3 / 20
3話、初めての友達
しおりを挟む
人生には沢山の困難というものがある。
私も今、一つの大きな困難にぶつかっているけど、人さらいに乱暴な手つきで髪を鷲掴みにされて女の子が抱き着いているなんて困難、人生にどのくらいあるだろう?
女の子はわんわんと泣き続け、男は手に持っているノコギリの歯をギラつかせていた。
「魔法でロープを切ったか? やっぱり角有りってのは面倒な奴だな」
ノコギリで私の角を切るつもりなのだろう。
だけど不思議でならないのは、なぜ彼はこうも私の角を斬ろうとするほど魔法を恐れるのに、準備を万端に行わないのだろうか。
ああ、もしも計画や準備をしっかりとやるようなマメな人だったらこんな悪事に手を染めていないか。
私は彼に掌を向けた。
「なんの真似だ?」
察しの悪い馬鹿だ。
なんの為に魔族の角を斬るのか理解してないんだろう。
魔法が怖いから角を折るのに、角を折る前に準備を万端にしないでどうする?
こんな馬鹿はいっぺん死んだ方が本人の為かもしれない。
ドン! と音が鳴って男が吹き飛ばされた。
背後の扉を跳ね飛ばした男は隣の部屋に倒れ込むとビクンビクンとまな板の魚みたいに跳ねるのだ。
......死んだ方が良いとは思ったけどちょっとやり過ぎたかも知れない。
女の子がその光景を見て、私から手を離した。
怖がらせたみたい。
だけどこれで動ける。
私が隣の部屋に入ると二人の男達が私を睨んでいた。
手には剣やらナイフやらが握られている。
女の子相手に随分と物々しいものだ。
いや、角有り相手ならそのくらい警戒してるのも仕方ないか。
もっとも、角のある魔族相手にその程度で戦えると思っているのは愚かな事だが。
カンと私の靴の踵が硬い床を打つ。
すると同時に男達の足元の地面が鋭く隆起(りゅうき)して股間にぶつかる。
「かっひゅ――」
言葉にならない叫びとはこういう事を言うのだろうか。
二人共鼻水やらヨダレや......股間からおしっこを垂らしながら気絶した。
パパから禁止されている私の必殺技だ。
こいつらになら使っても......多分良いだろう。
使わないと私が危なかったし、これで少なくともこの場にいる悪い奴らは全員倒せた。
とりあえず帽子はどこだろう?
帽子を探すと、積まれた木箱の上に私の帽子がある。
やはり角を隠さないと落ち着かない。
そう思った時だ。
突如私の背中に衝撃が走った。
誰かが突撃してきたのである。
しまった。油断していた。
まだ他にも敵が居たのか。
と思ったが、「助かったよぉ! 助かったよぉ!」と押し倒された私に女の子がすがり付いて来たのだ。
嬉しいのは分かったけど......背中痛い......。
――さて、こうして男達を倒した私達は衛兵を呼ぶ事にした。
いや、私は衛兵なんて呼ばずにさっさとイーリアスを探してたかったんだけど、女の子が、他にも捕まったり売られたりした子が居るかも知れないから衛兵を呼んで捜査してもらうべきだと言うので呼ぶ事にしたのである。
ただし、衛兵を呼ぶに当たってこの男達を倒したのは私では無く彼女だという事にしたが。
「なんで?」
不思議そうに小首を傾げていた。
私の手柄では無く彼女の手柄にするという私の提案に対して不思議そうな彼女に、私は頭の角を指さしてから帽子を被った。
人間の住む町に角有りの魔族が居ては争いの元。
私は面倒事が嫌いなんだ。
そういうわけで、外にいた衛兵を呼んだ。
すぐに問題は大事になった。
十人余りの衛兵があの倉庫に駆けつけて捜査を始めると、私を騙したあの中年の男もすぐに捕まったのだ。
これで私のお役はごめん。
そう思ったんだけど、衛兵は私たちに事情聴取をしたいと言い出した。
私としてはイーリアスに早く会いたかったんだけど......。
だけど、事情聴取を断わって疑われたくなかったから私は応ぜざる得なかった。
もちろん口裏に合わせた通り、女の子――リエルといった――が魔法で男達を気絶させたという事にした。
衛兵はリエルの名前に驚く。
