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10章・やがて来たる時

栄枯

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 魔王は死に、魔物は姿を消した。
 そう、姿を消したのだ。

 どこにも魔物は居なくなった。
 山にも森にも、どこの町も村も魔物に襲われる事が無くなったのである。

 人々は口々にラジートを讃え、そして、正式に国王ラジートが誕生した。

「陛下が魔王を討ち倒したから、世界は魔物の脅威から解放されたぞ!」

 もはや誰もラジートが国王に相応しく無い等と言わない。

 むしろラジートの戴冠式はカイエンが建国した時以上の歓迎ぶりだった位だ。

「副将として陛下の隣に立つつもりだったのですがね」

 戴冠式にて、バルコニーから国民へ顔見せするラジートの隣、宰相としてコレンスが立っていた。

 ラジートは民へ手を振りながら、「どちらにせよ、お前は余の右腕だ」と言う。

 コレンスは苦笑し、「出来るだけの事はやりましょう」と言った。

「それじゃあ、俺はしばらく休暇するから、書類とかの整理を頼んだ」

 ラジートは突然、フレンドリーにコレンスの肩を叩くと、コレンスは口をパクパクとする。

「お前……いきなり休みって、しかも書類って……」

 ラジートは新国王として書くべき書類やまとめるべき書類がたくさんある。
 それらをコレンスに押し付けて休もうなどと、コレンスにとって堪ったものじゃなかった。

 が、ラジートは冗談冗談と笑って、バルコニーから城へと戻る。

 全く冗談じゃ無い。
 ラジートはそういう事が出来てしまうのだから、戯れはよしてくれとコレンスは思った。

 そんなコレンスへラジートは「余は国王としてやりたい事があるから、いきなり休みはしないさ」と言う。

「国王でなければやれない事ですか?」
「いや、いや。国王でなくてもやれるがな。だが、国王の方が都合も良い」

 真っ赤な絨毯の敷かれた廊下を歩きながら話す。

 ラジートは、つまり、この国から孤児とか、貧民とかを全員助けるのだと言った。

 コレンスは何とも言えず、頭をポリポリと掻いていたので、ラジートが「青臭いか?」と聞く。

「陛下が望まれるなら協力します」

 荒唐無稽過ぎる夢にコレンスはついてこれないが、しかし、ラジートの考えだと言うなら全力で支援しようと思った。

 そして、多くの人々がラジートの考えならば協力するだろう。
 ラジートはそれだけのカリスマと言うべきものがあった。

 ラジート自身が掴み取ったカリスマとも言えたが。

 そのラジートのカリスマはラジートだけで手に入れられた物で無く。

「暗黒の民はまだ出発してないな?」とラジートは聞きながら城を出る。

 そこには背の高い櫓のように見える馬車が馬に繋がれていて、ヘデンやキネットが子供を連れてラジートへ手を振っていた。
  
「はい。パレードの後で出発してもらうように調整したので」
「彼らはこの国にとって英雄だ。盛大に見送らせて貰うからな」

 暗黒の民は元々、後継争いとして若い王子を連れ、世界各地の魔物を討伐していた。
 今回、魔物の長たる魔王サニヤの首を手に入れたので、本国へ帰るのだ。

 ラジートは彼らをガリエンド王国の英雄として見送りたかったので、戴冠式とパレードが終わるまで、王都に留まるよう伝えたのである。

「なるべくさっさとパレードを終わらせないとな」

 ラジートは櫓のような馬車に乗り、三人の息子と二人の娘の頭を撫でる。

 長男のカルンはブスッとした顔でラジートの手を払った。

 その姿にラジートとコレンスは苦笑する。
 なにせ二人とも父親に反発した若年期を過ごしたので、昔の自分と重ねたのだ。

 ヘデンとキネットが、そんなカルンへ、なんで魔王を討伐してきた父親にそんな反抗的な態度を取るのかと説教しようとしたが、ラジートはそれを制止する。

 男の子には、父親を越えて、その先に行こうとする時があるものさ。

 ラジートは出発の前に城を見上げた。
 だいぶ歳をとった母リーリルが、窓から手を振っているのが見える。

 彼女はリシーの家出が、自分の責任だと気に病んでいたのだ。
 リシーはザインとの年の差が、カイエンとリーリルの年の差と同じで、その話をリーリルがしてしまったためにリシーがザインと家出したのでは無いかと思ったのだ。

