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第一章 魔王様、少年期をお過ごしになる

20 魔王様、料理にお目覚めになる

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夏を過ぎ、鈴虫が鳴き始める季節がやってきた。

朝晩の冷え込みこそあるが、昼間はまだ暑い日差しが降り注ぐ。
木々も紅葉し始め台所の水も冷たくなってきた頃には、家族からプレゼントを貰った。
毎日料理をしている我に、立派な包丁セットを用意してくれたのだ。
それだけではない、我専用の多種多様な調味料が入る小さめの冷蔵庫まで用意してくれた。


この頃になると、我は料理担当として日々食事を作るようになっていた。
まだまだ未熟とはいえ、調味料を自分で調整して作る麻婆豆腐は家族から絶賛を受けている。
食材に関しては檀家さんから旬の野菜や果物を多く頂くこともあり、米に関しては毎年新米を食べることが出来る。

素材の味を生かした料理とは楽しいものだ。
何より楽しいのは、家族の苦手な食べ物を美味しく料理し食べさせるという事だ。コレは特に小雪に該当する。
ある日、ピーマンやニンジンが嫌いな小雪に手作りハンバーグを作ったところ御代わりを願い出た。


「そんなに美味しかったですか?」
「おいしかった!!」
「このハンバーグ、小雪が嫌いなピーマンもニンジンもタップリ入ってますよ?」
「……おいしかった! なんで!?」


あの時の小雪の顔は一生忘れないだろう。
今思い出しても笑いが出てくるほどだ。


母と祖母は朝と晩、我が台所に立つようになってから楽が出来るようになった。
洗い物こそ手伝ってくれるが、いつも嬉しそうに「今日のご飯は美味しかった」「明日はこんなのが食べたい」とリクエストをくれる。
我にとってはこの上ない喜びであった。

寒くなり始めたこの頃、祖母は「あんかけ湯豆腐が食べたいねぇ」と言っていた。
今日の晩御飯はあんかけ湯豆腐に決定する。
だがソレだけでは物足りない……他に幾つか料理を用意せねばと考えていると――。


「ユウ、何悩んでるんだ?」
「ええ、今夜の献立について少々」
「主婦かよ、またかよ、今日もかよ」
「何を仰います。食卓を預かる身として晩御飯は毎日が戦いであり悩みの種ですよ?」


学校の昼休み、何時ものようにアキラと過ごす日々だがアキラのリクエストも我が家には一役買っているのだ。(ひとやくかっている)


「あんかけ湯豆腐を作るのは確定済みなのですが……ソレだけでは物足りないのです」
「難しいな……ソレだけじゃオレは物足りないな」
「そうでしょう?」
「うーん……炊き込みご飯とかどうだ? 今からの時期キノコ美味いって聞いたし」
「それは良いですね、他にリクエストはありますか?」
「きんぴらごぼう……」
「食事の色合いが少々似通ってしまいますね……」
「そうだな、季節の青菜を入れた和え物が欲しいな」
「それなら色合い的にも良いでしょう」


主菜副菜のバランスが取れてこその料理、そして出来るだけ旬の食材は入れたい我にとって、昼休みにアキラと行う献立決めは大事なのだ。
そんな会話をする我たちを見た同じクラスの女子はクスクスと笑っている。
貴様達が将来通る道だ、笑っていられる今を喜べ。


「あ――でもお前の料理美味いからなぁ……よし、また泊まりに行くか」
「私の料理を目当てに泊まりに来るのは止めて頂けませんかね」
「止めない」
「そうですか」
「あと、小雪ちゃんと一緒にお風呂に入りたい」


その言葉にアキラの足を思い切り踏みつけると、アキラは蹲って声にならない悲鳴を上げている。


「邪な目で小雪を見ないでいただきたいですね」
「邪じゃないじゃん!?」
「小雪は私の妹ですよ」
「オレにとっても可愛い妹みたいな子だし良いじゃん?」
「駄目です」
「ケチ!」


そんなやり取りが出来るほどにアキラは回復していた。
額にも傷跡が残ってしまうようだが、本人は気にしていないらしい。
寧ろ、小雪が無事だったことが何よりも嬉しいのだとアキラから聞かされていた。