というのも、リエルはとある国の王に代々仕える魔術名家サルバドラ家の娘という事であった。
「それで、そっちの君はどうしてここに?」
一方私はというと、身分不詳の怪しい人扱いだ。
……どうしても何も、私はイーリアスに連れられてこの街に来て、男の一人に連れられただけなのだが。
私の説明に衛兵はイマイチ納得していない様子だ。
「イーリアス様?」
不審な顔を私に向ける。
何か失敗したようだ。
イーリアスの名前を出していれば、信頼を得られるだろうと思ったのだが逆効果だった。
彼らは、私なんかがイーリアスと知り合いなわけがないと思ったようで、「怪しいな」と疑い出したのだ。
「失礼。その帽子を取ってもらっても?」
その質問が私にとってどれほど恐ろしいものか語るべくものでもあるまい。
それで私が黙っていると、ますます衛兵は訝しむのだ。
私から数歩離れて事情を聞いていたリエルが慌てて私の方にやってくると「大丈夫ですよ。この子は大丈夫ですから!」と助け舟を出してくれた。
なぜこの子が魔族の私を助けてくれるのか分からないが、だけど、何とも嘘が下手なものだ。
いや、口下手で無口な私が言えた話ではないが。
「何が大丈夫なのか分からないけど、イーリアス様の事で嘘をつくのはいただけないなぁ」
当然、リエルの助け舟に衛兵が乗る事は無かった。
だけど、困った。
この帽子を取ってしまうと私が魔族だと知られてしまう。
私の言葉を一切信じてくれない人達だ。
私が魔族だと知られようものなら、きっと問答無用で牢屋に入れられてしまうだろう。
私の弁が立てば衛兵をどうにか出来そうだけど、まあ無理だ。
だって私は無口だから。
大人しくしてる私の帽子を衛兵がむんずと掴んで持ち上げる。
すると衛兵達の息を呑む音がした。
私の黒くて長い髪から覗く角を、彼らは見ているのだ。
どうしたものか。
私に敵意があるのか無いのかなんて事、衛兵にはどうでもいい。
魔族は糾弾し、捕えて、憎悪をぶつける対象でしないから、どんな言い訳も通用しない。
その時、「待ちなさい!」と女の人の声がして、カツカツとハイヒールの音が部屋に入って来る。
衛兵の動きがピタと止まって、驚きに目が開かれていた。
私がハイヒールの音のした方へと目を向けると、入り口に立っていた衛兵を押し退けてイーリアスがやって来るのが見える。
ああ、面倒な事にならなくて済む。
「その子は私の客人でね。魔族だけど大切な人なのよ。離しなさい」
イーリアスはいつもの冷静な顔で言うのだが、よく見ると額に汗がじんわりと出ていた。
多分、私の為に街中を駆け回ったのだろう。
悪いことをしてしまったと思うけど、ちょっと嬉しい。
それにイーリアスが実際に出てきてくれたおかげで、衛兵も大人しくなってくれた。
まさか本当にイーリアスと知り合いだったのかという顔だ。
溜飲も下がる。
私は呆然とする衛兵の手から帽子を取ると頭に被った。
あまり角を人目に晒したくないから、帽子を被るとホッとする。
そんな私の手をイーリアスが掴んで「さ、行くわよ」と連れ出そうとした。
リエルを見ると、彼女は目を輝かせてイーリアスを見ている。
人魔戦争を終わらせた大英雄の一人イーリアスだ。
子供にとっては男女関係なく憧れの存在なのだろう。
私がそんなリエルに手を振ると、リエルもハッと気付いて手を振り返してくれた。
あの子は衛兵が何とかしてくれるだろう。
とってもいい子だったから、またいつかどこかで会えたら良いな。
私のことを助けてくれたお礼もしたい。
とはいえ、この街にはたくさんの人が居るから、リエルに再会する事も無いだろう。
だけど、リエルへのお礼は他の人達にすればいい。
その人達が他の人達に優しさのお礼をしてくれたら、いつかリエルに巡ってくれるだろう。
それがせめてもの恩返しかも知れない。
そう思いながら階段を上がって地上に出る。
衛兵が何名か立っていて、周囲の警戒や周りの家の人達に聞き込みをしていた。
「ごめんなさいね。人間は差別的で」
別に気にしてはいない。
