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1章・戦火繚乱編
31、閨秀なる帝
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サスパランドと帝都の間にアルマッドという領地あり。
そのアルマッド候爵サルジュは自分を皇帝の血筋と自称し、自らを大公などと名乗った。
その大公という肩書きでカルバーラ地方の大小する領主と同盟を結び、カルバーラ地方一の有力領主となったのである。
皇帝不在の混乱の中、我こそ皇族の血を引き、次代の皇帝となるに相応しいと宣言して、サルジュが皇帝となった時に側近として取り立てて貰おうと人々が集まったのだ。
もっとも、その後にティタラが帰ってきた為、皇族と自称して皇帝に睨まれたくないし、かと言って嘘だったと発言の撤回も出来なくなって同盟は自然崩壊したが。
さて、この大公サルジュがラドウィンの逃げ込んだサスパランド男爵領へと攻め込んだという話はハルアーダの耳にも入る。
これは何とも運が良いじゃないかとハルアーダは思い、カーンへとこの隙にラドウィンを暗殺するよう命じた。
「それがどうやら、ラドウィンの居るサスパランドをサルジュが襲ったのは偶然では無いようで」
カーンの声が屋根裏から響く。
ハルアーダの眉がピクリと動いた。
カーンの調べによると、サルジュは帝都のある者からの指示でトルノットを狙ったのである。
サルジュとしても勝手に皇族だの大公だのと名乗っていたので、帝国との関係を良好に保てるなら喜んで協力したようなのだ。
それに、皇族とか大公と名乗ったのにも関わらず帝国との関係が良好ならそれだけ周囲の領主達にも皇族という信憑性が上がるというものである。
つまりラドウィンを殺す為にサルジュは利用されたのだ。
これにハルアーダは笑う。
ロノイ達は戦下手な文官ながら、さすがに権謀術数に長けたものだ。
ところが、カーンが、サルジュを利用したのはロノイ達ではないと言うのである。
「では誰がラドウィンを始末しようなどとするのだ?」
「皇帝です。サルジュに大公の爵位を公的に認可すると約束して、ラドウィンが隠れるサスパランドを攻めるよう指示したのです。書状の写しも手に入れました」
ハルアーダが立ち上がった。
あんまりに勢い良く立ち上がったので、椅子が勢い良く倒れて乾いた音が響く程である。
眼をハッタと見開き天井を見つめて、なぜティタラ様がラドウィンを殺そうとするのだと叫んだ。
そうだ、ティタラがラドウィンを殺そうとするわけが無い。
ラドウィンはミルランスを守っていて、つまり、ラドウィンが死ねばミルランスが悲しむはず。
血を分けた姉の為にもティタラはむしろラドウィンを護る筈ではないのか?
「多分、誰かに唆されたのだ。ティタラ様がそのような事を命じる訳がない」
ハルアーダは甚だ矛盾していた。
自分がラドウィンをかくも殺そうとしていたのに、ティタラがラドウィンを殺すなどと信じられないのだ。
いや、いや、ラドウィンだからこそティタラに彼を殺そうなどとして欲しくないのである。
なにせラドウィンは我々の恩人ではないか! 恩人を殺すなんていう仁義にもとる行為など俺がやれば良いのだ! ティタラが手を汚してはならないのだ!
