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【第二部】四章 感情の行きつく先
四十一、場所は最初から決めていた①
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「エドマンド、今日、少し出られないか?」
そうブライトルに声をかけられたのは、フィリップが帰国して、やっと表面上の平穏が戻ってすぐのことだった。わざわざ学園の中で声をかけてくることは珍しい。基本的にはお互いの学年での活動を中心に動いているし、イアンが帰国した今、下手にブライトルが顔を出すのも、波風を立てることに繋がるとお互いに思っていたからだ。
「勿論、構いません」
「よかった。じゃあ放課後に迎えへ来る。待っていなさい」
「承知しました」
でも、すぐに分かってしまった。これは僕が断れないようにわざと直接誘いに来たのだ。衆人環視で誘われて、事実上の立場の低い僕が断るなんてあり得ないのだから。
彼は僕の複雑な立ち位置を分かっているはずなのに、よほどの用事でもあるんだろうか。ブライトルとの付き合いももう四年になるのに、恋、人、になってからももうすぐ一年なのに。まだ分からないことがたくさんある。
本当に教室まで迎えに来たブライトルの言うまま乗ったのは、王族用の豪華な馬車だった。いつもはもっと実務的なシンプルな物を選んでいるのに、どうしたんだ? という疑問には「たまたまだよ」と明らかに何か企んでいる顔で返されてしまった。
着いたのは港だった。規制されている北でも、盛んに交易が行われている東でもなく、南の隅っこ、寂れた小さな港だった。
「ここは?」
「トーカシアの始まりの港だ」
「始まり……ここが」
「読んだのか?」
「ああ」
始まりの港。女神トゥクワを最初に見かけた場所とされている。この前童話で読んだ。言われてみれば、港の端には女神らしき像が見える。確か、潮の流れの関係で船が入りにくいため、現在はほとんど使われていないはずだ。
「像まで行こうか」
「ああ」
像は思っていた以上に綺麗な状態を保たれていた。花やお菓子なども置かれていて、大切にされているのが伝わる。
「国で管理しているのか?」
「ん? いや、この像の管理は各港の責任者の持ち回りだ。女神トゥクワは俺たちよりも船乗りの方が強く信仰していることが多いからな」
ブライトルが像へ向かって礼をしたので、僕も続いて礼を取った。髪の短い美しい像だ。
「さて、あっちに座ろう、エドマンド」
女神像の両サイドに二つずつ並ぶベンチに座る。海風がひんやりと首筋を撫でる。ブライトルが馬車から持って来た厚手のショールを僕の肩に掛けた。
「あんたも入った方がいい」
「いや、俺はいいよ。……それより、エドマンド。改めて、ようこそ。トーカシアへ」
「今、か?」
「ああ。だって、お前はイアンが帰国してもここにいる。俺は嬉しいんだよ。これでお前は本当に我が国の人間だと実感できた」
「そんなこと、っ……」
そんなことでそんなに嬉しいものか? と言いかけて、口を閉じた。だって、そういうものかもしれない。今はきっともう分かる。好きな人が自分の隣にいることが、当然じゃないってことに。
「俺はあと数ヶ月で学園を出る。今の内に教えてくれ。何か改善しておくことはあるか?」
「……あぁ」
それが話したかったのだな、と納得する。僕は強い。モクトスタを使用すれば、今いるマスターの中でも上位に入れるはずだ。でも学園の中にいる内は、まだまだ十六歳になったばかりの子供なんだよな。そして、ブライトルにとっては、いつまでたっても心配な婚約者ってところか。
「僕は、ずいぶんお前に心配をかけてるんだな?」
「かけていないと思うのか?」
「そういう意味じゃなくて。……あんたは、僕をどう思っているんだ?」
「どう? とは?」
「その……綺麗な人間、だとでも思っているのか?」
