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第二章 魔王様、小学校六年生をお過ごしになる

44 魔王様、双子の胃袋を掴んでしまわれる

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 七夕祭りの朝、いつも通りの朝食を作りいつも通りの日常と思いきや――。
 我の手料理を食べた僧侶と武闘家の胃袋をガッツリ握り締めたようで、アレだけ我に突っかかってきた双子は今ではこうなっている。


「魔王様のお食事、大変美味しかったですわ」
「それは何よりです」
「うむ、ワシもこんな美味い料理は初めてじゃて……そうじゃのう、毎日ワシにこんな美味い味噌汁を作ってくれる男と結婚したいのう」
「残念ながら私は売約済みです」
「フェッフェッフェ! 種さえくれれば後はこっちで上手くやるわい。どうじゃ?」
「お断りします」
「本当にツレナイお方ですこと」
「本当にのう!」


 僧侶なら兎も角、何が悲しゅうて前世で筋肉ダルマの爺に種を渡さねばならないのか。
 絶対にお断りである。
 異世界で美少女に生まれた事を誇りに思っているようだが、どうしても美少女の隣に移るのは筋肉ダルマの爺の姿……ムリムリ、絶対何をされようと勃起しないと思った。



 こういう時、知らないと言うのは罪なことだと思ってしまう。
 そう、何故なら―――。


「へ――!祐一郎の従姉妹か~!可愛いな!!」
「お初に御目にかかりますわ」
「七夕祭りなんぞ初めてでのう……色々教えてくだされ」
「おう!色々教えてやるよ!」


 アキラよ……本当に知らぬと言う事は罪なことだぞ。
 少なくとも、皐月と名乗る方は武闘家、前世は筋肉ダルマの頭ツルツルヒゲもじゃ体毛もじゃ爺だ。
 少し照れながら双子の相手をする姿に、我は哀れみの表情を浮かべた。


「あーヤダヤダ、鼻の下伸ばしてさ」
「鼻の下なんて伸ばしてないぞ?」
「小雪の前でそんなダラシナイ顔してたら本気で怒るからね」
「だから、鼻の下なんて伸ばしてないって」


 アキラの様子に呆れた魔法使いがクギをさすと、アキラは少しバツが悪そうに頭を掻いた。
 まぁ、実際勇者に少し似た顔をしている双子にキャッキャと囲まれているのだから、多少なりと思いを寄せている相手に似ていれば鼻の下くらい伸ばすものだろう。
 寧ろ、男として、女の子に慕われると言うのは悪い気はしない。

 気持ちは解るが、解りたくない現実も目の前にある訳で……。


「何じゃ、ワシ達に囲まれて鼻の下伸ばしておったか!フェッフェッフェ!見たか祐一郎!ワシらの魅力とは破壊力抜群じゃろう!」
「はぁ、そうですね」
「わたくし、祐一郎お兄様に胃袋を掴まれてしまって……本当に困ってしまいましたわ。これでは祐一郎お兄様を超える料理人と結婚するしかありませんもの。どう責任を取って下さるというのです?」
「そう言われても困りますね……朝に言ったとおり、私は既に売約済みです」
「祐一郎、お前の料理の腕は凄いんだから、食事を出す相手はちゃんと選ばないとこの子達みたいに恋しちゃうぞ?」
「アキラは黙っていて下さい」


 笑いながら我の心情を気にせず口にするアキラに思わず冷たい言葉を口にしてしまったが、アキラは苦笑いするだけで双子の頭を撫でていた。
 そもそも、我としてはいつも通りの朝食を出しただけに過ぎず、それについて責任を取れ云々は明らかに可笑しい。


「それに、私の料理で胃袋を掴まれたと言うのなら、宿坊に来る方々全員と結婚しなくてはなりませんよ」
「確かにな」
「確かに、それな」
「なので、私は無実です。私の料理が美味しいというのなら、それはあり難い事ではありますけどね」
「ツレナイ男じゃのう」
「でも、そこがまた堪りませんわ!」
「確かに!落とし甲斐があるというものじゃな!フェッフェッフェ!!」
「はぁ……」


 全く頭が痛い。
 我にとっては、母の妹の子供達。
 魔法使いにとっては、双子の父親の弟の子供。
 そもそも結婚云々は、我や魔法使いとでは血が近すぎて出来ないと言うのに。
 オル・ディールでは血を濃くすると言う意味合いや、貴重な魔法を持つ家系は、その魔法を守る為に血縁者との結婚は認められていたが、この異世界では避けるべき問題なのだ。


「まぁ、ワシらもまだまだ子供じゃ。乳も尻も薄い。焦らずじっくり距離を詰めていこうではないか」
「それもそうですわね。肉体的に魅力的になればお心も動くかもしれませんもの」
「動きません、私の心は岩の如しです」
「その岩を砕く……燃えるのう」


