没落貴族と拾われ娘の成り上がり生活

アイアイ式パイルドライバー

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10章・やがて来たる時

最期

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 国王軍は魔王の潜む山へ向けて進軍する。

 その行軍は楽なものではなく、幾度も幾度も魔物達の襲撃を喰らった。
 しかも、進めば進むほど襲撃は激しくなったのである。

 誰もが、魔王に近付いていると確信した。

「もうすぐですね」

 コレンスがガラナイに言うと、ガラナイも「気を引き締めないとな」と頷く。

「ですが、ラジートは間に合いますかね」

 ラジートはこの行軍に参加していなかった。
 彼はサムランガと共に王都へ留まり、用事があるから先に進軍するように言ったのだ。

 その間、代理で全軍指揮するように言われたのはコレンスであった。

 自分はそこまで偉くないと驚いたコレンスであるが、ラジートから「年老いたなぁ」なんて挑発されたので、同期のよしみとしてやってやろうでは無いかと、ここまでの総指揮を執ったのである。

「ガラナイ様が補助してくれなかったら、ここまでこれませんでしたよ」

 遠くに見える、魔王が控える山を臨みながら言う。

「いいや、俺はそんなに役立っては居ないさ。さすがはラジートと肩を並べただけはある指揮だった」

 しかし、ここから先はラジートが指揮する。
 そのため、近隣の村へと駐屯する事にした。

 魔王の住む山近辺の村々は壊滅され、生き残った住民全員は既に避難している。

 数週間か前にはまだ人が住んでいた村。
 魔物達は人以外に興味が無いのか、いまだに家畜達は空腹に弱った姿ながら存在しているし、畑の葉が穏やかな風に揺れていた。

 人が居ないことを除けば、全く安穏とした村である。

 下手をすれば、まだこの村に暮らす人々の息遣いさえ聞こえそうだった。

 このような平和だったろう村が魔物の手によって一つの終焉を迎えた……その事実に兵達は憤り、必ずや魔王などと名乗る愚か者を殺して、国に平和を与えてやるのだと意気込むのである。

 そのようにやる気へ燃えるというのも困りもの。
 兵達は勝手に魔王の山へと攻め込もうと扇動しようとするので、コレンスを始めた将はラジートが来るまで待てと押さえるのに苦労した。

 結局、ラジートが来たのは三日後である。
 三日間も魔物の恐怖に怯え、かつ、いきり立って魔王へ攻め込もうとする兵達を抑えていた将達の心中たるや、察しも容易であろう。

 ラジートがようやっと来て、ホッとするやら、遅いと怒ったりするやら。

 しかし、ラジートはそのような視線を気にせずに「さて、行こうか」と言った。

 しかし、その言葉にコレンス達将は戸惑う。
 なにせ、ラジートはサムランガを連れて王城に留まっていたのだ。
 最高指揮官たるラジートとサムランガは、たった今ようやっと合流したばかりで戦況も知らぬと言うのに、いきなり攻め込むと言うのかと疑問に思うのである。

 しかし、ラジートは笑って「全部分かっているさ」と言った。

 さてさて、そのようなラジートへガラナイが一つの提言として「此度は敵の本陣へ攻め込むのですから、陛下はこちらで待機して総指揮を執られてはどうかと」と示す。

 山の中は魔王軍の本拠地にして魔物の巣窟。
 そこへラジートが入るのは危険だ。

 しかし、ラジートはその提言を棄却。

 王自ら魔王を討伐するのだと、全軍を引き連れて進軍を開始した。

 姉上。あなたが何を考えているのか分かっているつもりだ。
 姉上は今、苦しんでいる事だろう。あなたは俺と違って心優しい女(ひと)だから。
 今、その苦しみを解き放つ。