ブライトルの侍従が温かい飲み物を持って来てくれた。ありがたく口にする。ココアだった。紅茶を飲むことの多い彼には珍しい。きっと外で冷えているからだろう。
二人並んで温かいココアを飲んで、ほぅっと息を吐く。やっぱりこの人も寒かったんだな、と少し口角を上げたら、それを見たブライトルも楽しそうに笑みを浮かべた。
「綺麗、か。そういう風に感じたか?」
「自分で言うのはどうかと思うが、あんたの扱いは時々丁寧すぎる気がする」
「過保護過ぎたか」
おかしそうにブライトルが笑う。自覚はあったようだ。
「僕はこれでも、元・エースなんだ」
「そうだな。でも、俺の大事な婚約者だ」
「だとしても、限度ってものが、」
「お前を取られたくないからな」
「それとこれに何の関係が……」
ブライトルはそっと微笑むだけで何も言わない。話す気はないらしい。僕は唇を微かに食む。そっちがその気なら、こちらにも言いたいことがある。
「――アンタは、どこにいても人に好かれているよな」
「どういう意味だ?」
「でも、僕は人に対して非情になることもあるし、羨ましがったり、誰かに対して優越感を持つこともある」
「それで?」
「何とも思わないのか?」
「つまり?」
「だって、嫌、じゃないか?」
「……あぁ、なるほど」
訳知り顔のブライトルは何度か頷いてみせた。それがやけに嬉しそうで眉間に力が入ってしまう。
「不安になったわけか。そうか……」
「え、なっ!?」
ブライトルは侍従へカップを預けると、僕の分も取り上げてトレーに乗せる。そのままギュッと抱きしめられた。近くにはまだ侍従が立っている。せめて離れてからにしてくれ、と、僕は慌てて押し返した。
そして動きを止めてしまった。見上げたブライトルの表情が見たことないくらい優しかったから。
「ぁ、え?」
「心配しなくてもいい。こんなに分かりやすく表現していても伝わらないものなんだな」
「な、に、」
「自覚がないのは、相変わらずか」
そう言うと、ブライトルが僕に身を寄せて来る。耳元でそっと口を開く気配がした。
「――愛してる」
そうブライトルに声をかけられたのは、フィリップが帰国して、やっと表面上の平穏が戻ってすぐのことだった。わざわざ学園の中で声をかけてくることは珍しい。基本的にはお互いの学年での活動を中心に動いているし、イアンが帰国した今、下手にブライトルが顔を出すのも、波風を立てることに繋がるとお互いに思っていたからだ。
「勿論、構いません」
「よかった。じゃあ放課後に迎えへ来る。待っていなさい」
「承知しました」
でも、すぐに分かってしまった。これは僕が断れないようにわざと直接誘いに来たのだ。衆人環視で誘われて、事実上の立場の低い僕が断るなんてあり得ないのだから。
彼は僕の複雑な立ち位置を分かっているはずなのに、よほどの用事でもあるんだろうか。ブライトルとの付き合いももう四年になるのに、恋、人、になってからももうすぐ一年なのに。まだ分からないことがたくさんある。
本当に教室まで迎えに来たブライトルの言うまま乗ったのは、王族用の豪華な馬車だった。いつもはもっと実務的なシンプルな物を選んでいるのに、どうしたんだ? という疑問には「たまたまだよ」と明らかに何か企んでいる顔で返されてしまった。
着いたのは港だった。規制されている北でも、盛んに交易が行われている東でもなく、南の隅っこ、寂れた小さな港だった。
「ここは?」
「トーカシアの始まりの港だ」
「始まり……ここが」
「読んだのか?」
「ああ」
始まりの港。女神トゥクワを最初に見かけた場所とされている。この前童話で読んだ。言われてみれば、港の端には女神らしき像が見える。確か、潮の流れの関係で船が入りにくいため、現在はほとんど使われていないはずだ。
「像まで行こうか」
「ああ」
像は思っていた以上に綺麗な状態を保たれていた。花やお菓子なども置かれていて、大切にされているのが伝わる。
