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第一部:婚姻編
⑲金色フーリッシュ
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隣で眠っている魔族はいるけど、彼は嫁を選ぶつもりがないと思うから関係ない。
ただ……、重なって絡められた手はほんのり温かくてむず痒いし、尻尾に巻かれていると安心してしまう自分がいる。つい、そっとなぞってしまったのは秘密だ。
「やっぱり売れ残っちゃったね~、オタク君。人間だけじゃなくて魔族からも見向きもされないとかかっわいそ~」
「(売れ残り、ってのは金見くんにもブーメランな気がするけど……)」
喧嘩を売りたいわけじゃないから、大人しく黙っておく。
それにしても、金見くんがここまで残ったのはどうしてなんだろう。いくら性格が悪くても、金見くんは魔族の目から見ても美形だと思うのに。
「ま、ここまできたからネタばらしはしてあげよっか。実はね~、次に来る魔族が最後で、魔王よりもうんとかっこよくて権力のある魔族なんだ~」
「え……?な、なんで、そんなこと知って……?」
「魔王に聞いたからだよ。ぼくが一番最初に目が覚めたからね~。情報はあればあるだけ有利でしょ?魔王でもよかったけど、あいつ見る目がないから灰島なんて馬鹿選んでんの。オタク君もすっきりしたんじゃない?いつもイジメられてたじゃーん」
「……すっきり、なんて、思ってない」
「は?」
「灰島くんは……、確かに、素行は悪かったし、僕もパシられたり……したけど。その時は、いつも僕の分も買っていいって言うような、人で……っ」
「はぁ?もごもご喋られてもウザいんだけど。つーか、素行悪いだけでアウトじゃん。何無理に庇ってんの?」
きつい口調になった金見くんに、思わず口を噤んでしまう。
素行が悪いのは僕も否定出来ない。でも、灰島くんは誰かを守るために手が出てしまうんだと思う。一度だけ、僕もその経験があるから。
あれは確か、数ヶ月くらい前の話。空き教室の前を通った時、レイプの計画を立てている人達の話を聞いてしまって、馬鹿な僕は思わず声を出してしまった。勿論すぐにバレて教室に引きずり込まれて……、散々容姿を馬鹿にされながら制服を脱がされそうになった時、助けてくれたのが灰島くんだ。
むしゃくしゃしたから殴っただけ、としか言ってくれなかったけど。僕にとっては、彼は不良でもあるけどヒーローでもあるんだ。
そのことを、金見くんに伝えたくても……、蔑むように睨まれると声が詰まってしまう。
「ふん。黙るくらいなら最初から言わないでくれる?……ああそうだ、もう一つ教えてあげよっか。誰にも選ばれずに最後まで残ったらどうなると思う?答えは~、無料で貸し出し出来るちんぽケースになるんだってさ!よかったね~、オタク君からケース君に昇格出来るじゃん」
けらけらと笑う金見くんに、ここまで嫌われる理由は正直分からない。多分、僕がうじうじ暗くて気持ち悪いから、罵倒しても碌に言い返せないから、サンドバッグに丁度いいんだろう。
「そっちの爆睡してる魔族に選ばれたらケース回避出来るかもだけど、無理そうだもんね~?」
そう言われて、麻痺してきた肩の重みを思い出す。すぅすぅとどこか可愛い寝息を立てている彼が、人間を嫁にすることはありえない。制限時間になったら帰るって言ってたし……、そもそもその時間っていつまでなんだろう。結構数時間は経ってると思うけど。
