a life of mine ~この道を歩む~

野々乃ぞみ

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【第二部】四章 感情の行きつく先

三十九、火の後始末

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「そんなはずはないだろうっ。どう考えたって……!」
「それが答えだ」
「ブライトル……!」
「国王陛下がそう判断した」
「他の国は、ニュドニア国王は、それで納得したのか……?」
「ああ」
「そうか……。証拠不十分、か……」

 その日、今回の大火災の主犯が捕まった。トーカシア国の下級役人だと言うその男は流通の一端を担っていた。しかし、常習的に扱う物資を横流ししていたそうだ。それが上司にバレたため、証拠をもみ消すために火災を起こし、予想外に大きくなってしまった、と。王城襲撃に関しては、ハインズとその部下の独断だった、と。何とも酷いこじつけだった。誰が聞いてもそんな話があるか、と言いたくなるような陳腐なシナリオだ。

 それでも、今回被害にあった各国が落としどころとして受け入れたのならば、僕等がどうこうすることはできない。ここまでの規模の被害がある以上、トーカシア国内部だけの犯行だとは考えにくい。きっとみんな分かっている。恐らく主犯はセイダル国だ。

「つまり、これからも敵がどこにいるか分からないということだな……」
「そうだな」
「あんたは僕より警戒する必要があるのに、落ち着いているな?」
「……慣れたものだからな」
「何が、あった……?」
「想像は付くだろ?」
「王太子殿下との関係か?」

 ブライトルは寂しそうにフッと笑った。成人して、さらに自室にいるからか酒を飲んでいる。グラスの中でアンバーのアルコールがゆらゆらと室内灯の明かりを反射した。
 今日は珍しく僕に王城へ泊まるように言ったのにも、何か思うところがあるのかもしれない。少しだけ間を開けて並んで座る相手の横顔を見る。

「俺は兄上を尊敬しているし、信頼しているけれど、もし何かが少し違っていたら、今お前の前にいることもできなかっただろうな」
「周りは二人が仲違いすることを望んでいたんだったな」
「ああ。俺は最初から王位を継ぐつもりはなかった。でも、……」

 そこで言葉を切ると、ブライトルはグラスをテーブルに置いて、右手を伸ばしてきた。されるがままでいると、沿うように手で左頬を撫でられる。

「ブライトル?」
「お前のそばは、息がしやすいよ」
「初めて聞く気がする」
「そうかな、そうかもしれない。なあ、覚えているか? 学園のガゼボで初めて話したときだ」
「僕が告白から逃げていたときか?」

 しっとりとしたトーカシアブルーが細められる。左頬の手が首の後ろへ滑っていって、そのまま背中に回った。抱き寄せられる力に逆らわず、体を預ける。僕はおずおずと後ろから両手を回した。ふ、と満足そうなため息が髪を掠めた。

「ああ、そうだ。あのとき、自然に笑っていた自分に驚いたんだ。それまで俺の友人と呼べそうな相手はマイールズやトーカシアのクラスメイトくらいだったけれど、お前はそのどれとも違うと思った。……まさか、力技で囲い込むような真似をする日が来るとは思わなかったけどな」
「でも、お陰で僕は生きている」
「俺の努力も報われた、か?」
「……そうかもな」

 ブライトルが顔を離して、目と目が合う。僕等はそっと目を閉じた。


 何度か顔を傾けて離れると、また一度強く抱きしめられた。体が温かい気もするし、どうやら少し酔っているようだ。元の距離へ戻りながら、ブライトルは横目で僕を見る。からかうような視線に一気に心音が大きくなった。……なんだ、これ。いたたまれなくてモゾモゾと体を揺らす。品が無いのは分かっている。でも、どうしようもないときもある!
 すると、正に今思い付きました、と言った様子でブライトルが声を上げた。絶対わざとだ。

「そうだ。今回の決着、悪い面ばかりじゃない」
「何か、あるのか?」
「セイダル国から、使者が国王陛下へ謁見に来る。火災後の支援と、入港後の積み荷の火災についてだ。仮に付け火だったとしても、燃え広がりやすい状況を考慮しなかったことへの、今後の方針の話し合いを兼ねてやってくることになった」

 浮かれた気分が吹き飛んだ。嫌な予感がする。ブライトルがわざわざ僕に言ってくるということは――。

「気付いたか? 想像通りだよ。来るのはフィリップ・ベン・ジラール。セレブリの将軍直々に、だ。仮に謝罪をしたいのだとしても、ここまで大物を出してくる必要はない。この時勢に余計な火種を増やしたくないのか、あるいは……」

 お互いに言葉には出さなかった。トーカシア国を取り込む交渉に来たのか、だ。

「いくら証拠がないからって、図々しいだろうっ。この国を内部から崩壊させるつもりなのか?」
「あながち間違っていないかもしれない。……俺は、ふと思うことがある。兄上との確執は誰かに仕組まれたものじゃないのかって。俺が王位を望んでいた未来もあったのじゃないかって」

「いくらなんでも、そんな」
「さすがに極端だけどな。でもセイダル国は、そのくらい長い年月をかけてニュドニアを支配しようとしているのかもしれない」
「モカト、か……」
「ああ」

 この世界を知れば知る程、モカトの重要性が分かる。全ての動力になり得る、電気やガソリンのようなものだ。いや、もっと酷い。兵器にも、動力にも、通信機にすらなるモカト。その主要産出国、ニュドニア。

「ブレスタでは、どうだったんだろうな……」
「ブレスタ? ああ、お前が知っているこの世界の通称か?」
「ああ。この世界は、元は一人の絵描きが生み出したもの、のはずだ。今となっては、その手を離れているとは思うが」
「つまり、その絵描きの中で、モカトがどういった扱いだったのかを知りたいのか?」

 僕は目を丸くした。一言もそんなことを言っていないのに、思考を読まれてしまった。ブライトルは僕によく「察しがいい」と嬉しそうに言うけれど、自分こそ頭の回転の速さが桁違いだ。

「そうだ。それさえ分かれば、もっと色々と対処のしようもあったのじゃないか、と思っただけだ。不可能だけどな」

 憮然とした顔で頷いた。
 ブライトルが「そうか」と呟いた。そしていくらかぶりに酒を喉に流して、重苦しそうに目を伏せる。どうやら手元のアンバーを見つめているようだ。

「なあ、たまにお前には、ただ笑って隣にいて欲しいって思ってしまうよ。でも、それはもうお前じゃないんだよな」
「おい……?」
「――いや。なんでもない。俺たちはできることをするだけだ。そうだろう?」

 最初の言葉がどういう意味かを聞くタイミングはもらえなかった。仕方なく続けられた内容に眉をひそめる。

「それは、分かっていても難しいな」
「そうだな……」

 また一口アンバーが口の中へ消えていく。何か話をしたい気がしたけれど、結局はろくに何も言えないまま、僕はブライトルの部屋を後にした。
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