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序章・帝国崩壊編
15、領主の一計、結局力技
ダーグル達が撤退してタンドスは怒った。
たかが蛮族ごときに二千の兵が撤退とは情けないとなじったのである。
そして、急ぎ軍を再編し、糧食を領土のそこらから集めて再出陣の準備を整えるのだ。
そんな折に一兵卒のキルムが戻ってきた。
撤退の時から姿が見えなかった彼の事をタンドス軍はてっきり死亡したとばり思っていたので、その帰還に驚く。
しかし、何より驚くのキルムから与えられた情報だ。
「あの日に俺達を襲ったのは蛮族じゃない。モンタアナの兵士達だ!」
その情報にタンドスの兵達は驚いた。
そして、二千人も居たのに皆して騙されたとは情けなくて悔しく思う。
なめられておちょくられたと感じてタンドス軍の兵達は怒った。
しかしながら、その長のタンドスは怒るどころかむしろ笑っていたのである。
なぜならば、わざわざ策を弄して二千の兵をおちょくったという事はモンタアナには満足に対抗できる兵が居ないと言っているようなものなのだ。
所詮は急場凌ぎの姑息な手。
むしろ、兵達を怒らせてやる気を出させてくれたのだから儲けものである。
モンタアナに兵なしとタンドスは断じて、糧食を集め終わると今度はタンドス自身が二千の兵を率いてモンタアナへと出陣した。
ダーグル達が撤退してから一週間後の事である。
「俺が兵を率いるからには蛮族の一匹や二匹現れようと撤退はありえん!」
そのように意気込み、不退転の決意をもって兵を進軍させたのである。
兵達もモンタアナには怒りを抱いていたので、絶対にモンタアナを落としてやるぞと意気込んだ。
しかし、そんな彼らが涙渓谷に到着すると、渓谷が岩で塞がれていた。
崖から落石したものではなく明らかに人為的に塞がれていたのである。
「迂回するのがよろしいかと」
ダーグルを始めとした配下の諸将が迂回を進言したが、タンドスは「戦下手どもめ!」と迂回の進言を一蹴した。
用意した糧食から迂回は日にち的に無理だとタンドスは判断したのだ。
そもそもモンタアナが欲しい理由は、タンドスの支配している町や村が連日の領土争いで荒廃して食糧の備蓄と収穫が減っている為である。
だから、無駄に消費出来るほどの食糧は無かった。
しかし、そんな弱気な事を口に出して説明しては、それを聞いた兵の士気に関わる。
それなのに迂回しろ迂回しろという諸将に「なんと察しが悪い」とタンドスほ心の中で激しくなじった。
「とにかく、この谷を突っ切るぞ」
「道を塞ぐ岩はどうしますか?」
「どかす時間も惜しい。乗り越えるぞ」
タンドスのこの計画に兵達は驚く。
人はともかく馬はどうするのかと聞けば、乗り捨てろと言われた。
糧食を積んだ馬車はどうするのと聞くと、ロープを使って引っ張り上げろとタンドスは答えるのだ。
誰もが無理な作戦だと思う。
実際、馬車を引き上げる時に馬車がうっかり落ちて三人の兵が下敷きになって死んだ。
馬車を引き上げ終わった後も岩が崩れて五名の兵が潰れて死に、十名の兵が負傷した。
タンドスはこの負傷した兵の為に行軍が遅くなるのを嫌い、負傷兵を見捨てて進軍する。
せめて食糧を置いて欲しいと負傷兵に懇願されたが、「戦わぬ兵に食わせる飯は無い」とタンドスはこれを拒否して進軍した。
さらに進むと幾らかの丘があり、その丘を越えると小川がある。
その小川はくるぶしほどの深さで穏やかな川だ。
しかしその日は、なぜか小川が増水していて人の腰くらい深く、白波立たせて怒涛の勢いを見せていた。
これには諸将も進軍出来ないと撤退を進言したが、タンドスはこれを「モンタアナの策だ! これは上流で堤防を作って水を溜め、決壊させたのだ」と説明。
そして、わざわざこのような真似をするのは戦力で劣っているからだと説明して、撤退するのはモンタアナの思う壷なのだと言う。
