聖衣の召喚魔法剣士

KAZUDONA

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29  カリンズ地下迷宮

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 カリンズ地下迷宮の入口は街の北口を出たところにある。岩が重なり合ってできた小さな山の様なものが入口となっている。カリナが北門を通り過ぎたところで、門番の男達に声を掛けられる。

「お嬢ちゃん、まさか地下迷宮に行くんじゃないのか?」

「ああ、そうだけど」

「やめとけ、今も数人の冒険者達が負傷して戻って来たんだ。何でも中の構造が変わって大変なことになっているらしい」

「知っているよ。だからそれを解決しに行くんだ」

「おいおい、お嬢ちゃんみたいな子供には無理だ。大人しく帰った方がいい」

 カリナの前に立ち塞がって止めて来る門番達の気持はよくわかる。小柄な少女がまさかAランク冒険者で凄腕の召喚士などとは、外見からは想像がつかないのだろう。困ったカリナは首から下げているギルドカードを見せた。それを目にした男達の顔が驚きに変わる。

「え、Aランク……。こんな子供が」

「分かってくれたか? 急ぐので通してくれるとありがたい」

「ああ、まさかこんな子供が……」

「見た目に惑わされているようではまだまだだな。じゃあ、ここは通してもらうから」

 道を開けた二人の間をカリナはスタスタと通り抜ける。そして目視で確認できる近くの地下迷宮の入口へと向けて走った。

「すごいな、あんな子供が……」

「ああ、無理矢理止めてもぶっ飛ばされたかもしれん」

 走り去るカリナの背を見ながら、門番達はそんなことを口にした。

 地下迷宮の入口の階段を降る。ここに来るのは初心者の頃以来である。さて、どのように変化しているのだろうかと思いながら、カリナは長い階段を降って行った。

「確かにこれはかなり変わった造りになっているみたいだな」

 本来迷宮とは名ばかりの大通りの一本道である。それが迷路の様に変化している。恐らく幻術なのだろうが、見た目は入り組んだ迷路である。取り敢えず進んでみるかと思い、適当な進路を選んだ。そのとき進行方向から助けを呼ぶ声が聞こえる。何事かと思い、急いでその方向へと走った。

「た、助けてくれ……!」

「くそ、こんな化け物が出て来るなんて聞いてないぞ」

 どうやら魔物に迷い込んだ冒険者達が襲われているようである。そして彼らの前には巨大なミノタウロスが一体。牛の顔から涎を垂らし、鋼の様な頑丈な人間の身体をしたかなり上級の魔物である。恐らくここに潜む何者かが呼び出したのだろう。そして腰を抜かしてへたり込んでいる冒険者の一人に巨大な戦斧が振り下ろされる。

 カリナは瞬歩で一瞬にして距離を詰め、その振り下ろされた斧の側面に土属性の魔力で硬化された足裏での蹴りを見舞った。格闘術、烈硬脚れっこうきゃく。その威力に巨大な戦斧は弾き飛ばされ、迷宮の壁に突き刺さった。突然の乱入者に驚いたミノタウロスと、命が助かった冒険者達は、それが小柄な少女だと知って驚いた。

 獲物を邪魔されたミノタウロスが怒り、唸り声を上げる。

「た、助かったのか……?」

「早く逃げろ。危ないぞ」

「おい、お嬢ちゃん、あれと戦う気なのか? 無理だ、やめとけ!」

 カリナは右腰の鞘から刀の天羽々斬あまのはばきりを左手で抜くと、闘気と魔力を集中させる。


「燃え盛る獄炎よ、剣に宿れ。魔法剣フレア」

 斧を持たずに素手で襲い掛かって来たミノタウロスの攻撃をふわりと空中に舞って躱すと、両手で握り締めた刀を振り被る。

「刀技、落陽閃らくようせん

 ザヴァアアアッ!!!

 脳天からの斬り降ろしが巨体を真っ二つに斬り裂くと同時に業火に包まれた刀身が傷口を焼く。ミノタウロスは自らが斃されたことにも気付かずに崩れ落ちてこと切れた。

 キィン!

 魔法剣を解除した刀を鞘に納める。その圧倒的な動きを目にした二人の冒険者は、カリナにすぐさま礼を言った。

「ありがとう! まさかこれ程の使い手だとは」

「今のは魔法剣か? 凄まじい威力だな。いや、助かったよ」

「気にしなくていい。私はここに取り残された冒険者達の救出と、この迷宮の幻影を創り出している元凶を取り除きに来たんだ」

「そうだったのか。まだ奥には迷宮に取り込まれた仲間がいる。助けてやってくれ」

「すまないが、俺達には役不足だ。悪いが先に街に戻らせてもらうよ」

「それがいい。このレベルの魔物がいるとなると、最低でもAランクの冒険者が必要になるだろうからな。気を付けて帰ってくれ」

 傷ついた二人にヒーリング・ライトの魔法を施す。僅かだが体力と傷が回復した二人は礼を言うと、カリナが来た道を通って戻って行った。

 探知にはこのフロアに何の反応もない。マップを広げてみるが、どうやらまともに機能していないようである。虱潰しに当たるしかないと思いながら、カリナは迷宮の中を進んだ。


