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第一章
―Multiple Indications.8―
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「でっきたー!」
そうして十数分の後、菜奈花は宿題のプリントを終え、勢い置く筆を置いた。
「お疲れ」
その間、読書の続きをするルニは、しかし視線も意識もあくまで本へ向けている様子であった。
「ルニってさ、私いない時何してるの?」
ふと思い立った質問を菜奈花はルニに投げかけた。
平日の昼間など、菜奈花は学校だし、叔母さんは仕事。ルニは留守番に近い形でいることになるわけである。
「ん、読書」と、本に栞を挟んで閉じるルニ、「ここには本だけは大量にあるからね、少なくともまだ飽きはしないよ」
菜奈花の部屋にはテレビはなく、当然PCなんてものも持っていない。娯楽になりそうなものは、それこそ本の類、特に少女漫画と、文庫本である。
大凡予想通りの答えに、菜奈花は「そっか」と相槌を打ち、プリントをクリアファイルに挟んでカバンにしまった。
「昼間なら叔母さんも帰ってこないだろうし、下でテレビ見ててもいいのよ?」
「本に飽きたら、かな」
菜奈花が明日の学校の準備の為にバタバタと動き回り始めたのに対し、ルニは宙に浮き上がり、その様子を眺めていた。
やがて菜奈花が落ち着いてベットに腰掛けると、ルニは菜奈花の目の前の虚空に静止した。
「で、何時に行く?」
「そうねぇ……」と菜奈花、「九時すぎ、かな?十分以上かかるし」
ちなみに、菜奈花の住む地域の補導対象時間は十一時~四時であり、其の辺も考慮しての時間の提示、という事らしい。
「了解、ならそろそろ支度しなくちゃ」
ルニが頷いてそう言うと、菜奈花は時計に目をやった。
「後、三十分か……」
「そ、三十分」とルニ、「まぁ、支度って言っても、心の準備くらいしかする事はないと思うけれど」
菜奈花は改て嘆息した。
「やっぱりノープランなのね……」
しかしルニは腕を組み、「いやいや」、と異を唱えた。
「むしろプランに縛られるくらいじゃダメだね。世の中自分の思い通りになんて行く時の方が珍しいんだから」
そうして左手の人差し指を立てると、鬱陶しく続けた。
「大体、常に動き続ける時の中に置いて、自分の思い通りになる、なんてアホもいいところだと思うわけ」とルニ、「そういうのは無機物を相手にしていて、尚且つ自分が全ての事象を知っている時に思えって話」
しかし菜奈花は自然に無視を振り翳し、立ち上がるなりルニを蠅でも払うかのように右手で退けた。
ルニはルニでそれを軽々躱して見せると、まだ喋るかと言わんばかりにつらつらと不平不満を述べた。
「といかQはQで酷いと思うわけ。なぁんで、そこまでそんな荒野にこだわるかな、漂流者の癖に」
そこで菜奈花はルニが何に不満を持っているのかが、ようやく理解できた。
「あぁ……、気に入らなかったのね、その本」
「えぇ、そうその通り」とルニ、「まだ中盤だけどさ?どうしてこうも焦れったいのかな、読んでてこう……もどかしいわけ、これ!」
「あぁ……、でもそれ確かラストスパートに入ってからの怒涛の展開がすごいからねぇ」
するとルニは訝しむような視線を向けて、「本当なんでしょうね」と、括弧付きの言葉を投げ返してきた。
けれど菜奈花は澄し顔で、
「嘘だと思うなら最後まで読むことね」
と更に投げ返した。
「それに、Qが荒野に拘る理由も、キチンと読んでいけばわかるんだから、辛抱する事ね」
菜奈花にそう言われると、それ以上はルニも何も言うことなく、「分かった」と渋々引き下がるしかなかった。