「では、水が引くまで待ちますか」
そのように諸将が聞いたが、待機する食糧が無いのも事実。
なので、タンドスは橋を掛けるように命じた。
「激流ですよ! 堤防を決壊させただけならすぐに水も引きましょう!」
「黙らぬか! 兵同士をロープで括って橋を作らせい!」
タンドスの命令通りに兵達は木を伐採して、互いの体をロープで括ると激流へ身を入れて橋を掛けるのだ。
この作業中、一人が水に流され、ロープて括っていた数名も引っ張られて流されてしまった。
さらに、橋を掛け終わった後も体が濡れた兵は病気を患い、タンドスは病が蔓延するのを嫌ってその兵達を置いてしまったのである。
しかも、橋が掛かる頃には川の濁流も収まり始めていたので、兵達は「なんだい。俺達な無駄な事をさせてこの仕打ちは」とタンドスに不信感を抱いていた。
特に夜間の陰口は酷い。
中には諸将までタンドスの悪口を言う者まで居た。
さて、そうなると動き出す者が居た。
それは、あの一兵卒のキルムだ。
彼は同僚の仲でも特にタンドスの悪口を言う者を二、三人選んで森の深くへと誘い込んだ。
「なんだい話ってのは?」
同僚達はどんどん森の深くへ連れて行くキルムに疑惑の目を向けた。
すると、「連れて来ました」とキルムは何者かに言うのだ。
誰か居るのかと同僚達が森の闇を見ると、そこから現れた人に驚いた。
「やあ、よく連れて来てくれた」
にこやかにそう言う男はモンタアナ領主のラドウィンだったからだ。
しかも、気付くとモンタアナの兵達に囲まれていた。
キルムはなんと、モンタアナに寝返っていたのだ!
「謀ったなキルム!」
同僚達はキルムに騙されて罠に落とされたと憤る。
が、キルムは慌てて、誤解だ! と訂正した。
「チクショウ! 何が誤解なものか! もうダメだ! 俺達はここで死ぬんだ!」
彼らは喚いて剣を抜くので、ラドウィンが「まあ落ち着いて下さい」と制する。
そして、ラドウィンは兵の一人に食べ物を持ってこさせて彼らに渡した。
「食べるが良い」
ラドウィンに言われて、彼らは互いに顔を見合わせて戸惑う。
果たして本当に食べて良いのか? 何かの罠では無かろうか?
そのような疑いは飽くなかったが、しかし、この状況で罠も何もあるものか! と思うと、ここ数日は食料を切り詰められて満足に食えて無かったから食べる事にした。
白パンに、レタスやキャベツに似た葉野菜とトロトロに煮込まれた豚肉が挟んであって美味いったらない。
たちまち一呑みするのでゲップが口から出る程だった。
そうして満腹になると、なぜ敵の自分達に食べ物を恵んでくれるのかと疑問に思う。
「それはだな。僕が君達を勇士と見込んだからだ。もし良ければ、共に馬を並べて戦ってみないか?」
ラドウィンがそう言うので、彼らは『勇士』と言われてはにかんだ。
評価してもらえるのは嬉しい。食べ物をくれた恩もある。
しかし、味方を裏切るというのも中々難しいもので、中々首を縦に振らない。
「タンドスにそこまで忠義があるのかい?」
「いえ、いえ、ラドウィン様。我々には一片の忠義などもはやありません。しかし、戦友がおるのです。仲間を裏切るわけには……」
「ならばその戦友もモンタアナに来るよう説得すれば良い。僕の村は余って余って仕方ないほどの食べ物があるのだ。千人でも二千人でも、信頼に足る仲間を連れて来てくれたまえ」
そう言われると、非常に魅力的な話である。
考えさせて欲しいと頼むと、ラドウィンはニコリと笑って「存分に考えて貰って構わない。敵対するなら正々堂々と戦おうではないか」なんて気持ち良く送り出して貰えた。
さて、この兵達、夜営場所に戻るとキルムに「お前は裏切ったんだな」と詰め寄る。
「すまない」とキルムが謝ると、「いやいや、俺達は責めてる訳じゃなくてだな……」と言い淀んだ。
キルムが裏切ってるなら俺達も裏切ったって構わないのでは? と思っていたのである。
