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3章・和風戦雲編
62、昔話をしよう
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オルモードが一世一代の戦いに挑んだ結果を端的に述べれば、彼はこの戦いで戦死した。
しかし、彼の戦いぶりは決して簡単に済ませて良いものでは無いのだ。
当時の記録をたぐれば、キルム軍二万、ハルアーダ軍一万とある。
対してオルモードの軍勢は五千がいいところだろう。
それでも、オルモードの軍は千から二千の損害だったという。
これはオルモードの老獪さからくる軍略の巧みさだといえた。
オルモードは撤退の最中、防衛に良好な土地を見つけてはよく防衛し、キルムとハルアーダを退けたのだ。
だが、カセイ国の作った堅牢な関所に差し掛かった時、オルモードは一つの判断をミスした。
キルム軍の先鋒、ライアス隊は強行に次ぐ強行でオルモードに迫っている。
ライアスはバルオルムの甥で現在は――ダルバが死んだと思われていたため――ダイケンの領主だ。
まだ若い彼は武功を立てようと遮二無二、追撃してきたのである。
また、彼の配下は精強な騎馬部隊が多く、この強行軍を可能にした。
オルモードは関所まであと半日というところで、殿軍を自ら務めることにする。
選りすぐりの千人で転身、ライアス隊へと突撃した。
その突撃も山道を利用し、山頂より勢い付けて駆け下りる『逆落とし』という突撃だ。
ライアス隊はこの突撃で半壊、撤退を強いられる。
オルモードはライアスの撤退を確認すると、引き返そうかと考えた。
だが、坂を登っている間にキルムとハルアーダに追いつかれることは明白であった。
退くことは事態の解決に繋がらないと考えたオルモードは隊を前進させた。
オルモードは少々古臭い人間であると言わざる得ない。
もちろん学はあり、理論的な思考能力はあったが、最後の決め手はやる気と精神であると信じて疑わなかった。
彼の示した作戦は単純にして明快である。
キルムとハルアーダの軍勢に突撃し、散々っぱら引っ掻きましてから撤退するというものだ。
オルモードは手勢千とともに馬を駆けた。
キルムらが軍容を整える前に突撃をするのだ。
行軍というものは通常、長蛇の陣をとる。
これは陣といっても大層なものでは無い。
ただ長い一列二列の隊列で進むだけだ。
そして、戦う前に、より効果的な陣形を作る必要があった。
オルモードはキルムとハルアーダにそれを許さないつもりだったのである。
果たして彼の読みは当たった。
丘と森の隙間を縫う街道を抜けるため、彼らは二列の長蛇を取っていたのである。
オルモードに気づき、前衛が後方へ「敵襲」だと伝えたところが何ができようか?
たちまちオルモードと千人の騎馬突撃が無残にも前衛の兵を蹴散らした。
このまま中央深くまで切り込み、反転して撤退するだけだとオルモードは思う。
しかし、前を行く騎士が突如としてその喉や脇腹から血を吹き出して落馬した。
そこに立ちはだかっていたのはハルアーダであった。
白銀の鎧を太陽に輝かせる貴公子は、槍を振るって精鋭千騎に相対するのだ。
そして、ハルアーダに勇気づけられた兵士たちも奮起したのである。
ハルアーダとその兵士たちを見たオルモードは突撃がいかに下策であったか痛感し、すぐさま撤退するよう命じた。
騎兵らが急いで馬首を反転しようとした時、ハルアーダの隣に馬を並べるバルリエットが矢を放つ。
ピュンと放たれた矢は誰を狙ったものではなかった。
千騎近い騎兵へ向けて放ったものであるが、その一矢は幾人かの騎兵の間を通り抜け、トンと軽く、そして深く、オルモードの喉へ刺さったのである。
オルモードの口からゴポゴポと血が吹き出た。
その目にたちまち血が流れ、充血した目はカッと見開かれてバルリエットを睨んだのだ。
オルモードはほとんど意識を失ったままであった。
もはや死んだと言っても同じ状態でありながら、戦士としての本能は馬の腹を蹴ったのである。
腹を蹴られた馬がハルアーダとバルリエットへ向かった。
バルリエットが次々と矢を放ち、オルモードの全身を射抜くまでオルモードの突撃は止まらなかったのだ。
オルモードはまさに全身ハリネズミとも形容すべき状態であったため、果たしてその死体が本当にオルモードであったか判明したのは数日後であったと伝えられるほどである。
