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第四章【椛山の先端が見える】

独り立ちのとき

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 病院に着くと、すぐに岬は手術室へと運ばれていった。真っ赤なランプが点灯して、静かな廊下に一人残された。岬は意識を失っていたので、ここに来るまで真詞は救急隊員に聞かれたことに岬の名前や傷の状態などを答えたのみで、他には何も話をしていない。

 さっきは時間も無かったし、つい流されてしまったけど何で自分が岬の付き添いとしてここにいるのかが謎だ。
 することもないので手術室の前の椅子に座って待っているものの、本当ならこういうのは家族が付き添うものだろう。あの感じだと渚が来ることは想像できないけど、本当に他に来てくれる人はいないようだ。車の中で使用人たちも笑って言っていたじゃないか。味方は輝一郎くらいしかいない、と。

 本当に彼は孤独だったのだ。

「巡……」

 不思議と、彼に会いたいという気持ちは少しずつ凪いできている。薄情だな、と思うのに何故だろう。自然と受け入れ始めている。死んだわけではないからだろうか。あるべき場所へ戻ったからそう感じるのか、岬がいるからなのか。その両方なのか。

 ただ分かることは、あれだけ大口叩いたのだから、真詞が過去に引きずられるわけにはいかないということだ。
 強く目の前を睨みつける。無機質に照らされる真っ白な廊下と手術室の扉だけが見える。
 手術は思っていた以上に簡単なものではないらしい。暫くすると真詞は小さく息を吐いた。

「喉渇いた……」

 トレーニングのつもりでいたところを追い出されているので、本当に手ぶらだ。小銭の一つも持っていない。腹も減ってきたような気がする。意外に呑気でいられるのは、岬が何となく大丈夫だと思っているからだ。そして、真詞のそういう勘は良く当たる。

 そう言えば努が岬と真詞には結び縁とやらがあると言っていたし、その辺も関係しているのかもしれない。
 いつの間にか前かがみになっていた上体を起こして、背もたれに背中を預ける。持ち上がる視線のまま天井を見ていたら、視界の隅に誰かがこちらへ向かってくるのが見えた。

「……師匠……」

 向こうもこちらが気付いたことに気付いたようだ。軽く手を上げて答えられる。

「来て、くれたんですね」
「親戚の前に、こいつは俺の弟子だからな。輝一郎が来られないなら、俺しかいないだろ」
「あいつ、本当に一人だったんですね」
「ああ。俺もあいつの状況に気付くまではほったらかしてたしな。輝一郎がいなかったら、今頃岬はどうなってたかも分からねぇよ」
「そう、ですね……」

 努が思い出したようにポケットから真詞のスマホを出して渡してきた。
 わざわざ持って来てくれたらしい。お礼を言おうと口を開いた瞬間、手で制される。

「真詞」
「はい……」
「ありがとう」
「師匠……」
「岬を助けてくれてありがとうな。怒鳴ったらしいじゃねぇか。生きろって」

 何で知っているんだ、と苦い顔をする。あの場にいたのは岬と渚、使用人の三人だけだった。岬は話せず、渚が話すとは思えない。

「日柴喜の人間は口が軽いんですか」
「はっ! ちげぇよ。知る方法なんていくらでもあるんだって話だ」

 ニヤニヤと努が笑う。
 きっとあの場を見る方法か、記憶を探る方法でもあるのだろう。深く探るつもりもないので追及しなかった。

「それから、おめでとう。これで日柴喜が守らなくてもお前は生きて行ける」
「え?」
「フェニックスだったんだって? お前の小鳥」
「あ、ああ。はい。みたいですね」
「なんだ? 反応悪いな」
「でも、人型じゃないし、強いのは分かりますけど……」
「ああ、まだ教えてなかったか。いいか? 本来唯神は人型が最も強い。でも例外があるんだ。――伝説上の生き物だよ」

 真詞は何度も瞬く。言っていることは分かるけど、そうなると疑問が湧く。

「でも日柴喜、輝一郎は」
「あいつか? あいつなら、まだ他にも唯神持ってるからな」
「はぁ? あいつ、まだ持ってるんですか!」
「俺だってまともに見たのは一度か二度くらいだ。人の唯神を勝手にバラすのは余り趣味よくないから、知りたきゃ本人に聞くんだな。とにかく、そういうわけだから、お前は今代の神使いの中で二番目に強い」
「それって……」

 真詞の心に期待と言う名の芽が芽吹く。

「もう、そこら辺の神に狙われても返り討ちにできるし、そもそも怖がって向こうが近寄ってこねぇよ」

 胸がすく思いだった。どこかで何かに「ざまあみろ!」と高笑いをしている自分がいた。

「少し早いけど、修行はここで終了だ。この先、何か困ったことがあったら連絡しろ。お前は俺の弟子だ。できる限りのことはしてやる」

 努が手を伸ばして真詞の頭を無遠慮にかき混ぜる。真詞には分からないけど、彼らにとっての師匠と弟子の関係は特別なものらしい。真詞の顔に二度と日柴喜とは関わりたくないと書いているような状態でも、努のように弟子だからと優しくできるくらいには。

 彼の個人的な連絡先とやらを受け取ると同時に手術中のランプが消える。数拍置いて医師や看護師らしき人たちがぞろぞろと出来て、閉じる扉の隙間から運び出されるための処置をされているらしい岬がチラリと見えた。

「先生」
「これは努さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです。岬は大丈夫そうですか?」
「一番酷かったのは足だったので、それなりに出血はありましたが命に別条はありません。骨にも損傷があり、傷が深かったので多少のお時間はいただきますが、問題なく完治しますよ」

 にこやかに笑う医師に大きく息を吐く。やっぱりそれなりに緊張していたようだ。完治するならもうここにいる必要はない。真詞は努へ向けて会釈してその場を後にする。
 外で控えてくれていた日柴喜の車に乗ると、暫く帰っていない実家へ思いを馳せた。
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