だから、きっと悪辣な臣下がティタラを傀儡にしようとしたのだとハルアーダは思ったのだ。
カーンに総員を用いてティタラの身辺を探り、その逆臣を見つけ次第殺すように命じた。
「娘の事となるとどこの父も変わらぬものですな」
「つまらぬ事を言っている暇があったらいかぬか!」
ハルアーダが天井に怒鳴ると気配がフッと消える。
それと同時にハルアーダの同僚であるエルグスティアが扉を開けて顔を覗かせた。
何か怒鳴って無かったかと聞くので、何でもないとハルアーダは答えて、何のようで部屋に来たのかとエルグスティアに聞く。
皇帝陛下がお呼びだと言われ、ハルアーダはティタラの元へと向かった。
皇帝と謁見する玉座の間では無く、ティタラの私室へと案内される。
ハルアーダは思うに、やはりティタラを傀儡にしている輩が居て、そいつをどうにかして欲しいと内密にお願いされるに違いないと思った。
部屋の前でエルグスティアと別れ、部屋の前に立つ護衛の騎士が最大の敬意を払う敬礼を受けながらハルアーダはティタラの私室に入る。
ティタラは疲れきった様子でカフェテーブルの椅子に腰掛けていた。
目の下には真っ黒なクマを作っている。
ハルアーダが近づくと、少しだけ瞼を開けてハルアーダの姿を見た。
そして再び目を閉じる。
「お疲れでございますね」
「ええ、ええ。最近は特に。どいつもこいつも馬鹿ばかりでね」
あまりな言い草にハルアーダは苦笑した。
そんなハルアーダを見る事もせず、ティタラは死んだような眠ったような蒼白な顔でハルアーダを呼んだ用件を話し始める。
内容としては、ラドウィンが帝都を脱出してサスパランドに身を潜めたいる事と、大公サルジュと同盟した事を伝えた。
ハルアーダはその話を冷静に聞いている。
あまりに冷静に聞いていたので、ティタラは目を瞑ったまま、「知っていたようね」と言った。
「ハルアーダが何か使って裏でこそこそやってるのは知っているわ。そいつらが調べたのかしら」
ティタラがカーンの存在に気付いていてハルアーダは驚いた。
かつて、年端もいかない無垢な少女だったティタラに、かつての先帝アロハンドの姿が重なるのだ。
しかし、ハルアーダは鼻で深く息を吸うと平静を保ち、「何のことでしょう」ととぼけた。
ティタラはそのすっとぼけた返事に何も言わず、まあいいわと流す。
目を閉じた瞼の裏側に何か思い描くものがあり、その描いた物事と無関係な話には興味の欠片も無いような淡白な態度だ。
「差し当たって、ハルアーダに頼みがあるの。私の一番信頼しているハルアーダにね」
来たか! とハルアーダは思う。
ハルアーダはティタラを傀儡にしている悪臣を始末してやろうと身構えたのだが、ティタラの小さな口から出て来たのは予想と異なるものであった。
「ラドウィンをサルジュが始末できようが出来まいが、その結果の如何に関わらずサルジュを始末しなさい」
ハルアーダは驚きのあまりに倒れ込みそうになる。
あの純粋無垢であった少女からこのように残酷な命令が出るだなんて信じられない。
「なぜサルジュを始末するのですか?」
呼吸しようと必死に動く肺を動かして何とか絞り出せた質問。
その質問を聞くとティタラはクスクス笑って目を開けるとハルアーダを見つめた。
「当たり前でしょ? 勝手に皇帝の血筋を名乗って、勝手に大公を名乗るような無礼者を許すわけがないじゃない」
「ですが、大公を名乗っても良いという約束でサルジュを動かしたのでは?」
ティタラが小首をかしげて笑う。
ハルアーダは、大公を名乗っても良いという約束があった話をティタラとはしていないことを思い出して口元を指で軽く押さえた。
ハルアーダが裏で色々と調べていた事をすっとぼけたのに、これではティタラに教えてしまうようなものである。
もっとも、ハルアーダが探りを入れている事くらいティタラには既に分かっていたので気にしてないが。
「私は……『余』は皇帝よ。サルジュとの約束を守る必要があるのかしら? 天に私と並ぶ者など居ない――」
ティタラは言葉を途中で切って目を瞑ると静かに天井を見上げた。
いや、天井では無い、天井の向こうに広がる天を見上げたのだ。
「いえ、余と並ぶ者がいたわね……。まあいいわ、そいつもいずれいなくなる……」
天の下にティタラと並ぶ者。
それが何者かハルアーダには分かった。
その者の名は……ミルランスだ。
しかしそれでは、よもやそれでは、ティタラは血を分けた姉のミルランスを殺すつもりなのか!