それでも今度は構成に不満があるのか、誰に言うでもなく、四の五の言い続けている様を、菜奈花はもう何を言っても無駄と解釈したらしく、相手にもしようとしなかった。
曰く、「そもそも展開が嵩増しすぎる」だの、「固有名詞が多すぎて読みづらい」だのである。挙句の果てには、読んだこともない癖に知識だけをどこでつけたのやら、「ネット小説の素人じゃあるまいし、駄文が多すぎる!」とまで来たものである。
菜奈花も流石にこれには呆れたらしく、
「いい加減刺されても知らないよ、ルニ……」
と忠告する次第であった。
けれども尚不満を並べる様に菜奈花は、
(これはどうしよも無いかな……)
と思わずにいられなかった。
思わず嘆息する菜奈花に、ルニは暫くして漸く落ち着いたらしく、
「思わず口が滑った」
などと誤魔化した。
「滑ったんじゃくて、滑らせたの間違いでしょ」
先程から呆れ放しの菜奈花はルニに、
「そんなに気になるなら続き読んでればいいじゃない。まだ少し時間あるし」
と言った。
そう言われるとルニは読みたかったのか、さっさと読書に耽いってしまった。
「読みたかったのね、続き」
余りにも露骨な様相に、菜奈花は再び呆れ果ててしまった。
菜奈花は菜奈花で時間まで暇らしく、スマホを取り出して、何やら操作し始めた。
しかしその菜奈花の操る指は、何度もアプリを開いては閉じ、開いては閉じと、極めて不毛な様を繰り返しており、密かに菜奈花の胸の奥底では、鼓動が高鳴るのを感じずにはいられなかった。
後二十分、後十八分、スマホを弄っている様で、その実気にしていたのは右上に表示される時間である。
やがて痺れを切らしたらしく、ルニの方を見やれば、けれどルニは逆に涼しい顔で、それでいて夢中になっているらしく、とても声をかけられる様相ではなかった。
「ルニの方が、ずっと呑気じゃない」
菜奈花はやがて、そんな事をポツリと洩らした。
けれどその言葉は幸い、ルニの耳に届くことは無かった。
そうして十数分の後、菜奈花は宿題のプリントを終え、勢い置く筆を置いた。
「お疲れ」
その間、読書の続きをするルニは、しかし視線も意識もあくまで本へ向けている様子であった。
「ルニってさ、私いない時何してるの?」
ふと思い立った質問を菜奈花はルニに投げかけた。
平日の昼間など、菜奈花は学校だし、叔母さんは仕事。ルニは留守番に近い形でいることになるわけである。
「ん、読書」と、本に栞を挟んで閉じるルニ、「ここには本だけは大量にあるからね、少なくともまだ飽きはしないよ」
菜奈花の部屋にはテレビはなく、当然PCなんてものも持っていない。娯楽になりそうなものは、それこそ本の類、特に少女漫画と、文庫本である。
大凡予想通りの答えに、菜奈花は「そっか」と相槌を打ち、プリントをクリアファイルに挟んでカバンにしまった。
「昼間なら叔母さんも帰ってこないだろうし、下でテレビ見ててもいいのよ?」
「本に飽きたら、かな」
菜奈花が明日の学校の準備の為にバタバタと動き回り始めたのに対し、ルニは宙に浮き上がり、その様子を眺めていた。
やがて菜奈花が落ち着いてベットに腰掛けると、ルニは菜奈花の目の前の虚空に静止した。
「で、何時に行く?」
「そうねぇ……」と菜奈花、「九時すぎ、かな?十分以上かかるし」
ちなみに、菜奈花の住む地域の補導対象時間は十一時~四時であり、其の辺も考慮しての時間の提示、という事らしい。
「了解、ならそろそろ支度しなくちゃ」
ルニが頷いてそう言うと、菜奈花は時計に目をやった。
「後、三十分か……」
「そ、三十分」とルニ、「まぁ、支度って言っても、心の準備くらいしかする事はないと思うけれど」
菜奈花は改て嘆息した。
「やっぱりノープランなのね……」
