ステラ☆オーナーズ〜星の魔法使い〜

霜山 蛍

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第三章

―VS.愚者―

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 自らを主張する夜の弱光は、既にその理を裏の法則のズレへと屈折せしめし、もはや異世界と号してもさしたる相違もなかった。切り離された空間にそびえ立つ魔城――学校、その屋上にて得物を片手に構える人間が三人。その肩に乗る人外が三人。彼女らが相対する異形は未だその姿を明瞭なものへと変貌を成し遂げず、在るのは影のみである。影は屈折する夜光をさらに屈折――さながら立法的なキュピズムのような、されどそこにさしたる法則性はない――させ、宙にいた。
 厳かな空気は魔という法則がこの場を支配しているからこそか、或いは相対するものへの緊張故か。それぞれが各々の面持ちで時を待っている。誰一人として言霊を発することもなく、誰ひとりとして響きを鳴らすこともない。彼らもまた異形に身を包み、高鳴る動悸と、得物に伝わる握力とを自覚しながら、秒針が進むのを逐一数えるのである。
 渦を巻く影は、虚像を実像へ、偽りを真へ偽るように遅々とその姿を描き始める。まず最初に現れたのは二本の腕である。奇抜で喧しい色使いなマドラスチェックの腕、右手には歩行用のまっすぐな杖――特にさしたる装飾もない――が握られている。それらが軟体に捻れて現れ、次には二本の足が生まれる。黒のキュロットに黒い靴の足が、一度渦を作るった後に実像を結ぶのである。そうして最後にマドラスチェックのチェストコールを纏った胴と、金髪が特徴的な頭が姿を現す。彼女たちは正面から彼を退治するが、その表情は長い前髪に隠れて伺い知れない。
 一同が実像を結んだ彼を見て即座に構える。彼は影から一度宙に投げ出された後で優雅に着地すると、その杖を左手に持ち替えて、ボウ・アンド・スクレープをしてみせた。
「あれは、何?」
 重い空気に舞い降りた奇抜なピエロ、或いは紳士気取りの狂人を見て、真っ先に言葉を放ったのは菜奈花であった。緊張が増す。
「あれは……番号ゼロ、『愚者フール』。能力は――」
 ルニが続きを言おうとした刹那、そこにはルニはいなかった。
「きゃぁ!」
 菜奈花の真横を通り過ぎたのは、風。空気の渦、小規模な竜巻であった。直線方向に放たれた小規模な竜巻は、ルニを正確に狙いすまし、その小柄な体を後ろへ押しやっていた。後ろでフェンスにぶつかる音がした。
「ルニ!」
「来るぞ!」
 燈葵の言葉に振り返るよりも早く、すでに刃は菜奈花を捉えていた。どういう理屈だろうか、『愚者』が一歩たりともその場から動いてはいない。ただ右手に再度持ち替えた杖を、その場で振るっただけである。杖に仕込まれた刃が姿を顕にし、正確に菜奈花の――首を狙う。距離は少なくとも20メートルはあるはずだ、だというのに杖だけが、刃だけが菜奈花のすぐそばにあったのである。
 ――間に合わない!
 しかし菜奈花がそう思うよりも早く、刃は甲高い音を立てて阻まれていた。見れば、金色の十字が装飾された王笏の先端が、その刃をすんでの所で防ぎ止めていた。
「『愚者フール』の効果は、空間のコントロール。油断しては……ダメだ」
「紅葉……君……」
 菜奈花がようやく視界を戻すと目の前には、『皇帝エンペラー』に身を包んだ紅葉弘がいた。菜奈花は思わず身がすくんだのか、視線をそのままに腰を抜かして崩れ落ちてしまった。手に持つ『正義ジャスティス』の無骨な剣が、甲高い音を立てた。
「だい……じょうぶ」
 後ろでは、ルニが苦しそうに安否を知らせる。菜奈花は、口元に乾きを覚えるのを感じた。これまでにも刃に面と向かってきていたはずだった。だがそれらは全て覚悟の上で、覚悟の元であり、認識の後に迎え入れたものである。のに対して刹那の斬撃は、菜奈花に逡巡の余地も、認識の余地すらも与えずに、不意を突いての一撃であった。要するに、覚悟するよりも早く、死を迎え入れていた可能性が頭によぎったのである。菜奈花の手が、足が微かに震えているのを燈葵は少し後ろで一瞥した。菜奈花の目の前の弘は、ピエロの一挙手一投足に気を配るように視線を、意識を一度たりとて『愚者』から離す気配もない。『愚者』の出で立ちとは真逆に、より一層の重圧がこの場を支配していた。
 菜奈花の視界の奥で、ピエロが口元を歪めたような気がした。
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