54 / 71
2章、剣弩重来編
55話、戦火燃ゆる河
しおりを挟む
ごじゅご
ラドウィンとダルバが邂逅したのは不思議な運命のイタズラだ。
数奇な運命はこうして、二度と会うはずのない二人を敵同士として会わせた。
ラドウィンはダルバが死んだものだと思っていた。
そう、あの日、ラドウィンをかばってわざとラドウィンに斬り殺されたダルバがいたのだ。
「幽霊ではないか?」
「まさか。こうして生きております」
ダルバがヒゲを生やした顔を笑わせた。
恰幅こそ父バルオルムに及ばないが、筋肉質で高身長な体躯と武人肌の気持ちいい笑顔などバルオルムそっくりである。
互いに二言三言、再会の喜びを分かち合うと、特に合図もなく互いに馬を駆けて剣劇を再開した。
かつてのラドウィンならば、思い出や情に訴えてダルバとの戦いを避けただろう。
だが、それはかつてのラドウィンが怯えてすくんでいた小心者という訳では無いのだ。
かつてのラドウィンは領主として、領民や将兵を第一にした考えであった。
だから、戦いを避けていた。
しかし今は違う。
今のラドウィンはアキームを助けるという目的のために動いていたのだから、かつて馬を並べた仲間といえども邪魔だてするなら殺すこともいとわなかった。
十合ののち、ラドウィンは予想を上回るダルバの強さに瞠目した。
「男子三日会わざれば刮目せよ! ラドウィン様!」
ダルバは雷鳴のごときロングソードの一撃を見舞う。
ラドウィンが雷鳴を穂先で受ければ、槍の先は粉々に砕けて散った。
武器を失っては戦えない。
ラドウィンは馬首を返して撤退した。
当初の目的であった士気の向上は失敗したが、幸い、すでにカイン軍の兵士は本陣の丘を登っているので撤退の手伝いは成功したのである。
なのでラドウィンは本陣へと撤退した。
ダルバがラドウィンを追おうとしたが、丘の上から弓矢を構えた部隊が見える。
これにダルバはしぶしぶと後退したのであった。
それから数時間後にカイン軍は本格的に撤退し、ゼルド・ハント同盟軍が追撃を加える。
カイン軍の殿軍(しんがり)はグィーゼルとラドウィンがつとめた。
カインは腹心の二名を殿軍とすることを嫌ったが、ラドウィンが強く「余力を残して撤退できる相手ではありません」と説いたので許可せねばならなかった。
熾烈な戦いはカイン軍千名余りの被害を発生させたが、ラドウィンとグィーゼルも含めて半数が生還することができたのである。
撤退戦が苛烈を極めながら、必死と言われる殿軍が半数以上生き残ったのはラドウィンの見立てだ。
パルパヤットでは半月近くの籠城が行われ、その後のハント軍の救援は大軍であった。
そのため、兵糧の輸送に難儀したのだ。
人というものは不思議なもので、追い詰められると丸一日ものあいだ食うものも食わずに戦えた。
一方、勝ちに先んじる驕った心は半日も食わないでいると萎えに萎えるものだ。
結果、ラドウィンの目論見通りに兵糧の輸送が間に合わぬ同盟軍の追撃が緩み、カイン軍は何とか撤退に成功したのである。
カイン軍は前線基地をプタパの村へ移した。
プタパの村の近傍には広い湿地がある。
湿地添いに小さいながら砦を作り、湿地の砦とプタパの村で防衛線を築いたのだ。
さあ来るなら来いとカインは意気込んだが、ラドウィンは「さらに前線を退くべきかと」と進言したのである。
プタパの村を敵に与えるのかとカインと、そして将兵たちは驚いた。
「して、その心は?」
将や騎士は聞いた。
もうラドウィンの能力を知ったので、あたらと無碍にする真似はしない。
ラドウィンは解説した。
そもそもカインと、ハントと、そしてゼルドは互いに敵同士である。
今回、ハントとゼルドが組んだのもカインがテルオーネの領土を併呑したゆえであろう旨。
しからば、カインの領土が少なくなるほどハントとゼルドの絆にヒビが入る。
そして、その領土を手に入れるのがハントであれゼルドであれ、片方にとっては面白くない話なのだ。
「二匹の虎に一つの土地を競わせて食らわせる。『二虎競食』です」
果たしてラドウィンの策はまかり通った。
カイン軍はハント軍とゼルド軍の両陣営に撤退の噂を流させた。
