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3章・和風戦雲編
61話、虎竜の交わり
南で盛んに戦いを繰り広げられていた一方、北はというと。
ガ・ルスが帝都とカルバーラ地方から退いた後も、オルモードが陣地を築いて守りの姿勢を見せる。
キルムはサスパランドにまで撤退していた。
さて、ガ・ルスがいなくなったとはいえ、キルムには糧食も少なく、また賃金も少ない。
そう、戦争というものはお金がかかる。
何度も何度も戦争に出られるものでは無いのだ。
一日一日、兵へ支払う金があるし、一日一日、兵が食べる飯も買わねばならない。
もちろん、キルムはすぐに出兵はできる。
それだけの蓄えはあるが、問題は後方のハルアーダだ。
キルムが帝都へ向けて出兵し、カセイ国と戦った後、ハルハーダがサスパランドへ向けて攻めて来た場合、兵糧の観点から見て一月も経たずに飢え死にするだろうと思えた。
モンタアナには大量の蓄えがあったが、モンタアナからサスパランドへの輸送に時間がかかったために起こった問題である。
キルムに残された手段と言えば、モンタアナから輸送が来るまで、このまま手をこまねいてハントが倒されるのを待つだけだ。
そんな悩みをキルムが抱いている時、サスパランドから一つの馬車がハルアーダ領へと向かった。
その馬車に乗っているのはモンタアナ領主のカルチュアである。
彼女はハルアーダへ和平交渉を持ちかけようとしていた。
もちろん彼女が敵であるハルアーダの元へ直接、向かうことをキルムは反対した。
キルムが戦場から戻ってきて、ヘトヘトで屋敷に帰ってきた時の話だ。
キルムは戦場での興奮状態も手伝って、強い語気で「君を敵国に行かせるものか!」と凄んだのである。
一方のカルチュアはハント見捨てる訳にはいかないからと反対を押し切ろうとしたのだ。
だが、キルムもカルチュアのこととなると頑固である。
キルムとカルチュアは全くもって意見が合わない。
せっかく二人が会えても、こうしてよく口喧嘩をしたものだ。
だけれど、この口論の終わりは、カルチュアの「ハント様のもとにいるラドウィン様を見捨てるのね」という言葉で終わった。
カルチュアはその時のことを馬車の中で思い出して笑う。
夫の驚くあの顔!
実を言うと、キルムが戦争をしている間に、ミルランスとザスグィン、そしてゴズ達が来ていたのだ。
彼女達は屋敷に匿われていた。
カルチュアはキルムを睨み、「ラドウィン様とミルランスさんが生きていたと知りながら、領主の私に何一つ伝えなかったのね」と嫌味を言うと、さすがにキルムは黙ってしまったのである。
キルムはザスグィンの得た情報をカルチュアに教えていなかった。
全てを彼の独断で進めていたので、カルチュアへ酷い負い目を抱いていたのである。
そして、カルチュアはザスグィンから聞いた話が、シュラとラドウィンがハントの元にいるという話だ。
その話はまだキルムも知らなかったので、カルチュアはキルムの鼻を明かしてやったのだと得意になった。
結局、キルムは、ハントの下にいるラドウィンを助ける為にも、妻にして領主のカルチュアが直接ハルアーダと話をつけに向かうことを認めねばならなかったのである。
こういったことがあったからか、カルチュアは馬車の中で上機嫌であった。
あの鼻持ちならない理屈屋の夫を黙らせてやったわ! と、従者のメイドに話すのである。
カルチュアに緊張感はなく、これから敵国に向かうということを理解しているのだろうかと疑いたくなるほどだ。
実際、彼女はハルアーダの元へと辿り着いてもあっけらかんとしていた。
ハルアーダには、カルチュアが赴く旨を伝える使者を予め向かわせている。
ハルアーダはいくら敵同士と言えども一領の主を無下に扱う不心得ものでは無かった。
なので、城壁の前にまで迎えを出し、できるだけ豪華な食事を用意したのである。
敵国の主を迎える懐の広さを見せ付けつつ、例えば出迎えるの兵士の練度を見せつけたり、どれだけ食糧に豊かなのか見せつける。
つまり、どれだけ優れた国力を保有するのか見せつけるのだ。
そしてハルアーダはアキームを隣に立たせた。
アキームはまだ若いながら凛とした佇まいが堂に入っていたので、ハルアーダ陣営の人材の厚さを見せつけようと考えたのである。
もう一人、バルリエットを立たせると、ハルアーダはカルチュアを待った。
すぐ、屋敷の前にカルチュアの馬車が止まると、彼女は降りてくる。
「小国にしては悪くないもてなしですわ」
上機嫌で出迎えの使者に伝えると、カルチュアは堂々とハルアーダの待つ屋敷の中へと入った。
この際、カルチュアの護衛を務める数名の騎士が彼女を前後左右を守ろうとしたが、「みっともないわ。それに、相手を信用することも話し合いの第一ですのよ」と、騎士達にカルチュアから離れて歩くよう命じたのである。
もしも弓兵に狙われていたら、誰もカルチュアを守れない。
カルチュアの従者達は気が気では無かった。
もっとも、ハルアーダもそのつもりは無かったので事なきを得たが。
ハルアーダとカルチュアは客間の、大きな机を挟んで座りあった。
カルチュアを一目見たハルアーダは、彼女が護衛を離して連れているのを見て、「素人だな」と思う。
ハルアーダは、椅子に座るカルチュアへ「あなたから見たら敵地なのですから、護衛を身近にするのは恥ずべきことではありませんよ」と挑発した。
だが、カルチュアはニコリと笑い、「武勇の誉れ高きハルアーダ様が、不届き者を許す訳ありませんわ」と答えたのである。
これはつまり、ハルアーダが暗殺をするような卑怯者ではないし、もしも自分が死んだら、それは第三者を忍び込ませたハルアーダの手落ちだと暗に示したのだ。
ハルアーダは苦笑し、さり気なく手を上げる。
これは、彼の使役するカーンとその配下への合図だ。
ハルアーダは、必要とあらばカルチュアを暗殺しようとカーンらに命じていた。
しかし、カルチュアに先制を取られてしまい、彼女が死のうものなら不名誉な誹りを受けるのはハルアーダとなってしまったのだ。
だから、ハルアーダは暗殺者達を下げさせたのである。
カルチュアがカーンの存在を読んだのかは不明だ。
しかし、カルチュアは能天気なお嬢様ではないということだけは言明すべき点であろう。
カルチュアは名家の生まれで、帝都近くの領土であったことも踏まえれば、幼少期より多くのパーティに参加していた。
社交の場だ。
カルチュアはつまり、貴族の政治的、経済的な細やかな駆け引きを見て育って来たのである。
彼女自身にも説明できない、本能にも似た細やかな駆け引きがその所作から言動の端々に至るまであった。
ハルアーダのような槍働きでのし上がったような騎士上がりの貴族にはカルチュアは天敵と言える。
ハルアーダが武力や暴力を暗に示せば、カルチュアは名誉や世間体を盾にしたのだ。
「皇帝の騎士であるハルアーダ様が、よもや暴力だなんて野蛮な方法で訴えたりしませんよね?」
結局、ハルアーダは武力に訴えることもできず、自然とカルチュアのペースで話が進んでしまった。
カルチュアの要求は、互いに手を組んでカセイ国と戦おうというものだ。
その話はとんとん拍子で進み、気づくとあとはハルアーダが首を縦に振る段階にまで進んでいた。
恐ろしい女を相手にしていたのだとハルアーダは戦慄する。
「非の打ち所のない、完璧な提案だと思いますが?」
糧食や援軍派兵に関する取り決めは詳細かつ公平に定められていた。
カルチュアの夫、キルムが考えていた同盟条約である。
カルチュアは小難しい話は分からなかったので、その点だけはキルムの提案をそのまま伝えたのだ。
キルムの理知的な提案を、話術に優れるカルチュアが扱うのだから恐ろしい夫婦と言えよう。
カルチュアと出会ったのは失敗だったとハルアーダが悔やんでいる横で、アキームがそっと耳打ちをした。
「同盟しましょう。カセイ国を退けてティタラ皇帝を助け出すべきです」
ハルアーダはアキームを睨みつける。
若造が何も知らないで口を挟むな。と言いたいところであったが、最初からハルアーダも同盟をせねばカセイ国と相対することはできなかった。
なので、アキームに背を押される形で、ハルアーダは頷くのである。
カルチュアは立ち上がると、「三国同盟ですわ!」と喜ぶのであった。
カルチュアが戻って同盟締結の報せを受けたキルムが出陣。
それから数日後、出兵準備を整えたハルアーダが遅れて出軍した。
この同盟はカセイ国にとってはまさに青天の霹靂である。
その時、オルモードが幕舎で食事をとっていると、密偵の男が入ってきてキルム軍の襲来を告げた。
オルモードはもう老齢で、前線に立つのも辛かったが戦と聞けば壮年の気概を見せる。
従者に素早く鎧を着させて貰うと幕舎を飛び出て馬に乗った。
全隊へ出陣の下知を与える。
ところが、二人目の密偵が戻ってくると「キルム軍の後方よりハルアーダ軍と思わしき軍容を確認」と伝えた。
これを聞いたオルモードは二国が同盟したことを想定し、ただちに出陣命令を取りやめる。
そして、陣地にこもって籠城を仕掛けた。
果たして、当初はキルムだけの軍勢であったがハルアーダも合流する大軍勢となったのである。
オルモードは二国の同盟を確信すると、急使をザルバールへと出した。
そして、彼自身はキルム・ハルアーダ連合軍を相手にできる限りの足止めをしつつ後退することを決めたのである。
オルモード、一世一代の大勝負であった。
かつて、オルモードがカルシオスとともに帝都を攻めた時は勝てると見込んだ決戦であったが、今は負けることを前提としながら損害を減らさねばならない。
かつて古き時代の軍略家キュルシガは「負け戦にこそ将の本領が現れる。」と述べたものだ。
オルモードはニヤリと笑う。
かつて漲っていた血潮のうねりが、そして、かつて失っていた血潮のざわめきが、オルモードの全身を滾った。
オルモードは今までにないほどに若々しく、そして生きている実感を感じた。
かつて、大将軍であった頃は身の保身と地位や名誉の向上ばかりに眼が濁っていた。
しかし、こうして前線で生き続けると、全身に活力が漲り、兵を家族のように慈しみ、どんな困難にもぶつかる挑戦意欲が湧いてくるのだ。
「ここが意地の見せ所よ! 全兵、生命の一寸を奮い立たせよ! 必ず生きて帰るぞ!」
馬上にて、剣を振り上げたオルモードの鼓舞に兵士の末端に至るまで奮い立つのであった。
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