しかし、オルモードは戦死した。
老獪な男は死に、千騎の兵もほとんどが討死にした。
キルムとハルアーダはこうして、強敵オルモードを破ると帝都東方の関所へと迫ったのである。
堅牢な関所ではあったが、所詮は関所とも言える。
防備を得意とする砦では無いのだ。
しかもオルモードが戦死した今、関所の兵を満足に指揮できるものはいなかった。
この時、関所で兵を指揮していたのは騎士のスールハークという。
彼は攻め寄せるキルムとハルアーダの連合軍を前に意気高かった。
スールハークはカセイ地方出身の騎士であり、外様ともいえるオルモードが東方防備の総指揮を執っていたのが気に食わなかった。
彼が戦死してむしろせいせいしていたほどだ。
なので、オルモードすら戦死したこの連合軍を自分が退けて実力を示す機会だと考えていたのである。
スールハークは決して無能な将ではなかったが、総指揮を預かるような男ではなかった。
なにせ短気で自信家だったからだ。
キルムが軽く関所へ、兵をけしかけてから逃げると簡単に追ってきた。
そこをハルアーダらの伏兵で一網打尽とされ、スールハークはあえなく戦死し、関所も陥落したのだ。
そのような戦場を、アキームは山の上から見ていた。
カーンとアーモという怪しい様相の男二人を護衛にアキームは山頂から戦場の様子を見ていたのだ。
「楽しいか?」
アーモが眉の奥から鋭い目をアキームに向けると、アキームは静かに首を左右へ振った。
アキームは関所の前に転がる死体の山と血の川を見て、顔を青ざめさせていた。
ハルアーダに良い勉強だと言われ、こうして高台を伝って戦場を覗いていたが良い気分はしない。
「なぜ殺し合うのだろう」
アキームはこの戦いがなぜ起こったのか分からなかった。
なぜ殺し合うような戦いを何年も続けているのか分からなかった。
もしかしたら、誰にも分からないのかも知れない。
ただ、殺し合いが日常になってしまったから殺しあっているのかも知れない。
アキームがカーンとアーモに人を殺したことはあるかと聞いた。
二人とも「ある」と事も無げに答える。
「どうして殺したの?」
アキームが絞り出すような声で聞いた。
今まで人が死ぬなんて夢物語だったのに、今となっては死があまりにも身近にありすぎて、心が破裂しそうだった。
アーモは「戦争のさなかで何人か殺したと思う。だけど、心から殺してやろうと思ったのは大切な人を殺された時だけだ」と答える。
カーンは「一族が生きていくための金を稼ぐためですよ。人が死ぬのは金になる」と答えた。
復讐と生きる糧のため。
それはきっと人が人を殺すもっとも原始的な理由かも知れない。
カーンが「この帝国の成り立ちを、お話しましょう」と言った。
アーランドラ帝国がまだ小国で、この帝国領土に無数の国々があった頃の話だ。
台風と嵐、そしてクヮンラブル河の洪水があった。
たくさんの森が沈んでしまった。
すると洪水に沈んだ森から続々とオーガ達がやって来て、人を殺してしまったのだ。
各地の国々ではオーガと戦うために武装した。
その年は何とかオーガを退けたが、台風と嵐と、そして洪水で畑の実りはまったくなかった。
人々は飢えた。
餓死者が出ようものならハエより先に人間が群がり喰らったほどだ。
ある時、人々は気づいた。
その手に武器があることを。
ほんの少しの食べ物を求めた人々は隣の国へと攻めた。
痩せ細った農耕馬がいようものなら引き裂き食べた。
翌年のために種籾だけはとっていた家を襲っては食べた。
略奪の限りを尽くした。
女子供をさらって異国の商人へ売ってはなけなしの食べ物を輸送して貰いもした。
この世の地獄は、しかし翌年に終わるのだ。
翌年になると飢饉が嘘のように大豊作となったのである。
だが、人々は争いをやめなかった。
なぜなら、人々は慟哭していたからだ。
「隣国は俺の馬を喰らった」
「奴らは種籾を奪った」
「人非人(ひとでなし)ども! 俺の妻と娘を遠い異国へ売り払ったな!」
慟哭は憎悪となり、憎悪は血を望んだ。
やがて何年も経ち、人々が最初の憎悪を忘れても戦いは憎悪を呼び続けたのだ。
アーランドラ帝国が全ての国を治めるまで、この戦いは続いたのである。
「今も同じです。金のため、生きるために殺し合い、殺し合うから憎悪して殺し合う。誰かが治めねば終わらないのです」
誰かが治めねば終わらない。
誰が?
アキームには分からなかった。
この大地にうねる死と戦いの渦を終わらせる方法があるだなんてとても思えない。
戦争というのは、嵐や洪水、津波のような自然現象なんじゃないかとすらアキームは思った。
だとしたら、この自然現象に飛び込もうとする自分はなんなのだろうかとアキームは考える。
そして、答えが出なかったので「行こう。師匠たちに置いていかれる」と、自分に言い聞かせて話を終わらせるのであった。
しかし、彼の戦いぶりは決して簡単に済ませて良いものでは無いのだ。
当時の記録をたぐれば、キルム軍二万、ハルアーダ軍一万とある。
対してオルモードの軍勢は五千がいいところだろう。
それでも、オルモードの軍は千から二千の損害だったという。
これはオルモードの老獪さからくる軍略の巧みさだといえた。
オルモードは撤退の最中、防衛に良好な土地を見つけてはよく防衛し、キルムとハルアーダを退けたのだ。
だが、カセイ国の作った堅牢な関所に差し掛かった時、オルモードは一つの判断をミスした。
キルム軍の先鋒、ライアス隊は強行に次ぐ強行でオルモードに迫っている。
ライアスはバルオルムの甥で現在は――ダルバが死んだと思われていたため――ダイケンの領主だ。
まだ若い彼は武功を立てようと遮二無二、追撃してきたのである。
また、彼の配下は精強な騎馬部隊が多く、この強行軍を可能にした。
オルモードは関所まであと半日というところで、殿軍を自ら務めることにする。
選りすぐりの千人で転身、ライアス隊へと突撃した。
その突撃も山道を利用し、山頂より勢い付けて駆け下りる『逆落とし』という突撃だ。
ライアス隊はこの突撃で半壊、撤退を強いられる。
オルモードはライアスの撤退を確認すると、引き返そうかと考えた。
だが、坂を登っている間にキルムとハルアーダに追いつかれることは明白であった。
退くことは事態の解決に繋がらないと考えたオルモードは隊を前進させた。
オルモードは少々古臭い人間であると言わざる得ない。
もちろん学はあり、理論的な思考能力はあったが、最後の決め手はやる気と精神であると信じて疑わなかった。
彼の示した作戦は単純にして明快である。
キルムとハルアーダの軍勢に突撃し、散々っぱら引っ掻きましてから撤退するというものだ。
オルモードは手勢千とともに馬を駆けた。
キルムらが軍容を整える前に突撃をするのだ。
行軍というものは通常、長蛇の陣をとる。
これは陣といっても大層なものでは無い。
ただ長い一列二列の隊列で進むだけだ。
そして、戦う前に、より効果的な陣形を作る必要があった。
オルモードはキルムとハルアーダにそれを許さないつもりだったのである。
果たして彼の読みは当たった。
丘と森の隙間を縫う街道を抜けるため、彼らは二列の長蛇を取っていたのである。
オルモードに気づき、前衛が後方へ「敵襲」だと伝えたところが何ができようか?
たちまちオルモードと千人の騎馬突撃が無残にも前衛の兵を蹴散らした。
このまま中央深くまで切り込み、反転して撤退するだけだとオルモードは思う。
しかし、前を行く騎士が突如としてその喉や脇腹から血を吹き出して落馬した。
そこに立ちはだかっていたのはハルアーダであった。
白銀の鎧を太陽に輝かせる貴公子は、槍を振るって精鋭千騎に相対するのだ。
そして、ハルアーダに勇気づけられた兵士たちも奮起したのである。
ハルアーダとその兵士たちを見たオルモードは突撃がいかに下策であったか痛感し、すぐさま撤退するよう命じた。
騎兵らが急いで馬首を反転しようとした時、ハルアーダの隣に馬を並べるバルリエットが矢を放つ。
ピュンと放たれた矢は誰を狙ったものではなかった。
千騎近い騎兵へ向けて放ったものであるが、その一矢は幾人かの騎兵の間を通り抜け、トンと軽く、そして深く、オルモードの喉へ刺さったのである。
オルモードの口からゴポゴポと血が吹き出た。
その目にたちまち血が流れ、充血した目はカッと見開かれてバルリエットを睨んだのだ。
オルモードはほとんど意識を失ったままであった。
もはや死んだと言っても同じ状態でありながら、戦士としての本能は馬の腹を蹴ったのである。
腹を蹴られた馬がハルアーダとバルリエットへ向かった。
バルリエットが次々と矢を放ち、オルモードの全身を射抜くまでオルモードの突撃は止まらなかったのだ。
オルモードはまさに全身ハリネズミとも形容すべき状態であったため、果たしてその死体が本当にオルモードであったか判明したのは数日後であったと伝えられるほどである。
しかし、オルモードは戦死した。
老獪な男は死に、千騎の兵もほとんどが討死にした。
キルムとハルアーダはこうして、強敵オルモードを破ると帝都東方の関所へと迫ったのである。
堅牢な関所ではあったが、所詮は関所とも言える。
防備を得意とする砦では無いのだ。
しかもオルモードが戦死した今、関所の兵を満足に指揮できるものはいなかった。
この時、関所で兵を指揮していたのは騎士のスールハークという。
彼は攻め寄せるキルムとハルアーダの連合軍を前に意気高かった。
スールハークはカセイ地方出身の騎士であり、外様ともいえるオルモードが東方防備の総指揮を執っていたのが気に食わなかった。
彼が戦死してむしろせいせいしていたほどだ。
なので、オルモードすら戦死したこの連合軍を自分が退けて実力を示す機会だと考えていたのである。
スールハークは決して無能な将ではなかったが、総指揮を預かるような男ではなかった。
なにせ短気で自信家だったからだ。
キルムが軽く関所へ、兵をけしかけてから逃げると簡単に追ってきた。
そこをハルアーダらの伏兵で一網打尽とされ、スールハークはあえなく戦死し、関所も陥落したのだ。
そのような戦場を、アキームは山の上から見ていた。
カーンとアーモという怪しい様相の男二人を護衛にアキームは山頂から戦場の様子を見ていたのだ。
「楽しいか?」
アーモが眉の奥から鋭い目をアキームに向けると、アキームは静かに首を左右へ振った。
アキームは関所の前に転がる死体の山と血の川を見て、顔を青ざめさせていた。
ハルアーダに良い勉強だと言われ、こうして高台を伝って戦場を覗いていたが良い気分はしない。
「なぜ殺し合うのだろう」
アキームはこの戦いがなぜ起こったのか分からなかった。
なぜ殺し合うような戦いを何年も続けているのか分からなかった。
もしかしたら、誰にも分からないのかも知れない。
ただ、殺し合いが日常になってしまったから殺しあっているのかも知れない。
アキームがカーンとアーモに人を殺したことはあるかと聞いた。
二人とも「ある」と事も無げに答える。
「どうして殺したの?」
アキームが絞り出すような声で聞いた。
今まで人が死ぬなんて夢物語だったのに、今となっては死があまりにも身近にありすぎて、心が破裂しそうだった。
アーモは「戦争のさなかで何人か殺したと思う。だけど、心から殺してやろうと思ったのは大切な人を殺された時だけだ」と答える。
カーンは「一族が生きていくための金を稼ぐためですよ。人が死ぬのは金になる」と答えた。
復讐と生きる糧のため。
それはきっと人が人を殺すもっとも原始的な理由かも知れない。
カーンが「この帝国の成り立ちを、お話しましょう」と言った。
アーランドラ帝国がまだ小国で、この帝国領土に無数の国々があった頃の話だ。
台風と嵐、そしてクヮンラブル河の洪水があった。
たくさんの森が沈んでしまった。
すると洪水に沈んだ森から続々とオーガ達がやって来て、人を殺してしまったのだ。
各地の国々ではオーガと戦うために武装した。
その年は何とかオーガを退けたが、台風と嵐と、そして洪水で畑の実りはまったくなかった。
人々は飢えた。
餓死者が出ようものならハエより先に人間が群がり喰らったほどだ。
ある時、人々は気づいた。
その手に武器があることを。
ほんの少しの食べ物を求めた人々は隣の国へと攻めた。
痩せ細った農耕馬がいようものなら引き裂き食べた。
翌年のために種籾だけはとっていた家を襲っては食べた。
略奪の限りを尽くした。
女子供をさらって異国の商人へ売ってはなけなしの食べ物を輸送して貰いもした。
この世の地獄は、しかし翌年に終わるのだ。
翌年になると飢饉が嘘のように大豊作となったのである。
だが、人々は争いをやめなかった。
なぜなら、人々は慟哭していたからだ。
「隣国は俺の馬を喰らった」
「奴らは種籾を奪った」
「人非人(ひとでなし)ども! 俺の妻と娘を遠い異国へ売り払ったな!」
慟哭は憎悪となり、憎悪は血を望んだ。
やがて何年も経ち、人々が最初の憎悪を忘れても戦いは憎悪を呼び続けたのだ。
アーランドラ帝国が全ての国を治めるまで、この戦いは続いたのである。
「今も同じです。金のため、生きるために殺し合い、殺し合うから憎悪して殺し合う。誰かが治めねば終わらないのです」
誰かが治めねば終わらない。
誰が?
アキームには分からなかった。
この大地にうねる死と戦いの渦を終わらせる方法があるだなんてとても思えない。
戦争というのは、嵐や洪水、津波のような自然現象なんじゃないかとすらアキームは思った。
だとしたら、この自然現象に飛び込もうとする自分はなんなのだろうかとアキームは考える。
そして、答えが出なかったので「行こう。師匠たちに置いていかれる」と、自分に言い聞かせて話を終わらせるのであった。
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