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序章・帝国崩壊編

21、領主、気付くと戦力が大きくなる

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 ラドウィンはモンタアナを出発してミョルゼを通る。
 ミョルゼは今やラドウィンの領土で、各町や村を治める諸将はすぐさま兵を率いてラドウィンと合流した。

 モンタアナを出陣したラドウィンの戦力は当初百余名であったが、ミョルゼを抜ける頃には二千を越えた。

 そうしてミョルゼを抜けるとラドウィン領に隣接する領土、ダイケンを越える必要があった。

 隣領ダイケンの領主はバルオルムと言って、典型的な武人気質の男である。
 あんまりにも堅物であり、権力争いに無関心な男であったが義理堅い男でもあった。
 代々からダイケンの領主をつとめるサルバンドラ家の男で、治政は凡を超えない男である。

 そのような男であるが、古くからラドウィンとは交流があって、不作の年にはしばしばラドウィンから麦を貰っていた。

 今回も兵を整えたは良いが兵糧が足りず、帝都へ馳せ参じられない所である。

 そんな折にラドウィンが帝都に向かうから領土を通して欲しいと彼の屋敷へ足を運んできたのは、バルオルムにとって幸運の事であった。

 彼自ら玄関へ足を運ぶと、そこには飄々と笑っているラドウィンが居る。

 互いに文書のやり取りはあったが、直接顔を合わせるのは初めてだ。

 バルオルムは頬髭をもっさりと生やした巨漢で、濃い眉毛と頬髭の間から爛々と眼を光らせていた。

 彼はラドウィンを一目見るなり頬髭から、にっかりと白い歯を見せ、節くれだった太い指で握手を求める。

 ラドウィンが握手に応じるとそのまま手を引いて屋敷の中へと入れられてしまった。

「いやいや、ラドウィン辺境伯よ、よくいらっしゃった。昔から世話になっとるゆえ、こうして顔を合わせられて光栄だ」

 彼は豪快に笑いながらラドウィンの肩に腕を回し、メイドへお茶を用意するよう命じる。

 ラドウィンは彼の強引で有無を言わせぬ態度に苦笑し、「私もバルオルム伯に会えて光栄です」と言う。

 バルオルムは「そう畏まるな! 俺とお前の仲では無いか!」と大笑いして、痛い程ラドウィンの背を叩いた。

 伯爵と辺境伯では、地方総司令官とも言うべき辺境伯のラドウィンの方が階級が上なので、これでは目下のバルオルムがラドウィンに偉そうにする奇妙な光景に見える。
 しかし辺境伯といえどもラドウィンは実質的戦力を保有しておらず、所詮は蛮族の侵攻を防備する程度の役割しかない。
 かつて帝都から追放されたラドウィンの父に贈られたお飾りな肩書きであった。

 しかも、貴族は肩書きより家柄や伝統を重視する風潮があるため、古くからアーランドラ帝国の領主をしているサルバンドラ家の方が、父の代より辺境伯となったラドウィンより実質は上の立場である。

 とはいえ、ラドウィンから食糧をしばしば援助してもらっているバルオルムだから、彼は本心からラドウィンにかしこまって欲しくなかった。

 バルオルムはラドウィンに会えて本当に嬉しそうにしながら客間に案内すると、「俺の領土を通りたいか!」と大きな声で言う。

 武人肌の人というものは話が早くて助かるとラドウィンは思いながら肯定した。

 バルオルムは腕を組んでソファーに深くもたれて、うんうん頷きながら考える。

 一際大きく頷くと、彼は体を前のめりにしながら「通りたくば一つ条件を出そう」と言うのだ。

「条件ですか?」

 ラドウィンが小首を傾げるも、バルオルムはラドウィンの事なんて無視して、メイドに「あいつを呼んでこい!」と大きな声で誰かを呼ばせたのである。

 すると、メイドが部屋を出るより早く、若い男が客間に入ってきた。

「おう。早いじゃないか」
「親父の声は屋敷の外に居たって聞こえるからね」

 バルオルムは大笑いして、ラドウィンへ「こいつは俺の倅(せがれ)でな。名前をダルバという」と紹介した。

 ダルバは静かにかしずき、「紹介にあずかったダルバです」と自己紹介する。

 バルオルムの顔は頬髭で見えづらいが、彼の息子と言われると確かにダルバはバルオルムと似た面影がある。
 特に鋭い目線は父によく似ていた。

 もっとも、筋肉で膨れた大きな体格のバルオルムの眼はまるで虎の眼光のようであるが、ダルバは痩せぎすな体躯に薄く筋肉がついているせいでその眼光は餓狼(がろう)に似ている。

