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第一章 魔王様、少年期をお過ごしになる

16 魔王様、お兄ちゃんらしい態度をおとりになる

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八月終わり。
今日は地域の花火大会だ。


今回は祖父が引率として来てくれるらしく、我と勇者は浴衣に着替えた。
と言っても、我が持っているのは夏用の着流し。
浴衣と言う言い方は女ならば良いのだろうが、男が言うとどうもシックリ来ぬものよ。

待ち合わせ場所は我が寺だった。
勇者が幼いと言うこともあり、アキラとその姉のミユ、そして聖女が集まってくれることになっているのだ。


「小雪の浴衣姿は可愛いのう」
「そうですね」


馬子(まご)にも衣装という言葉がある、と内心呟いておいた。
よく間違われるようだが、孫にも衣装ではでは無い。
そして、決して褒め言葉で無い事は覚えておいて欲しいものだ。
勇者は我の言葉を素直に受け取ったのかニヤニヤしている……単純な勇者だと改めて安心した。
そんな事をしていると、寺へと向かう道に三人の姿が見えた。


艶やかな赤に白い金魚が泳いでいる浴衣を着ているのがミユ。
アキラは甚平での登場のようだ。
そして我の聖女は、浅黄色に向日葵が美しい浴衣を着て現れた。


「お待たせ~!」
「うひょおおおお! 着流し姿の祐一郎君……眼福過ぎて目が死ぬわ!」
「姉ちゃんの和服好きは病気レベルだな」
「和装好きなら今日は何度死ぬでしょうかね……お待ちしておりました。心寿はとてもお美しいですね。このまま攫ってしまいたいほどに」


彼女の手を取り告げた途端、我の足を踏みつけようとした気配に足をずらすと、隣に立っていた勇者が舌打ちをした。
そう何度も足を踏まれてたまるかと鼻で笑うと、勇者は我の足を小さな手で叩いた。


「あら、小雪ちゃん不機嫌ね。眠たいのかな?」
「眠たいのであれば眠らせなくてはなりませんね。祭りは遅くまでありますし無理をさせてはなりません」
「だいじょうぶ! ぜんっぜんねむくないから!」


強調して叫ぶ小雪は我の両手から逃げるように聖女の後ろにしがみ付いた。
このまま抱き上げて母屋に置いていけば済む話ではなるのだが、勇者は我を睨み付けて「ぜったいついていくんだから!」と叫んでいる。
しぶとい勇者め……まぁ良いだろう。


我が家では金の使い方、無駄をしない方法を徹底して教えられる。
ゆえに、我の年でも金銭感覚は少々厳しいくらいだ。
それに加え、今回は祖父がついてくる事にはなっているが、約束事として「祖父にお金をくれと言ってはならない。その代わり祭りで使うお金を渡すからしっかり管理するように」と言われている。


つまり勇者よ、貴様の夏祭り用の金は我が握っている事を後悔するが良い。


こうして夏祭りの会場まで向かう途中、やはり見かけるのは同じ小学校の生徒や、少し上の中学生や高校生も多く見られる。
我たちだけで来ていれば簡単に絡まれていたであろう風貌の者たちも多かった。
尖って見えても心はガラスのように繊細なのだろうなと遠い目をした時、祭りの会場へと入る事が出来たが――人が多い。
そして、心を擽(くすぐられる)られる露店も多いのだ。

既に隣で誘惑に負けそうになっている勇者がいる。

「おにいちゃん!」
「駄目です」
「まだなにもいってない!」
「綿菓子ですか? カキ氷ですか? それとも、チョコバナナにリンゴ飴にイチゴ飴ですか? 遊戯をご所望だとしたら水風船ですか? 金魚すくいですか?」
「ううぅぅ……」
「貴女のお祭りで使えるお金は私が管理しています。全てを買うこともできませんし、無駄使いはさせませんよ」


我の言葉に涙を滲ませつつ唇を噛み締める勇者。
祖父はオロオロしたようだが「お爺様、甘やかせてはなりませんよ」と言うと腕を組んで思いと留まったようだ。


「そもそも、金魚すくいは駄目です。我が家には既に鯉もいますしお爺様が趣味で増殖させたメダカが大量にいます。これ以上魚類を増やすのは止めて下さい」
「うぐぐっ」
「そもそもお祭りの金魚はすぐ死んでしまいます。ここにあるのは金魚すくいではなく、金魚救いですよ」
「的を得ている」
「私も小さい頃、お祭りで金魚すくいしたけど直ぐに死んじゃったなぁ……」


聖女からも駄目だしを喰らい、勇者は浴衣の袖を握り締めて諦めたようだ。
こうして、我慢を覚えていくのも大事と言う事だろう。


「よく我慢しましたね、偉いですよ」
「うん……」
「祐一郎は少し小雪に厳しすぎないか?」
「お爺様、何を仰います。小雪の将来を思ってあえて厳しくしているのです。何事も飴とムチでしょう?」


そう言うと我は斜め前の店に立ち、勇者の好きなリンゴ飴の小さい方を一つ購入した。
勇者も我の行動には驚いたようで、小さなリンゴ飴を手渡すと目を輝かせている。


「今日はお祭りに行くといって余り夕飯をお取りになりませんでしたからね。これは私から貴女に差し上げましょう」
「いいの!?」
「その代わり、食べ物はあと一つにしなさい。たこ焼きが欲しいなら二人で食べましょう、宜しいですね?」
「ふふっ やっぱりお兄ちゃんだね」
「祐一郎君ちゃんとお兄ちゃんしてる~!」
「ヤサシー! オレにも優しくして! たこ焼き買って買って~!!」


と、騒ぐアキラの頬を軽く叩くと「冗談だってば~!」と笑っていた。
悪ノリするのはアキラの悪い癖だが、慣れてしまえばそこも個性だと思い受け入れられるものだ。


「しかし夏祭りとかの露店の料理ってなんで高いんだろうね」
「思い出プライスレス価格でしょ?」
「味もそんなに美味しくないのにお祭りと言うだけで美味しく感じられるのですから、人間の脳とは都合よく出来ているものですね」
「ユウの爺ちゃん、ここまで悟った孫を持った気持ちを一言!」
「うむ、厳しく育てすぎたかのう」


そんな事を話しながら露店を回り、袖からウエットティッシュを取り出してリンゴ飴を食べ終えた勇者の口の周りや手を拭いていく。
まだまだ手の掛かる年齢だ、勇者と言え仕方ないだろう。


「おにいちゃんのどかわいたー」
「ラムネを買いましょうか、私も少々喉が渇きました」
「ラムネ賛成~!!」
「夏祭りのラムネって美味しいよね~!」
「ワシも久々に飲もうかのう」
「オレ、ビー玉出したい!」
「わたしもだすー!!」


アキラの言葉に聖女は笑いながらもこう口にする。


「ビー玉を出したい気持ちは全国共通なのかな……」
「そうかもしれませんね」


こうして、氷水で冷やされた瓶に入ったラムネを各々購入し飲みながら祭りを堪能したのだが――。



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