そして、ここから数日、密やかにその兵達は別の兵達に「実はモンタアナから勧誘を受けてる」と話をした。
やがてそれは噂となって二千の兵を駆ける。
『モンタアナ領主ラドウィンは我々を勇士と高く評価している』とか『酒池肉林が約束されているらしい』とか。
この噂は諸将の耳にも入ったが、彼らは「くだらん流言飛語だ」と噂を信じなかった。
くだらない流言飛語なので調べる事も口封じもしなかった。
あくまでもくだらない噂だからタンドスにわざわざ報告もしない。
そしてもしもの為を考えて胸の奥にしまっておいたのである。もしかしたら、その噂の恩恵に自分もあずかれるかも知れないと思ったのであった。
当のタンドスは配下一人一人に至るまで、二心を抱いているなど気付きもせずにモンタアナ村に隣接して広がる平原へと到着した。
タンドス軍二千の兵らが見たのは、村とは名ばかりの町だ。
それに豊かそうな田畑まで見えるでは無いか。
その田畑を守るようにモンタアナの村民達、五百ばかりが陣を構えていた。
「五百人とは木っ端な数よ! しかも見てみよあの陣容、隊列もまともに組めとらん。あれで兵と言えようか!」
タンドスは大笑いして、この戦いの勝ちを確信する。
一方、兵達や諸将には一つの猜疑が広まっていた。
それは、『噂は本当か否か?』という猜疑だ。
本当ならば裏切る以外の手立ては無い。
しかし、こうして見るとモンタアナの兵力はあまりに不足。
もしも自分が裏切っても、他に誰も裏切らなかったらモンタアナの兵士達と共に殺されてしまう。
噂は事実なのか?
そして他の連中は裏切るのか? 裏切らないのか?
タンドス軍にはそのような疑心暗鬼が広がっていた。
すると、モンタアナ軍の先頭に居た二騎がタンドス軍へと馬を駆けてくる。
タンドスは「降参の使者か?」と呟きながら見ていたが、二騎とも槍をしごいていたし、どれだけ軍に近付こうとも馬の足を緩めないので、使者では無く突撃だと分かった。
二騎は雄叫びを挙げる。
だが、タンドス軍の兵士達は誰一人彼らを止めなかった。
いやさ、止められなかった。
兵達は裏切るか裏切るまいか悩んでいたのと、この二騎が使者なのか攻撃に来たのか迷っていたせいで動けなかったのだ。
それに、この二騎は見事な手綱捌きで兵と兵の列の間を抜けて一切の攻撃を仕掛けないのだから、兵達はますます混乱してしまった。
敵なら我々を攻撃してくる筈では?
なぜ攻撃も仕掛けずに走っていくのだ?
しかし槍を構えているぞ?
兵達どころか諸将まで混乱して呆然と二騎を見る事しか出来ない。
まさに無人の野を行く如し。
二騎は、兵列の後方に構える本陣にまで突き進み、タンドスへと一直線へ向かう。
「誰か止めぬか!」
タンドスが叫び、兵達はハッとした。
そして、タンドス腹心の騎士五名が馬を駆けて二騎の前に立ちはだかる。
「二騎のみで駆けてくるとは豪胆なり! 名はなんと言うか!」
騎士がそのように言いながら槍を構えた。
「モンタアナ領主ラドウィン!」
「その客将、ハルアーダ!」
声高らかに名乗り上げると同時に、五人の騎士はその体を無惨にも槍で切り裂かれる。
タンドスはそれを見ると、恐れおののく事もせずに剣を抜き、馬の腹を蹴った。
「このタンドスとて戦場で身を立てたのだ! 嘗めるな!」
ラドウィンは槍を投げ捨て、剣を抜き「その心意気やよし!」とただ一騎でタンドスへと馬を駆けて一騎討ちと洒落込む。
擦れ違いざまに五合、剣を打ち合った。一瞬の事である。
二人は素早く馬首を返すと再び五合を打ち合い、「は!」とラドウィンの気合い一閃、タンドスの首が飛んだ。
タンドスの馬がいななき、頭を失った体が血を撒き散らしながら地面へと落下する。
その光景を見ていたタンドスの兵達は、あまりにも早い結末に理解及ばず呆然としていた。
すると、ハルアーダが落ちていたタンドスの首を拾い上げて、呆然とする兵達へそのタンドスの顔を向ける。
そうして、タンドスは死んだから降伏するように伝えた。