衛兵だって自分達の仕事を全うしてるだけだし、少し前まで魔族と人は戦争していたのだから仕方ない。
そうイーリアスと話しながら路地裏を出た。
開けた大通り。
相変わらず人通りが大きくてイーリアスとはぐれそう。
と、思ったら、イーリアスが通りに停まっていた馬車を指さして乗り込むように言った。
いつの間に呼んだのだろう。
私とはぐれないように馬車を用意してくれたのか。
私が馬車に近付くと、馬車の周りの行き交う人達が恐怖に引き攣ったよう顔をしている。
遠目から見た限りでは普通の馬車に見える。
不思議に思いながら馬車の横へ回り込んで御者と馬車馬を見ると、その理由が分かった。
御者と馬車馬が骸骨だったのだ。
御者は真っ赤なドレスを着て、羽飾りがついたつばの広い赤色の帽子を被っている。
首が座ってない。
全身の力を虚脱させてぐったりとしていた。
手綱を握ると言うより、指に引っかかっているという様子だ。
紛うことなき白骨死体。
人々が驚くのも無理は無い。
と思ったら、しゃれこうべがグルンと動いて、目玉の無い眼孔の、その暗い闇が私を見つめた。
細い白魚の連なるような骨指が帽子のツバを摘んで少し持ち上げると、礼儀正しく私へ会釈する。
気品の溢れる動作だ。
イーリアスが「私の使い魔よ。安心して乗りなさい」と私の肩に手を置く。
高位の魔法使いは魔物といわれる魔術的な生物を使役できる。
気品の溢れるこの骸骨も、いわゆる魔物なのだろう。
私は骸骨御者に軽く会釈を返して馬車に乗り込んだ。
箱型の馬車で向かい合わせにソファーが取り付けてある。
イーリアスが私の向かいに座って扉を閉めると、車輪がゆっくり動き出した。
初めて馬車に乗ったけど、意外と揺れない。
そう思ったら、イーリアスが「この馬車はこの世の物じゃないから揺れないのよ」と説明してくれた。
なんでも、少し地面を浮いてるらしい。
その気になれば空を飛んだり、壁を走ったりできるそうだ。
じゃあ空を飛んで行けば良いんじゃないかと思ったけど、「それなら飛行機械の方が良いし、粋じゃないもの」という事であった。
虫の羽みたいな薄羽で空を行き交う飛行機械。
かつて、空は箒や使い魔で空を飛べる魔法使いのものであったが、飛行機械の登場で空は誰しも使える場所になってしまった。
それが癪(しゃく)で、だったら地上をゆっくりと進んだ方が『粋』らしい。
何が粋なのか分からないが、とにかく『粋』らしかった。
「ここも魔法使いが住みづらくなってきたわ」
イーリアスは車窓から空を眺めて溜息を吐いている。
科学がこれからも進み、かつては魔法使いの専売特許であった超自然的な現象は誰でも使えるようになって行くだろうとイーリアスは言う。
魔法には知識と技術が必要だが、将来はワンタッチの機械で簡単に魔法みたいは事が出来るのだろう。
「まあでも、それが良いことなのかも知れないわ。私達が独占してても仕方ない事だからね」
いつか来るだろうその日をイーリアスは想像し、そして諦念に近い受け入れを抱いていた。
彼女は私の視線に気付くとクスリと笑う。
「別に絶望してる訳じゃないわよ? 魔法使いなんて魔法を高尚なものにして、自分達だけの物にしようとする人達ばかりだもの」
かつて、魔法は魔法使いだけのもので、魔法使いは自分達の魔法を弟子へ密かに教えるだけだった。
魔法学校なんて作って、沢山の人に魔法の使い方を頒布しだしたのもイーリアスが初めてだ。
排他的で秘密主義な魔法界でそんな事をしたイーリアスは、陰口を叩かれたり、怒られたり、きっと沢山の苦労があったに違いない。
それでも魔法学校を作ったのは、魔法を人々の役に立てたかったからだろう。
やっぱりイーリアスは『良い人だなぁ』と私が思っていると、段々、街並みの上からお城のような尖塔が覗いてきて、噂の魔法学校へと近づいて行くのだった。
私も今、一つの大きな困難にぶつかっているけど、人さらいに乱暴な手つきで髪を鷲掴みにされて女の子が抱き着いているなんて困難、人生にどのくらいあるだろう?