「これは……、さっき斃したミノタウロスか? どうなっているんだ?」

 前に進んだはずが元来た道へと戻されている。どこかで通路がループしているのだろう。このままでは時間が無駄にかかると判断したカリナは道案内を召喚することにした。

 両手に魔法陣を展開し、祝詞を唱える。

「月影の森に住まう黒き童子、
妖精王の御使い、しなやかなる猫の精よ。
銀の尻尾に幸運を纏い、
金の瞳に真実を宿す者よ。
我、星屑の道を開き、
ここに小さき契約の灯火を掲ぐ。
もし我が声を気に入りしならば、
柔らき足音もて姿を現し、
我が傍らに力を貸したまえ。
月の加護のもと、我と共に戯れ、
その魔法を振るいたまえ。
――来たれ、ケット・シー!」

 重なり合った魔法陣が輝くと、そこにはカリナの膝より少し背丈がある程度の黒いシルクハットを被り、青いマントを纏って赤い長靴を履いた、胸元に白い斑点がある黒猫、ケット・シーが姿を現した。

「にゃにゃにゃ、お久し振りですにゃん。隊長」

「ああ、久し振りだな私の隊員。お前も100年もの間待たせてしまったのか?」

「そうですにゃ。そんなに長い間隊長は何をしていたのにゃ?」

 ケット・シー は、アイルランドの伝説に登場する妖精猫のこと(ケット=猫、シー=妖精)である。またハイランドスコットランド高原やノルウェーなど欧州他地域にも伝承がある。

 犬の妖精クー・シーが妖精の家畜として外見以外は通常の犬に近い性質を持つのに対して、ケット・シーは二本足で歩く上どうやら王制を布いて生活していると言われる。また二カ国の言葉を操る者も居て人語をも喋るケット・シーは高い知力を要している。

 普通、犬くらいの大きさがある黒猫で胸に大きな白い模様があると描写されるが、絵本などの挿絵では虎猫や白猫、ぶち猫など様々な姿で描かれる。カリナが使役しているこの自称「隊員」も黒で胸元に白い斑点があるのが特徴である。

「いや、私にもわからないんだ。気が付いたらそんな時間が経っていた。すまなかったな、長い時間放置したみたいで」

 そう言ってしゃがみ込んでケット・シーの頭を帽子ごと撫でた。ゴロゴロと喉を鳴らして喜ぶ姿は普通の猫の様である。

「いいですにゃ。また隊長と冒険ができるのなら。で、ここはどこにゃ?」

「ここはカリンズ地下迷宮だ。本来はただの一本道なんだが、何者かの影響で本来のルートが分からなくなっている。そこでお前の出番だ隊員」

「にゃるほど、お任せあれ。要は最奥までの正しいルートを見つければよいのですかにゃ?」

「話が早くて助かる。任せたぞ」

 ケット・シー、隊員がすんすんと鼻を鳴らす。どうやら臭いで周囲の空間を探っているらしい。カリナは隊員が正しいルートを見つけ出すのを待った。

「にゃるほど……。悪魔の臭いが最奥からしますにゃ。それを辿って行けば問題ないですにゃ。それにしても、この真っ二つの魔物は隊長の仕業ですにゃ?」

「ん? ああ、逃げ遅れた冒険者を助けた時に叩き斬ってやったんだ」

「さすが隊長。腕は鈍っていないみたいですにゃ」

「それにしてもやはり悪魔の仕業だったか。奥に取り残された冒険者もいる。先を急ぐぞ。道案内は任せた」

「お任せあれ」

 走り出した隊員の後ろを着いて迷宮を進む。ケット・シーは迷うことなく正しいルートを進み、下の階に続く階段を見つけた。地下2層への階段を駆け降りる。到着した第2層は先へ繋がる道が全て壁で塞がれていた。これも幻覚だろう。恐らく取り込んだ者を逃がさないようにしてあるのだ。埒が明かないので、青い鎧に身を纏った重装備のアーマーナイトを召喚し、その手に持っている巨大なハンマーを壁に叩きつけるが、びくともしない。

「隊長、ここも仕掛けがあるにゃ。無理矢理破壊するのは無理にゃ。こっちですにゃ」

「そのようだな、お前にもう全部任せるよ」

 ケット・シーは壁を調べて行き、その一角の中へとすり抜けて行った。なるほど、幻覚でわからないが、通り抜けることが可能な場所があるらしい。隊員の後ろを着いて行き、全部で五枚あった壁を全て通り抜けた。そのとき、前方から太い棍棒を手にした赤い体色、額から一本の角を生やした巨大なオーガが姿を現した。こいつがこの層を守っている魔物らしい。