 抜け目なく、容赦なく、そして威風堂々たる眼だ。

「こいつはもう十六になるというのに初陣もまだだ。それに女も知らん! 童貞やる方ない小心者なのだ!」

 バルオルムがそのように紹介するのでダルバは不愉快そうに父を睨んでいた。

 しかし、バルオルムは我が子の視線に気付かず、大声で話を続けたのである。

 今回のこの帝国混乱のさなか、バルオルムはダルバに初陣を経験させるつもりだった。

 二度、戦場に連れて行って、戦場の空気を肌で触れさせると同時に戦いのノウハウを教えた。
 そうしてから、いよいよ前線を体験させようとした時に帝国から参戦の命令が下ったのである。

 バルオルムは思う。皇帝の為の戦(いくせ)こそ我が息子の初陣に相応しいと。

 しかし、糧食が無いので兵を連れて援軍に行けなかったのだ。

「この自慢の息子をな、ラドウィンの将として使ってくれないか?」

 バルオルムはダルバをラドウィンの配下として帝都へ送ろうというのである。
 もちろんタダではない。

 バルオルムの手勢、千人をラドウィンに預けるという。

 ラドウィンの軍勢が二千人なので千人という戦力が増えるのは嬉しい。
 ラドウィンは喜んでダルバを傘下に加える事を了承した。

 こうしてラドウィンは戦力を強化しつつ無事にバルオルム領ダイケンを通る事になったのである。

 しかし問題はダイケンの先、シンサンであった。

 帝都の北方一帯であるシンサンはクヮンラブル河という大河の支流と丘陵、山岳が至る所にあるため交通の便がすこぶる悪い。

 かつては帝都の北を守る天然の要害などと言われたが、太平の世に置いてはその複雑な地形のせいで野盗強盗、盗賊匪賊の跋扈する地となっていた。

 もちろん、シンサンの領主はそのような悪党どもを鎮圧する武力として多くの兵を持っていたのであるが、今となってはそれが仇となっていたのである。

 シンサン領主マルドローネ及びその麾下の将達はその多くの兵を連れて帝国から独立し、各々好き勝手に匪賊どもの頭領としてシンサンの村落を略奪をしていたのだ。

 シンサンを治めるはずの兵達が民草を襲うなど言語道断であるが、騒乱の世とはそのようなものなのである。

 このように混乱した地を抜けるラドウィン達を盗賊は見逃さない。
 行軍ということは多くの糧食を運んでいるし、帝国への援軍となれば皇帝への貢物を積んでいるに違いないと睨んだのだ。

 夜中にラドウィン達が寝ているとその盗賊達が襲ってくる。
 すぐに反撃しようとしたが、複雑な地の利を活かして盗賊は逃げ出してしまうのだ。

 翌朝に被害を確認すると、糧食を積んだ馬車が見事に襲われて、幾らか食糧を盗られていた。

 盗賊達はさすがに元正規軍という事もあり、糧食を積んでいる荷馬車を的確に狙って、反撃される前に撤退したのだ。
 ある意味において鮮やかな手並みである。

 しかし、そのような被害が三日も続いたのでさすがに感心ばかり出来ない。
 さりとて、襲撃に合わないよう見張りを増やした結果、兵達に慢性的な疲 労も出始めた。

「連日の行軍と夜中の見張りは兵達に負担ですよ」

 夜、丘の麓で焚き火をしている時、キルムがラドウィンにそう警告したのである。

 ラドウィンもそれは分かっていたので、どうしようかと悩んでいた所だと答えた。

「僕としても困った所でね。キルムは何か良い手は思い付かないかい?」
「そうですね。このシンサンをさっさと抜けて帝都を急ぐのはどうでしょう?」
「強行軍は駄目だ。既に疲労が出ているのにさらに疲れさせては士気が下がって戦えない」
「ならば逆に、どこかの村に寄って休ませて貰いましょう。糧食は幾らもあるので一日ゆっくり休めば英気も養えるかと」

