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4話、新たな生活の幕開け

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 魔法学校での生徒達は学校内の一室に住むこととなる。

 とはいえ、私は入学式の前に居住室へと入って、三日ほど一人で悠々自適の暮らしをした。

 その日はイーリアスから授業で必要な教科書や杖なんかを貰って、ベッドで教科書を読んでいた。

 服も魔族のゴワゴワとした生地の寒色のものから、清潔な真っ白のブラウス、紺色のズボンを吊りバンドで固定したものを着ている。
 魔族の服と違って体のサイズにピッチリ合わされているから窮屈な感じがした。

 一応、制服は魔法製の糸で編まれているらしく、身体の成長に合わせて大きくなるらしい。
 どうせならもうちょっと大きくなってくれたらゆったりと着られて嬉しいのだけど。

 私が本を読みながら首を圧迫する襟を引っ張ったりしていると、校門の方から馬車の車輪の音が聞こえてくる。
 ベッドから体を起こし、窓から外を見ると沢山の馬車が続々と集まっていた。

 生徒達が来た。

 休暇を終えた上級生や、私みたいに初めて魔法学校にやって来た新入生達だ。

 この学校が荘厳な城で、その威容に見とれていたから新入生が誰か一目で分かった。

 この部屋にも他の生徒が来る事だろう。
 二段ベッドが四つ。
 八人で同室になる。

 私はベッド脇にある棚から帽子を取ると頭に被ろうとした。

 だけど、その手をピタと止める。

 イーリアスに言われた事があった。
 この学校では、魔族とか人間とか、そういった問題を解決する第一歩として私を使いたいという話だ。

『角ありを人が恐れるのは、魔族に慣れてないからよ。.......これは私にとっても賭けでもあるし、あなたには辛い思いをさせるでしょうね。でも、生徒達が共同生活する以上、あなたも角を隠して生活し続けられないわ』

 挑戦的な試みだ。
 だけど、私としても魔族と人間が仲良くできるならそれが良いと思う。

 そう思っていると、扉のノブが回った。

 同級生が来る。

 私は緊張しながら扉を見た。
 角は剥き出しだ。
 一目で魔族だと分かるだろう。

 扉が開く。
 何だかとてもゆっくりと重々しく開いていくように見えた。
 まるで空気が水みたいになったようだ。
 肺に流れ込む空気まで重々しく、粘性を帯びているように感じた。

 こんなに空気が重く、時間が遅く感じるのは私が緊張しているせいだろう。

 どんな子が来るだろうか。
 優しい子が来てくれると嬉しいが.......。

 扉が開き、メガネを掛けて大きな旅行カバンを両手で持った女の子が入って来た。
 清潔に前髪は整えられていて、髪の長さも肩ほどの子。

 お互いに目が合って、女の子は「あ」と声を出した。

「えっと.......エメリー?」

 そう言う彼女は、確か、そう、リエルだ。
 私と一緒に悪党達に捕まっていた子だ。

 恩返しをしたいと思ってたけど、まさかこんなに早く出会えるとは思わなかった。

 彼女は私のベッドを見ると、私の上のベッドに荷物を置いて良いかと聞く。
 もちろん、断る理由は無かった。

「凄い奇跡だよね! まさかまた会えるだなんて思わなかったよ!」

 私も凄い奇跡だと思う。

 いや、もしかしたらイーリアスが私とリエルを同室にしたのかも。
 .......いくらイーリアスでもそこまではしないか。

 リエルは旅装用のズボンやシャツを脱いで部屋着のローブに着替えながら、どんな人と同室になるのか不安だったけど私と一緒になれた事を嬉しいのだと言う。

 私だって同じだった。
 同室の子がどんな子か不安だった。
 少なくともリエルは、角有りの私を衛兵から庇おうとしてくれた恩人だ。
 リエルと一緒で私も嬉しい。

 この学校生活を上手くやれそう。

 その後、残りの六人の女の子達もやって来た。
 とはいえ、この六人の子は私の角を見るなり怖がって私に近付く事もしなかったから名前すら分からなかったけど。

 私とベッドに座って教科書を見ていたリエルは、そっと耳打ちで「なんだか感じが悪いね」と言う。

 確かに、六人の子達、皆が恐ろしさや敵対心を持った目で私をチラチラ見てくるし、部屋では私とリエル以外誰も喋らない。
 なんだか室内の空気は最悪だ。

 そんな事を思っていると、突然、『一年生に通達、これより入学の式を行うので講堂へ集まり下さい。入学の書類に地図があるので参照下さい』と部屋に響いた。

 どこから声がするのだろうかと見渡すと、リエルが青い顔で天井を指さす。

 .......うわ。

 天井の隅に人の口が浮かんで、声を発していた。
 無機物なのに有機的な人間の口が動いているなんて、見た目が気持ち悪い。

 今後も、何か通達がある度にあの口って浮かんで来るのかな。
 そう思うと不気味で嫌だな。

 私達はなんだか、天井に浮いた口が嫌で急いで講堂に向かう事にした。

 講堂は元々、人間族の宗教で使われていた場所で、説教師が立つ為の壇がある広い部屋であった。

 特徴的なのは天井。

 私達の頭上には青空と白い雲、光り輝く太陽があった。

 リエルや生徒達は空を見上げて「天井が無い!」なんて騒いでいたけど。

 だが天井はある。
 一見すると天井が無いように思えたが、恐らくは魔法による投影呪文だろう。
 かなり高い天井に空を投影させているから、天井が無いように思えるのは仕方ない事だ。