 穏やかな風。
 涼しくもあり暖かくもあり、今の季節すら定かでは無いまどろむような季節。

 ラジートは決意を固め、姉サニヤの待つ山へと足を踏み入れる。

 ――最終決戦――

 小鳥のさえずる山林は、のどかであり、とても危険地帯には見えなかった。
 ともすれば、気が楽になって、休憩でも取りながら和やかなティータイムに洒落込みたくなる。

「手斧(ハチェット)」

 ラジートが、欠伸(あくび)をしている近衛の兵へ手を差し出し、近衛兵は欠伸を謝りながらラジートへ手斧を渡した。

 手斧は片手で扱える小さな斧。
 その用途は斧特有の刃部の重さを利用した遠心力による投擲である。

 ふん! とラジートは手斧を前方の茂みへ投げ込んだ。

 すると、鈍い音と同時に魔物の醜い悲鳴。
 そして、額に手斧が刺さったボガードが、涎を垂らしながら倒れ込む。

 次いで、茂みの中からゴブリンの群れが棍棒片手に飛び出してきた。

 そこで兵も武器を抜き、ゴブリンと戦う。

 ゴブリン自体は群れるのが恐ろしいだけの大した脅威では無いのですぐに殲滅できた。
 しかし、一つの問題があるとすれば、魔物達が待ち伏せをとっていた事であろうか。

 コレンスとガラナイは魔物共が戦術的動きを取ったことに懸念を抱いた。
 ラジートはそんな二人へ、警戒すべきだが恐れる必要は無いと言う。

「どちらにせよ我々は進まねばならないからな」

 撤退は存在しない。
 魔王の元へと向かい、その首を獲るのみ。

 かつてこの山に居た山賊を倒したラジートは土地勘があったので、真っ直ぐと要塞へと向かった。

 結局、魔物に遭遇する事無く、あの巨大な要塞へと到着する。
 しかし、茂みの中から大きな門を覗いてみれば、「居るな」と、魔物の息遣いを感じた。

 コレンスとガラナイも気配を感じたようである。 

「待ち伏せですね?」とコレンスが言うとガラナイも頷き「門へ近付くと囲まれるな」と言った。

 さて、他に中へ入れるルートはあるかと言えば、無い。
 山頂に作られた要塞は入り口以外の三方が断崖絶壁を削って出来た天然の要塞だ。

 しかも、山賊が作った為か強気な造りで、撤退路を用意していなかったのである。
 と、なれぱ、入口から突撃するかない。

「腹をくくれ。行くぞ!」

 ラジートは全軍を連れて要塞へと突撃する。

 案の定、魔物共が左右の茂みや、門の上から現れた。
 ラジートは馬を駆けさせながら、上から襲い来る魔物へ手斧を投擲。

 正面に立ちはだかる魔物へ槍を突き立てた。

 兵達も雄叫びを上げながら魔物へ突撃し、乱戦となる。

 ラジートはこの乱戦で馬を失い、走って門にまで到着する。
 どうやら閂はされてないようで、押せば開く。

「来い! 鍵は掛かっていない! 押すぞ!」

 大きくて重いので中々開けられないので人手が必要だった。

 サムランガやコレンス、ガラナイ、それから一部の兵達がやって来ると、ラジートと共に扉を押す。

「来れる者は付いてこい!」と、ラジートは乱戦中の兵達を置いてそのまま内部へと進軍した。

 ガラナイは「パミル! ここで魔物を抑えろ!」と麾下の女騎士へ令している。
 少なくとも、パミルを始めとした将兵が戦ってくれるので、しばらくの間は魔物が後方から来ることが無さそうだ。