「カイン軍がプタパの町を捨てて撤退している模様」
その報せはゼルド軍、前線指揮官ガーラシーがステーキを食べていた時だ。
勢いよく立ち上がるので、血と赤ワインのソースを散らしながら机が倒れた。
「その話をハントの連中は知っておるか!」
密偵に扮したカイン軍兵は首を左右に振り、「知りませんぬ」と答えたのである。
他の兄弟たちより国力を充実させたいゼルド軍は我先にとプタパへ出陣した。
しかし、一方、ハント軍を率いるダルバにも同様の報せが入っていたのだ。
互いにプタパを狙って進軍したので、プタパの町の前で衝突。
同盟していたが、目の前に吊り下げられた餌に釣られて戦いとなったのだ。
互いに死者を出した。
この時、ダルバがガーラシーを殺してしまい、ゼルドは麾下の騎士を殺された怒りに「青臭いハントは同盟の礼儀も知らずに裏切りおった!」と、ハント領へと侵攻を始めたのである。
で、この混乱を見逃すわけが無いのがカイン軍だ。
ルルム地方の話を整理しよう。
クヮンラブル河を中心に、北を守るのが長兄の息子ハントだ。
東方が三男ゼルドである。
そして南方と西方が四男のカインであった。
三つ巴の戦いである。
閑話休題。
ハントはダルバを領内へ退かせたのだ。
なにせハントは、その背に大敵カセイ国があった。
モンタアナのキルムとカセイ国を挟み撃ちにしているとはいえ、ルルム地方にばかり戦力を向けてばかり居られないのである。
じっさい、ハントの守りは硬く、西方から攻めるカインと東方より攻めるゼルドの攻撃をことごとく退けのだ。
すると困るのはゼルドだ。
ゼルドはハントへ軍を差し向けながらカイン軍の攻撃をしのがねばならない。
そのようなことはどだい無理な話であった。
二面作戦をとれるほどの戦力など最初からなかったのである。
結果、ゼルド領がカインにとられるまで一月も要さなかった。
もっとも、ゼルド領の北側はハントがどさくさ紛れに手に入れていたが。
しかし、なんにせよカインはゼルドとテルオーネの領土を手に入れ、ハントに抗する戦力を手に入れた。
「さあ! 次はハントだ!」
首を洗って待っておれ! カインが意気込んだが、異を唱えたのはラドウィンである。
ラドウィンは一刻も早くハルアーダの元からアキームを取り返したい。
そして、ハルアーダの領土はカインの領土の北東に位置し、山や川を幾らか越えればすぐであった。
ラドウィンは息子のためにカインの配下となったのだから、ハルアーダ領と無関係なハント領を攻めるのに反対である。
それに、ハント領を攻めるのはあまりにリスクの高い行為であった。
なぜなら、ハントの配下にはもっとも脂の乗った年齢のダルバとラズベルト家一の剣士タハミアーネがいるのだ。
そして、何より恐ろしいのは、ハントの兵士はカセイ国との戦いを経験していたことだ。
小競り合いばかりで本格的な戦争を経験したのが今回が初めての人も多いカインらの兵士と違い、ハントの兵士たちは生死の淵を渡り歩く戦いを経験していたのである。
そのような連中を相手にするのは損耗が激しい。
むしろ、カインの広い領土を利用して『持久戦』をすべきだとした。
この『持久戦』とは出兵や戦争にあらず。
国力を富ませ、兵士を募り、訓練を施して装備を整える。
超長期的視野で以てハントより優位を得るのだ。
しかし、カインにとって公都パルの簒奪は公爵を継ぐべき正当後継としての説得力に繋がる。
公爵を継ぐとは、つまり、ルルム地方に点在する地方豪族がカインに従いやすくなるのだ。
さらに言えば、父の築いた公都パルを手中に収めるのはカインとその腹心の強い願望であった。
心情というのは不合理である。
ラドウィンの提案は合理的であろうが、彼らの強い心情は合理を跳ね除けてしまうのだ。
こうしてカイン軍はハント領への侵攻を始めた。
ラドウィンもしぶしぶとカイン軍に同行するのである。
アキームのことを心配しながら。
とうのアキームは、順調にハルアーダに稽古をつけてもらった。
元々の運動神経が高かったうえに素直な性格なので教えられたことをぐんぐん吸収していた。
そこらの兵士ていどなら簡単に倒せるほどに実力を得ていたのである。