元々裏切るがどうか悩んでいた所にこれ程の力量を見せ付けられては適わない。
総戦力約二千、ことごとくが投降するのは必然の結果だった。
こうしてモンタアナは全くの被害を出すこと無く二千の兵を手に入れたのである。
とはいえ、いくらモンタアナが町並に発展しているとはいえ二千の兵を収容する場所が無い。
食う物あれど暮らす所は無かった。
なので、ターラーハッタやタンドスが支配していたミョルゼ地方を領地にする必要があったのである。
あまりラドウィンは乗り気では無かったが、膨れ上がった兵を収容して養うにはあまりにモンタアナでは手狭なので仕方ない事である。
翌日にこの降伏兵二千を引き連れてミョルゼ地方へと進軍した。
ミョルゼ地方にあるトルトという町に到着すると、その悲惨さにラドウィンは驚いた。
それはまさに廃墟と呼ぶのが相応しい荒廃である。
戦争で火でもかけられたか殆どの家が焼け落ちて、焼けてない家も略奪に遭ったかカーテン一枚残っていない。
田畑などは行軍の時に踏み荒らされているか、あるいは青田の一つに至るまで刈り取られているかであった。
そのような状況なので、道には家を失った人達があぶれ、虚ろな目で食べ物を恵んで貰おうと少しでも裕福な人に助けを求めている始末だ。
この惨状を見たラドウィンはただちに備蓄の食糧をモンタアナから送らせて、トルトの人々へ配った。
また、モンタアナの職人を呼んで、仮住まいでも良いからただちに家を建てるように命ずる。
ひとまずの応急処置であったが、人々が笑顔になる程度には町を復興させる事に成功した。
すると、ラドウィンのその噂を聞き付けたミョルゼ地方の各町長や知事、防衛の為に各村に残っていたタンドスの武将達等々、タンドスが死んで誰の指揮下にも無い宙ぶらりんの人々がラドウィンに使者を出したのである。
「ラドウィン辺境伯の支配下に降るので、どうか何卒復興の支援をお願い致します!」
そのようにお願いする使者はラドウィンのもとへ、ひっきりなしにやって来るのであった。
たかが蛮族ごときに二千の兵が撤退とは情けないとなじったのである。
そして、急ぎ軍を再編し、糧食を領土のそこらから集めて再出陣の準備を整えるのだ。
そんな折に一兵卒のキルムが戻ってきた。
撤退の時から姿が見えなかった彼の事をタンドス軍はてっきり死亡したとばり思っていたので、その帰還に驚く。
しかし、何より驚くのキルムから与えられた情報だ。
「あの日に俺達を襲ったのは蛮族じゃない。モンタアナの兵士達だ!」
その情報にタンドスの兵達は驚いた。
そして、二千人も居たのに皆して騙されたとは情けなくて悔しく思う。
なめられておちょくられたと感じてタンドス軍の兵達は怒った。
しかしながら、その長のタンドスは怒るどころかむしろ笑っていたのである。
なぜならば、わざわざ策を弄して二千の兵をおちょくったという事はモンタアナには満足に対抗できる兵が居ないと言っているようなものなのだ。
所詮は急場凌ぎの姑息な手。
むしろ、兵達を怒らせてやる気を出させてくれたのだから儲けものである。
モンタアナに兵なしとタンドスは断じて、糧食を集め終わると今度はタンドス自身が二千の兵を率いてモンタアナへと出陣した。
ダーグル達が撤退してから一週間後の事である。
「俺が兵を率いるからには蛮族の一匹や二匹現れようと撤退はありえん!」
そのように意気込み、不退転の決意をもって兵を進軍させたのである。
兵達もモンタアナには怒りを抱いていたので、絶対にモンタアナを落としてやるぞと意気込んだ。
しかし、そんな彼らが涙渓谷に到着すると、渓谷が岩で塞がれていた。
崖から落石したものではなく明らかに人為的に塞がれていたのである。
「迂回するのがよろしいかと」
ダーグルを始めとした配下の諸将が迂回を進言したが、タンドスは「戦下手どもめ!」と迂回の進言を一蹴した。
用意した糧食から迂回は日にち的に無理だとタンドスは判断したのだ。
