ボク地方領主。将来の夢ニート!

アイアイ式パイルドライバー

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序章・帝国崩壊編

29、晴れやかな敵対者

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 ハルアーダがカーンにラドウィン暗殺を命じて幾日か後。
 雪はますます降っていた。

 それでも時々、雪の降らない日がある。

 曇天厚く、今にも雲が落ちてきそうな日に、城の庭では激しく剣戟の音が響いていた。

 ダルバとタハミアーネだ。
 ダルバは片手を失い、しかし、馬上で手綱を使わない戦い方をタハミアーネから教わっていた。

 タハミアーネは双剣使いで諸手を手綱から離して戦う心得を持っていたからだ。

 しかし、帝国随一を誇る腕前のハルアーダと比肩しうるタハミアーネである。
 幾度もダルバは馬上から城の庭へと叩き落とされた。

 タハミアーネ曰く、ダルバは落ち着きが足りない。
 彼は若く、気持ちが逸っていた。
 その落ち着き無い気持ちが馬へと伝わり、馬の動きを雑にしている。

 もともとダルバは情熱ややる気に溢れる激情の男だ。
 だが、手綱を離して馬を操るにはとても不利である。

 タハミアーネはダルバが落ち着きを得るまで、手綱を離して戦う訓練は無駄だとした。

 それでもダルバはタハミアーネに特訓を頼むので、タハミアーネは無駄だと溜息を吐きながらも彼の特訓に付き合うのだ。

 しかし、ダルバは確かに焦っていた。
 と、いうのも、彼は存分に剣を振るう機会を待っていたからだ。
 この戦乱の世は武人が武人として生きる好機なのである。

 ダルバが思うに、世の人々は穏やかな清流でしか生きられぬものであるが、彼や彼の父バルオルムのような武人は荒れた濁流でこそ輝く泥魚なのだ。

 父バルオルムは最も男として輝いていた時期を平和な清流で過ごし、ついぞ愚直な性質を疎まれてしまった。
 しかし、ダルバは十六という男盛りで戦乱を迎えたのだ。

 父の無念を晴らすため、存分と父から受け継いだ戦技を振るおうと張り切っていた。
 武人という泥魚が濁流を得たのだ張り切らない訳がない。なのに、片腕を失ってしまっては好機をふいにしてしまう。

 ゆえにダルバは一日でも早く戦場へ舞い戻りたかった。

「俺は武人だ。戦う場で帝国の剣として戦えねば生きる意味は無い」

 ダルバの心意気をタハミアーネは買ったが、しかし、その心意気が手綱を離して戦う術を曇らせてしまう。

 結局、雪が降り出して訓練が出来なくなるまでダルバは特訓したが、いまいち手応えは無かった。

 やはり片腕では戦う事も出来ないのかとダルバは悔やむのである。
 ダルバはモヤモヤとした気持ちを抱えていた。

 タハミアーネと別れたダルバが廊下を歩いていると、貴族が廊下の壁にもたれてダルバを待っていた。

 その貴族にダルバは酒に誘われ、彼の部屋へと案内されたのである。

 部屋には何名かの貴族が居た。

 いずれも肩書きを文官と兼任する貴族達である。
 例えば、ダルバを誘った子爵ロノイは武証令という役職で文書に関わる大臣を兼任していた。
 
 先の大戦においては兵を率いて帝都を守っており、貴族らしく剣技の覚えはあるようだがしかし典型的な文官である。

 珍妙な連中が集まっているとダルバは疑問に思う。
 そんなダルバを座らせると、ロノイは一つの提案をした。

 それは、ラドウィンを暗殺するというものである。

 この集まりはラドウィンを暗殺する為の計画を話し合う集まりだったのだ。
 で、あるならば、文官が多いのも納得である。

 というのも、文官というものは暗殺の後処理で役に立つからだ。
 証拠や証言を裏で操り、アリバイの工作も得意とする。
 かつてオルモードとカルシオスが権力を争った際に、文官を中心とするカルシオスに一日の長があったのと同じだ。

 しかし、文官は所詮文官。
 手荒い暗殺事には不向き。

 そこで、ラドウィンとも懇意であり、実力者のダルバの協力が必要であった。

 ダルバは笑う。
 当然の事ながらダルバは首を縦にふらない。ふるわけがない。
 根っからの武人肌であるダルバは裏切りなどをしなかった。
 というよりも、突拍子も無くラドウィンを暗殺して欲しいなどと言われて、冗談を言われているのでは無いかと真に受けてなかったというのが本音であろう。

 そこでロノイはダルバに、ラドウィンは皇帝の血を引いているという一つの事実を話した。

 ダルバはそのような事実を一笑に付して信じようとしなかったが、ロノイがその経緯を伝えるとダルバは半信半疑ながら信じざる得なかった。

「だがなぜ? ラドウィン様が皇帝の血を引いているというなら、今、噂となっているティタラ様よりは皇帝に相応しいだろう? なぜ暗殺などする必要がある?」
「それはだねダルバ君。我々は平和を願っているということだよ」

 今、帝国は二分している。
 皇帝ティタラを中心にアーランドラ帝国領域を平和にしようとする領主達と、この騒乱を利用して自らが皇帝となろうとする勢力だ。
 皇帝ティタラは偽帝という噂の元、戦乱はますます拡がっている。