そんなことを思っていると、魔法陣が光り出した。金見くんが言っていたことが本当なら、これから現れるのが最後の魔族だ。
「待ってました~♡ようやく、このぼくが嫁として並ぶにふさわしい魔族が……、…………は?」
「オマエガ、ワタシノヨメナノカ?」
「……っ、はああああああぁぁ!!?んなわけないっ!チェンジ!!なーにが魔王よりかっこよくて権力もある魔族!?ブッッッサイクな化け物が出てくるターンじゃねぇっつの!!」
綺麗な顔から迸る罵声を聞いて、その魔族……オークは悲しげに目を伏せた。緑色の肌に魔王と同じかそれ以上に大きい身体。よくRPGで見るような裸に腰ミノじゃなくて、きちんとした正装をしているし、金の髪の毛もさらさらだ。オークだから豚鼻ではあるけど、不細工というほど酷いものじゃない。寧ろマスコットみたいで可愛いと思ってしまった。でも、金見くんの基準だと余裕でアウトだったみたいだ。
「騙しやがったな魔王の奴……!!魔法陣も消えたし最悪!!はーーぁ……、予定変更しよ。…………ねぇ、起きてよ悪魔さん♡」
オークを無視した金見くんは、寝ている悪魔に近寄ると猫撫で声で肩を揺すった。すぐ傍にいる僕のことなんて気にもとめない。
揺すられた悪魔は、唸りながら僕から離れていった。なくなった重みと離れていった手や尻尾が、少し寂しい。
「ふああぁ……。……んだよ、うるせぇな……。……ああ、時間か」
「ねえ、ぼくを嫁にしない?」
「あ゛?」
「ほら、そんなオタク君の近くに居たら嫌なニオイ移っちゃうよ~。ね、ぼくの容姿、かなり魅力的だと思うんだけど」
嫁を選ぶつもりはないはずの悪魔だけど、金見くんの押しに負けてしまう可能性もある。僕が張り合ったとしても……、きっと無理だろうな。華やかな金見くんと、うだうだグズグズ暗い僕じゃ、比べるまでもない。
僕がちんぽケースになっても使われることはないと思うけど、やっぱり怖いから……。
それなら僕は……、しょんぼりしているオークの嫁に、なれたりしないかな。
久しぶりに立ち上がって、オークの傍に近寄ると、彼は不思議そうに僕を見下ろしてきた。青い瞳が綺麗で、澄み渡った空みたいだ。
「あ、の、……僕じゃ、駄目ですか」
「ダメ?」
「あ、あなたの、嫁に……、なれますか?」
そう伝えた瞬間、オークの巨体がブルリと震えた。
「ナ、ナル!ナレル!ワタシノ、ヨメ。ウレシイ」
「わっ」
「カワイイ。ヨメ、カワイイ、スキ」
大きくて分厚い手のひらが、まるで壊れ物を扱うかのように頭を撫でてくる。その熱に少し既視感を覚えたのは気のせい……かな。
垂れた目からは優しさしか感じなくて、なんだかこっちも嬉しくなってきた。
「ぷっ!あはははははははっっ!!嘘でしょ!?オタク君そんな化け物の嫁になんの!?面白すぎ!!」
「……か、金見くん。化け物、なんて……」
「全くだな。そっちに行くとは思わなかった」
「あははっ、悪魔さんにまで言われてんじゃん。ま、これでよかったんじゃない?ぼくもオタク君もケースにならないでさぁ」
「お前は、先にオレに言わなきゃ駄目だろ」
「……は……?ちょっと、悪魔さん?」
ゆっくりと立ち上がった悪魔は、その翼を広げて、少し離れていた距離を一気に詰めてきた。
「そいつの嫁になるんなら、自動的にオレの嫁だな」
「へっ……?」
「気づいてねぇのか?そいつも『オレ』だよ」
パチン、と指を鳴らすと同時に、オークの姿が影になってどろりと溶けて、悪魔の足元に戻っていった。確かに、悪魔に影がないとは思ってたけど……、え……?
