これはなんか間違ってないか。そこは入れるとこじゃなくて出すところだろ。男同士のセックスってこんななのか。暖は、こんなことを自分としようとしたのか?

 頭がプチパニックを起こす。

 あの時は何も知らなかったから、暖がしたいならいいと言ってしまったが、中断してもらえてよかった。


 検索画面にちらほら“ゲイ”という言葉が出てきている。

 もちろんその言葉の意味を琥珀は知っている。けれど、それは男同士であっても、琥珀の憧れる男同士の世界とは全く異なるものだった。

 彼らは琥珀にとってどこか現実味がなく、外国か日本でも東京のような大都会にしかいない人たちだった。この田舎町に住んでいたら、一生お目にかかれないような人種。
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