女の子はわんわんと泣き続け、男は手に持っているノコギリの歯をギラつかせていた。
「魔法でロープを切ったか? やっぱり角有りってのは面倒な奴だな」
ノコギリで私の角を切るつもりなのだろう。
だけど不思議でならないのは、なぜ彼はこうも私の角を斬ろうとするほど魔法を恐れるのに、準備を万端に行わないのだろうか。
ああ、もしも計画や準備をしっかりとやるようなマメな人だったらこんな悪事に手を染めていないか。
私は彼に掌を向けた。
「なんの真似だ?」
察しの悪い馬鹿だ。
なんの為に魔族の角を斬るのか理解してないんだろう。
魔法が怖いから角を折るのに、角を折る前に準備を万端にしないでどうする?
こんな馬鹿はいっぺん死んだ方が本人の為かもしれない。
ドン! と音が鳴って男が吹き飛ばされた。
背後の扉を跳ね飛ばした男は隣の部屋に倒れ込むとビクンビクンとまな板の魚みたいに跳ねるのだ。
......死んだ方が良いとは思ったけどちょっとやり過ぎたかも知れない。
女の子がその光景を見て、私から手を離した。
怖がらせたみたい。
だけどこれで動ける。
私が隣の部屋に入ると二人の男達が私を睨んでいた。
手には剣やらナイフやらが握られている。
女の子相手に随分と物々しいものだ。
いや、角有り相手ならそのくらい警戒してるのも仕方ないか。
もっとも、角のある魔族相手にその程度で戦えると思っているのは愚かな事だが。
カンと私の靴の踵が硬い床を打つ。
すると同時に男達の足元の地面が鋭く隆起(りゅうき)して股間にぶつかる。
「かっひゅ――」
言葉にならない叫びとはこういう事を言うのだろうか。
二人共鼻水やらヨダレや......股間からおしっこを垂らしながら気絶した。
パパから禁止されている私の必殺技だ。
こいつらになら使っても......多分良いだろう。
使わないと私が危なかったし、これで少なくともこの場にいる悪い奴らは全員倒せた。
とりあえず帽子はどこだろう?
帽子を探すと、積まれた木箱の上に私の帽子がある。
やはり角を隠さないと落ち着かない。
そう思った時だ。
突如私の背中に衝撃が走った。
誰かが突撃してきたのである。
しまった。油断していた。
まだ他にも敵が居たのか。
と思ったが、「助かったよぉ! 助かったよぉ!」と押し倒された私に女の子がすがり付いて来たのだ。
嬉しいのは分かったけど......背中痛い......。
――さて、こうして男達を倒した私達は衛兵を呼ぶ事にした。
いや、私は衛兵なんて呼ばずにさっさとイーリアスを探してたかったんだけど、女の子が、他にも捕まったり売られたりした子が居るかも知れないから衛兵を呼んで捜査してもらうべきだと言うので呼ぶ事にしたのである。
ただし、衛兵を呼ぶに当たってこの男達を倒したのは私では無く彼女だという事にしたが。
「なんで?」
不思議そうに小首を傾げていた。
私の手柄では無く彼女の手柄にするという私の提案に対して不思議そうな彼女に、私は頭の角を指さしてから帽子を被った。
人間の住む町に角有りの魔族が居ては争いの元。
私は面倒事が嫌いなんだ。
そういうわけで、外にいた衛兵を呼んだ。
すぐに問題は大事になった。
十人余りの衛兵があの倉庫に駆けつけて捜査を始めると、私を騙したあの中年の男もすぐに捕まったのだ。
これで私のお役はごめん。
そう思ったんだけど、衛兵は私たちに事情聴取をしたいと言い出した。
私としてはイーリアスに早く会いたかったんだけど......。
だけど、事情聴取を断わって疑われたくなかったから私は応ぜざる得なかった。
もちろん口裏に合わせた通り、女の子――リエルといった――が魔法で男達を気絶させたという事にした。
衛兵はリエルの名前に驚く。
というのも、リエルはとある国の王に代々仕える魔術名家サルバドラ家の娘という事であった。
「それで、そっちの君はどうしてここに?」
一方私はというと、身分不詳の怪しい人扱いだ。