そもそもモンタアナが欲しい理由は、タンドスの支配している町や村が連日の領土争いで荒廃して食糧の備蓄と収穫が減っている為である。
だから、無駄に消費出来るほどの食糧は無かった。
しかし、そんな弱気な事を口に出して説明しては、それを聞いた兵の士気に関わる。
それなのに迂回しろ迂回しろという諸将に「なんと察しが悪い」とタンドスほ心の中で激しくなじった。
「とにかく、この谷を突っ切るぞ」
「道を塞ぐ岩はどうしますか?」
「どかす時間も惜しい。乗り越えるぞ」
タンドスのこの計画に兵達は驚く。
人はともかく馬はどうするのかと聞けば、乗り捨てろと言われた。
糧食を積んだ馬車はどうするのと聞くと、ロープを使って引っ張り上げろとタンドスは答えるのだ。
誰もが無理な作戦だと思う。
実際、馬車を引き上げる時に馬車がうっかり落ちて三人の兵が下敷きになって死んだ。
馬車を引き上げ終わった後も岩が崩れて五名の兵が潰れて死に、十名の兵が負傷した。
タンドスはこの負傷した兵の為に行軍が遅くなるのを嫌い、負傷兵を見捨てて進軍する。
せめて食糧を置いて欲しいと負傷兵に懇願されたが、「戦わぬ兵に食わせる飯は無い」とタンドスはこれを拒否して進軍した。
さらに進むと幾らかの丘があり、その丘を越えると小川がある。
その小川はくるぶしほどの深さで穏やかな川だ。
しかしその日は、なぜか小川が増水していて人の腰くらい深く、白波立たせて怒涛の勢いを見せていた。
これには諸将も進軍出来ないと撤退を進言したが、タンドスはこれを「モンタアナの策だ! これは上流で堤防を作って水を溜め、決壊させたのだ」と説明。
そして、わざわざこのような真似をするのは戦力で劣っているからだと説明して、撤退するのはモンタアナの思う壷なのだと言う。
「では、水が引くまで待ちますか」
そのように諸将が聞いたが、待機する食糧が無いのも事実。
なので、タンドスは橋を掛けるように命じた。
「激流ですよ! 堤防を決壊させただけならすぐに水も引きましょう!」
「黙らぬか! 兵同士をロープで括って橋を作らせい!」
タンドスの命令通りに兵達は木を伐採して、互いの体をロープで括ると激流へ身を入れて橋を掛けるのだ。
この作業中、一人が水に流され、ロープて括っていた数名も引っ張られて流されてしまった。
さらに、橋を掛け終わった後も体が濡れた兵は病気を患い、タンドスは病が蔓延するのを嫌ってその兵達を置いてしまったのである。
しかも、橋が掛かる頃には川の濁流も収まり始めていたので、兵達は「なんだい。俺達な無駄な事をさせてこの仕打ちは」とタンドスに不信感を抱いていた。
特に夜間の陰口は酷い。
中には諸将までタンドスの悪口を言う者まで居た。
さて、そうなると動き出す者が居た。
それは、あの一兵卒のキルムだ。
彼は同僚の仲でも特にタンドスの悪口を言う者を二、三人選んで森の深くへと誘い込んだ。
「なんだい話ってのは?」
同僚達はどんどん森の深くへ連れて行くキルムに疑惑の目を向けた。
すると、「連れて来ました」とキルムは何者かに言うのだ。
誰か居るのかと同僚達が森の闇を見ると、そこから現れた人に驚いた。
「やあ、よく連れて来てくれた」
にこやかにそう言う男はモンタアナ領主のラドウィンだったからだ。
しかも、気付くとモンタアナの兵達に囲まれていた。
キルムはなんと、モンタアナに寝返っていたのだ!
「謀ったなキルム!」
同僚達はキルムに騙されて罠に落とされたと憤る。
が、キルムは慌てて、誤解だ! と訂正した。
「チクショウ! 何が誤解なものか! もうダメだ! 俺達はここで死ぬんだ!」
彼らは喚いて剣を抜くので、ラドウィンが「まあ落ち着いて下さい」と制する。
そして、ラドウィンは兵の一人に食べ物を持ってこさせて彼らに渡した。
「食べるが良い」
ラドウィンに言われて、彼らは互いに顔を見合わせて戸惑う。
果たして本当に食べて良いのか? 何かの罠では無かろうか?