あまりにも急展開すぎて、上手く言葉が出てこない。ただ、ついさっき優しく頭を撫でてくれた存在がいなくなったんだと分かると、なんだか悲しくなってしまう。
「オ、オーク、さんは……」
「は……、そんな心配しなくてもオレだって言っただろ。影を切り離していた時にこっちに送られて、仕方ねぇから時間になるまで……影の『オーク』がやって来るまで暇を潰すだけのはずだったんだよ。予定が狂って、お前を嫁に欲しくなったんだがな」
さらりと指先で払った前髪の下には、オークと同じ垂れた青い瞳があった。元から整った容姿だなと思っていたけど、目が見えると余計に綺麗でドキリとする。なんだか瞳孔がハートに見えたのは……気のせいかな。
ええと、つまり、悪魔とオークは性格も見た目も違えど同一人物だったってことでいいのかな。いや、同一魔族?
「な、に、どういうこと……?は?さっきの化け物がそいつの嫁じゃないの。お前がオタク君を……嫁に?何ほざいてんの、馬鹿じゃない!?」
金見くんがわなわなと震えながら僕達を指差してくる。僕だって訳が分からない。この場で状況を全部理解しているのは、当たり前のように尻尾を絡めて抱きしめてきた悪魔だけだろう。
「う、わ……っ」
「自己紹介がまだだったか。オレはクソ兄貴……魔王の弟だ。血は半分しか繋がってねぇけどな。淫魔とシャドウのハーフでもある」
「い、淫魔と、シャドウ?」
「そ。魅了の力と、影を操る力。さっきのオークは、オレの影から作った分身だ。魔力をごっそりシャドウに持ってかれるから、滅多に使わないがな」
「分身……。で、でも、普通に、お喋り出来て……」
「それはオレの魔力が高いからだ。……それに加えて、ハーフでも二つの能力が使える魔族なんて滅多にいねぇんだよ。だからクソ兄貴はオレを魔王にしたがって……ってこれはどうでもいいか。オレは自由が好きだから、嫁なんてモンも必要なかった……はずなんだけどなぁ?」
「んっ」
長い指が、形を確かめるかのように唇をなぞってくる。ドキドキとうるさくなっていく心臓は、彼が言う魅了の力のせいなのかもしれない。すると、そんな僕の思考を読んだかのように、至近距離でにやりと微笑まれた。
「言っとくが、お前に魅了は使ってないから」
「え……?」
「お前の隣が妙に心地よくて寝たフリをしていたとはいえ、手を触って、尻尾で絡めて、誰にも渡さねぇように牽制していただけだ」
「ね、寝てなかったんだ……、それに、牽制……って」
「シャドウが戻ってこねぇと、オレは本来の力を使えない。この空間を破ることも出来ないわけだ。制限時間ってのは、シャドウが来るまでの待機時間だったんだよ、……最初はな。途中から、目的がお前を嫁にすることに変わったが」
そんなことを、真っ直ぐ言われて。
理解が追いつかないまま、顔がどんどん熱くなっていく。
「それなのになぁ……、お前は尻尾にキスするやら舐めるやら求愛行動してきやがって……。オレを煽るなんざ大したもんだ」
「え、あ、バレて……っ!?そうか、寝たフリ……っ、あ、きゅ、求愛、なんて、そんなつもり、少しも……っ!!」
「嘘つけ。あんな可愛い顔しやがって、好きでも何でもねぇなんて有り得ないだろ」
「か、可愛くはな、んぅ!?」
ただでさえ近かった距離が、ゼロになる。触れた熱は思っていたより柔らかくて、緊張で乾燥した僕の唇を潤すように舌でペロリと舐めてきた。胸の奥が、お腹の奥が、きゅんきゅん疼いてしまう。どうしよう、やばい、こんなの知らない。キス、されただけなのに。欲しくて欲しくて、堪らない……っ♡
