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第三章 魔王様、中学時代をお過ごしになる

【閑話】

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キャンプ部に入ろうと思ったのは、冒険者がどのように旅をしていたのか知りたかったと言う興味もあった。
魔族はキャンプなどをせずとも日帰りできるだけの体力と機動力があり、人間の様に長い旅をしなくとも済むのだ。
だが、現在人間になった事で我としては人間たちがどのように毎夜キャンプをしながら、果てなき道を歩いていたのかとても興味があった。
その事を魔法使いには話すと、呆れたような溜息をしたのち「此処とオル・ディールは随分と違うよ?」と答えられたが――。


「まぁ、理解しようとする試みには共感が持てる。魔族ゆえに分からなかったことは多いだろうしね」
「そうですね」
「でも、当時はキャンプ用品なんて立派なものは無かった。本を見る限りだと幅広い品があることが分かるよ。フライパン一つとても随分と違う」
「そうなのですよね。ですが一人用と言うのもその内持ってみたいですし、追々は大人数分のものも取りそろえていきたいですね」
「なに? 皆で仲良くキャンプに行きましょうって?」
「キャンプ初心者であっても、コテージと言うものを借りれば女性陣でも泊まる事に違和感はないでしょう。後は場所にもよりますが」
「そうだねぇ」
「いずれはバイクにキャンプ用品を乗せて一人旅もしてみたいですね。叶えばですが」
「なに、一人旅してどうすんの」
「たまには喧騒を忘れて静かな場所で過ごすのも一興かと」
「僕は魔王の事だから四国のお参りでもしたいのかと思ってたよ」
「それはそれで魅力があります」
「あるんだ」
「人として成長する為には、ある程度自分で何でもこなせないといけません。そして、良き出会いも必要だと感じました。旅では良くも悪くも出会いがあるでしょう。私の目下の目標はその出会いです」
「ふーん」


そう言って二人で買ったキャンプ用の本を開いていくと、ボソリと魔法使いは「温泉巡りの旅もいいよね」と呟きました。
確かにキャンプ用品を持って温泉巡り……最高だなと我も思った。
しかし、温泉に入った後にテントを設置して料理してとするのは何気に体力が居る。
出来れば温泉に入った時くらいは、美味しい料理で舌鼓をし、人の敷いてくれた布団で眠りにつきたいものだ。


「……魔法使いさん」
「なに?」
「高校を卒業したら、ちょっと二人で旅でも行きますか」
「いいね、温泉はどうする?」
「温泉は最後にしましょう」
「了解、でも高校も魔王と同じところに行かないとダメかな? 幸い僕がなりたい職業は大学が専門的な所だから、高校の間に塾なりで専門的に勉強すればいけそうだけど。魔王は農業高校一択なの?」
「ええ、食の大切さは幼い頃から身に染みていますから、それをもっと理解したいと思っています」
「貪欲だね」
「美味しい料理とは、心も腹も満たしますからね。心が満たされれば悲しみも寂しさも多少な紛れるものですので、こちらの世界にきてから理解出来た魔法の一つですよ」
「料理が魔法ねぇ……。主婦じゃないんだからさ」


そう言ってクスクス笑う魔法使いにムッとはしたが、その魔法の料理があったからこそ、幼い頃、記憶を無くした勇者の心と我の心を保つことが出来たのだ。
我にとっては、忘れることのできない大事な思い出でもある。
今でもキャラ弁を作れと言われたら作れるだろう自信はある。


「問題は中学からはお弁当ってところだね。魔王にお弁当を頼むことになるけれど、男弁当みたいなものになるのかな」
「男は食べてこそナンボな所はありますからね。何より育ちざかりですので女子の様に食べているのか食べていないのか、身体を壊したいのか死にたいのか分からないような量でなんて作りませんよ」
「でも、キャラ弁って憧れるよね」
「男が食べても問題ないキャラ弁らしきものなら作れますよ」
「本当? 僕のお弁当には作ってよ」
「構いませんよ、手間は掛かりませんし」
「やったね!!」


喜ぶ魔法使いには悪いが、男が食べても問題のないキャラ弁らしきものというのは、海苔に業務連絡を切り抜くか貼り付ける程度のものなのだが……女子らしいキャラ弁は魔法使いに作る気にはならない。
夢を壊す事になりそうだが、「それらしきもの」とは伝えていたので問題はないだろう。
どうしてもキャラ弁が食べたいと言う依頼がくれば作らなくもないが。
我が作れるのは女子、特に幼女が喜びそうなキャラ弁だが……大丈夫だろうか。


