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第三章
―VS.愚者.Ⅱ―
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『愚者』は、ない帽子のつばを上げるような仕草を左手でした後で、前髪に隠れた眼で軽く目礼をしてみせていた。
「立てるか?」
あいかわず弘は目線は変えずに、菜奈花にさり気なく気遣いを見せる。見れば、彼の左手にはすでに小アルカナが握られていた。
「大丈夫」
未だ少し震える右手で菜奈花は、『正義』の剣を手探りでその手に収めた。かろうじて視線は『愚者』を捉え続けいていた。
「なんでもいいけど、おかげでタネはわかったね」
「分かって、お前にはなにか策があるのか?」
弘は挑戦的にそういう。
「空間を操るなら……影は、どうだい?」
燈葵のとった行動は、『死神』の鎌のひと振りであった。鎌から放たれるのは漆黒の暗雲の群衆。それらは床という平面を伝って立体の実像へと群像を分散させる。群像は虚像の刃となって、立体の実像へと襲いかかる。だというのに、二次元を解き放たれた凶刃が『愚者』を刻むことはなく、それらはすべてデタラメに行く手を書き換えられた。あるものは捻じれ、あるものは腰を度を超えて折り曲げ、あるものはその存在をさらに細かく分散される。『愚者』を囲うようにして歪められた球状のズレは、なるほど端的に、通俗的に言ってしまえばバリアなのだろう。
しかし一同に手を止める動機もなく、弘も続けてその手に持つ小アルカナ、『クラブの騎士』を放つ――が、それもまた歪みのバリアに阻まれる。炎は分散され、表面をなぞるようにして『愚者』の背後へ消え失せたのである。
「ダメか」弘が呟いた。
「私がやる」
ようやく弘が視線を菜奈花に横目でやると、彼女は既に立ち上がり、いつものように気丈でいた。震えは見当たらない。だが力が過剰にこもっているのは見て取れた。
「『正義』の剣なら、いけるでしょう?」
「恐らくは」
答えたのは、弘の肩にいるサラマンダーだった。精霊は吹き飛ばされたルニを除いて、皆がそれぞれの主の肩の上にいる。ルニは後方で「少し休むね」とだけ言って、その場で静観する心決めにしたらしかった。菜奈花も頷くだけである。このわずか数週間で、それなりに迅速な意思の疎通は図れるようになっていたらしい。
菜奈花は切っ先を『愚者』と重ねるようにして、彼を凝視していた。未だ口の中に渇きは健在であったが、一々それを気にしている余裕もない。手が、噛み締める歯が、全身が力んでいるのは、本人も自覚していた。動機もやけにうるさい。
「どうやって踏み込む?」弘はそう訪ねながら、今度は『クラブの王』の小アルカナを展開する。膝丈の火炎の狼は、すぐに飛び出すこともなく、弘の足元で威嚇していた。。
「『吊るされた男』でどうかな」燈葵はそう言いながら、鎌の柄先を付いて、『ペンタクルの王』を展開した。現れた岩蛇もまた、長い首を巻いて『愚者』を威嚇する。
菜奈花の脳裏には、つい十数分前の燈葵の説明が思い起こされていた。
「僕の手持ちは大アルカナが『死神』と、『吊るされた男』の二枚だ」
「効果は――。そして『吊るされた男』の効果は――」
「力の、抑制……」
菜奈花の呟きに、燈葵は短く「そう」とだけ答えた。
再度、言葉を遮って『愚者』が杖を軽く振るった。各々は半ば反射的に動いた。菜奈花は再度の首元への斬撃を想定して剣で防ぐ構え。一方の弘はすぐに動けるように思考と視界を凝らす。燈葵は『死神』の鎌をついて再度漆黒の暗雲――影の群衆を呼び出し、全方位を影の刃で防御する。
結果は菜奈花の想定通りに彼女の首元を狙った斬撃、されど今度はしっかりと防いでいく。
――否、防ぐよりも早く歪みの出口へと触れた剣は、その効力で仕込み杖の出口そのものを消し去った。予測していた斬撃と、それに相対するはずの甲高い音は訪れなかった。
やはり、デタラメに空間をコントロール――繋がりを書き換えたり、流れを変えたり――しているせいで、どこからでも凶刃が飛び出す可能性が拭えない。菜奈花以外もまた、表にしないだけで微かな不安を抱いていた。
「それでいこう、俺も援護する」それでも弘は顔どころか、声色すら変えない。いつもどおり、淡々としている。
「うん!」菜奈花が、駆け出した。
弘は、再び一枚の小アルカナを左手に呼び出した。
燈葵も大アルカナを呼び出すべく、言霊を発する。
「契約を結びしもの、彩冬燈葵が命ずる――」
再びの凶刃が菜奈花を襲うが、『愚者』の動作と同時に放たれた『正義』の斬撃が、空間をあるべき姿へと正す。初めて『愚者』が口元をしかめたのを、菜奈花は明瞭に捉えた。
「『光』の力の一片よ、我契約に基づき、その力を解き放て!」
後方では今、新たなる異形をその身に宿すべく、最初の祝詞を唱え終えていた。燈葵の左手にもつ大アルカナの裏にかかれた魔法陣が、仄かに発光する。