「ん。やっぱり相性抜群だな。他人に見せる趣味はねぇから、ちんぽはもう少し我慢しろよ」
「ひゃい……♡おちんちん、あとでいっぱいほしい……♡」
契り、というのはどうやらキスだけでもよかったみたいだ。悪魔……もとい魔王弟に抱きしめられたまま消える直前、金見くんが何かを叫んでいたような気がしたけど……、転移先の部屋で即ハメで堕とされてしまった僕に、考える余裕なんて少しもなかった。
ただ……、重なって絡められた手はほんのり温かくてむず痒いし、尻尾に巻かれていると安心してしまう自分がいる。つい、そっとなぞってしまったのは秘密だ。
「やっぱり売れ残っちゃったね~、オタク君。人間だけじゃなくて魔族からも見向きもされないとかかっわいそ~」
「(売れ残り、ってのは金見くんにもブーメランな気がするけど……)」
喧嘩を売りたいわけじゃないから、大人しく黙っておく。
それにしても、金見くんがここまで残ったのはどうしてなんだろう。いくら性格が悪くても、金見くんは魔族の目から見ても美形だと思うのに。
「ま、ここまできたからネタばらしはしてあげよっか。実はね~、次に来る魔族が最後で、魔王よりもうんとかっこよくて権力のある魔族なんだ~」
「え……?な、なんで、そんなこと知って……?」
「魔王に聞いたからだよ。ぼくが一番最初に目が覚めたからね~。情報はあればあるだけ有利でしょ?魔王でもよかったけど、あいつ見る目がないから灰島なんて馬鹿選んでんの。オタク君もすっきりしたんじゃない?いつもイジメられてたじゃーん」
「……すっきり、なんて、思ってない」
「は?」
「灰島くんは……、確かに、素行は悪かったし、僕もパシられたり……したけど。その時は、いつも僕の分も買っていいって言うような、人で……っ」
「はぁ?もごもご喋られてもウザいんだけど。つーか、素行悪いだけでアウトじゃん。何無理に庇ってんの?」
きつい口調になった金見くんに、思わず口を噤んでしまう。
素行が悪いのは僕も否定出来ない。でも、灰島くんは誰かを守るために手が出てしまうんだと思う。一度だけ、僕もその経験があるから。
あれは確か、数ヶ月くらい前の話。空き教室の前を通った時、レイプの計画を立てている人達の話を聞いてしまって、馬鹿な僕は思わず声を出してしまった。勿論すぐにバレて教室に引きずり込まれて……、散々容姿を馬鹿にされながら制服を脱がされそうになった時、助けてくれたのが灰島くんだ。
むしゃくしゃしたから殴っただけ、としか言ってくれなかったけど。僕にとっては、彼は不良でもあるけどヒーローでもあるんだ。
そのことを、金見くんに伝えたくても……、蔑むように睨まれると声が詰まってしまう。
「ふん。黙るくらいなら最初から言わないでくれる?……ああそうだ、もう一つ教えてあげよっか。誰にも選ばれずに最後まで残ったらどうなると思う?答えは~、無料で貸し出し出来るちんぽケースになるんだってさ!よかったね~、オタク君からケース君に昇格出来るじゃん」
けらけらと笑う金見くんに、ここまで嫌われる理由は正直分からない。多分、僕がうじうじ暗くて気持ち悪いから、罵倒しても碌に言い返せないから、サンドバッグに丁度いいんだろう。
「そっちの爆睡してる魔族に選ばれたらケース回避出来るかもだけど、無理そうだもんね~?」
そう言われて、麻痺してきた肩の重みを思い出す。すぅすぅとどこか可愛い寝息を立てている彼が、人間を嫁にすることはありえない。制限時間になったら帰るって言ってたし……、そもそもその時間っていつまでなんだろう。結構数時間は経ってると思うけど。