 ――この肉食獣ども。
 ついそんな言葉が脳裏を浮かんだが、口に出すのはグッと堪えた。


「それにしても、小雪さんは毎日あのような美味しい料理をたべていらっしゃるんでしょ?」
「ん?あぁ、そうだな」
「羨ましいですわぁ……わたくし、あんな絶品のお料理初めて食べましたもの」
「そう言えば、小雪も料理頑張ってるんだっけ?」
「お、おう!」


 アキラの言葉に勇者が顔をパッと上げると、アキラは勇者の頭を撫でながら嬉しそうに微笑んだ。


「俺も小雪の料理食べてみたいなぁ……俺、煮込みハンバーグとか好き」
「煮込みハンバーグ……」
「デミグラスソースも上手いけど、和風も捨てがたいよなぁ」


 しみじみと口にしたアキラに、勇者はバッと我の方を見つめた。
 これは「教えろ」と言って来るに違いない。
 ふむ、丁度良い。近々和風煮込みハンバーグでも教えてみるか。


「お兄ちゃん!」
「解りました、近々教えましょう」
「宜しく頼むぞ!!」


 こうやって料理を作る理由を作ってくれるのはあり難い。
 アキラには今後も勇者の料理スキルを上げる為に、何かしら料理のリクエストを出してもらおうと思った。


「さて、いい加減七夕の短冊に願い事でも書けましたか?まぁ、内容はみなくても解るので私はあなた達二人の短冊を見る事はないですが」
「まぁ!シッカリとお願い事を書きましてよ?」
「そうじゃぞ?」
「ふむ、私が見なくても解る内容ではなさそうですね、どれどれ」


 そう言って二人の短冊を見ると――【おっぱいと尻が大きく育ちますように。皐月】と【意中の殿方の為に、お胸とお尻が育ちますように。葉月】と書いてあった。


「……これは?」
「だって、小雪さんからも聞いてしまったんですもの」
「そうじゃぞ?祐一郎はおっぱいと尻が好きだとな!お主も好きよのう……フェフェフェ!」
「小雪……私の情報を売りましたね?」
「そんな事は無いぞ?聞かれたから素直に教えただけだぞ?」


 なんて性質の悪い。
 素直がゆえに、これでは叱る事も出来ない。


「凄い、煩悩垂れ流しの短冊だね……」
「願い事なんて煩悩の塊だろう?まぁ、これは読んだ人がびっくりするかもだけど……」
「この様な願い事は却下です。没シュートです。別の願い事を書きなさい」
「「え――!!」」


 不満を零す双子だったが、我が煩悩丸出しの短冊を取り上げた為、取り合えず無難な【好きな人と付き合えますように】的な事を書いていた。
 もう何を言っても無理だろうと理解したので、それについては文句を言う事は止めた。
 不毛な争いを延々と続ける事はストレスだ。

 そもそも、こんな短冊を世に出せば大人達に「あら、祐一郎くんってばおっぱいマニアなのね」みたいな事を言われかねない。
 前もって危険な事は排除しておくに越した事は無いのだ。
 この数年で一番……とは言わないが、二番目にストレスを感じる七夕祭りになった……。



「さて、夜の星見時間までかなり暇ができてしまったのう」
「そうですわね」
「それなら、煩悩を消し去る為に写経でもしていれば宜しいのでは無いですか?100枚も写経すればあなた方の煩悩も消えるでしょう」
「まぁ!」
「そんな面白くも無い写経なんぞしてどうする。それより祐一郎、もっとワシらの事を知りたいとは思わないかのう?」
「忙しいので失礼します」
「「え――」」


 そう言って短冊を集めにその場から逃げると、魔法使いが苦笑いしながら我の手伝いに来てくれたようだ。
 アキラには双子と勇者の相手を頼んできたらしい。珍しいこともあるものだ。


「魔王もモテて大変だね、特に武闘家に……ご愁傷様です」
「まだ死んでません」
「ま、この異世界でやっと会えた仲間と敵対していた魔王だし、テンションが妙に上がるのも仕方ないだろうけどね」


 クスクスと笑う魔法使いに我は呆れた表情を見せると「まぁまぁ」と苦笑いされた。


「この異世界で平和に暮らせてるっていう証拠だよ。ボク達も、魔王もね」
「……そうですね」


 溜息混じりに出た言葉。
 確かに平和に暮らせている証拠だと言われれば、そうだと言えるだろう。


「でも、私の精神が追いつきませんよ」
「確かにね」


 そう言って声を出して笑う魔法使いを恨めしく見つめつつ、夏の風に揺れる笹の音に少しだけ癒されたその夜――。


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