そうして彼は、声たかだかにその名を呼び上げた。
「『吊るされた男』!」
「立てるか?」
あいかわず弘は目線は変えずに、菜奈花にさり気なく気遣いを見せる。見れば、彼の左手にはすでに小アルカナが握られていた。
「大丈夫」
未だ少し震える右手で菜奈花は、『正義』の剣を手探りでその手に収めた。かろうじて視線は『愚者』を捉え続けいていた。
「なんでもいいけど、おかげでタネはわかったね」
「分かって、お前にはなにか策があるのか?」
弘は挑戦的にそういう。
「空間を操るなら……影は、どうだい?」
燈葵のとった行動は、『死神』の鎌のひと振りであった。鎌から放たれるのは漆黒の暗雲の群衆。それらは床という平面を伝って立体の実像へと群像を分散させる。群像は虚像の刃となって、立体の実像へと襲いかかる。だというのに、二次元を解き放たれた凶刃が『愚者』を刻むことはなく、それらはすべてデタラメに行く手を書き換えられた。あるものは捻じれ、あるものは腰を度を超えて折り曲げ、あるものはその存在をさらに細かく分散される。『愚者』を囲うようにして歪められた球状のズレは、なるほど端的に、通俗的に言ってしまえばバリアなのだろう。
しかし一同に手を止める動機もなく、弘も続けてその手に持つ小アルカナ、『クラブの騎士』を放つ――が、それもまた歪みのバリアに阻まれる。炎は分散され、表面をなぞるようにして『愚者』の背後へ消え失せたのである。
「ダメか」弘が呟いた。
「私がやる」
ようやく弘が視線を菜奈花に横目でやると、彼女は既に立ち上がり、いつものように気丈でいた。震えは見当たらない。だが力が過剰にこもっているのは見て取れた。
「『正義』の剣なら、いけるでしょう?」
「恐らくは」
答えたのは、弘の肩にいるサラマンダーだった。精霊は吹き飛ばされたルニを除いて、皆がそれぞれの主の肩の上にいる。ルニは後方で「少し休むね」とだけ言って、その場で静観する心決めにしたらしかった。菜奈花も頷くだけである。このわずか数週間で、それなりに迅速な意思の疎通は図れるようになっていたらしい。
菜奈花は切っ先を『愚者』と重ねるようにして、彼を凝視していた。未だ口の中に渇きは健在であったが、一々それを気にしている余裕もない。手が、噛み締める歯が、全身が力んでいるのは、本人も自覚していた。動機もやけにうるさい。
「どうやって踏み込む?」弘はそう訪ねながら、今度は『クラブの王』の小アルカナを展開する。膝丈の火炎の狼は、すぐに飛び出すこともなく、弘の足元で威嚇していた。。
「『吊るされた男』でどうかな」燈葵はそう言いながら、鎌の柄先を付いて、『ペンタクルの王』を展開した。現れた岩蛇もまた、長い首を巻いて『愚者』を威嚇する。
菜奈花の脳裏には、つい十数分前の燈葵の説明が思い起こされていた。
「僕の手持ちは大アルカナが『死神』と、『吊るされた男』の二枚だ」
「効果は――。そして『吊るされた男』の効果は――」
「力の、抑制……」
菜奈花の呟きに、燈葵は短く「そう」とだけ答えた。
再度、言葉を遮って『愚者』が杖を軽く振るった。各々は半ば反射的に動いた。菜奈花は再度の首元への斬撃を想定して剣で防ぐ構え。一方の弘はすぐに動けるように思考と視界を凝らす。燈葵は『死神』の鎌をついて再度漆黒の暗雲――影の群衆を呼び出し、全方位を影の刃で防御する。
結果は菜奈花の想定通りに彼女の首元を狙った斬撃、されど今度はしっかりと防いでいく。
――否、防ぐよりも早く歪みの出口へと触れた剣は、その効力で仕込み杖の出口そのものを消し去った。予測していた斬撃と、それに相対するはずの甲高い音は訪れなかった。
やはり、デタラメに空間をコントロール――繋がりを書き換えたり、流れを変えたり――しているせいで、どこからでも凶刃が飛び出す可能性が拭えない。菜奈花以外もまた、表にしないだけで微かな不安を抱いていた。
「それでいこう、俺も援護する」それでも弘は顔どころか、声色すら変えない。いつもどおり、淡々としている。
「うん!」菜奈花が、駆け出した。
弘は、再び一枚の小アルカナを左手に呼び出した。
燈葵も大アルカナを呼び出すべく、言霊を発する。
「契約を結びしもの、彩冬燈葵が命ずる――」
再びの凶刃が菜奈花を襲うが、『愚者』の動作と同時に放たれた『正義』の斬撃が、空間をあるべき姿へと正す。初めて『愚者』が口元をしかめたのを、菜奈花は明瞭に捉えた。
「『光』の力の一片よ、我契約に基づき、その力を解き放て!」
後方では今、新たなる異形をその身に宿すべく、最初の祝詞を唱え終えていた。燈葵の左手にもつ大アルカナの裏にかかれた魔法陣が、仄かに発光する。
そうして彼は、声たかだかにその名を呼び上げた。
「『吊るされた男』!」
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