そんなことを思っていると、魔法陣が光り出した。金見くんが言っていたことが本当なら、これから現れるのが最後の魔族だ。
「待ってました~♡ようやく、このぼくが嫁として並ぶにふさわしい魔族が……、…………は?」
「オマエガ、ワタシノヨメナノカ?」
「……っ、はああああああぁぁ!!?んなわけないっ!チェンジ!!なーにが魔王よりかっこよくて権力もある魔族!?ブッッッサイクな化け物が出てくるターンじゃねぇっつの!!」
綺麗な顔から迸る罵声を聞いて、その魔族……オークは悲しげに目を伏せた。緑色の肌に魔王と同じかそれ以上に大きい身体。よくRPGで見るような裸に腰ミノじゃなくて、きちんとした正装をしているし、金の髪の毛もさらさらだ。オークだから豚鼻ではあるけど、不細工というほど酷いものじゃない。寧ろマスコットみたいで可愛いと思ってしまった。でも、金見くんの基準だと余裕でアウトだったみたいだ。
「騙しやがったな魔王の奴……!!魔法陣も消えたし最悪!!はーーぁ……、予定変更しよ。…………ねぇ、起きてよ悪魔さん♡」
オークを無視した金見くんは、寝ている悪魔に近寄ると猫撫で声で肩を揺すった。すぐ傍にいる僕のことなんて気にもとめない。
揺すられた悪魔は、唸りながら僕から離れていった。なくなった重みと離れていった手や尻尾が、少し寂しい。
「ふああぁ……。……んだよ、うるせぇな……。……ああ、時間か」
「ねえ、ぼくを嫁にしない?」
「あ゛?」
「ほら、そんなオタク君の近くに居たら嫌なニオイ移っちゃうよ~。ね、ぼくの容姿、かなり魅力的だと思うんだけど」
嫁を選ぶつもりはないはずの悪魔だけど、金見くんの押しに負けてしまう可能性もある。僕が張り合ったとしても……、きっと無理だろうな。華やかな金見くんと、うだうだグズグズ暗い僕じゃ、比べるまでもない。
僕がちんぽケースになっても使われることはないと思うけど、やっぱり怖いから……。
それなら僕は……、しょんぼりしているオークの嫁に、なれたりしないかな。
久しぶりに立ち上がって、オークの傍に近寄ると、彼は不思議そうに僕を見下ろしてきた。青い瞳が綺麗で、澄み渡った空みたいだ。
「あ、の、……僕じゃ、駄目ですか」
「ダメ?」
「あ、あなたの、嫁に……、なれますか?」
そう伝えた瞬間、オークの巨体がブルリと震えた。
「ナ、ナル!ナレル!ワタシノ、ヨメ。ウレシイ」
「わっ」
「カワイイ。ヨメ、カワイイ、スキ」
大きくて分厚い手のひらが、まるで壊れ物を扱うかのように頭を撫でてくる。その熱に少し既視感を覚えたのは気のせい……かな。
垂れた目からは優しさしか感じなくて、なんだかこっちも嬉しくなってきた。
「ぷっ!あはははははははっっ!!嘘でしょ!?オタク君そんな化け物の嫁になんの!?面白すぎ!!」
「……か、金見くん。化け物、なんて……」
「全くだな。そっちに行くとは思わなかった」
「あははっ、悪魔さんにまで言われてんじゃん。ま、これでよかったんじゃない?ぼくもオタク君もケースにならないでさぁ」
「お前は、先にオレに言わなきゃ駄目だろ」
「……は……?ちょっと、悪魔さん?」
ゆっくりと立ち上がった悪魔は、その翼を広げて、少し離れていた距離を一気に詰めてきた。
「そいつの嫁になるんなら、自動的にオレの嫁だな」
「へっ……?」
「気づいてねぇのか?そいつも『オレ』だよ」
パチン、と指を鳴らすと同時に、オークの姿が影になってどろりと溶けて、悪魔の足元に戻っていった。確かに、悪魔に影がないとは思ってたけど……、え……?