「国で管理しているのか?」
「ん? いや、この像の管理は各港の責任者の持ち回りだ。女神トゥクワは俺たちよりも船乗りの方が強く信仰していることが多いからな」
ブライトルが像へ向かって礼をしたので、僕も続いて礼を取った。髪の短い美しい像だ。
「さて、あっちに座ろう、エドマンド」
女神像の両サイドに二つずつ並ぶベンチに座る。海風がひんやりと首筋を撫でる。ブライトルが馬車から持って来た厚手のショールを僕の肩に掛けた。
「あんたも入った方がいい」
「いや、俺はいいよ。……それより、エドマンド。改めて、ようこそ。トーカシアへ」
「今、か?」
「ああ。だって、お前はイアンが帰国してもここにいる。俺は嬉しいんだよ。これでお前は本当に我が国の人間だと実感できた」
「そんなこと、っ……」
そんなことでそんなに嬉しいものか? と言いかけて、口を閉じた。だって、そういうものかもしれない。今はきっともう分かる。好きな人が自分の隣にいることが、当然じゃないってことに。
「俺はあと数ヶ月で学園を出る。今の内に教えてくれ。何か改善しておくことはあるか?」
「……あぁ」
それが話したかったのだな、と納得する。僕は強い。モクトスタを使用すれば、今いるマスターの中でも上位に入れるはずだ。でも学園の中にいる内は、まだまだ十六歳になったばかりの子供なんだよな。そして、ブライトルにとっては、いつまでたっても心配な婚約者ってところか。
「僕は、ずいぶんお前に心配をかけてるんだな?」
「かけていないと思うのか?」
「そういう意味じゃなくて。……あんたは、僕をどう思っているんだ?」
「どう? とは?」
「その……綺麗な人間、だとでも思っているのか?」
ブライトルの侍従が温かい飲み物を持って来てくれた。ありがたく口にする。ココアだった。紅茶を飲むことの多い彼には珍しい。きっと外で冷えているからだろう。
二人並んで温かいココアを飲んで、ほぅっと息を吐く。やっぱりこの人も寒かったんだな、と少し口角を上げたら、それを見たブライトルも楽しそうに笑みを浮かべた。
「綺麗、か。そういう風に感じたか?」
「自分で言うのはどうかと思うが、あんたの扱いは時々丁寧すぎる気がする」
「過保護過ぎたか」
おかしそうにブライトルが笑う。自覚はあったようだ。
「僕はこれでも、元・エースなんだ」
「そうだな。でも、俺の大事な婚約者だ」
「だとしても、限度ってものが、」
「お前を取られたくないからな」
「それとこれに何の関係が……」
ブライトルはそっと微笑むだけで何も言わない。話す気はないらしい。僕は唇を微かに食む。そっちがその気なら、こちらにも言いたいことがある。
「――アンタは、どこにいても人に好かれているよな」
「どういう意味だ?」
「でも、僕は人に対して非情になることもあるし、羨ましがったり、誰かに対して優越感を持つこともある」
「それで?」
「何とも思わないのか?」
「つまり?」
「だって、嫌、じゃないか?」
「……あぁ、なるほど」
訳知り顔のブライトルは何度か頷いてみせた。それがやけに嬉しそうで眉間に力が入ってしまう。
「不安になったわけか。そうか……」
「え、なっ!?」
ブライトルは侍従へカップを預けると、僕の分も取り上げてトレーに乗せる。そのままギュッと抱きしめられた。近くにはまだ侍従が立っている。せめて離れてからにしてくれ、と、僕は慌てて押し返した。
そして動きを止めてしまった。見上げたブライトルの表情が見たことないくらい優しかったから。
「ぁ、え?」
「心配しなくてもいい。こんなに分かりやすく表現していても伝わらないものなんだな」
「な、に、」
「自覚がないのは、相変わらずか」
そう言うと、ブライトルが僕に身を寄せて来る。耳元でそっと口を開く気配がした。
「――愛してる」
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