 私がリエルに、あれは投影呪文によるものだと伝えると、リエルは感心した様子で天井を見ていた。
 一方の私は天井の投影呪文よりも講堂の壁に見とれた。

 宗教的な部屋ゆえ、白い石の壁には細やかに宗教的な絵が彫刻されている。

 太陽。
 白い衣の女性。
 剣を手にする白銀鎧の騎士。
 白い羽の天使。

 石材は人間の職人の手で、今にも動き出しそうな程に柔らかで、そして生命的な活力に漲っていた。
 衣服など風に吹かれて今にも揺れそうである。

「凄いね!」

 天井を見ているリエルの言葉に、私は壁を見ながら頷くのであった。

 講堂には壇上から入口まで長テーブルが置かれている。
 そのテーブルには空の皿と、三又に分かれた燭台が置かれていた。

 燭台の三又に別れた先には蝋燭では無く奇妙な三つの丸い珠がふよふよと浮いている。
 その珠が光を放っていて、卓上を照らしていた。

「魔法的な道具だね。私の家にもあるよ」

 そう言うリエルと私は隣同士に座る。
 リエルは確か、結構良い家柄の子だったっけ。

 魔術名家と言われていたか。

 代々、王族に仕えて、王の為に魔法を研究している家系。
 魔法に密接な関係のある家なのだから、こういった魔法的な道具――魔道具というらしい――をよく知っているのだろう。

「魔族にはこういうの無いの?」

 無い。
 というか必要ないのだ。
 魔族自体が膨大な魔力を角に蓄えている。
 ゆえに、魔力量をいっさい気にすること無く日常的に魔法を使えた。

 人間は魔力の保有量が少ないので、こういった魔道具に魔力を込める事で少量でも十分な効果を得られるようにする必要がある。

「はえー。魔族ってやっぱり凄いなぁ」

 だけど、そのせいで敗けた。
 自分達の能力を過信し、試行錯誤をしなかった魔族は、身体的に能力の劣る人間の試行錯誤と高い技術力に敗北を喫したのだ。

 リエルはなんだか申し訳なさそうな顔をした。

 そんな顔をしないで欲しい。
 戦争があったといったってもう終わった事。

 魔族が敗けたのは人間を軟弱だと侮った慢心から来る必然だ。
 誰が悪いという訳じゃない。

 リエルは息を吐いて、「なんだかエメリーって大人だよね。何事にも動じないし」と言った。

 大人だろうか。
 いや、そう見えるだけだろう。

 無口なだけだ。
 実際、余所見していて迷子になったし。

 表情に出ないだけで動じてない訳じゃないし。

 私から見たら、衛兵から角ありの私を庇おうとしてくれたリエルの方がよっぽど大人に思えた。

 殆どの人は角ありを庇うばかりか、衛兵に引き渡そうとするものだ。
 今だって、周りの子達が私を指さしてヒソヒソと悪口を言ってる。

 言いたい事があれば面と向かって言えば良いのに。

 そう私が思ってると、「オーホホホ!」と高笑いがテーブルを挟んだ向かいから聞こえた。

 私の向かいの席は、誰もが私を恐れてるせいか空席だったのだが、その椅子の前に三人の女の子が立っている。

 真ん中に立つ子は、美しい金髪を縦に巻いて、金糸で縁取られた真っ赤のリボンを頭に付けていた。

 自信に漲るとはこういう子を言うのだろう。
 目付き、鼻付き、唇、端正に整った顔は臆面もなく私を見据えていた。

「なんでこんな所に魔族が居るのかしら? しかも角ありですわ」

 彼女は見下すような顔を私に向けながら、両脇の女の子二人にそう聞いている。

「はい。ラシュリー様。この学校の校長、イーリアス様の意向が、どんな人でも魔法を学べる場所が理念だからだと思います」

 まん丸に太った女の子がそう言った。

 リエルはラシュリーという言葉に心当たりがあったようで、私に耳打ちする。

「ラシュリーって、確か、東の浮遊大陸にある王国のお姫様の名前だよ」

 なるほど。
 偉そうなのも納得だ。
 両脇に従えた女の子二人は家来といった所か。

 ラシュリーは「私にも魔族の奴隷が居ますわ。あなたも私の奴隷にしてあげましょうか?」などと言いながら、オーホホホ! と高笑いを上げて椅子に座った。

 なんて不自然な笑い方なのだろう。
 疲れないのだろうか?

 そんな事を考えている私を家来の二人が侮蔑の目で見ながら、「ラシュリー様、角ありの前に座るのですか?」などと言っている。

「ここしか空いてる所なんて無いのですから仕方ないですわ」
「ですが、角ありの前ですよ? 良ければ他の席を空けさせます」
「まあ! それではまるで私が角ありが怖くて逃げているようじゃない! 魔族なんて奴隷よ。恐れる必要なんてなくてよ」

 ラシュリーは「なにせ私は超天才魔法使いだからね! 角あり恐るるに足らずですわ!」と言って、オーホホホと笑った。

 リエルが不服そうにラシュリーを見たあと、「感じの悪い子だね」と私に耳打ちする。

 奴隷扱いされるのは私も気分が悪い。
 まあ、一緒にいるのはこの式の最中だけだ。
 この式が終わればわざわざラシュリーと一緒に居る必要は無いから、今だけ我慢しよう。

 そう思っていると、キャー! と黄色い歓声が上がった。

 壇上を見ると、学校の教師達が姿を見せている。
 そして、校長のイーリアスもその姿を見せて、生徒達はイーリアスを一目見れた感動に叫ぶのであった。
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