 そこにラドウィンが皇帝などと名乗りを上げると、ラドウィンを真帝とする第三の勢力が出来て戦乱は大きく拡がってしまうだろう。

「もちろんその方がアーランドラ帝国にとっては正しいのかも知れない。だけど、民草は戦争に疲労している。今は混乱を一刻も早く収めるべきではないのか。それこそが我ら貴族が下々の上に立っている矜持ではないのか」

 ロノイ達貴族はそう熱弁を振るうが、ダルバは彼らの心底を見通していた。

 ロノイ達がこのように提案したのは保身の為であった。
 というのも、彼らは皇帝ティタラの下でこそ安泰であるが、もしもラドウィンが皇帝となってしまうと、彼らの地位が脅かされかねなかったのだ。
 例えばキルムだ。
 ラドウィンを師と仰ぐキルムは聡明な頭脳を持っており、ダルバは彼を大変嫌っているがその頭脳を認めざる得ない

 彼らはダルバを権力争いに利用しようとしたのである。
 もっとも、ダルバは彼らの考えを見通していたが。

 ロノイ達はそんなダルバに真っ赤な葡萄酒を渡すと飲むように言った。

 真っ赤な葡萄酒は血の一滴。
 かつては同盟や密約の折、互いの血を飲み合う事で一蓮托生の誓いとした名残だ。

 この葡萄酒を飲めばダルバは暗殺計画に賛同した事となる。
 ダルバはなんとそのグラスを取ろうと手を伸ばすと、その葡萄酒を一気に飲み干したのだ。

 ダルバはラドウィンを裏切った。
 彼はこのロノイ達が自己の保身しか考えていないと知ってなお、ロノイ達の計画に乗ったのである。

 連判状を一人の貴族が持ってきて、ダルバにその名を書かせた。
 いざとなれば連判状を証拠にダルバはラドウィンを暗殺しようとしたと弾劾されてしまう。
 血の葡萄酒により精神的な連名を。連判状によって物質的な連名をダルバは誓った事となる。

 ロノイがダルバへと手を向けて、彼を歓迎した。
 だが、ダルバは握手に応じる事なくロノイ達に暗殺の具体的な計画があるのかと聞く。

 ロノイは握手に応じないダルバを睨んだ。
 血の葡萄酒を飲んだ時点で裏切り者だというのに、握手を拒んで忠義者面するのが許せず、その底の浅い忠義を内心せせら笑う。

 しかし、怒りをグッと堪えロノイは計画の内容を説明した。
 その計画というものは、つまり、ラドウィンの腹心であるダルバが彼に近付いたタイミングで斬り殺すというものだ。

 ロノイ達文官はダルバの武勇を信じて、細々した命令で縛ることはしないと言うのである。

 その時と状況は全てダルバに任せられた。

 そのような事があり得るのか。
 そもそもダルバにラドウィン暗殺を頼むなどおかしな事だ。
 ラドウィンと盟友であるバルオルムの子であり、客将であるダルバになぜ暗殺を頼んだのか。

 そして、そのダルバに計画の全てを一任するなどあまりにおざなり。
 ダルバはこの暗殺計画というものが真の暗殺計画の偽装だと考えた。

 果たしてダルバの考えは正解だ。
 ロノイ達の後ろにはハルアーダがいたのである。

 つまり、カーンがラドウィンを暗殺する為の布石としてダルバを使う事にしたのだ。
 そして、もしもこの計画を断れば、何らかの報復があるだろう事も分かった。

 ダルバはそのような企みがある事を会話の違和感から直感的に感じ取ったのだ。
 現にもしもダルバが誘いを断ったら、天井に潜む暗殺者がダルバを襲っていた所である。

 ラドウィンの命が狙われている事を伝えねばならない。
 しかし、ダルバはラドウィンを裏切ったという事にならなければいけなかった。

 堂々とラドウィンと出会ってこの暗殺計画を伝える事はできない。
 その程度の備えをこの文官達が怠る訳がないからだ。

 ダルバはひとまず自室へと戻る事とする。
 ラドウィン暗殺は自分の計画で行うから、計画を練りたい。
 それにタハミーネとの訓練で体は汗をかいていたから、湯で体を拭きたいと伝え、ダルバはロノイ達に背を向けて部屋を出ていくのだ。

 さて、ダルバは自室に戻ったは良いが、これからどうすれば良いのか分からない。
 どうしようこうしようとまごまごしては部屋の中をうろうろ落ち着き無く動く。

 例えば羊皮紙を手に取って羽根ペンを持つが、羊皮紙に事態をしたためて誰かに伝えようものならダルバが裏切るつもりの無い証拠を残す事になると気付いて羊皮紙を投げ捨てた。

 何とかロノイ達の鼻をあかしてラドウィンに暗殺の事を伝えたい。

 その方法を思案し続けるも全く方法は思いつかなかった。
 ダルバは疲れ果ててベッドに横となる。

 勢い良く倒れ込んだ為にギシと軋むベッドの上でぼうっと天井の木目を見つめ続けた。
 タハミーネとの訓練より疲れた。
 武将のダルバにとって頭脳労働ほど疲れる事は無かったので、もう頭を空っぽにしてぼうっとしていたかったのだ。

 その時、ダルバは一つの閃きを得た。
 ガバと体を跳ね起こし、なぜこんな単純な事に気付かなかったのかと自らを馬鹿にしたかった。

「いや、違う。俺は馬鹿なのに何をキルムみたいに七面倒臭い事を考えていたのだ」

 ダルバは晴れやかな顔で腰に剣を佩(は)くと、意気揚々とラドウィンの元へと向かうのである。
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