ハルアーダは今、なぜティタラがラドウィンを始末しようとしたのか分かった。
目的はラドウィンの死ではなかったのだ。
ラドウィンを始末した先に居る、モンタアナのミルランスをティタラは殺そうと言うのである。
ハルアーダは心の底からティタラが恐ろしかった。
こんな非道な事を、あれほど仲の良かった姉を殺す事に対して一切の躊躇を既に持っていないのだ。
ティタラは確かにハルアーダの血を引くが、間違いなくアロハンドの子だった。
人というものは血では無く環境によって育つということか。
とにかく、ティタラの放つ雰囲気全てがあのアロハンドを受け継いでいたのだ。
ティタラは帝都の兵五百騎をハルアーダに与えて、ただちにサルジュの元へと向かうように命じた。
ハルアーダは頭を下げてその命令を承ざる得なかったのだった。
そのアルマッド候爵サルジュは自分を皇帝の血筋と自称し、自らを大公などと名乗った。
その大公という肩書きでカルバーラ地方の大小する領主と同盟を結び、カルバーラ地方一の有力領主となったのである。
皇帝不在の混乱の中、我こそ皇族の血を引き、次代の皇帝となるに相応しいと宣言して、サルジュが皇帝となった時に側近として取り立てて貰おうと人々が集まったのだ。
もっとも、その後にティタラが帰ってきた為、皇族と自称して皇帝に睨まれたくないし、かと言って嘘だったと発言の撤回も出来なくなって同盟は自然崩壊したが。
さて、この大公サルジュがラドウィンの逃げ込んだサスパランド男爵領へと攻め込んだという話はハルアーダの耳にも入る。
これは何とも運が良いじゃないかとハルアーダは思い、カーンへとこの隙にラドウィンを暗殺するよう命じた。
「それがどうやら、ラドウィンの居るサスパランドをサルジュが襲ったのは偶然では無いようで」
カーンの声が屋根裏から響く。
ハルアーダの眉がピクリと動いた。
カーンの調べによると、サルジュは帝都のある者からの指示でトルノットを狙ったのである。
サルジュとしても勝手に皇族だの大公だのと名乗っていたので、帝国との関係を良好に保てるなら喜んで協力したようなのだ。
それに、皇族とか大公と名乗ったのにも関わらず帝国との関係が良好ならそれだけ周囲の領主達にも皇族という信憑性が上がるというものである。
つまりラドウィンを殺す為にサルジュは利用されたのだ。
これにハルアーダは笑う。
ロノイ達は戦下手な文官ながら、さすがに権謀術数に長けたものだ。
ところが、カーンが、サルジュを利用したのはロノイ達ではないと言うのである。
「では誰がラドウィンを始末しようなどとするのだ?」
「皇帝です。サルジュに大公の爵位を公的に認可すると約束して、ラドウィンが隠れるサスパランドを攻めるよう指示したのです。書状の写しも手に入れました」
ハルアーダが立ち上がった。
あんまりに勢い良く立ち上がったので、椅子が勢い良く倒れて乾いた音が響く程である。
眼をハッタと見開き天井を見つめて、なぜティタラ様がラドウィンを殺そうとするのだと叫んだ。
そうだ、ティタラがラドウィンを殺そうとするわけが無い。
ラドウィンはミルランスを守っていて、つまり、ラドウィンが死ねばミルランスが悲しむはず。
血を分けた姉の為にもティタラはむしろラドウィンを護る筈ではないのか?
「多分、誰かに唆されたのだ。ティタラ様がそのような事を命じる訳がない」
ハルアーダは甚だ矛盾していた。
自分がラドウィンをかくも殺そうとしていたのに、ティタラがラドウィンを殺すなどと信じられないのだ。
いや、いや、ラドウィンだからこそティタラに彼を殺そうなどとして欲しくないのである。
なにせラドウィンは我々の恩人ではないか! 恩人を殺すなんていう仁義にもとる行為など俺がやれば良いのだ! ティタラが手を汚してはならないのだ!
