賢者と踊り子とラッキースケベ

桜羽根ねね

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②賢者の弟子の憂鬱

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「……たちが悪すぎる……」

 深く長い溜息と共に吐き出された鎮痛な声を、リゼは聞くともなしに流していた。なんてったってこれで本日数十回目の言葉である。始めこそ心配して色々と気をもんでいたが、流石に何度も繰り返されれば慣れてしまうというものだ。

 ゴリゴリと薬草をすり潰しながら思い出すのは、数日前の来訪者。
 セイロンと名乗った踊り子に、師匠が懸想したのではと勘繰っていたのが懐かしい。まさかその日にとある魔法で押しかけ、押し倒し、唇まで奪ったというのだからそれこそたちが悪い。

 ちなみに、これらのことは夜中にどんがらがっしゃんと騒音を立て、放心状態になっていたディンブラから聞き出したことだ。なかなか要領が掴みづらかったが、おおよそ間違っていないだろう 。本人が聞いたら血相を変えて否定しそうなことではあるが。

 それよりも、何よりも。

「ディンブラさん、お疲れですか? 僕、料理は得意なので、滋養強壮に良い物を作りますよ」

 この場にいるもう一人の人物……渦中の人であるセイロンの存在が頭痛に拍車をかけていた。
 なんともまあ、無理矢理にも近い不可抗力で襲われたというのに、甲斐甲斐しく世話を焼く姿はまるで新妻だ。

 あれはそう、放心しているディンブラをどうにかベッドに押し込んだ、翌朝のことだった。
 賢者にあるまじき悲鳴が聞こえて何事かと飛び込んで見れば、あまり広くないベッドの上、ディンブラを抱き枕代わりにしてすやすやと寝息を立てるセイロンの姿がそこにあった。思わず師匠の不貞を疑うと同時に生暖かい目になってしまったのも仕方がない話だろう。

 磨り潰した薬草を瓶に詰めつつ、そんな回想に浸っていると。

「リゼさん。少々厨房をお借りしてもよろしいでしょうか」

 さっきまでディンブラの傍にいたはずのセイロンが、音もなく近寄ってきていた。自分に声がかかるとは思わなかったため、うっかり瓶を落としそうになってしまう。

「え、あ、ボク? ……ああそっか、場所が分からないから案内しろってことかな?」
「そんな横柄なことは思っていませんよ……? ここの主はディンブラさんとリゼさんですから。突発的に潜り込んでいる僕が御伺いを立てるのは当然でしょう」

 至極真面目にそう返され、こんな状況に巻き込まれているというのに、懐が深いのか、ただ単純なのか。そこを突き詰めたところでどうにかなるわけではないので、リゼは軽く頷いて了承の意を伝えた。

 さっきから放置されているディンブラはといえば、心ここに在らずといった表情で手元の書類を睨みつけている。触らぬ賢者に祟りなしとばかりに、リゼはセイロンと連れ立って書類が山積みの執務室を後にした。
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