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第四話
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「昨夜はどこに行ってたんだ?」
食堂で一人朝食をとっているとシアンが近付いてきてそう聞かれた。口元へ運ぼうとしていたフォークを止める。テーブルの横に立つ彼へ一度視線を遣ってから食事を再開した。食欲がなく少なめに取り分けた料理。その皿の隣へまるで咎めるように彼の手が置かれる。
「トーリスに聞いた。用があって遅くに二度部屋を訪ねたけど出てこなかったって」
「…………」
「寮内にもいなかった」
何も答えずグラスに手を伸ばすとシアンが先にそれを取り上げる。珍しく強引な態度だった。わざと聞こえるように溜息を吐いて、それから口を開く。
「お前に関係ないでしょ」
ガンッ、と鈍く甲高い音を立てて乱暴にグラスが置かれた。近い席の奴らが会話を止めて何事かと振り返る中、シアンは早足で食堂から出て行った。
テーブルに零れた水。グラスの水面はまだゆらゆらと揺れている。久しぶりに怒った顔を見た。
婚約者がいるのに、とか、アウルムだって同性なのに、とか。今更そんなことを考えても仕方がなかった。俺はアウルムじゃないし、離れると決めたのは自分だ。
嫉妬したって後悔したってどうしようもない。あと二年にも満たない学園生活を終えれば、きっと会いたくたって会えなくなる。
第三講義室の窓側最後列に座ると、二列目にちょうどシアンの後ろ姿が見える。このクラスで彼はいつも同じ席に座り、他の生徒もほぼ席が固定している。初めは意識してここを選んだわけではなかった。偶然だ。でも視界に入れば見てしまう。
教官が入室してくると皆私語をやめた。元々姿勢の良いシアンの背筋がぴんと伸ばされるのを頬杖をついて眺めていた。
「……というわけで、来年の最高学年は成績順のクラスとなります。今学年の最後三回分の試験結果からクラス編成が行われるので、今からより一層励むように」
来年のクラス編成と今後の試験日程、内容について教官が説明をしている。右手と背中が僅かに揺れ、シアンがそれを書き留めているのがわかる。手元を見て、また教壇を見る。その動きに合わせてまるい頭と後ろ襟にかかる白金の柔らかい髪が揺れる。
シアンは、確実に最優秀のクラスに入るだろう。俺は良いとこ三番目あたりか。
別に卒業を待たなくても、このままクラスが分かれて顔も見なくなるんだろう。たまに食堂や寮で姿を見かけて、それも遠目だったり後ろ姿だったり、別の親しい相手と話す横顔だったり。そして一日だけ、春の終わりの夜がまだ肌寒い季節になると温室へ来て……。
シアンの背中を見つめたまま、一瞬息が止まった。来年はもう、来ないかもしれない。
教官の声がいつの間にか耳に届かなくなっていた。視線を下げていき、そのまま卓上に突っ伏す。
今のシアンには、俺よりずっと相応しい居場所がある。こんな態度を取る幼馴染みなんか、とっくに愛想も尽きているはずだ。クラスが分かれて顔を合わせなくなれば、すぐに忘れるだろう。元よりそのつもりだったはずだ。ただ、俺の気持ちがどうしても変われなかっただけで。
今年の花が最後になるのだとしたら、やっぱりシアンの望むものを贈ればよかったんだろうか。クロッカスを渡した時の、温室での会話を思い出す。
でも、シアンは自分が欲しがったその花の意味を知らない。
食堂で一人朝食をとっているとシアンが近付いてきてそう聞かれた。口元へ運ぼうとしていたフォークを止める。テーブルの横に立つ彼へ一度視線を遣ってから食事を再開した。食欲がなく少なめに取り分けた料理。その皿の隣へまるで咎めるように彼の手が置かれる。
「トーリスに聞いた。用があって遅くに二度部屋を訪ねたけど出てこなかったって」
「…………」
「寮内にもいなかった」
何も答えずグラスに手を伸ばすとシアンが先にそれを取り上げる。珍しく強引な態度だった。わざと聞こえるように溜息を吐いて、それから口を開く。
「お前に関係ないでしょ」
ガンッ、と鈍く甲高い音を立てて乱暴にグラスが置かれた。近い席の奴らが会話を止めて何事かと振り返る中、シアンは早足で食堂から出て行った。
テーブルに零れた水。グラスの水面はまだゆらゆらと揺れている。久しぶりに怒った顔を見た。
婚約者がいるのに、とか、アウルムだって同性なのに、とか。今更そんなことを考えても仕方がなかった。俺はアウルムじゃないし、離れると決めたのは自分だ。
嫉妬したって後悔したってどうしようもない。あと二年にも満たない学園生活を終えれば、きっと会いたくたって会えなくなる。
第三講義室の窓側最後列に座ると、二列目にちょうどシアンの後ろ姿が見える。このクラスで彼はいつも同じ席に座り、他の生徒もほぼ席が固定している。初めは意識してここを選んだわけではなかった。偶然だ。でも視界に入れば見てしまう。
教官が入室してくると皆私語をやめた。元々姿勢の良いシアンの背筋がぴんと伸ばされるのを頬杖をついて眺めていた。
「……というわけで、来年の最高学年は成績順のクラスとなります。今学年の最後三回分の試験結果からクラス編成が行われるので、今からより一層励むように」
来年のクラス編成と今後の試験日程、内容について教官が説明をしている。右手と背中が僅かに揺れ、シアンがそれを書き留めているのがわかる。手元を見て、また教壇を見る。その動きに合わせてまるい頭と後ろ襟にかかる白金の柔らかい髪が揺れる。
シアンは、確実に最優秀のクラスに入るだろう。俺は良いとこ三番目あたりか。
別に卒業を待たなくても、このままクラスが分かれて顔も見なくなるんだろう。たまに食堂や寮で姿を見かけて、それも遠目だったり後ろ姿だったり、別の親しい相手と話す横顔だったり。そして一日だけ、春の終わりの夜がまだ肌寒い季節になると温室へ来て……。
シアンの背中を見つめたまま、一瞬息が止まった。来年はもう、来ないかもしれない。
教官の声がいつの間にか耳に届かなくなっていた。視線を下げていき、そのまま卓上に突っ伏す。
今のシアンには、俺よりずっと相応しい居場所がある。こんな態度を取る幼馴染みなんか、とっくに愛想も尽きているはずだ。クラスが分かれて顔を合わせなくなれば、すぐに忘れるだろう。元よりそのつもりだったはずだ。ただ、俺の気持ちがどうしても変われなかっただけで。
今年の花が最後になるのだとしたら、やっぱりシアンの望むものを贈ればよかったんだろうか。クロッカスを渡した時の、温室での会話を思い出す。
でも、シアンは自分が欲しがったその花の意味を知らない。
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