だから、きっと悪辣な臣下がティタラを傀儡にしようとしたのだとハルアーダは思ったのだ。
カーンに総員を用いてティタラの身辺を探り、その逆臣を見つけ次第殺すように命じた。
「娘の事となるとどこの父も変わらぬものですな」
「つまらぬ事を言っている暇があったらいかぬか!」
ハルアーダが天井に怒鳴ると気配がフッと消える。
それと同時にハルアーダの同僚であるエルグスティアが扉を開けて顔を覗かせた。
何か怒鳴って無かったかと聞くので、何でもないとハルアーダは答えて、何のようで部屋に来たのかとエルグスティアに聞く。
皇帝陛下がお呼びだと言われ、ハルアーダはティタラの元へと向かった。
皇帝と謁見する玉座の間では無く、ティタラの私室へと案内される。
ハルアーダは思うに、やはりティタラを傀儡にしている輩が居て、そいつをどうにかして欲しいと内密にお願いされるに違いないと思った。
部屋の前でエルグスティアと別れ、部屋の前に立つ護衛の騎士が最大の敬意を払う敬礼を受けながらハルアーダはティタラの私室に入る。
ティタラは疲れきった様子でカフェテーブルの椅子に腰掛けていた。
目の下には真っ黒なクマを作っている。
ハルアーダが近づくと、少しだけ瞼を開けてハルアーダの姿を見た。
そして再び目を閉じる。
「お疲れでございますね」
「ええ、ええ。最近は特に。どいつもこいつも馬鹿ばかりでね」
あまりな言い草にハルアーダは苦笑した。
そんなハルアーダを見る事もせず、ティタラは死んだような眠ったような蒼白な顔でハルアーダを呼んだ用件を話し始める。
内容としては、ラドウィンが帝都を脱出してサスパランドに身を潜めたいる事と、大公サルジュと同盟した事を伝えた。
ハルアーダはその話を冷静に聞いている。
あまりに冷静に聞いていたので、ティタラは目を瞑ったまま、「知っていたようね」と言った。
「ハルアーダが何か使って裏でこそこそやってるのは知っているわ。そいつらが調べたのかしら」
ティタラがカーンの存在に気付いていてハルアーダは驚いた。
かつて、年端もいかない無垢な少女だったティタラに、かつての先帝アロハンドの姿が重なるのだ。
しかし、ハルアーダは鼻で深く息を吸うと平静を保ち、「何のことでしょう」ととぼけた。
ティタラはそのすっとぼけた返事に何も言わず、まあいいわと流す。
目を閉じた瞼の裏側に何か思い描くものがあり、その描いた物事と無関係な話には興味の欠片も無いような淡白な態度だ。
「差し当たって、ハルアーダに頼みがあるの。私の一番信頼しているハルアーダにね」
来たか! とハルアーダは思う。
ハルアーダはティタラを傀儡にしている悪臣を始末してやろうと身構えたのだが、ティタラの小さな口から出て来たのは予想と異なるものであった。
「ラドウィンをサルジュが始末できようが出来まいが、その結果の如何に関わらずサルジュを始末しなさい」
ハルアーダは驚きのあまりに倒れ込みそうになる。
あの純粋無垢であった少女からこのように残酷な命令が出るだなんて信じられない。
「なぜサルジュを始末するのですか?」
呼吸しようと必死に動く肺を動かして何とか絞り出せた質問。
その質問を聞くとティタラはクスクス笑って目を開けるとハルアーダを見つめた。
「当たり前でしょ? 勝手に皇帝の血筋を名乗って、勝手に大公を名乗るような無礼者を許すわけがないじゃない」
「ですが、大公を名乗っても良いという約束でサルジュを動かしたのでは?」
ティタラが小首をかしげて笑う。
ハルアーダは、大公を名乗っても良いという約束があった話をティタラとはしていないことを思い出して口元を指で軽く押さえた。
ハルアーダが裏で色々と調べていた事をすっとぼけたのに、これではティタラに教えてしまうようなものである。
もっとも、ハルアーダが探りを入れている事くらいティタラには既に分かっていたので気にしてないが。
「私は……『余』は皇帝よ。サルジュとの約束を守る必要があるのかしら? 天に私と並ぶ者など居ない――」
ティタラは言葉を途中で切って目を瞑ると静かに天井を見上げた。
いや、天井では無い、天井の向こうに広がる天を見上げたのだ。
「いえ、余と並ぶ者がいたわね……。まあいいわ、そいつもいずれいなくなる……」
天の下にティタラと並ぶ者。
それが何者かハルアーダには分かった。
その者の名は……ミルランスだ。
しかしそれでは、よもやそれでは、ティタラは血を分けた姉のミルランスを殺すつもりなのか!
ハルアーダは今、なぜティタラがラドウィンを始末しようとしたのか分かった。
目的はラドウィンの死ではなかったのだ。
ラドウィンを始末した先に居る、モンタアナのミルランスをティタラは殺そうと言うのである。
ハルアーダは心の底からティタラが恐ろしかった。
こんな非道な事を、あれほど仲の良かった姉を殺す事に対して一切の躊躇を既に持っていないのだ。
ティタラは確かにハルアーダの血を引くが、間違いなくアロハンドの子だった。
人というものは血では無く環境によって育つということか。
とにかく、ティタラの放つ雰囲気全てがあのアロハンドを受け継いでいたのだ。
ティタラは帝都の兵五百騎をハルアーダに与えて、ただちにサルジュの元へと向かうように命じた。
ハルアーダは頭を下げてその命令を承ざる得なかったのだった。
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