「師匠! 次は誰ですか!」。アキームが額の汗を拭ったのは、兵士との訓練で三人を倒した時だ。
六角形に張ったロープの中で一対一の戦いをする。
武器は近接戦を想定して剣を使用するが殴打や蹴り、投げなどもありの実践的訓練だ。
三戦もすれば披露も溜まる。
ハルアーダはアキームに休憩を言い渡し、他の兵の試合を見ているよう伝えた。
「まだやれますよ師匠!」。アキームは屈託のない笑みを浮かべる。
彼は年齢の割に体力があった。
海で泳ぎ、野原を駆け回り、木登りで鍛えた粘りのある体力は訓練を行うための基礎体力に繋がっていた。
人というのは若い時には疲れ知らずなものである。
だが、若さの真の強さとは回復力にあるのだとハルアーダは知っていた。
なので、「今すぐリングから出ろ。見るのも訓練だ」とアキームを諌めるのだ。
少し休み、体力を取り戻してから戦っても遅くはない。
渋々とアキームはロープをくぐって出てくる。
アキームは自信に満ちていた。
彼自身、自分が強くなっていたことを理解していたし、どこまで強くなれるのか知りたかった。
だから、休憩をして人の戦いを見ているだけではやきもきするのだ。
――もっと強くなりたい。どこまでやれるのか知りたい!――
アキームの中で強く息巻いていた。
数日に一度、ハルアーダはアキームに休日を与えた。
いつもアキームは筋肉痛に苦しみ、休日は寝て過ごしたが、その日は違った。
アキームは町へ出てみるとハルアーダに伝えたのである。
ハルアーダは知見を広めることはいい事だとして快諾した。
町へ繰り出したアキームには一つの目的があった。
それは、賊の出没情報だ。
アキームは訓練ばかりの日々に飽き飽きし、実力を真の意味で発揮する機会を伺っていた。
真の意味で発揮するというのは、つまり、訓練では無い真剣のやり取りだ。
だが、ハルアーダは賊など出ようものなら即座に兵を差し向けていた。
賊退治は良い実践訓練である。
そのためにハルアーダの領土は安泰そのものであった。
そうそう美味しい話はないもの。
アキームがうなだれてハルアーダの屋敷へ帰ろうとした時、行商の男の話が耳に入った。
サスパランドとザルバーという土地の境目に奇妙な賊がいるという話だ。
サスパランドとザルバーの間にはクヮンラブル河が流れており、大きな橋が掛かっていた。
その橋に一人の賊がいて、通行人を襲っては物資を奪っていた。
しかし、この盗賊はしばらく野放しになっている。
というのも、サスパランドはモンタアナ領主キルムの領土で、ザルバーはハルアーダ麾下のヴェンの領土だ。
ヴェンはかつて、ハルアーダを命を賭して守った“偉大なる”マギークィッドの甥である。
ハルアーダが旗揚げしてすぐ、ヴェンは伯父であるマギーグィッド・“偉大なる”カールの死に様を騎士から聞き、彼の最期の言葉、「ハルアーダは真の王」という話を信じてハルアーダへの全面降伏としたのである。
ハルアーダは大恩あるマギーの、その甥が降伏した事を喜んだ。
このザルバー子爵のカール家は名門の家柄であった。
そのため、ヴェンがハルアーダの軍門に降ると、同じく名家の人々もハルアーダの元へとやって来たのである。
そのようなヴェンの領主ザルバーと敵国キルムの領土との間に賊がいては、討伐の軍勢を侵略と捉えられて紛争に発展しかねない。
難しい状況であり、賊は野放しとなっていた。
その話を聞いたアキームが、『良い情報を得た』と思うのは当然の結果であった。
ラドウィンとダルバが邂逅したのは不思議な運命のイタズラだ。
数奇な運命はこうして、二度と会うはずのない二人を敵同士として会わせた。
ラドウィンはダルバが死んだものだと思っていた。
そう、あの日、ラドウィンをかばってわざとラドウィンに斬り殺されたダルバがいたのだ。
「幽霊ではないか?」
「まさか。こうして生きております」
ダルバがヒゲを生やした顔を笑わせた。
恰幅こそ父バルオルムに及ばないが、筋肉質で高身長な体躯と武人肌の気持ちいい笑顔などバルオルムそっくりである。
互いに二言三言、再会の喜びを分かち合うと、特に合図もなく互いに馬を駆けて剣劇を再開した。