あまりにも急展開すぎて、上手く言葉が出てこない。ただ、ついさっき優しく頭を撫でてくれた存在がいなくなったんだと分かると、なんだか悲しくなってしまう。
「オ、オーク、さんは……」
「は……、そんな心配しなくてもオレだって言っただろ。影を切り離していた時にこっちに送られて、仕方ねぇから時間になるまで……影の『オーク』がやって来るまで暇を潰すだけのはずだったんだよ。予定が狂って、お前を嫁に欲しくなったんだがな」
さらりと指先で払った前髪の下には、オークと同じ垂れた青い瞳があった。元から整った容姿だなと思っていたけど、目が見えると余計に綺麗でドキリとする。なんだか瞳孔がハートに見えたのは……気のせいかな。
ええと、つまり、悪魔とオークは性格も見た目も違えど同一人物だったってことでいいのかな。いや、同一魔族?
「な、に、どういうこと……?は?さっきの化け物がそいつの嫁じゃないの。お前がオタク君を……嫁に?何ほざいてんの、馬鹿じゃない!?」
金見くんがわなわなと震えながら僕達を指差してくる。僕だって訳が分からない。この場で状況を全部理解しているのは、当たり前のように尻尾を絡めて抱きしめてきた悪魔だけだろう。
「う、わ……っ」
「自己紹介がまだだったか。オレはクソ兄貴……魔王の弟だ。血は半分しか繋がってねぇけどな。淫魔とシャドウのハーフでもある」
「い、淫魔と、シャドウ?」
「そ。魅了の力と、影を操る力。さっきのオークは、オレの影から作った分身だ。魔力をごっそりシャドウに持ってかれるから、滅多に使わないがな」
「分身……。で、でも、普通に、お喋り出来て……」
「それはオレの魔力が高いからだ。……それに加えて、ハーフでも二つの能力が使える魔族なんて滅多にいねぇんだよ。だからクソ兄貴はオレを魔王にしたがって……ってこれはどうでもいいか。オレは自由が好きだから、嫁なんてモンも必要なかった……はずなんだけどなぁ?」
「んっ」
長い指が、形を確かめるかのように唇をなぞってくる。ドキドキとうるさくなっていく心臓は、彼が言う魅了の力のせいなのかもしれない。すると、そんな僕の思考を読んだかのように、至近距離でにやりと微笑まれた。
「言っとくが、お前に魅了は使ってないから」
「え……?」
「お前の隣が妙に心地よくて寝たフリをしていたとはいえ、手を触って、尻尾で絡めて、誰にも渡さねぇように牽制していただけだ」
「ね、寝てなかったんだ……、それに、牽制……って」
「シャドウが戻ってこねぇと、オレは本来の力を使えない。この空間を破ることも出来ないわけだ。制限時間ってのは、シャドウが来るまでの待機時間だったんだよ、……最初はな。途中から、目的がお前を嫁にすることに変わったが」
そんなことを、真っ直ぐ言われて。
理解が追いつかないまま、顔がどんどん熱くなっていく。
「それなのになぁ……、お前は尻尾にキスするやら舐めるやら求愛行動してきやがって……。オレを煽るなんざ大したもんだ」
「え、あ、バレて……っ!?そうか、寝たフリ……っ、あ、きゅ、求愛、なんて、そんなつもり、少しも……っ!!」
「嘘つけ。あんな可愛い顔しやがって、好きでも何でもねぇなんて有り得ないだろ」
「か、可愛くはな、んぅ!?」
ただでさえ近かった距離が、ゼロになる。触れた熱は思っていたより柔らかくて、緊張で乾燥した僕の唇を潤すように舌でペロリと舐めてきた。胸の奥が、お腹の奥が、きゅんきゅん疼いてしまう。どうしよう、やばい、こんなの知らない。キス、されただけなのに。欲しくて欲しくて、堪らない……っ♡
「ん。やっぱり相性抜群だな。他人に見せる趣味はねぇから、ちんぽはもう少し我慢しろよ」
「ひゃい……♡おちんちん、あとでいっぱいほしい……♡」
契り、というのはどうやらキスだけでもよかったみたいだ。悪魔……もとい魔王弟に抱きしめられたまま消える直前、金見くんが何かを叫んでいたような気がしたけど……、転移先の部屋で即ハメで堕とされてしまった僕に、考える余裕なんて少しもなかった。
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