 ラドウィンはキルムの提言を採用し、最寄りの村へと向かった。
 そこはバンゼノックと言われる村で連日盗賊に襲われたのだろう青田一つ残っていない村である。

 そのような村なので、ラドウィンがキルムとダルバを連れて村長の元へ訪れると、兵士が泊まれば盗賊も襲っては来ないだろうと考えた村長は快諾してくれた。

「ですがな。この村にはあなたがたをもてなす食べ物一つありませぬ。どうかそれだけは承知いただきたい」

 疲れ果て、飢えている村長が力無くそのように言うので、ラドウィンは「この村はそれほど盗賊に盗られているのですか」と聞く。

「盗られています。麦の一粒残っておりません。兵の皆様にはせめて村で一番の娘でもあてがいましょう」

 村長はラドウィンがもてなしを期待しているとでも思ったのか、そのように言うのでラドウィンはその提案を拒否した。

 別にもてなされたい訳では無いのだ。

 村長はそのように言われてもいまいち信じてない様子である。
 なぜ彼がそこまで信じないのかというと、昔から賊討伐で兵がやって来ると豪勢な料理や若くて美しい娘を要求していたからだ。

「領主であったマルドローネは我々を散々搾取しておきながら、天下が乱れた途端に領主の任を放棄して我々から奪うだけ奪うのです! 女も子供も連れ去られてしまいました! このような事がありますか!」

 そのように慟哭(どうこく)する村長。
 だから、ラドウィン達は何かもっと凄い事を要求するのでは無いかと村長は疑っていたのだ。

 そんな村長にダルバが「そのマルドローネとはどこにおりますか?」と聞く。

「すぐ近くの山です。黒い山の民などと自称して二千近くの兵を率いているのです」

 それを聞いたダルバは槍を掴んでガバと立ち上がる。
 あまりにも勢い良く立ち上がるので村長は何か悪い事を言って怒らせたのかと思って驚いた程だ。

 しかしダルバが立ち上がった理由は違う。

「ラドウィン殿、ダイケンの兵五百人を俺に使わせてくだされ。二千ごときの賊、俺と親父の兵が居れば倒せましょう」
「初陣もまだなのに大丈夫かい?」

 ラドウィンが聞く。
 さすがに初陣もまだなのに、五百の兵で二千の賊と戦うのは心もとない。
 しかも、敵は帝国の元正規軍なのだ。

「昔から何度かダイケンの賊と戦ってきました。親父に内緒でね」

 餓狼(がろう)の眼を爛々と輝かせて、ニヤリと笑った。

 ラドウィンとしても連日の賊の攻撃を煩わしく思っていたので、ダルバの自信を頼りにする事とする。

 ダイケンの兵はモンタアナの義勇兵に比べてまだ元気があったので、その中でも殊更に士気の高揚な兵を選んでダルバは馬に乗り、槍をしごきながら山へと向かった。

 それから日が暮れる前にダルバは五百人の兵を連れて帰ってくる。
 そして髭面の男の首を村長に見せる。

「頭領と思わしきクビでござい。こいつがマルドローネでしょうか?」

 ダルバが聞くと村長は確かに間違いないと頷いた。

「そして、こちらは――」

 ダルバが村の入口を見せると、そこには若い娘がたくさんいた。
 黒い山の民達に拉致されていた女子供である。

 これに村長は感激の声を上げて、村の女が帰ってきたと声を上げて喜んだのである。

 すぐに村のそこらから村人が出て来て歓声が上がった。

 女達はまさか帰って来れるだなんて思わなくて泣いて喜ぶ者もいるし、愛する人と抱き合う者も居た。

 こんなに喜ばしい事なんてそうそうある訳では無いし、それはも素晴らしい出来事なのだ。

 村長は村人を集めると、ラドウィン辺境伯とその勇士達が娘を助けてくれたと、山賊から隠していた秘密の倉を開いて豪勢な宴を催してくれた。

 ダルバの連れた五百の兵はともかく、残りの二千五百人の兵は突然の宴に驚く。
 だけど、なんであれ宴は楽しかったから、酒と肉をたらふく食べられてそれで良かった。

 一部の兵士に至っては村の女の子と良い雰囲気になって、必ず無事に帰ってくる約束なんてしていた程だ。
 このような始末だったのでラドウィンの予想している以上に兵達の士気は高まった。