かつてのラドウィンならば、思い出や情に訴えてダルバとの戦いを避けただろう。
だが、それはかつてのラドウィンが怯えてすくんでいた小心者という訳では無いのだ。
かつてのラドウィンは領主として、領民や将兵を第一にした考えであった。
だから、戦いを避けていた。
しかし今は違う。
今のラドウィンはアキームを助けるという目的のために動いていたのだから、かつて馬を並べた仲間といえども邪魔だてするなら殺すこともいとわなかった。
十合ののち、ラドウィンは予想を上回るダルバの強さに瞠目した。
「男子三日会わざれば刮目せよ! ラドウィン様!」
ダルバは雷鳴のごときロングソードの一撃を見舞う。
ラドウィンが雷鳴を穂先で受ければ、槍の先は粉々に砕けて散った。
武器を失っては戦えない。
ラドウィンは馬首を返して撤退した。
当初の目的であった士気の向上は失敗したが、幸い、すでにカイン軍の兵士は本陣の丘を登っているので撤退の手伝いは成功したのである。
なのでラドウィンは本陣へと撤退した。
ダルバがラドウィンを追おうとしたが、丘の上から弓矢を構えた部隊が見える。
これにダルバはしぶしぶと後退したのであった。
それから数時間後にカイン軍は本格的に撤退し、ゼルド・ハント同盟軍が追撃を加える。
カイン軍の殿軍(しんがり)はグィーゼルとラドウィンがつとめた。
カインは腹心の二名を殿軍とすることを嫌ったが、ラドウィンが強く「余力を残して撤退できる相手ではありません」と説いたので許可せねばならなかった。
熾烈な戦いはカイン軍千名余りの被害を発生させたが、ラドウィンとグィーゼルも含めて半数が生還することができたのである。
撤退戦が苛烈を極めながら、必死と言われる殿軍が半数以上生き残ったのはラドウィンの見立てだ。
パルパヤットでは半月近くの籠城が行われ、その後のハント軍の救援は大軍であった。
そのため、兵糧の輸送に難儀したのだ。
人というものは不思議なもので、追い詰められると丸一日ものあいだ食うものも食わずに戦えた。
一方、勝ちに先んじる驕った心は半日も食わないでいると萎えに萎えるものだ。
結果、ラドウィンの目論見通りに兵糧の輸送が間に合わぬ同盟軍の追撃が緩み、カイン軍は何とか撤退に成功したのである。
カイン軍は前線基地をプタパの村へ移した。
プタパの村の近傍には広い湿地がある。
湿地添いに小さいながら砦を作り、湿地の砦とプタパの村で防衛線を築いたのだ。
さあ来るなら来いとカインは意気込んだが、ラドウィンは「さらに前線を退くべきかと」と進言したのである。
プタパの村を敵に与えるのかとカインと、そして将兵たちは驚いた。
「して、その心は?」
将や騎士は聞いた。
もうラドウィンの能力を知ったので、あたらと無碍にする真似はしない。
ラドウィンは解説した。
そもそもカインと、ハントと、そしてゼルドは互いに敵同士である。
今回、ハントとゼルドが組んだのもカインがテルオーネの領土を併呑したゆえであろう旨。
しからば、カインの領土が少なくなるほどハントとゼルドの絆にヒビが入る。
そして、その領土を手に入れるのがハントであれゼルドであれ、片方にとっては面白くない話なのだ。
「二匹の虎に一つの土地を競わせて食らわせる。『二虎競食』です」
果たしてラドウィンの策はまかり通った。
カイン軍はハント軍とゼルド軍の両陣営に撤退の噂を流させた。
「カイン軍がプタパの町を捨てて撤退している模様」
その報せはゼルド軍、前線指揮官ガーラシーがステーキを食べていた時だ。
勢いよく立ち上がるので、血と赤ワインのソースを散らしながら机が倒れた。
「その話をハントの連中は知っておるか!」
密偵に扮したカイン軍兵は首を左右に振り、「知りませんぬ」と答えたのである。
他の兄弟たちより国力を充実させたいゼルド軍は我先にとプタパへ出陣した。
しかし、一方、ハント軍を率いるダルバにも同様の報せが入っていたのだ。
互いにプタパを狙って進軍したので、プタパの町の前で衝突。
同盟していたが、目の前に吊り下げられた餌に釣られて戦いとなったのだ。
互いに死者を出した。