そのような疑いは飽くなかったが、しかし、この状況で罠も何もあるものか! と思うと、ここ数日は食料を切り詰められて満足に食えて無かったから食べる事にした。
白パンに、レタスやキャベツに似た葉野菜とトロトロに煮込まれた豚肉が挟んであって美味いったらない。
たちまち一呑みするのでゲップが口から出る程だった。
そうして満腹になると、なぜ敵の自分達に食べ物を恵んでくれるのかと疑問に思う。
「それはだな。僕が君達を勇士と見込んだからだ。もし良ければ、共に馬を並べて戦ってみないか?」
ラドウィンがそう言うので、彼らは『勇士』と言われてはにかんだ。
評価してもらえるのは嬉しい。食べ物をくれた恩もある。
しかし、味方を裏切るというのも中々難しいもので、中々首を縦に振らない。
「タンドスにそこまで忠義があるのかい?」
「いえ、いえ、ラドウィン様。我々には一片の忠義などもはやありません。しかし、戦友がおるのです。仲間を裏切るわけには……」
「ならばその戦友もモンタアナに来るよう説得すれば良い。僕の村は余って余って仕方ないほどの食べ物があるのだ。千人でも二千人でも、信頼に足る仲間を連れて来てくれたまえ」
そう言われると、非常に魅力的な話である。
考えさせて欲しいと頼むと、ラドウィンはニコリと笑って「存分に考えて貰って構わない。敵対するなら正々堂々と戦おうではないか」なんて気持ち良く送り出して貰えた。
さて、この兵達、夜営場所に戻るとキルムに「お前は裏切ったんだな」と詰め寄る。
「すまない」とキルムが謝ると、「いやいや、俺達は責めてる訳じゃなくてだな……」と言い淀んだ。
キルムが裏切ってるなら俺達も裏切ったって構わないのでは? と思っていたのである。
そして、ここから数日、密やかにその兵達は別の兵達に「実はモンタアナから勧誘を受けてる」と話をした。
やがてそれは噂となって二千の兵を駆ける。
『モンタアナ領主ラドウィンは我々を勇士と高く評価している』とか『酒池肉林が約束されているらしい』とか。
この噂は諸将の耳にも入ったが、彼らは「くだらん流言飛語だ」と噂を信じなかった。
くだらない流言飛語なので調べる事も口封じもしなかった。
あくまでもくだらない噂だからタンドスにわざわざ報告もしない。
そしてもしもの為を考えて胸の奥にしまっておいたのである。もしかしたら、その噂の恩恵に自分もあずかれるかも知れないと思ったのであった。
当のタンドスは配下一人一人に至るまで、二心を抱いているなど気付きもせずにモンタアナ村に隣接して広がる平原へと到着した。
タンドス軍二千の兵らが見たのは、村とは名ばかりの町だ。
それに豊かそうな田畑まで見えるでは無いか。
その田畑を守るようにモンタアナの村民達、五百ばかりが陣を構えていた。
「五百人とは木っ端な数よ! しかも見てみよあの陣容、隊列もまともに組めとらん。あれで兵と言えようか!」
タンドスは大笑いして、この戦いの勝ちを確信する。
一方、兵達や諸将には一つの猜疑が広まっていた。
それは、『噂は本当か否か?』という猜疑だ。
本当ならば裏切る以外の手立ては無い。
しかし、こうして見るとモンタアナの兵力はあまりに不足。
もしも自分が裏切っても、他に誰も裏切らなかったらモンタアナの兵士達と共に殺されてしまう。
噂は事実なのか?
そして他の連中は裏切るのか? 裏切らないのか?
タンドス軍にはそのような疑心暗鬼が広がっていた。
すると、モンタアナ軍の先頭に居た二騎がタンドス軍へと馬を駆けてくる。
タンドスは「降参の使者か?」と呟きながら見ていたが、二騎とも槍をしごいていたし、どれだけ軍に近付こうとも馬の足を緩めないので、使者では無く突撃だと分かった。
二騎は雄叫びを挙げる。
だが、タンドス軍の兵士達は誰一人彼らを止めなかった。
いやさ、止められなかった。
兵達は裏切るか裏切るまいか悩んでいたのと、この二騎が使者なのか攻撃に来たのか迷っていたせいで動けなかったのだ。
それに、この二騎は見事な手綱捌きで兵と兵の列の間を抜けて一切の攻撃を仕掛けないのだから、兵達はますます混乱してしまった。
敵なら我々を攻撃してくる筈では?
なぜ攻撃も仕掛けずに走っていくのだ?
しかし槍を構えているぞ?