しかしルニは腕を組み、「いやいや」、と異を唱えた。
「むしろプランに縛られるくらいじゃダメだね。世の中自分の思い通りになんて行く時の方が珍しいんだから」
そうして左手の人差し指を立てると、鬱陶しく続けた。
「大体、常に動き続ける時の中に置いて、自分の思い通りになる、なんてアホもいいところだと思うわけ」とルニ、「そういうのは無機物を相手にしていて、尚且つ自分が全ての事象を知っている時に思えって話」
しかし菜奈花は自然に無視を振り翳し、立ち上がるなりルニを蠅でも払うかのように右手で退けた。
ルニはルニでそれを軽々躱して見せると、まだ喋るかと言わんばかりにつらつらと不平不満を述べた。
「といかQはQで酷いと思うわけ。なぁんで、そこまでそんな荒野にこだわるかな、漂流者の癖に」
そこで菜奈花はルニが何に不満を持っているのかが、ようやく理解できた。
「あぁ……、気に入らなかったのね、その本」
「えぇ、そうその通り」とルニ、「まだ中盤だけどさ?どうしてこうも焦れったいのかな、読んでてこう……もどかしいわけ、これ!」
「あぁ……、でもそれ確かラストスパートに入ってからの怒涛の展開がすごいからねぇ」
するとルニは訝しむような視線を向けて、「本当なんでしょうね」と、括弧付きの言葉を投げ返してきた。
けれど菜奈花は澄し顔で、
「嘘だと思うなら最後まで読むことね」
と更に投げ返した。
「それに、Qが荒野に拘る理由も、キチンと読んでいけばわかるんだから、辛抱する事ね」
菜奈花にそう言われると、それ以上はルニも何も言うことなく、「分かった」と渋々引き下がるしかなかった。
それでも今度は構成に不満があるのか、誰に言うでもなく、四の五の言い続けている様を、菜奈花はもう何を言っても無駄と解釈したらしく、相手にもしようとしなかった。
曰く、「そもそも展開が嵩増しすぎる」だの、「固有名詞が多すぎて読みづらい」だのである。挙句の果てには、読んだこともない癖に知識だけをどこでつけたのやら、「ネット小説の素人じゃあるまいし、駄文が多すぎる!」とまで来たものである。
菜奈花も流石にこれには呆れたらしく、
「いい加減刺されても知らないよ、ルニ……」
と忠告する次第であった。
けれども尚不満を並べる様に菜奈花は、
(これはどうしよも無いかな……)
と思わずにいられなかった。
思わず嘆息する菜奈花に、ルニは暫くして漸く落ち着いたらしく、
「思わず口が滑った」
などと誤魔化した。
「滑ったんじゃくて、滑らせたの間違いでしょ」
先程から呆れ放しの菜奈花はルニに、
「そんなに気になるなら続き読んでればいいじゃない。まだ少し時間あるし」
と言った。
そう言われるとルニは読みたかったのか、さっさと読書に耽いってしまった。
「読みたかったのね、続き」
余りにも露骨な様相に、菜奈花は再び呆れ果ててしまった。
菜奈花は菜奈花で時間まで暇らしく、スマホを取り出して、何やら操作し始めた。
しかしその菜奈花の操る指は、何度もアプリを開いては閉じ、開いては閉じと、極めて不毛な様を繰り返しており、密かに菜奈花の胸の奥底では、鼓動が高鳴るのを感じずにはいられなかった。
後二十分、後十八分、スマホを弄っている様で、その実気にしていたのは右上に表示される時間である。
やがて痺れを切らしたらしく、ルニの方を見やれば、けれどルニは逆に涼しい顔で、それでいて夢中になっているらしく、とても声をかけられる様相ではなかった。
「ルニの方が、ずっと呑気じゃない」
菜奈花はやがて、そんな事をポツリと洩らした。
けれどその言葉は幸い、ルニの耳に届くことは無かった。
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