この時、ダルバがガーラシーを殺してしまい、ゼルドは麾下の騎士を殺された怒りに「青臭いハントは同盟の礼儀も知らずに裏切りおった!」と、ハント領へと侵攻を始めたのである。
で、この混乱を見逃すわけが無いのがカイン軍だ。
ルルム地方の話を整理しよう。
クヮンラブル河を中心に、北を守るのが長兄の息子ハントだ。
東方が三男ゼルドである。
そして南方と西方が四男のカインであった。
三つ巴の戦いである。
閑話休題。
ハントはダルバを領内へ退かせたのだ。
なにせハントは、その背に大敵カセイ国があった。
モンタアナのキルムとカセイ国を挟み撃ちにしているとはいえ、ルルム地方にばかり戦力を向けてばかり居られないのである。
じっさい、ハントの守りは硬く、西方から攻めるカインと東方より攻めるゼルドの攻撃をことごとく退けのだ。
すると困るのはゼルドだ。
ゼルドはハントへ軍を差し向けながらカイン軍の攻撃をしのがねばならない。
そのようなことはどだい無理な話であった。
二面作戦をとれるほどの戦力など最初からなかったのである。
結果、ゼルド領がカインにとられるまで一月も要さなかった。
もっとも、ゼルド領の北側はハントがどさくさ紛れに手に入れていたが。
しかし、なんにせよカインはゼルドとテルオーネの領土を手に入れ、ハントに抗する戦力を手に入れた。
「さあ! 次はハントだ!」
首を洗って待っておれ! カインが意気込んだが、異を唱えたのはラドウィンである。
ラドウィンは一刻も早くハルアーダの元からアキームを取り返したい。
そして、ハルアーダの領土はカインの領土の北東に位置し、山や川を幾らか越えればすぐであった。
ラドウィンは息子のためにカインの配下となったのだから、ハルアーダ領と無関係なハント領を攻めるのに反対である。
それに、ハント領を攻めるのはあまりにリスクの高い行為であった。
なぜなら、ハントの配下にはもっとも脂の乗った年齢のダルバとラズベルト家一の剣士タハミアーネがいるのだ。
そして、何より恐ろしいのは、ハントの兵士はカセイ国との戦いを経験していたことだ。
小競り合いばかりで本格的な戦争を経験したのが今回が初めての人も多いカインらの兵士と違い、ハントの兵士たちは生死の淵を渡り歩く戦いを経験していたのである。
そのような連中を相手にするのは損耗が激しい。
むしろ、カインの広い領土を利用して『持久戦』をすべきだとした。
この『持久戦』とは出兵や戦争にあらず。
国力を富ませ、兵士を募り、訓練を施して装備を整える。
超長期的視野で以てハントより優位を得るのだ。
しかし、カインにとって公都パルの簒奪は公爵を継ぐべき正当後継としての説得力に繋がる。
公爵を継ぐとは、つまり、ルルム地方に点在する地方豪族がカインに従いやすくなるのだ。
さらに言えば、父の築いた公都パルを手中に収めるのはカインとその腹心の強い願望であった。
心情というのは不合理である。
ラドウィンの提案は合理的であろうが、彼らの強い心情は合理を跳ね除けてしまうのだ。
こうしてカイン軍はハント領への侵攻を始めた。
ラドウィンもしぶしぶとカイン軍に同行するのである。
アキームのことを心配しながら。
とうのアキームは、順調にハルアーダに稽古をつけてもらった。
元々の運動神経が高かったうえに素直な性格なので教えられたことをぐんぐん吸収していた。
そこらの兵士ていどなら簡単に倒せるほどに実力を得ていたのである。
「師匠! 次は誰ですか!」。アキームが額の汗を拭ったのは、兵士との訓練で三人を倒した時だ。
六角形に張ったロープの中で一対一の戦いをする。
武器は近接戦を想定して剣を使用するが殴打や蹴り、投げなどもありの実践的訓練だ。
三戦もすれば披露も溜まる。
ハルアーダはアキームに休憩を言い渡し、他の兵の試合を見ているよう伝えた。
「まだやれますよ師匠!」。アキームは屈託のない笑みを浮かべる。
彼は年齢の割に体力があった。
海で泳ぎ、野原を駆け回り、木登りで鍛えた粘りのある体力は訓練を行うための基礎体力に繋がっていた。
人というのは若い時には疲れ知らずなものである。
だが、若さの真の強さとは回復力にあるのだとハルアーダは知っていた。