「お弁当の不安も無くなったし、後は本当に入学を待つだけだね」
「そうですね。同じクラスになる事を祈りますよ」
「僕新しい友人なんて作れるか分からないや。長い事魔王とアキラと一緒にいたしね」
「私もですよ、まぁ、友人が出来るにしろ出来ないにしろ、なんだかんだとつるむ事にはなりそうですね」
「そうだね、その時は一緒に弁当食べようよ」
「その時々で決めましょう。貴方も新しい友人と言う出会いがあるかもしれませんし」
「そうだね……ま、気長にお互い話し合いながらやっていこうよ」
「そうですね」


そんな話をしながら過ごしているとドアをノックする音が聞こえ、勇者が部屋に入ってきた。
手には人数分のジュースを持ってきているところを見ると、長居する気らしい。


「どうです? 私たちが卒業してからの学校は」
「………」
「どうしたの? 勇者」
「寂しい……」
「「………」」
「あまり考えてなかったんだ。アキラを含めて三人が先に卒業するって、いつもと変わらないって思ってた。でも離れて分かった……学校が寂しい」
「勇者……」
「貴女らしくありませんね」
「仕方ないだろう? 寂しいものは寂しいんだ。何時も通りの学校なのにな!」


そう言ってやさぐれたようにジュースを飲む勇者に我と魔法使いが顔を見合わせ、苦笑いを浮かべると――。


「おやおや、勇者がこんなに甘えん坊とは思っていませんでしたよ」
「うん、僕もこんなに思ってくれているなんて思いもしなかったな! どう? 今からでもアキラから僕に、」
「黙れ愚か者! アキラとは絶対に別れないからな!」
「質の悪い冗談ですよ。まぁ、感じている寂しさを乗り越えつつ人間とは大人になると言う事ですよ。私たちもその事を先ほどまで話していたんです」
「――魔王も私と離れると寂しいのか!?」


食い気味に聞いてきた勇者に思わずのけ反ったものの、此処で違うとは言えないので「まぁそうですね」と答えると、瞳を輝かせ嬉しそうな顔をして「そうか! 魔王も寂しかったのか!!」と大変喜んでいる。
魔法使いと高校卒業で旅をしようなんて話していたなんて言える空気ではない。


「も――しょうがないなぁ!! 魔王も魔法使いも寂しいなら寂しいって言えよ!!」
「そうですね、寂しいですよね、魔法使いさん」
「そうだね、寂しいね!!」
「そうかそうか!! 私も寂しいぞ!!」
「それで二日ほど機嫌が悪かったんですか?」
「まぁな、でも二人とも寂しいって思ってくれてたって解ったら楽になった! そうだよな、そうやって大人になっていくんだよな!」
「ええ、そうですね」
「そうだね」
「うんうん! 私も大人への一歩を歩んだと言う事だな!! 安心した!」


何を安心したのかは分からないが、勇者が嬉しそうにしているので水を差すのも悪いだろうと思い、相打ちをうっていると勇者は驚いたことに我の背中に抱き着いてきた。
滅多にない勇者のデレと言う奴である。


「全く全く!! 困った奴らめ!!」
「はいはい、私たちは困った者たちですよ」
「そうかそうか!!」
「勇者の機嫌がよくなって良かったね、魔王」
「そうですね、食事中も不機嫌でしたから。これで皆同じですね」
「ああ! みんな一緒だ! よし、気分も良くなったことだし春休みの宿題でもしてこよう! 今なら沢山進めそうだ!!」


そう言うと嵐のように去って行った勇者。
なんだかんだと寂しがり屋の勇者は、我たちも同じように寂しかったと言えば満足したようだ。なんというか……チョロい。


「ねぇ、魔王」
「何です」
「勇者って、あんなにチョロくて大丈夫?」
「アキラに後の事は任せます」
「責任転換」
「なんとでも。将来勇者と結婚するのなら今から鍛えておかねば」
「ま、それもそうだね」


こうして勇者が置いていった珈琲を飲みつつキャンプ用品に胸を膨らませつつ――中学入学へと向かうのである。

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