……どうしても何も、私はイーリアスに連れられてこの街に来て、男の一人に連れられただけなのだが。
私の説明に衛兵はイマイチ納得していない様子だ。
「イーリアス様?」
不審な顔を私に向ける。
何か失敗したようだ。
イーリアスの名前を出していれば、信頼を得られるだろうと思ったのだが逆効果だった。
彼らは、私なんかがイーリアスと知り合いなわけがないと思ったようで、「怪しいな」と疑い出したのだ。
「失礼。その帽子を取ってもらっても?」
その質問が私にとってどれほど恐ろしいものか語るべくものでもあるまい。
それで私が黙っていると、ますます衛兵は訝しむのだ。
私から数歩離れて事情を聞いていたリエルが慌てて私の方にやってくると「大丈夫ですよ。この子は大丈夫ですから!」と助け舟を出してくれた。
なぜこの子が魔族の私を助けてくれるのか分からないが、だけど、何とも嘘が下手なものだ。
いや、口下手で無口な私が言えた話ではないが。
「何が大丈夫なのか分からないけど、イーリアス様の事で嘘をつくのはいただけないなぁ」
当然、リエルの助け舟に衛兵が乗る事は無かった。
だけど、困った。
この帽子を取ってしまうと私が魔族だと知られてしまう。
私の言葉を一切信じてくれない人達だ。
私が魔族だと知られようものなら、きっと問答無用で牢屋に入れられてしまうだろう。
私の弁が立てば衛兵をどうにか出来そうだけど、まあ無理だ。
だって私は無口だから。
大人しくしてる私の帽子を衛兵がむんずと掴んで持ち上げる。
すると衛兵達の息を呑む音がした。
私の黒くて長い髪から覗く角を、彼らは見ているのだ。
どうしたものか。
私に敵意があるのか無いのかなんて事、衛兵にはどうでもいい。
魔族は糾弾し、捕えて、憎悪をぶつける対象でしないから、どんな言い訳も通用しない。
その時、「待ちなさい!」と女の人の声がして、カツカツとハイヒールの音が部屋に入って来る。
衛兵の動きがピタと止まって、驚きに目が開かれていた。
私がハイヒールの音のした方へと目を向けると、入り口に立っていた衛兵を押し退けてイーリアスがやって来るのが見える。
ああ、面倒な事にならなくて済む。
「その子は私の客人でね。魔族だけど大切な人なのよ。離しなさい」
イーリアスはいつもの冷静な顔で言うのだが、よく見ると額に汗がじんわりと出ていた。
多分、私の為に街中を駆け回ったのだろう。
悪いことをしてしまったと思うけど、ちょっと嬉しい。
それにイーリアスが実際に出てきてくれたおかげで、衛兵も大人しくなってくれた。
まさか本当にイーリアスと知り合いだったのかという顔だ。
溜飲も下がる。
私は呆然とする衛兵の手から帽子を取ると頭に被った。
あまり角を人目に晒したくないから、帽子を被るとホッとする。
そんな私の手をイーリアスが掴んで「さ、行くわよ」と連れ出そうとした。
リエルを見ると、彼女は目を輝かせてイーリアスを見ている。
人魔戦争を終わらせた大英雄の一人イーリアスだ。
子供にとっては男女関係なく憧れの存在なのだろう。
私がそんなリエルに手を振ると、リエルもハッと気付いて手を振り返してくれた。
あの子は衛兵が何とかしてくれるだろう。
とってもいい子だったから、またいつかどこかで会えたら良いな。
私のことを助けてくれたお礼もしたい。
とはいえ、この街にはたくさんの人が居るから、リエルに再会する事も無いだろう。
だけど、リエルへのお礼は他の人達にすればいい。
その人達が他の人達に優しさのお礼をしてくれたら、いつかリエルに巡ってくれるだろう。
それがせめてもの恩返しかも知れない。
そう思いながら階段を上がって地上に出る。
衛兵が何名か立っていて、周囲の警戒や周りの家の人達に聞き込みをしていた。
「ごめんなさいね。人間は差別的で」
別に気にしてはいない。
衛兵だって自分達の仕事を全うしてるだけだし、少し前まで魔族と人は戦争していたのだから仕方ない。
そうイーリアスと話しながら路地裏を出た。