兵達どころか諸将まで混乱して呆然と二騎を見る事しか出来ない。
まさに無人の野を行く如し。
二騎は、兵列の後方に構える本陣にまで突き進み、タンドスへと一直線へ向かう。
「誰か止めぬか!」
タンドスが叫び、兵達はハッとした。
そして、タンドス腹心の騎士五名が馬を駆けて二騎の前に立ちはだかる。
「二騎のみで駆けてくるとは豪胆なり! 名はなんと言うか!」
騎士がそのように言いながら槍を構えた。
「モンタアナ領主ラドウィン!」
「その客将、ハルアーダ!」
声高らかに名乗り上げると同時に、五人の騎士はその体を無惨にも槍で切り裂かれる。
タンドスはそれを見ると、恐れおののく事もせずに剣を抜き、馬の腹を蹴った。
「このタンドスとて戦場で身を立てたのだ! 嘗めるな!」
ラドウィンは槍を投げ捨て、剣を抜き「その心意気やよし!」とただ一騎でタンドスへと馬を駆けて一騎討ちと洒落込む。
擦れ違いざまに五合、剣を打ち合った。一瞬の事である。
二人は素早く馬首を返すと再び五合を打ち合い、「は!」とラドウィンの気合い一閃、タンドスの首が飛んだ。
タンドスの馬がいななき、頭を失った体が血を撒き散らしながら地面へと落下する。
その光景を見ていたタンドスの兵達は、あまりにも早い結末に理解及ばず呆然としていた。
すると、ハルアーダが落ちていたタンドスの首を拾い上げて、呆然とする兵達へそのタンドスの顔を向ける。
そうして、タンドスは死んだから降伏するように伝えた。
元々裏切るがどうか悩んでいた所にこれ程の力量を見せ付けられては適わない。
総戦力約二千、ことごとくが投降するのは必然の結果だった。
こうしてモンタアナは全くの被害を出すこと無く二千の兵を手に入れたのである。
とはいえ、いくらモンタアナが町並に発展しているとはいえ二千の兵を収容する場所が無い。
食う物あれど暮らす所は無かった。
なので、ターラーハッタやタンドスが支配していたミョルゼ地方を領地にする必要があったのである。
あまりラドウィンは乗り気では無かったが、膨れ上がった兵を収容して養うにはあまりにモンタアナでは手狭なので仕方ない事である。
翌日にこの降伏兵二千を引き連れてミョルゼ地方へと進軍した。
ミョルゼ地方にあるトルトという町に到着すると、その悲惨さにラドウィンは驚いた。
それはまさに廃墟と呼ぶのが相応しい荒廃である。
戦争で火でもかけられたか殆どの家が焼け落ちて、焼けてない家も略奪に遭ったかカーテン一枚残っていない。
田畑などは行軍の時に踏み荒らされているか、あるいは青田の一つに至るまで刈り取られているかであった。
そのような状況なので、道には家を失った人達があぶれ、虚ろな目で食べ物を恵んで貰おうと少しでも裕福な人に助けを求めている始末だ。
この惨状を見たラドウィンはただちに備蓄の食糧をモンタアナから送らせて、トルトの人々へ配った。
また、モンタアナの職人を呼んで、仮住まいでも良いからただちに家を建てるように命ずる。
ひとまずの応急処置であったが、人々が笑顔になる程度には町を復興させる事に成功した。
すると、ラドウィンのその噂を聞き付けたミョルゼ地方の各町長や知事、防衛の為に各村に残っていたタンドスの武将達等々、タンドスが死んで誰の指揮下にも無い宙ぶらりんの人々がラドウィンに使者を出したのである。
「ラドウィン辺境伯の支配下に降るので、どうか何卒復興の支援をお願い致します!」
そのようにお願いする使者はラドウィンのもとへ、ひっきりなしにやって来るのであった。
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一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
クラス転移して授かった外れスキルの『無能』が理由で召喚国から奈落ダンジョンへ追放されたが、実は無能は最強のチートスキルでした
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理不尽に奈落へと追放したクラスメイトと召喚者たちに対して、ユウは復讐を誓う。
ユウは奈落で無能というスキルが実は『すべてを無にする』、最強のチートスキルだということを知り、奈落の規格外の魔物たちを無能によって倒し、規格外の強さを身につけていく。
これは、理不尽に追放された青年が最強のチートスキルを手に入れて、復讐を果たし、世界と己を救う物語である。
辺境追放された「植物魔導師」の領地開拓 ~枯れ果てた死の大地は、俺の魔力で聖域(楽園)へと変貌する~
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