 一時期は食事が喉を通らない程だった。
 しかし、サニヤが居なくなって思うところがあったのか、最近はポツポツと食事を摂るようになっていたのである。

 その母リーリルへラジート達が手を振り返し、そうしてラジートは華やかなパレードへと繰り出した。

 人々の賞賛。
 ラジートを一目見ようとしてごった返す通り。

 家の二階から花びらを投げてくれる人達だっていた。

 俺の国……俺だけの国。

 俺が守る国だ。

 ラジートには夢がある。
 全ての孤児や貧民を助け、カーシュやヘデンのような子供を出さないという夢が。

 これは一歩だ。
 まだスタートラインから一歩、踏み出したに過ぎない。

 ラジートの夢はまだ始まったばかりだ――

 ……数ヵ月後。
 ガリエンド王国を出たサムランガと暗黒の民は、遥か彼方の地で馬を歩かせていた。
 岩と土、それと少しの草木がまばらに生える地域。

 暗黒の民達は主が次代国王となる事に喜び、笑顔でお喋りも弾んでいる。

 彼らの喜びを尻目にサムランガは溜息を付くと『ジャイライル。首を』と言った。

 女の暗黒の民が木箱をサムランガに渡す。

 蓋を開けると、まるで眠るように目を閉じたサニヤの頭が塩漬けにされていた。

『これを作った奴は腕の良い職人だな』

 サニヤの髪の毛をムンズと掴んで箱から取り出すと、乱暴に街道の外へ投げ付ける。
 
 暗黒の民達が、ああ! と驚愕した瞬間、地面から顔を覗かせる岩にぶつかり、サニヤの頭が粉々に砕け散った。

『……と、陶器!?』

 カランと陶器の欠片が転がる。

 陶器で造られた精巧なサニヤの頭だったのだ。

『さて、帰るとするか』

 ざわめき、困惑する暗黒の民達へサムランガは言った。
 どうせもう魔物はどこにも居ない。

 帰るしか道は無かった。

 それから遥か彼方の地に住まう暗黒の民の国に、新国王としてサムランガが在位するのは、数年後の事である。

 一方、ラジートは順調に国を富ませた。

 彼は貧民救済を第一として、多くの孤児や貧民を救済する政策を実施。
 孤児院や医師等にも多額の献金を行い、弱き者を助け続けた。

 そして、その政策に用いられる多額の金を用意するため、彼は近隣国へ幾度となく攻め込むこととなる。

 ラジートの信条、強い者が全てを手に入れられるという考えに則った行動だ。
 そして、ガリエンド王国最大の版図を広げ、王国は貧困と無縁の国になったのである。

 しかし、自国民から賢君と慕われた一方、攻め込んだ敵国からあらゆる物資を奪う彼は、他国民から暴虐王と恐れられたのだった。

 ラジートのこの軍事行動と、魔物が世界中で消えたことが重なり、連鎖的に各国で紛争が勃発。

 今まで魔物を恐れて進軍出来なかった山道などを行軍して敵国を攻められるようになったのだ。
 そのような状況でラジートが近隣国へ攻め込んだため、ラジートが起爆剤となり、世界は未曾有の乱世に突入したのである。

 そんなラジートは四十代後半で不慮の死を迎える。
 自ら前線へ赴き、陣頭指揮を執っていた所、敵軍の奇襲に遭い、不運にも流れ矢が胸に当たって死んだ。

 彼の跡を継いだカルンはラジートの才気をよく受け継いでおり、弟と、及び妹の夫達、それからガラナイ家の親族を重用した団結によりラジートから受け継いだ国土を良く護った。

 しかし、カルンが三十も半ばで討ち死にしてしまい、成人したての長男ラムズィールが跡を継ぐと、話はうまく行かず。
 カルンが重用したガリエンド家の王家では無い宗家の人達が、その重用で得た権力を用いてラムズィールに取り入ろうとしたのだ。
 その権力争いはガリエンド家では無い貴族達にも取り入る隙を与え、激しい権力争いに発展したのである。

