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①二度目の逢瀬は賢者の魔法で
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──それから数分後。皿もティーカップも綺麗に空になり、口元をナプキンで丁寧に拭ったセイロンは、申し訳なさそうに切り出した。
「施しを受けた後にこんなことを言うのは心苦しいのですが、僕、持ち合わせが少ないんです。次の町で路銀を稼ぐ予定だったのですが、辿り着く前に限界が来てしまいまして……。せめて、何か礼になるようなことをさせて貰えないでしょうか?」
「ふむ、……お前は踊り子なのだろう? ならば短くて構わんから一曲舞ってくれ。隠居生活が長いと下界の娯楽に触れる機会がないからな」
「助けていただいた御恩が、その程度のことでよろしいのですか……?」
「その程度、ってことはないでしょ。ボクも本場の踊りを見るのは初めてだから是非お願いしたいな」
「御二方が望んでくださるのならば、不肖、このセイロン、西の地より伝わりし神々の舞いを披露いたします」
食事と回復魔法の効果ですっかり血色がよくなったセイロンが、照れ笑いを浮かべながら席を立つ。どこか広い場所に、と羽ペンを動かそうとしたディンブラを視線で制し、軽やかな動きで部屋の壁を背に足を揃えた。しゃん、と装身具が凛とした音を響かせる。音楽も何もない食堂の一角が、その瞬間、清廉な空気に包まれた。
「Рапунцель, Рапунцель и хлопая, вы……」
呪文にも似た歌声が、白い喉から溢れ出す。誰も手をつけたことがない森の中の静謐な泉、そこに棲まう汚れなき乙女。そんなイメージが視界と脳内をジャックし、一瞬にしてこの場は彼の世界と化した。
艶めかしく、緩やかに、激しく、雄々しく高らかに。緩急がつく歌声に合わせ、セイロンの肢体は伸びやかに舞う。
しゃらり、しゃらり、ぶつかり合った金属が鳴き、くるりと回る度に薄いヴェールが風と歌う。とんとん、と軽やかにステップを踏みながら伏せた瞳で視線を流し、その紫紺にディンブラを捉えた。そうして、糸に引き寄せられるように身を寄せると、驚いた表情をする彼のおとがいに指で軽く触れる。
「Я беру из этой башни, Принц」
吐息と共に至近距離で囁かれた歌声は、今までのものとは段違いすぎる程に艶を帯びていて、変な声をあげてしまいそうになるのを堪えるのがやっとだった。無邪気に微笑んで身を離したセイロンは、そのまま仕上げとばかりにくるくると舞い踊る。
「(うわー……、仕方ないとはいえ師匠放心してる……。うん、綺麗だもんね。予想以上に魅入っちゃったし、さっきの子供っぽさがどこ行ったのってくらい踊りも歌も大人っぽいもんね。いやでもだからといって、そんな、)」
横目で盗み見た賢者の顔は、完全に動揺している。動揺、だけならいいのだが。そこに妙な感情が浮かんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「(あの仕事魔で偏屈で滅多に人と関わることもない師匠が一目惚れしちゃったー……なーんてことは、ない……よね?)」
そんなリゼの疑念を余所に、最後のポーズまで決めて踊りきったセイロンは、花が綻ぶようにふわりと笑った。
「施しを受けた後にこんなことを言うのは心苦しいのですが、僕、持ち合わせが少ないんです。次の町で路銀を稼ぐ予定だったのですが、辿り着く前に限界が来てしまいまして……。せめて、何か礼になるようなことをさせて貰えないでしょうか?」
「ふむ、……お前は踊り子なのだろう? ならば短くて構わんから一曲舞ってくれ。隠居生活が長いと下界の娯楽に触れる機会がないからな」
「助けていただいた御恩が、その程度のことでよろしいのですか……?」
「その程度、ってことはないでしょ。ボクも本場の踊りを見るのは初めてだから是非お願いしたいな」
「御二方が望んでくださるのならば、不肖、このセイロン、西の地より伝わりし神々の舞いを披露いたします」
食事と回復魔法の効果ですっかり血色がよくなったセイロンが、照れ笑いを浮かべながら席を立つ。どこか広い場所に、と羽ペンを動かそうとしたディンブラを視線で制し、軽やかな動きで部屋の壁を背に足を揃えた。しゃん、と装身具が凛とした音を響かせる。音楽も何もない食堂の一角が、その瞬間、清廉な空気に包まれた。
「Рапунцель, Рапунцель и хлопая, вы……」
呪文にも似た歌声が、白い喉から溢れ出す。誰も手をつけたことがない森の中の静謐な泉、そこに棲まう汚れなき乙女。そんなイメージが視界と脳内をジャックし、一瞬にしてこの場は彼の世界と化した。
艶めかしく、緩やかに、激しく、雄々しく高らかに。緩急がつく歌声に合わせ、セイロンの肢体は伸びやかに舞う。
しゃらり、しゃらり、ぶつかり合った金属が鳴き、くるりと回る度に薄いヴェールが風と歌う。とんとん、と軽やかにステップを踏みながら伏せた瞳で視線を流し、その紫紺にディンブラを捉えた。そうして、糸に引き寄せられるように身を寄せると、驚いた表情をする彼のおとがいに指で軽く触れる。
「Я беру из этой башни, Принц」
吐息と共に至近距離で囁かれた歌声は、今までのものとは段違いすぎる程に艶を帯びていて、変な声をあげてしまいそうになるのを堪えるのがやっとだった。無邪気に微笑んで身を離したセイロンは、そのまま仕上げとばかりにくるくると舞い踊る。
「(うわー……、仕方ないとはいえ師匠放心してる……。うん、綺麗だもんね。予想以上に魅入っちゃったし、さっきの子供っぽさがどこ行ったのってくらい踊りも歌も大人っぽいもんね。いやでもだからといって、そんな、)」
横目で盗み見た賢者の顔は、完全に動揺している。動揺、だけならいいのだが。そこに妙な感情が浮かんでいるように見えるのは気のせいだろうか。
「(あの仕事魔で偏屈で滅多に人と関わることもない師匠が一目惚れしちゃったー……なーんてことは、ない……よね?)」
そんなリゼの疑念を余所に、最後のポーズまで決めて踊りきったセイロンは、花が綻ぶようにふわりと笑った。
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