アキラもあの夏祭りの際の記憶は必死すぎて余り覚えてないらしいが、小雪を助けようと、守ろうとしたのは覚えているそうだ。

もし仮に、アキラが小雪を見初めて将来嫁に欲しいと言うのであれば止めはしない。
小雪を守り通したという実績があるからだ。
無論本気で嫁にしたいと思っている場合にのみ限る。我は意外と厳しいのだ。


この貞操概念については、我が家が寺だからなのか……それとも母が地区の相談役だからかよく耳にする言葉だ。
近年の子供達は貞操概念が薄いものが多く、リスクも余り考えない子供が多いと聞く。
恋愛の数を誇り、ヤッタ、ヤッテナイの数にも誇りを持つものが多いらしいが、そんなのを誇れるのは学生の間だけだろうと我は考えている。

冷静になって考えてみれば解ることだ。
――将来子供が生まれて、娘ないし息子が両親の恋愛の数を聞いてしまった時どう思うか。
子供にもよるだろうが、親の数多(あまた)の恋愛経験を知った時、子供は複雑な気持ちになるか軽蔑するか、一部は誇らしく思うだろう。
――また、子供が己の恋愛の数を誇った時、自分がなんと言えるか。
考えるだけでゾッとする……。


寺生まれと言うのも今は強いのだろうが、相手が自分以外の男と付き合っていたと言うのは気分が良くない者も多いだろうし、その反対も然りだ。
ゆえに我が家では貞操概念は強く教え込まれる。


しかし、性交渉に関しては厳しく教え込まれている。しかも現在進行形だ。
決まった時間に鐘打ち堂で会う聖女には教えていないが、この辺りの厳しさも聖女を想えばこそだと理解している。
子供が子供を作るものではないし、責任を取れぬ事をするべきではない。


オル・ディールにいた頃では考えられぬ価値観だが、世界が違えば概念も変るという事だ。
そう言った意味でならば、オル・ディールはかなり淫らな世界だったのかも知れんな。



「ん? どうした?」
「いいえ、少々気になることがありまして」
「何だよ~オレとお前の仲だろ~!」
「では御聞きしますが、もし仮に別の世界にアキラが行ったとしましょう。その世界では複数の女性とお付き合いが出来たり、早めに結婚できたりします」
「ふんふん」
「アキラは複数の女性とお付き合いしたいですか?」
「無いな、ないない。だって沢山いても守れないじゃん?」


あぁ、この男ならば大丈夫だろう。
我は納得したと同時に安心した。


「それに、オレは守りたい女の子は一人で良いんだ。へへっ」
「それでこそ我が友人ですね」
「だろ? もっと褒めてもいいぜ?」
「調子に乗りすぎです」


アキラらしい反応に苦笑いしつつも、仮にアキラが将来の義理の弟になるのなら、それはとても幸せなことだろうと思った。
小雪にとっても、家族にとっても。


「ってことで、今度の土曜に泊まりに行くから晩飯リクエストしていい?」
「諦めてなかったんですか?」
「坐禅を幾ら組んでも諦めきれぬ煩悩もある」
「ならば仕方ないですね。でも小雪とは一緒にお風呂入れませんからね」


こうしてアキラは土曜日に泊まりに来ることになり、その事を帰宅して両親に告げると許可を貰った。
さて、土曜はアキラのリクエストのカレーだ。
しかも我が普段作るカレーではない、大きめ野菜タップリのスープカレーに近いカレーがアキラは好みらしい。
しかも小雪も同じ味覚だ。じっくりコトコト煮込んだカレーよりも好きだと言われた時のショックは今でも覚えている。


味覚は千差万別……我はもっと精進しなくては。


そして夜、アキラと相談して決めた献立料理を並べると、家族は美味しそうに食べてくれた。
少しでも身体が温まるように手を加えたあんかけ豆腐は曾婆様にも評判で、ホッと安堵の息を吐けたものだ。


そう言えば帰宅した際、落ち葉が結構集まっていたな……土曜はアレをするか。
我はアレの事を家族にはなし、許可を貰うと翌日から落ち葉を集め始めた。
聖女もミユも呼んでアレをしよう、きっと喜ぶ。
こうして、我は土曜までに境内に落ちている落ち葉を集め、準備を進めるのであった。
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