 やがて夜は深まり宴は自然と眠りにつく。

 村の広場で兵士が各々気持ちよさそうに寝ている。
 ラドウィンは村長からあてがわれた家でその様子を見て、明日は少し遅く出発しても良いかと思うと眠りにつくのであった。

 連日の疲れをラドウィンも感じていたので、兵達の疲れは一際であろうと思う。

 ひとまずゆっくりと休めて良かった。それもこれもただ五百人の兵士を連れてマルドローネを倒したダルバのお陰であった。

 彼に感謝しながらラドウィンは眠る。

 やがて夜は明け始める。
 地平線が白み、空が青まった。

「ラドウィン様! 大変です!」
 
 キルムが部屋に飛び込んできて、ラドウィンは目を覚ました。

「賊が大量に村の前に来ています!」

 跳ね起きて、腰に剣を佩くとラドウィンはキルムに案内されて村の入口へと向かう。

 村の前、山へと続く道に大量の賊が集まっていた。
 モンタアナとダイケンの兵達がダルバに指揮されて隊列を組み、村に敵を入れない為の防衛線を構築している。

 ラドウィンが前線のダルバの元へと状況を確認に向かうと、それと同時に賊の先頭の男が馬を駆けて来た。

 片目が潰れて、右頬から右耳にかけて裂けた傷跡の痛ましい中年の男である。

 一目見て手練の武将と分かったので、ダルバが槍を構えて警戒した。

 が、その槍をラドウィンは下げさせる。

「使者だ。彼に敵意は無い」

 そう言われてダルバが渋々と槍を下げると、厳しい男は「ありがとうございます」と感謝を述べながらラドウィンの前にやって来た。

「私はデビュイ。マルドローネの将であり、かつては廻車(ねんしゃ)将軍でした」

 廻車将軍とは将軍位の中でも下位に位置する将軍で、輸送馬車や戦車といった装置を運用する部隊の将軍である。

 デビュイは今回の混乱で山賊に身を堕としたマルドローネから離反したものの、多くの兵を抱え、その多くの兵を養う為に彼自身も山賊に身を堕としていたのだ。
 それはデビュイ以外にも何名か居て、それぞれ独立した山賊として活動していた。

 しかし心はいまだに帝国の兵。
 ラドウィンがマルドローネを討伐し、アーランドラ帝国への援軍に向かうと聞いて、デビュイ以下各山に散っていた山賊が馳せ参じたのである。

「我ら山賊に堕ち、生きる為に多くの人々を傷付けましたが心はいまだに皇帝陛下に忠誠あり! 我らの罪に罰は受けます! 恥と汚名と我らの命を帝国の為に雪ぐチャンスをくだされ!」

 デビュイは馬から降りると、片膝をついて頭をかしずいた。
 それを見た賊達も片膝つき、頭を下げたのである。

 キルムは彼らを配下にするのを反対した。

「彼らは概ね一万。我らの三千の兵に比べて多すぎます。乗っ取られますよ」

 キルムはそのようにラドウィンに耳打ちする。

 この一万の山賊に何らかの悪意があったら、ラドウィンの率いる三千の兵が彼らに支配されてしまうだろう。
 キルムはそれを心配した。

 しかし、ラドウィンは彼らを仲間にする事とする。

 心配するキルムにラドウィンは「彼らに前線を任せよう。命を捨てて戦ってくれたら信頼に足るだろう?」と言うのだ。

 それでも納得のいかない様子のキルムの肩にラドウィンは手を置くと「それでは、彼らの動向に注意してくれ。怪しい動きでも見つけたら報告を頼む」と命じた。

 キルムはその命令を大任に感じて、嬉しそうに頷くのである。

 キルムの頷きを見ると、ラドウィンは兵達の警戒を解除させた。
 そして、デビュイ以下一万の山賊を迎え入れたのである。

 ラドウィン軍一万三千。
 昼頃にバンゼノック村を出発するとシンサンを抜けて、いよいよもうすぐ帝都へ到着となる。
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