開けた大通り。
相変わらず人通りが大きくてイーリアスとはぐれそう。
と、思ったら、イーリアスが通りに停まっていた馬車を指さして乗り込むように言った。
いつの間に呼んだのだろう。
私とはぐれないように馬車を用意してくれたのか。
私が馬車に近付くと、馬車の周りの行き交う人達が恐怖に引き攣ったよう顔をしている。
遠目から見た限りでは普通の馬車に見える。
不思議に思いながら馬車の横へ回り込んで御者と馬車馬を見ると、その理由が分かった。
御者と馬車馬が骸骨だったのだ。
御者は真っ赤なドレスを着て、羽飾りがついたつばの広い赤色の帽子を被っている。
首が座ってない。
全身の力を虚脱させてぐったりとしていた。
手綱を握ると言うより、指に引っかかっているという様子だ。
紛うことなき白骨死体。
人々が驚くのも無理は無い。
と思ったら、しゃれこうべがグルンと動いて、目玉の無い眼孔の、その暗い闇が私を見つめた。
細い白魚の連なるような骨指が帽子のツバを摘んで少し持ち上げると、礼儀正しく私へ会釈する。
気品の溢れる動作だ。
イーリアスが「私の使い魔よ。安心して乗りなさい」と私の肩に手を置く。
高位の魔法使いは魔物といわれる魔術的な生物を使役できる。
気品の溢れるこの骸骨も、いわゆる魔物なのだろう。
私は骸骨御者に軽く会釈を返して馬車に乗り込んだ。
箱型の馬車で向かい合わせにソファーが取り付けてある。
イーリアスが私の向かいに座って扉を閉めると、車輪がゆっくり動き出した。
初めて馬車に乗ったけど、意外と揺れない。
そう思ったら、イーリアスが「この馬車はこの世の物じゃないから揺れないのよ」と説明してくれた。
なんでも、少し地面を浮いてるらしい。
その気になれば空を飛んだり、壁を走ったりできるそうだ。
じゃあ空を飛んで行けば良いんじゃないかと思ったけど、「それなら飛行機械の方が良いし、粋じゃないもの」という事であった。
虫の羽みたいな薄羽で空を行き交う飛行機械。
かつて、空は箒や使い魔で空を飛べる魔法使いのものであったが、飛行機械の登場で空は誰しも使える場所になってしまった。
それが癪(しゃく)で、だったら地上をゆっくりと進んだ方が『粋』らしい。
何が粋なのか分からないが、とにかく『粋』らしかった。
「ここも魔法使いが住みづらくなってきたわ」
イーリアスは車窓から空を眺めて溜息を吐いている。
科学がこれからも進み、かつては魔法使いの専売特許であった超自然的な現象は誰でも使えるようになって行くだろうとイーリアスは言う。
魔法には知識と技術が必要だが、将来はワンタッチの機械で簡単に魔法みたいは事が出来るのだろう。
「まあでも、それが良いことなのかも知れないわ。私達が独占してても仕方ない事だからね」
いつか来るだろうその日をイーリアスは想像し、そして諦念に近い受け入れを抱いていた。
彼女は私の視線に気付くとクスリと笑う。
「別に絶望してる訳じゃないわよ? 魔法使いなんて魔法を高尚なものにして、自分達だけの物にしようとする人達ばかりだもの」
かつて、魔法は魔法使いだけのもので、魔法使いは自分達の魔法を弟子へ密かに教えるだけだった。
魔法学校なんて作って、沢山の人に魔法の使い方を頒布しだしたのもイーリアスが初めてだ。
排他的で秘密主義な魔法界でそんな事をしたイーリアスは、陰口を叩かれたり、怒られたり、きっと沢山の苦労があったに違いない。
それでも魔法学校を作ったのは、魔法を人々の役に立てたかったからだろう。
やっぱりイーリアスは『良い人だなぁ』と私が思っていると、段々、街並みの上からお城のような尖塔が覗いてきて、噂の魔法学校へと近づいて行くのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
31
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる