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序章・帝国崩壊編
24、犬猿の仲
後世にラクペウスの大戦と呼ばれるこの戦いは、辺境伯ラドウィンの参戦から後半戦と認識されよう。
ガ・ルスを伴ってオルモードは後退。
ラクペウスにそびえる大量の砦にて帝国軍に備えた。
一方、帝都では軍勢の再編成が行われる中、ラドウィンはダルバを探させる。
そして、片腕を失ったダルバが雪の中から見つかったと、兵達が彼を城に運んできたのだ。
ダルバは虫の息であったがまだ生きていた。
幸いだったのは雪のお陰で血管が縮み、出血を抑えられた点か。
そのお陰でダルバは何とか一命を取り留めたのである。
しかし、ダルバはもう戦えまい。
少なくとも、傷が治っていない状態ですぐに戦場へ出られる訳も無いのだ。
それからラドウィン軍の武将でいえば、シンサンの匪賊達も深刻な被害を受けた。
デビュイだけは何とか生き延びたものの、彼の仲間であった元賊達はオルモード麾下の騎士にやられてしまったのである。
全員が全員やられた訳では無いが生き残った者も重傷で、結局、デビュイしか満足に戦えない状態だ。
そのような状態だったので戦いを知っている将がおらず、戦上手のオルモード達を相手にするのは難しいと思われた。
それでも、ラドウィンは帝国軍の最大戦力だったので帝国軍先鋒として出陣する事となる。
ハルアーダと近衛騎士団、それとタハミアーネは帝都の守りへ回る手筈となった。
ラドウィン軍一万五千に帝都の貴族達が加わり、およそ二万。
オルモードの指揮する連合軍はさきの戦いの損耗を含めても四万ほどか。
しかし、以前帝国諸侯軍の先鋒を務めた五人や寝返った諸侯も含めれば、指揮者の差は歴然たるものがある。
そのような連中を相手にラドウィンは殆どの将を欠いた状態で挑まねばならなかった。
「モンタアナに帰るなら今のうちだ」
ラドウィンが城を歩いていると、柱に寄りかかって腕組みしているハルアーダにそう言われた。
ラドウィンは彼に気付くとニコリと笑って、久しぶりだと挨拶する。
そんなラドウィンの挨拶を無視して何を企んでいるのかとハルアーダは聞くのだ。
ラドウィンは企みなんて無いので、「疑うのはやめて下さいよ」と飄々とした態度で答えた。
ハルアーダはラドウィンの襟首を掴むと「疑うなだと? 貴様は怠け者の筈だろうが!」と怒る。
ラドウィンは苦笑して「でも、僕が戦わないとティタラちゃんが危ないだろ?」と言うのだ。
ハルアーダは皇帝陛下だとラドウィンの言葉を訂正し、「負ければお前の大好きなモンタアナの人々が死ぬのだぞ」と言う。
「まともに戦えると思うのか? お前達は負けるぞ」
ハルアーダはオルモードやオリン達の指揮能力の高さ、そしてガ・ルスの武力をラドウィンに語り、今のラドウィンの戦力では全滅間違い無しだと警告した。
するとラドウィンがクックックと失笑しだすので、ハルアーダは怒ってラドウィンの襟首をさらに強く締め上げるのだ。
「何がおかしい!」
「いえ、ハルアーダが僕の事を心配してくれるのが意外でね」
そう言われるとあたかもラドウィンを心配しているような自分の言動にハルアーダは気付き、舌打ちをして襟から手を離すのである。
「それで、なぜお前のような怠け者がここに来た。何か悪巧みでも考えているのか?」
「悪巧みだなんて考えてないよ。ただ……ミルランスにお願いされてね」
「ミルランス様を呼び捨てするな」
ハルアーダはラドウィンを睨み付け、そしてミルランスが何をお願いしたのかと訝しむ。
ラドウィンは肩を竦めて、姉のミルランスが妹のティタラを気にかけるのは当然だと言うのだ。
だとしても、ハルアーダはラドウィンが帝都へ援軍に来たのが信じられず、何か裏があるに違いないと思うのである。
ラドウィンはあんまりにも疑われるので苦笑して、「信用無いなぁ」と言うのだ。
ハルアーダは辺りをキョロキョロと見渡して、ラドウィンを廊下の天井を支える柱の影に連れ込むと「お前の生まれを思えば当たり前だろう」と息を潜めて怒る。
「僕の生まれって、皇帝の血筋という事ですか?」
ラドウィンが平然とそのように言うので、ハルアーダは驚いて柱の陰から廊下を見渡した。
幸い人は居ないようだ。
ラドウィンの出自をハルアーダは秘密にしたい。
なので、軽々しくその事を言うなと口止めした。
「お前も片田舎で引きこもりたいなら注目されたくないだろう」
「よく分かってらっしゃる。互いの利益が一致しているのに、なぜ僕を敵視するのか分かりませんね」
「信用できんと言っている」
ラドウィンの言う通り、ティタラを護りたいハルアーダと皇族を隠してゆっくり過ごしたいラドウィンでは利害は一致している。
しかし、ハルアーダはラドウィンの飄々と掴み所の無い性格を恐れていた。
ハルアーダがラドウィンを理解するには、あまりに二人の性格が掛け離れていたのである。
ハルアーダにとってラドウィンとは、未知の森林に潜む正体不明の怪獣なのだ。
しかし、一方、ハルアーダは自分と正反対の性格であるラドウィンに惹かれていたのも事実。
それがゆえに恐ろしい。
ラドウィンがティタラやミルランスを害そうという時に、ラドウィンに味方してしまう自分が居るような気がして堪らなく恐怖していた。
そして、恐怖する一方、このままラドウィンが無謀な戦いに出て欲しくない気持ちもあったのだ。
ハルアーダは混乱していた。
混乱していたが、ただ一つ言えることは「皇族の血を継ぐラドウィンはティタラにとって危険だ」という事であろう。
「どうミルランス様に取り入ったか知らないが、お前が一人の意見で村の人々を徴兵するとは思えないな」
ハルアーダがあくまでもラドウィンに疑いの眼を向けるのだが、ラドウィンは気にも留めない様子でミルランスに頼まれたら仕方ないのだと説明するのだ。
すると、ハルアーダは何かを察した様子でピタリと動きを止めた。
「まさか……ミルランス様の事が好きなのか?」
いや、まさかという様子でハルアーダは自嘲する。
まさかそんな事はあるまいに、何を馬鹿な事を聞いているのだろうと思った。
所が、ラドウィンがはにかみ混じりに少し笑顔をしかめて、言われて欲しくない事を言われたような顔をするのだ。
「おい、嘘だろ?」
「いや、僕もそのつもりは無かったのだけど、ミルランスがどうしてもと言うので」
「慣れ慣れしくミルランス様を呼び捨てるな!」
ハルアーダは再びラドウィンの襟首を掴むと柱へ押し付けた。
「ミルランスは皇帝陛下なのだぞ? 地方領主の貴様と釣り合うか」
「いえいえ、ミルランスは皇帝の地位を捨ててるから。あと、ハルアーダも呼び捨てになってるよ」
ハルアーダはこの飄々とした態度の男を殺したい程に憎んだ。生まれて初めて抱く程の憎悪だ。
大体、人が真面目に怒っているのに飄々と適当な態度をとるのが無礼甚だしい。
こう他人にイラつく事はハルアーダは無く、ラドウィンが生まれて初めての事である。
なぜラドウィンを前にするとこうなるのかハルアーダには分からないが、とにかくラドウィンにイラつくのだ。
一方のラドウィンも、ハルアーダの前くらい大人しくすれば良いのに少々意固地になっていた。
元々、ラドウィンは態度に反して意固地な所があるけれど、ことハルアーダに対しては意固地になりすぎる面がある事を彼自身分かっていたのである。
しかし、ガ・ルスへ横槍を入れた時はなぜか自然と、『我が友ハルアーダ』などと口走ってしまったのか?
それは分からないがとにかく、自由奔放なラドウィンは一々干渉してくるハルアーダの事が気に食わなかった。
二人が睨み合っていると「何をしている?」と言われる。
柱の陰に居る二人を黒い仮面を付けた騎士が見ていた。
タハミアーネである。
二人は互いに離れて何も無いと誤魔化したが、タハミアーネは黒い仮面から眼を左右に動かして二人を見ると「出陣前に争い事はやめてくれよ」と溜息をついた。
いがみ合っている二人であるが、分別のある大人なので争ってなど居ないと誤魔化すのである。
もっとも、タハミアーネには二人が不仲なのを分かっていた様であるが、タハミアーネも大人なので触れる事はしなかった。
ラドウィンはタハミアーネが割り込んでくれたこの隙に面倒臭いやり取りを抜けるチャンスだと考え、タハミアーネに挨拶をしながらハルアーダから離れたのである。
そうしてタハミアーネと廊下を歩きながら、ラドウィンはタハミアーネに会えて光栄だと言った。
彼はタハミアーネの名を知っている。
もちろん、ハルアーダと並ぶ勇壮の騎士だと知っていた。
それに対してタハミアーネは、「私はオットーリオ様から男爵の爵位を受けています」として、騎士爵では無く男爵だと訂正する。
騎士というものは準爵位と言われ、男爵以上の爵位とは区別されていた。
これは、男爵以上の爵位は血筋や家系によって家督と共に移譲出来たのに対して、騎士は移譲が出来たなかった為である。
また、騎士は武功を挙げた兵士、農民、傭兵に与えられる事もあったが、男爵以上となると知恵と人望、仁徳が認められた者しかなれなくて多くの場合は血筋による任命が殆どであった。
殆ど名誉職である男爵以上の爵位に対して、騎士爵は部隊長としての役職的色合いが強かったのもアーランドラ帝国にて準爵として分けられていた理由の一つかも知れない。
なので準爵位の騎士と爵位を間違えるのは大変に失礼な事であった。
これにラドウィンは失礼しましたと頭を下げたが、タハミアーネはラドウィンの爵位が辺境伯で男爵よりもずっと上なのだからそんなにかしこまらないで欲しいと言うのだ。
「辺境伯といっても僕の爵位は本当にただのお飾りだけどね」
ラドウィンは戦地で武功をたて、帝国全土へ名を轟かすタハミアーネの方がよほど偉いと思う。
するとタハミアーネはクスクスと笑って「モンタアナを発展させたラドウィン様程ではございません」と言うのだ。
自分は剣ばかり上手くて政治などからっきし。
ラドウィンは辺境の地を盛り上げた政治力を持ち、かつ、ガ・ルスからタハミアーネとハルアーダを助けてくれた。
武と治を持ち、辺境から皇帝陛下の為に馳せ参ずる忠誠心。
タハミアーネにとってラドウィンは尊敬すべき人だ。
「例え世間の人々が怠け者と言おうとも」
ラドウィンは苦笑して「愛する人に言われてここに来ただけですよ。僕は怠け者が本性です」と言う。
するとタハミアーネは「ハルアーダ様があなたを恐れるのも分かる気がします」と静かに笑うのだ。
「辺境伯。自慢する時は自慢した方が良いですよ。あまり慇懃(いんぎん)な態度をとっていると真意を隠していると勘違いされます」
その警告にラドウィンは笑う。
「警告ありがとうございます。ですが、それが僕の性根なのでね」
そう言うとラドウィンは「それでは」とタハミアーネと別れ、出軍に向けて城を出て行くのであった。
ガ・ルスを伴ってオルモードは後退。
ラクペウスにそびえる大量の砦にて帝国軍に備えた。
一方、帝都では軍勢の再編成が行われる中、ラドウィンはダルバを探させる。
そして、片腕を失ったダルバが雪の中から見つかったと、兵達が彼を城に運んできたのだ。
ダルバは虫の息であったがまだ生きていた。
幸いだったのは雪のお陰で血管が縮み、出血を抑えられた点か。
そのお陰でダルバは何とか一命を取り留めたのである。
しかし、ダルバはもう戦えまい。
少なくとも、傷が治っていない状態ですぐに戦場へ出られる訳も無いのだ。
それからラドウィン軍の武将でいえば、シンサンの匪賊達も深刻な被害を受けた。
デビュイだけは何とか生き延びたものの、彼の仲間であった元賊達はオルモード麾下の騎士にやられてしまったのである。
全員が全員やられた訳では無いが生き残った者も重傷で、結局、デビュイしか満足に戦えない状態だ。
そのような状態だったので戦いを知っている将がおらず、戦上手のオルモード達を相手にするのは難しいと思われた。
それでも、ラドウィンは帝国軍の最大戦力だったので帝国軍先鋒として出陣する事となる。
ハルアーダと近衛騎士団、それとタハミアーネは帝都の守りへ回る手筈となった。
ラドウィン軍一万五千に帝都の貴族達が加わり、およそ二万。
オルモードの指揮する連合軍はさきの戦いの損耗を含めても四万ほどか。
しかし、以前帝国諸侯軍の先鋒を務めた五人や寝返った諸侯も含めれば、指揮者の差は歴然たるものがある。
そのような連中を相手にラドウィンは殆どの将を欠いた状態で挑まねばならなかった。
「モンタアナに帰るなら今のうちだ」
ラドウィンが城を歩いていると、柱に寄りかかって腕組みしているハルアーダにそう言われた。
ラドウィンは彼に気付くとニコリと笑って、久しぶりだと挨拶する。
そんなラドウィンの挨拶を無視して何を企んでいるのかとハルアーダは聞くのだ。
ラドウィンは企みなんて無いので、「疑うのはやめて下さいよ」と飄々とした態度で答えた。
ハルアーダはラドウィンの襟首を掴むと「疑うなだと? 貴様は怠け者の筈だろうが!」と怒る。
ラドウィンは苦笑して「でも、僕が戦わないとティタラちゃんが危ないだろ?」と言うのだ。
ハルアーダは皇帝陛下だとラドウィンの言葉を訂正し、「負ければお前の大好きなモンタアナの人々が死ぬのだぞ」と言う。
「まともに戦えると思うのか? お前達は負けるぞ」
ハルアーダはオルモードやオリン達の指揮能力の高さ、そしてガ・ルスの武力をラドウィンに語り、今のラドウィンの戦力では全滅間違い無しだと警告した。
するとラドウィンがクックックと失笑しだすので、ハルアーダは怒ってラドウィンの襟首をさらに強く締め上げるのだ。
「何がおかしい!」
「いえ、ハルアーダが僕の事を心配してくれるのが意外でね」
そう言われるとあたかもラドウィンを心配しているような自分の言動にハルアーダは気付き、舌打ちをして襟から手を離すのである。
「それで、なぜお前のような怠け者がここに来た。何か悪巧みでも考えているのか?」
「悪巧みだなんて考えてないよ。ただ……ミルランスにお願いされてね」
「ミルランス様を呼び捨てするな」
ハルアーダはラドウィンを睨み付け、そしてミルランスが何をお願いしたのかと訝しむ。
ラドウィンは肩を竦めて、姉のミルランスが妹のティタラを気にかけるのは当然だと言うのだ。
だとしても、ハルアーダはラドウィンが帝都へ援軍に来たのが信じられず、何か裏があるに違いないと思うのである。
ラドウィンはあんまりにも疑われるので苦笑して、「信用無いなぁ」と言うのだ。
ハルアーダは辺りをキョロキョロと見渡して、ラドウィンを廊下の天井を支える柱の影に連れ込むと「お前の生まれを思えば当たり前だろう」と息を潜めて怒る。
「僕の生まれって、皇帝の血筋という事ですか?」
ラドウィンが平然とそのように言うので、ハルアーダは驚いて柱の陰から廊下を見渡した。
幸い人は居ないようだ。
ラドウィンの出自をハルアーダは秘密にしたい。
なので、軽々しくその事を言うなと口止めした。
「お前も片田舎で引きこもりたいなら注目されたくないだろう」
「よく分かってらっしゃる。互いの利益が一致しているのに、なぜ僕を敵視するのか分かりませんね」
「信用できんと言っている」
ラドウィンの言う通り、ティタラを護りたいハルアーダと皇族を隠してゆっくり過ごしたいラドウィンでは利害は一致している。
しかし、ハルアーダはラドウィンの飄々と掴み所の無い性格を恐れていた。
ハルアーダがラドウィンを理解するには、あまりに二人の性格が掛け離れていたのである。
ハルアーダにとってラドウィンとは、未知の森林に潜む正体不明の怪獣なのだ。
しかし、一方、ハルアーダは自分と正反対の性格であるラドウィンに惹かれていたのも事実。
それがゆえに恐ろしい。
ラドウィンがティタラやミルランスを害そうという時に、ラドウィンに味方してしまう自分が居るような気がして堪らなく恐怖していた。
そして、恐怖する一方、このままラドウィンが無謀な戦いに出て欲しくない気持ちもあったのだ。
ハルアーダは混乱していた。
混乱していたが、ただ一つ言えることは「皇族の血を継ぐラドウィンはティタラにとって危険だ」という事であろう。
「どうミルランス様に取り入ったか知らないが、お前が一人の意見で村の人々を徴兵するとは思えないな」
ハルアーダがあくまでもラドウィンに疑いの眼を向けるのだが、ラドウィンは気にも留めない様子でミルランスに頼まれたら仕方ないのだと説明するのだ。
すると、ハルアーダは何かを察した様子でピタリと動きを止めた。
「まさか……ミルランス様の事が好きなのか?」
いや、まさかという様子でハルアーダは自嘲する。
まさかそんな事はあるまいに、何を馬鹿な事を聞いているのだろうと思った。
所が、ラドウィンがはにかみ混じりに少し笑顔をしかめて、言われて欲しくない事を言われたような顔をするのだ。
「おい、嘘だろ?」
「いや、僕もそのつもりは無かったのだけど、ミルランスがどうしてもと言うので」
「慣れ慣れしくミルランス様を呼び捨てるな!」
ハルアーダは再びラドウィンの襟首を掴むと柱へ押し付けた。
「ミルランスは皇帝陛下なのだぞ? 地方領主の貴様と釣り合うか」
「いえいえ、ミルランスは皇帝の地位を捨ててるから。あと、ハルアーダも呼び捨てになってるよ」
ハルアーダはこの飄々とした態度の男を殺したい程に憎んだ。生まれて初めて抱く程の憎悪だ。
大体、人が真面目に怒っているのに飄々と適当な態度をとるのが無礼甚だしい。
こう他人にイラつく事はハルアーダは無く、ラドウィンが生まれて初めての事である。
なぜラドウィンを前にするとこうなるのかハルアーダには分からないが、とにかくラドウィンにイラつくのだ。
一方のラドウィンも、ハルアーダの前くらい大人しくすれば良いのに少々意固地になっていた。
元々、ラドウィンは態度に反して意固地な所があるけれど、ことハルアーダに対しては意固地になりすぎる面がある事を彼自身分かっていたのである。
しかし、ガ・ルスへ横槍を入れた時はなぜか自然と、『我が友ハルアーダ』などと口走ってしまったのか?
それは分からないがとにかく、自由奔放なラドウィンは一々干渉してくるハルアーダの事が気に食わなかった。
二人が睨み合っていると「何をしている?」と言われる。
柱の陰に居る二人を黒い仮面を付けた騎士が見ていた。
タハミアーネである。
二人は互いに離れて何も無いと誤魔化したが、タハミアーネは黒い仮面から眼を左右に動かして二人を見ると「出陣前に争い事はやめてくれよ」と溜息をついた。
いがみ合っている二人であるが、分別のある大人なので争ってなど居ないと誤魔化すのである。
もっとも、タハミアーネには二人が不仲なのを分かっていた様であるが、タハミアーネも大人なので触れる事はしなかった。
ラドウィンはタハミアーネが割り込んでくれたこの隙に面倒臭いやり取りを抜けるチャンスだと考え、タハミアーネに挨拶をしながらハルアーダから離れたのである。
そうしてタハミアーネと廊下を歩きながら、ラドウィンはタハミアーネに会えて光栄だと言った。
彼はタハミアーネの名を知っている。
もちろん、ハルアーダと並ぶ勇壮の騎士だと知っていた。
それに対してタハミアーネは、「私はオットーリオ様から男爵の爵位を受けています」として、騎士爵では無く男爵だと訂正する。
騎士というものは準爵位と言われ、男爵以上の爵位とは区別されていた。
これは、男爵以上の爵位は血筋や家系によって家督と共に移譲出来たのに対して、騎士は移譲が出来たなかった為である。
また、騎士は武功を挙げた兵士、農民、傭兵に与えられる事もあったが、男爵以上となると知恵と人望、仁徳が認められた者しかなれなくて多くの場合は血筋による任命が殆どであった。
殆ど名誉職である男爵以上の爵位に対して、騎士爵は部隊長としての役職的色合いが強かったのもアーランドラ帝国にて準爵として分けられていた理由の一つかも知れない。
なので準爵位の騎士と爵位を間違えるのは大変に失礼な事であった。
これにラドウィンは失礼しましたと頭を下げたが、タハミアーネはラドウィンの爵位が辺境伯で男爵よりもずっと上なのだからそんなにかしこまらないで欲しいと言うのだ。
「辺境伯といっても僕の爵位は本当にただのお飾りだけどね」
ラドウィンは戦地で武功をたて、帝国全土へ名を轟かすタハミアーネの方がよほど偉いと思う。
するとタハミアーネはクスクスと笑って「モンタアナを発展させたラドウィン様程ではございません」と言うのだ。
自分は剣ばかり上手くて政治などからっきし。
ラドウィンは辺境の地を盛り上げた政治力を持ち、かつ、ガ・ルスからタハミアーネとハルアーダを助けてくれた。
武と治を持ち、辺境から皇帝陛下の為に馳せ参ずる忠誠心。
タハミアーネにとってラドウィンは尊敬すべき人だ。
「例え世間の人々が怠け者と言おうとも」
ラドウィンは苦笑して「愛する人に言われてここに来ただけですよ。僕は怠け者が本性です」と言う。
するとタハミアーネは「ハルアーダ様があなたを恐れるのも分かる気がします」と静かに笑うのだ。
「辺境伯。自慢する時は自慢した方が良いですよ。あまり慇懃(いんぎん)な態度をとっていると真意を隠していると勘違いされます」
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