「隊員、下がっていろ」

「そうしますにゃ」

 ケット・シーを後ろに下がらせて、今度は鞘からソードのティルヴィングを抜く。そして闘気と魔力を集中させる。

「轟く雷鳴よ、剣に宿れ。魔法剣ライトニング」

 剣に雷がバチバチと纏わりつく。そして飛び掛かって来たオーガに下段から狙いを定める。

「剣技、サンライズ・リープ翔陽閃

 迷宮の地面を削り取る勢いで上段へと振り抜いた刃が、下からオーガを両断する。そのまま剣に宿った稲妻の電撃でズタズタになったオーガはブスブスと音を立てて落下した。

「ふぅ、まあこんなもんだな」

 魔法を解除して剣を鞘に納める。ミノタウロスに恐らく今のはキングオーガ。並の冒険者では確かに歯が立たないだろう。こいつらの攻撃を掻い潜った者だけを捕縛しているのだろうか?

「さすが隊長ですにゃ! 鮮やかですにゃ」

「うん、まああの程度の魔物に後れを取ることはないさ。さあ、階段がある。この奥が最下層だ。急ごう」

 カリナは階段を降って、最下層の第3層へと到着した。どうやらここには幻覚の類はかけられていないらしい。巨大な最下層の両脇には湧水が溢れている。その最奥に何者かが潜んでいるのが確認できた。探知にもそれ以外に弱い反応が数個ある。恐らく取り込まれた冒険者達だろう。カリナは左耳に魔力を注ぎ、カシューに連絡を取った。

「聞こえてるか?」

「うん、何? また厄介ごと?」

「ああ、カリンズの地下迷宮に悪魔だ。今から接敵する。今回も情報解析を頼んだ」

「オッケー」

 幻影に邪魔されて通信が可能かどうか半信半疑だったが、カシューとは連絡が取れた。そしてカリナと隊員は急いで最奥へと向かった。


「おや、これはこれは態々巨大な魔力の持ち主がかかってくれるとは。ここに罠を張った甲斐があったというもの。ようこそ、我が迷宮へ。歓迎するよ、お嬢さん」

 そこには黒い礼服に身を包んだ男の姿をした何者かが立っていた。こいつが恐らくこの元凶の悪魔だが、ぱっと見は人間の姿だ。しかしその顔には赤くギラつく瞳に大きく裂けた口。そこから覗く数本の牙が見える。

「驚いたな、悪魔が人間の振りをするとは。だがお前の計画はここで潰える」

 カリナはそう言うと同時に壁に取り込まれた10人程の冒険者の姿を確認した。その体には黒い腕が巻き付いている。ライフ生命力スティール強奪の魔法だろう。以前のヤコフの両親と同様、徐々に生命力を奪っているのだ。

「ククク、では戦いの前に名乗りを上げさせてもらおう。我が名は深影しんえい男爵ベロン・シェイドグリム。我が主の復活のため、あなた達人間のエネルギーを頂戴する」

 礼服姿の大人の人間ほどの身長の悪魔が恭しく頭を垂れる。

「深影男爵だと? 悪魔の階級にそんなものがあるのか? 只の男爵と何が違う? まあいい、さっさと蹴りを着けさせてもらうぞ」

「我は堕落男爵という階級。人間社会に浸透し、破滅をもたらす下級貴族だが、本来は伯爵並の力を持っている。都市や村を堕落させ、魔物を操って侵攻させることもできる。他には宗教や王家を内部から腐らせる役割を与えられた魔界の使いであるのだ」

 べらべらとよく喋る悪魔だとカリナは思ったが、上手くやればもっと情報が得られるかもしれない。カリナは敢えて相手の言葉を引き出す立ち回りに切り替える。

「公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵だけじゃないのか? 人間の貴族の位と大差はなかったはずだ。悪魔にはまだ別の階級や存在がいるのか?」

「ククク、中々聡明なお嬢さんだ。そうやって我から情報を聞き出そうとしているのであろう? だがこれより先は我に勝ってから聞き出すのだな。来たれ、我が軍勢よ!」

 悪魔が召喚術を使う。本来はダーククリスタルを触媒に強大なモンスターを呼び出すものだが、この堕落男爵という悪魔は自分の前方へ幾重もの魔法陣を展開させた。そこから下級悪魔であるレッサーデーモンが20体程召喚され、姿を現す。だが見た目は小型の悪魔である。カリナにとっては大した脅威ではない。

「面白い。だったら召喚勝負といこうか。出でよ、シャドウナイトにホーリーナイトの軍勢よ。眼前の敵を蹴散らせ!」

 カリナの正面に数十体の黒騎士と白騎士の軍勢が召喚される。それが呼び出されたレッサーデーモンの群れに襲い掛かった。
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