なので、「今すぐリングから出ろ。見るのも訓練だ」とアキームを諌めるのだ。
少し休み、体力を取り戻してから戦っても遅くはない。
渋々とアキームはロープをくぐって出てくる。
アキームは自信に満ちていた。
彼自身、自分が強くなっていたことを理解していたし、どこまで強くなれるのか知りたかった。
だから、休憩をして人の戦いを見ているだけではやきもきするのだ。
――もっと強くなりたい。どこまでやれるのか知りたい!――
アキームの中で強く息巻いていた。
数日に一度、ハルアーダはアキームに休日を与えた。
いつもアキームは筋肉痛に苦しみ、休日は寝て過ごしたが、その日は違った。
アキームは町へ出てみるとハルアーダに伝えたのである。
ハルアーダは知見を広めることはいい事だとして快諾した。
町へ繰り出したアキームには一つの目的があった。
それは、賊の出没情報だ。
アキームは訓練ばかりの日々に飽き飽きし、実力を真の意味で発揮する機会を伺っていた。
真の意味で発揮するというのは、つまり、訓練では無い真剣のやり取りだ。
だが、ハルアーダは賊など出ようものなら即座に兵を差し向けていた。
賊退治は良い実践訓練である。
そのためにハルアーダの領土は安泰そのものであった。
そうそう美味しい話はないもの。
アキームがうなだれてハルアーダの屋敷へ帰ろうとした時、行商の男の話が耳に入った。
サスパランドとザルバーという土地の境目に奇妙な賊がいるという話だ。
サスパランドとザルバーの間にはクヮンラブル河が流れており、大きな橋が掛かっていた。
その橋に一人の賊がいて、通行人を襲っては物資を奪っていた。
しかし、この盗賊はしばらく野放しになっている。
というのも、サスパランドはモンタアナ領主キルムの領土で、ザルバーはハルアーダ麾下のヴェンの領土だ。
ヴェンはかつて、ハルアーダを命を賭して守った“偉大なる”マギークィッドの甥である。
ハルアーダが旗揚げしてすぐ、ヴェンは伯父であるマギーグィッド・“偉大なる”カールの死に様を騎士から聞き、彼の最期の言葉、「ハルアーダは真の王」という話を信じてハルアーダへの全面降伏としたのである。
ハルアーダは大恩あるマギーの、その甥が降伏した事を喜んだ。
このザルバー子爵のカール家は名門の家柄であった。
そのため、ヴェンがハルアーダの軍門に降ると、同じく名家の人々もハルアーダの元へとやって来たのである。
そのようなヴェンの領主ザルバーと敵国キルムの領土との間に賊がいては、討伐の軍勢を侵略と捉えられて紛争に発展しかねない。
難しい状況であり、賊は野放しとなっていた。
その話を聞いたアキームが、『良い情報を得た』と思うのは当然の結果であった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜
桜井正宗
ファンタジー
能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。
スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。
真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。
スキルで最強神を召喚して、無双してしまうんだが〜パーティーを追放された勇者は、召喚した神達と共に無双する。神達が強すぎて困ってます〜
東雲ハヤブサ
ファンタジー
勇者に選ばれたライ・サーベルズは、他にも選ばれた五人の勇者とパーティーを組んでいた。
ところが、勇者達の実略は凄まじく、ライでは到底敵う相手ではなかった。
「おい雑魚、これを持っていけ」
ライがそう言われるのは日常茶飯事であり、荷物持ちや雑用などをさせられる始末だ。
ある日、洞窟に六人でいると、ライがきっかけで他の勇者の怒りを買ってしまう。
怒りが頂点に達した他の勇者は、胸ぐらを掴まれた後壁に投げつけた。
いつものことだと、流して終わりにしようと思っていた。
だがなんと、邪魔なライを始末してしまおうと話が進んでしまい、次々に攻撃を仕掛けられることとなった。
ハーシュはライを守ろうとするが、他の勇者に気絶させられてしまう。