 そのように思いながらラジートは、かつて、攫われた女子供が山賊達と暮らしていた、村のような空間を進む。
 目的はその奥にある頭領用の大きな屋敷だ。

 だが、ここでも魔物達はラジート達の前へ立ちはだかる。
 立ちはだかる魔物にコレンスとガラナイが兵達を率いて突撃し、道をこじ開けた。

 ラジートはその道を通り、屋敷へと到着する。 

 最後に残ったのはラジートとサムランガだけである。

 サムランガと肩を並べるのは、かつて、マーロットと共に戦った時以来か。

 あの時、共に戦ったシュエンはもう居ない。
 そしてサニヤは忌むべき敵となった。

「あの時、暴れ回った仲も二人だけとなれば、寂しいものだな」
「……そうですね」

 サムランガも寂寥感があるようだ。

 だが……バンと二人で屋敷の奥にある扉を蹴り開けると、二人とも戦士の顔となっていた。

 広い集会場のような部屋。
 その奥に、白い仮面を付けた男の、その男を従える女が座っていたからである。

 女はサニヤだ。

 サニヤは二人を認めると立ち上がり、二本の剣を抜く。
 反りのある細身の刀が、篝火の明かりに照らされてギラリと光った。

 サムランガがチャクラムを二つ、有無を言わさず投げる。
 サニヤが前へ踏み込みながらチャクラムを切り払うと、ラジートは剣を抜いてサニヤへ斬り掛かった。

 ラジートの剣激をサニヤは二刀で受ける。
 そればかりか、二刀の手数でラジートを圧倒した。

 そこへサーベルを構えたサムランガが加わる。

 しかし、サニヤはまるで余裕の如き笑みを浮かべ、二人の攻撃を凌いだ。

 実際には余裕じゃあ無かった。
 一途でも狂えば死の一撃を貰いかねない。
 しかし、サニヤは笑う。

――ラジート……強くなったな――

 多くの兵を率い、攻めよせる魔王軍を退け、サニヤを攻撃する姿。
 王に相応しく、全てを任せるに足るだろう。

 もはやラジートに王の資格が無いと言える者など存在しないのだ。

「私も……安心できる」

 サニヤはそう言って笑い、そして、本気を出した。

 手加減する気は無い。
 わざと負ける気も無い。

 ルーガが幼い時のサニヤに手加減しなかったように。

「私に勝て!」
「言われずとも! 姉上!」

 ラジートとサムランガが激しく攻め立てる。
 サニヤは素早く身を捻り、二つの刃を躱しながら跳躍。

 その動きが暗黒の民の動きだとサムランガは驚く。

 元々サニヤは飛んだり跳ねたり、身を低くしたりと、かなり自由な型の動きを好んだが、暗黒の民ほど曲芸染みた動きはしていなかった筈だった。
 しかし、今見せる動きは暗黒の民のそれ。
 何年も前に戦って以来、きっと暗黒の民の戦い方を練習していたのだ。

 サムランガは見知った動きだったので対応し、ラジートはそのセンスで動きを見切る。

 サニヤが回転しながら剣を振るえば、二人は見事に受けきった。

「奴に攻め手を与えるな!」

 サムランガの命令にラジートは、おう! と答え、激烈に攻める。

 サニヤは笑いながら二人の剣を受けた。

 二人とも汗を垂らす。
 三人の体力を比べれば、一番劣勢なのはサニヤである。
 しかし、精神的に追い詰められているのは何故か二人だった。

 それもその筈、サニヤはどんなに攻められ、苦境に立ち、あとちょっとで死に瀕しても、決して笑みを崩さない。
 ラジートとサムランガから見れば、果たして自分達の攻撃が効果的なのか分からなかったのである。

「動きが鈍いわよ!」

 サニヤの瞳孔が縦のスリット状になり、動きが一段速くなった。

 もちろん、二対一の状況を覆せる速さでは無かったが、精神的な優位性をサニヤが獲っていた点で、ラジート達にとって脅威である。

「まだ速くなるのか!」

 二人から見れば、先ほどのサニヤの動きでさえ均衡した戦いだったというのに、さらに速くなるなどと恐るべき事態であった。

 その二人の隙をサニヤは見逃さず、這うように足元を切り払い、切り上げながら立ち上がり、踏み込みながら突き、跳躍して大上段斬りを放つ。

 その攻撃にサムランガが一撃もらった。
 大上段斬りをサーベルで防いだもののタイミングが遅く、肩口に刃が食い込む。
 素早くサーベルでサニヤの剣を打ち上げたものの、そのためにガラ空きとなったサムランガの胴体へサニヤの蹴りが炸裂。

 数メートル後ろへサムランガが吹き飛んだ。

 しかし、サニヤの剣は打ち上げられて片方が無くなった。

 ラジートは咆哮を挙げてサニヤへ斬り掛かる。
 その一撃をサニヤが受けると、ラジートは声を挙げ続け、剣を振るう。

 足元へ剣を振り、返す刀で喉元へ刃を振るい、サニヤが距離を取ると、勢い良く踏み込んで飛びかかる。

 ラジートがサニヤから手ほどきを受けていた事を忘れてはならない。
 彼もサニヤと同じく、変幻自在の攻撃を是としていた事を忘れてはならないのだ。

 サニヤはいよいよ笑みを消し、冷や汗を流しながら声を挙げ、最後の反撃へ出る。

 が、サニヤの剣撃は、ラジートの目にも止まらぬ一閃に弾かれた。
 キネットから教わった貴族式剣術。

 見てくれだけだとか、美しさだけだとか、そう言った批判も多い貴族式の剣術だが、使いこなせば結果は伴う。

――ああ……懐かしい……――

 サニヤはラジートのその姿にカイエンの姿を見た。

 カイエンは貴族式剣術の達人だった。
 今の技を見せたラジートの姿は、まさにカイエンと瓜二つ。

 あまりにも懐かしくてサニヤの眼から涙が一条流れ落ちた。

「見事ね」

 サニヤが言うと、剣が回転しながら床へと落ちた。

 サニヤは武器を失った。

 もはや勝ち目が無い。
 
 彼女はラキーニを見ると「じゃ、私は先に行ってるわね」と、ちょっとそこまで買い物に行くかの如く言う。  
 ラキーニもサニヤを見ると「サニヤ。すぐに僕も向かうよ」と言うので、サニヤも笑って頷いた。

 ラジートは何も言わず、サムランガを見ると、彼がサーベルを構えてサニヤへ近づく。

「ラジート王との約束通り、魔王。貴様の首、このサムランガが貰い受ける!」

 サムランガはサーベルを大きく構えた。
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