 こうして、ガリエンド王国はかつてのマルダーク王国のように、権力争いによる衰退へ向かう。

 敵国に攻め込まれても、貴族達による足の引っ張り合いが行われ、ついにガリエンド王国は敵国オルブテナ王国によって王都ラクマージが陥落。
 短い歴史に幕を下ろすのであった。


――


 リーリル……ラジートが国王となってから五年後に病を患い死去。
 彼女の人徳は身内のみならず多くの人々に慕われ、誰もがもうすぐ息絶えようという彼女の隣で死を悲しむと、笑って見送って欲しいと微笑んで息絶えた。
 その体はサマルダの長男ランドラによって、彼女の希望通り開拓村の小さなカイエンの墓へと埋葬される。


 ヘデン……彼女はあまり政争や戦争に興味が無く、ラジートやキネット、それから子供達と静かに暮らす毎日を送った。
 ラジートが死ぬとカルン達息子の協力のもと、身分を隠して孤児院の手伝いに従事。
 そのおかげで、王都ラクマージ陥落の際には身分を隠して孤児院へ隠れ、ガリエンド王国が滅亡しても生き延びた。
 ガリエンド王国滅亡のその翌年に王家の妻としてではなく、孤児院の子供や職員に看取られて密かな死を迎える。


 キネット……ラジートの妻だった彼女は、その毅然とした態度を崩さず、カルン達息子の嫁へ優しくも厳しい態度で様々な事を教えたという。
 王都ラクマージ陥落の際には老齢ながら自ら剣を取り、女衆を守ろうと奮闘。
 全身八十の手傷を負いながらも兵達を直接指揮し、女衆の籠もる部屋を死守。ついには王家の子を身籠もった事が無い女は保護をするという最大の譲渡条件を受けて安堵すると息絶えた。


 ルーガ……息子ガラナイに家督を譲って隠居していたが、魔王動乱においてはすわ討ち死にのチャンスだとラムラッドにて老齢ながら魔物を蹴散らし、無事に生き延びてしまった。
 人々はそんな彼の武勇を讃えて不死身の覇王と呼んだ程である。
 そして、戦士らしく戦場にて討ち死にを望んだ彼であるが、本人の意に反してベッドの上で親族に看取られてラジート国王時代に死去。
 彼は最期の最期までラジートの起こす戦争に従って戦場へ行こうとしたが、部下に止められたり、病に動けなくなったりしたため叶わなかったようだ。
 そんなルーガはガリエンド王国最大の英雄として、ラジート達によって盛大な国葬が行われた。


 ガラナイ……ラムラッドの領主となっていたがラジートが各地で戦争を起こすとこれに従軍。
 父ルーガに負けず劣らぬ活躍から小覇王と呼ばれる事となった。
 しかし、父ほど争いごとに熱心では無かったため早々に息子へ家督を譲ると静かな余生を送る。
 ガリエンド王国滅亡時、オルブテナ王国に捕らえられ、王家とは遠縁に当たるということで処刑にはかけられなかったが妻や孫達と共に片田舎へ連れて行かれる。
 最期は投獄という名の軟禁生活を送って老衰。投獄生活は彼なりに満足出来る生活だった模様。


 リュオ……テュエルの息子であった彼はテュエルの跡を継いでオブレーザの領主となっていた。
 戦乱の世にあっては、西方や北方から侵攻する敵国と戦いガリエンド王国を良く守った。
 王都ラクマージ陥落時には北方から攻めてきていたラクエンジ王国相手に奮戦。かつての父テュエルのように王都がオルブテナ王国に陥落されてもしばらく自領オブレーザにて抵抗を行う。
 しかし、ラクマージ陥落によって他領からの援軍を失ったオブレーザに抵抗を続ける国力は無く、リュオは己の首を条件に自領民と自分の一族の助命を願った所、ラクエンジ王国はリュオの戦ぶりを評価し、リュオ自身が配下となるなら助命どころかあらゆる支援と保護を行うとした。
 これをリュオは受け入れて降伏。
 以降はラクエンジ王国の先鋒隊としてオルブテナ王国と戦い続け、ラクエンジ八龍将と呼ばれる最高位の将軍となった。
 最期は子や孫に見送られ、激闘の人生に反した穏やかなものだったという。



 ザイン、リシー……駆け落ちの恋によって行方をくらませた二人は――
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