勇者達は、ただ痛ぶるように攻撃を加えていき、瀕死の状態で洞窟に置いていってしまった。
自分の弱さを呪い、本当に死を覚悟した瞬間、視界に突如文字が現れてスキル《神族召喚》と書かれていた。
今頃そんなスキル手を入れてどうするんだと、心の中でつぶやくライ。
だが、死ぬ記念に使ってやろうじゃないかと考え、スキルを発動した。
その時だった。
目の前が眩く光り出し、気付けば一人の女が立っていた。
その女は、瀕死状態のライを最も簡単に回復させ、ライの命を救って。
ライはそのあと、その女が神達を統一する三大神の一人であることを知った。
そして、このスキルを発動すれば神を自由に召喚出来るらしく、他の三大神も召喚するがうまく進むわけもなく......。
これは、雑魚と呼ばれ続けた勇者が、強き勇者へとなる物語である。
※小説家になろうにて掲載中
【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~
きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。
前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。
3年F組クラス転移 帝国VS28人のユニークスキル~召喚された高校生は人類の危機に団結チートで国を相手に無双する~
代々木夜々一
ファンタジー
高校生3年F組28人が全員、召喚魔法に捕まった!
放り出されたのは闘技場。武器は一人に一つだけ与えられた特殊スキルがあるのみ!何万人もの観衆が見つめる中、召喚した魔法使いにざまぁし、王都から大脱出!
3年F組は一年から同じメンバーで結束力は固い。中心は陰で「キングとプリンス」と呼ばれる二人の男子と、家業のスーパーを経営する計算高きJK姫野美姫。
逃げた深い森の中で見つけたエルフの廃墟。そこには太古の樹「菩提樹の精霊」が今にも枯れ果てそうになっていた。追いかけてくる魔法使いを退け、のんびりスローライフをするつもりが古代ローマを滅ぼした疫病「天然痘」が異世界でも流行りだした!
原住民「森の民」とともに立ち上がる28人。圧政の帝国を打ち破ることができるのか?
ちょっぴり淡い恋愛と友情で切り開く、異世界冒険サバイバル群像劇、ここに開幕!
※カクヨムにも掲載あり
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
スキル【収納】が実は無限チートだった件 ~追放されたけど、俺だけのダンジョンで伝説のアイテムを作りまくります~
みぃた
ファンタジー
地味なスキル**【収納】**しか持たないと馬鹿にされ、勇者パーティーを追放された主人公。しかし、その【収納】スキルは、ただのアイテム保管庫ではなかった!
無限にアイテムを保管できるだけでなく、内部の時間操作、さらには指定した素材から自動でアイテムを生成する機能まで備わった、規格外の無限チートスキルだったのだ。
追放された主人公は、このチートスキルを駆使し、収納空間の中に自分だけの理想のダンジョンを創造。そこで伝説級のアイテムを量産し、いずれ世界を驚かせる存在となる。そして、かつて自分を蔑み、追放した者たちへの爽快なざまぁが始まる。
最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした
新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。
「もうオマエはいらん」
勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。
ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。
転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。
勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる