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3章・和風戦雲編
66話、贖いは命で
ラドウィン隊はハント軍の開いた敵の戦列を突破し、カセイ軍本隊へと迫っていた。
狙うは本隊に構える上裸の大男、ザルバール。
大将首へ一直線だ。
ザルバールは馬上で腕を組んで、ラドウィンを見ている。
「いきなり俺の首を獲りに来るとは、アーランドラにも思い切りの良い奴がいる」
ザルバールはそう言うと、隣の兵士へ手を向けた。
兵士二人が刃の長い斬馬刀をザルバールへ差し出す。
馬ごと叩き斬る湾曲した刃を持つ斬馬刀。
ザルバールの怪力も加われば鎧だろうと肉だろうと断つのは容易い。
ザルバールは配下の兵らに攻撃の命令を出して、自らも馬を駆けた。
ザルバールの本隊とラドウィン隊が激突する。
その激突の口火はラドウィンとザルバールだ。
ザルバールがラドウィンへ向けて斬馬刀を振り下ろす。
しかし、ラドウィンは見事な手綱さばきで馬を横方向へと跳躍させた。
ザルバールの斬馬刀をかいくぐりつつ、至近距離にまで接近したのだ。
ラドウィンは手綱を引いてザルバールの真横へ馬を付けると同時に剣を振るった。
ザルバールか斬馬刀の鍔で受けるのがやっとである。
「自慢の斬馬刀も、こう近くで戦われては役に立つまい!」
ラドウィンはザルバールへ剣撃を次々と放った。
長物は懐に潜り込まれると弱いものだ。
ザルバールもまた、その弱点があった。
しかし、ザルバールも一角の男だ。
彼は馬上にありながら蹴ろうとしてきたり、空いた手で殴るのだ。
また、その拳が鎧の上からでも相当な衝撃である。
ラドウィンは体勢を崩してしまい、その隙にザルバールはラドウィンから離れた。
ラドウィンもすぐに体勢を立て直してザルバールを追うが、カセイの兵士らが邪魔をした。
その隙にザルバールは後方へ逃げ仰せたのである。
ラドウィンも分厚い敵の数を見るに、一時後退して、ハント軍と共同して攻める事にした。
ラドウィンは自らの隊に撤退の命令を出し、後退する。
戦場を後退しながらラドウィンが思うのは、ザルバールの思い切りの良さだ。
戦場に上裸で望むほど自らの肉体を信じているのに、いざ窮地と見ればさっさと撤退する思い切りの良さだ。
ラドウィンもそういった思い切りの良さがあったから、その心構えがどれほど厄介か良く知っていた。
「彼はきっと物事にこだわらない。その気になれば、易々と帝都も捨てるだろう」
ザルバールがもしも何もかも失ったとしても、彼はきっと不敵に笑って、ああそうか。としか思わないだろう。
そして、次の楽しみを探しに行く。
だから簡単に逃げられるし、どんな手を使う事もいとわないのだ。
ラドウィンが思うに、もしもザルバールを倒せるとすれば、彼の想定していない敵が虚をつくしかなかった。
そのザルバールはというと、後方部隊まで退いている。
後方部隊を率いるのは軍師のタッターといった。
軍略的意欲に乏しいザルバールの代わりに総指揮を担う男だ。
ザルバールが彼に戦況を尋ねると、「かんばしくありませぬな」とタッターは答えた。
各部隊からの報告は不利を告げるものだ。
せいぜい良い戦局はガ・ルスのいる方だが、そのガ・ルスも足止めを喰らっていて、周りの兵士達は不利へと追いやられていた。
「しかも」
タッターは続けざまに悪い報らせを告げた。
「北からモンタアナ国のデビュイ率いる軍勢が南下してきていると、報告がありました」
ザルバールは顎を撫でて、「ふむ」と考え込む。
「じゃあ、ゼードル地方に撤退するか」
ザルバール達、カセイ国の故郷ゼードル地方。
彼はそこまで撤退すると言うのだ。
タッターは驚いた。
なぜなら、帝都はアーランドラ帝国一帯を攻めるための足がかり、ここを失えば、山脈や密林、そして、ラクペウスの砦群といった要害が立ち塞がるので攻め込むのが難しくなるのだ。
この帝国を手に入れるために、どれほどの金銭を払い、商人から武具を買い付け、農民から食糧を献上させただろう。
その努力一切を無駄にするのか。
と、タッターは言いたかったが、ザルバールの判断を彼は信頼していたのでその通りにした。
カセイ軍はいったん帝都へ引きこもる事にする。
ザルバールが皇帝ティタラを連れ出すためだ。
そしてすぐに、反対側の城門からカセイ国ゼードル地方へと撤退するという計画をたてた。
撤退の陣太鼓を鳴らせば、各隊が帝都の城壁内へと退く。
撤退の陣太鼓をカセイの兵らがどう思ったか定かでは無い。
屈辱だったか、あるいは、救いの音に聞こえたか。
とりあえず、ガ・ルスにとっては理由の理解できぬものであったことは確かだ。
彼はハルアーダとダルバと言う勇将に加え、援軍に参じたタハミアーネとも戦っていた。
三対一という圧倒的不利を覆し、何と拮抗状態を保っていたのである。
いや、さらに彼は強くなっていた。
ガ・ルスという男はえらく強い。
故に、彼の人生の中で実力の底の底まで出し切った事がほとんど無かった。
つまり、ハルアーダ、ダルバ、タハミアーネという北南でも五本の指に入る将を相手にして、ようやく実力の底が顔を覗かせ始めていたのである。
なのに、引き返す訳にはいかなかった。
ガ・ルスは戦いを通して溢れ出る自らの本当の力を確かめたくて仕方なかったのである。
ところが、ガ・ルスは一つの過ちを犯してしまった。
彼はまず、三人の中でも頭一つ抜けているハルアーダを仕留める事にしたのだ。それが良くなかった。
ガ・ルスが三人の猛攻の中、ハルアーダの馬の頭を打ち砕く。
馬の力が無くなり、ハルアーダは体勢を崩し、攻撃ができなくなったのだ。
ガ・ルスの作戦通りであったか、その時に僅かながら隙が生まれてしまった。
その隙は本当に小さな隙だ。
堤防に空いたアリの巣穴。はたまた、高級酒に垂らされる一滴の泥水。
つまり、一事が万事、命とりだったのだ。
その隙を見逃さなかったのは、仮面から覗くタハミアーネの鋭い眼光だ。
彼女は馬の腹を蹴り、一息にガ・ルスへと肉薄した。
両手の剣を激しく振るい、剣閃の幕をガ・ルスへと迫らせた。
ガ・ルスはその猛攻を両手の斧でしのぐ。
僅かな隙を突いても彼を倒せないのか。
ガ・ルスはむしろ、双剣を弾いてタハミアーネの防御をがら空きにしたのだ。
タハミアーネを逆にくびき殺してやろうとガ・ルスは考えた。
その時、ガ・ルスのすぐ脇へと人影が迫る。
その人影にガ・ルスが気付いた瞬間、紫電の如き一閃が走った。
まるで時間がゆっくりとなったかのようにガ・ルスは感じる。
人影の顔がハッキリと見えた。
ダルバだ。
馬の首へ体を乗せるかのように前傾姿勢をとるダルバ。
その髪の毛先一本一本が揺れているのをガ・ルスは見ていた。
彼はガ・ルスの脇を抜けてすれ違おうとしている。
ガ・ルスが、そのひどくゆっくりとした時間の中で、ダルバを始末しようと左腕を構えた。
そして、左腕が前腕の真ん中からすっぱりと切れているのに気付いたのである。
ガ・ルス、生まれて初めての深手だ。
ハルアーダという一角の将が作った僅かな隙をタハミアーネが切り開き、ダルバが突いたのである。
それでもなお、左腕しか奪えないと見るか。
ようやく左腕を奪えたと見るべきか。
なんにせよ、左腕を奪われたという事実はガ・ルスにとって衝撃的な事実だ。
次の瞬間、時間が元の歩みを取り戻した。
ダルバが馬蹄を轟かせてすれ違って行き、バランスを崩したタハミアーネが落馬して派手に転がる。
そして、ガ・ルスの左腕から噴水の如く血が吹き出たのだ。
ガ・ルスは痛みに顔をしかめた。
彼が感じたことの無い苦痛だ。
だが、みっともなく泣きわめくことはせず、少しだけ呻きながら、撤退しようと馬を返したのである。
「待て!」。ダルバはこの機を逃すつもりがなかった。
ダルバもまた左腕を斬られた身だが、その屈辱はガ・ルスの命でもってと雪(そそ)ぐつもりだ。
そんなダルバへ、ガ・ルスは右手で握っていた斧を投げつけた。
重量のある斧が勢い良く飛んでくる。
ダルバがその斧を受けると、衝撃に吹き飛んで落馬した。
すぐさま起き上がったが、すでにガ・ルスは兵士達の群れの向こうへと駆けていき、間に合わなかった。
ダルバの心は悔しかっただろう。
ようやく屈辱を返せると思ったのに逃げられてしまったのだから。
ダルバは舌打ちを一つ、兵士らが城へと攻めていく中、タハミアーネの元へと歩いていった。
彼女は落馬の衝撃で足と腕を骨折している。
「やったな」
タハミアーネが、ガ・ルスの腕を切り落としたダルバにそう言うが、ダルバは顔を左右に振る。
「胴ごと斬ろうとしが、腕の骨と筋肉に妨げられた」
ダルバはそういって馬に乗ると、タハミアーネを馬の背へと引き上げた。
タハミアーネは一人で乗れると恥ずかしそうに強がったが、とても一人で乗馬できるような状態では無かった。
ダルバはタハミアーネが重傷であり、また、自隊がガ・ルスによって半壊していたため、後方へと退く事にする。
自隊と、タハミアーネ隊に一時撤退する命令を出したダルバは、ハルアーダを見た。
ハルアーダは配下が持ってきた栗毛の馬に乗っている。
ダルバが見ている事に気付くと、同じく目線を返した。
「お前のことは気に食わないと思っていた」。ダルバがそう言う。
「だが、タハミアーネという愛する人を見つけて分かったが、お前も何か愛する者のために戦っているのだな」
そう言って、ダルバはタハミアーネを連れるとハントの待つ本陣へと引き上げた。
その背を見ながらハルアーダは「分かったような口をききやがる」と顔をしかめるのだ。
ハルアーダにとって、ティタラは愛する娘だ。
だが、それを他人に知られたくなかった。
あくまでも騎士として忠誠を誓う皇帝でなければならなかったのだ。
ダルバの言葉を噛み締め、「俺は私情を挟まん」と自分に言い聞かせるようにハルアーダは前線へと向かった。
その頃、前線では激しい戦いが繰り広げられている。
帝都の城壁内へと入ろうとするカセイ軍に対し、連合軍は籠城などさせるものかと激しく追撃していた。
特に激しく追撃を加えたのは、ヴェン・カールの率いる部隊と、デーノの率いる部隊である。
ヴェンが激しく戦ったのは、彼の伯父マギークィッド“偉大なる”・カールがハルアーダを世界の王と認めた事にあった。
この戦いこそ、ハルアーダが王となる戦いに違いないと奮戦、槍を振るったのだ。
一方、デーノは、そんな殊勝な思いでは無い。
サスパランドの領主となるはずだった彼はサスパランドを手に入れる事しか考えていなかったから、この戦いにもあまり乗り気では無かった。
そんな時、戦場へやって来たのは、何と彼の妹、カルチュアだ。
「あら兄様。ご無沙汰ですわ」
いつものように、何事も自分とは無関係のように振る舞うカルチュアが馬車から顔を覗かせてそういった。
デーノは十年で妹のことが嫌いになっている。
いつの間にかモンタアナの領主になって、とんでもない一大勢力となったばかりかサスパランドまで支配しているのだ。
嫌いにならないわけがなかった。
ところがカルチュアは、兄のこの軽薄な性格を良く知っていて、勝利の暁にはサスパランドをデーノに譲渡しようと言ったのである。
これにデーノは大喜び。
自ら前線に向かっていったのだ。
「実の兄上なのでしょう?」
馬車に乗りあっていたミルランスが困り顔で聞いた。
「良いのよ。あんな兄上、少しはみんなの役に立てば良いのよ」
カルチュアはそう言うと馬車からガッツォンの弟子ユーリへ、「さあ、攻撃よ攻撃。パーティーに遅れちゃいけないわ」と命じたのだ。
カルチュアの引き連れてきた兵士は帝都へ向けて攻撃へ向かうのであった。
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