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第一章
―VS.魔術師.Ⅲ―
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剣が降り注ぐよりも早く、投げられた剣は轟音けたたましく、机を放出していた、目視できている『魔術師』に到達した。刃を躱すことのできない彼は、放出していた机と共に姿を消す……。が、もう頭上を見ずとも、もう一つのけたたましい轟音、その集団が回避の暇さえ与えてくれていない事くらい、菜奈花には理解できていた。
距離はどれくらいあるだろうかとか、一体いくつもの刃物があるのだろうかなど、考えるのも馬鹿らしい。
最早上を向くことすら叶わない、或いは向いてしまえば足がすくむであろうそれに、けれど菜奈花の瞳は決して挫折や後悔、果てには落胆なんて色は無く、そのトパーズ色は輝きすら放たれているようであった。
「菜奈花!」
再び喚き立てるルニに、けれど菜奈花は冷静に腕を前へ掲げる。
――そうして直後、刃の群集は局地的な豪雨として迫り来た。
ひょっとしたら、この菜奈花の判断は死を招きかねないかもしれない。けれどそれが正しいと、それが正解だと己の信念の揺らぎを押さえつけた菜奈花に、最早緊張も、恐怖も、震えも、そこにはなかった。
(これが私にとっての最善手――!)
降り注ぐ雨を躱しきることは、如何なる超人であっても不可能に極めて近く、であれば菜奈花に、超人から程遠い一人間には不可能極まりない事なのは、本人がよく知っていた。
――剣が、菜奈花とルニに降りかかる。
けれど菜奈花には、今や力がある。人知を超えうる、否、既に超えたその力が。
――剣は、しかし突き刺さることは無く、何かに煽られたかのように皆一斉に頭上で向きを変え、その刃の先を傾けた。
否、間違いなく煽られたのである。――風、突風に。
菜奈花をいつの間にやら取り巻くのは、風。それも突風。菜奈花を覆うように、半球状に現れたそれは、頭上の刃物を根こそぎ掻っ攫い、挙句の果てには最早不可能であろう木材までもを、軌道を逸らしてしまった。
「菜奈花、これって……」
驚愕する顔を向けるルニは、その現象を引き起こした正体を知っていた。
菜奈花は、既に消滅した『魔術師』の方を見据えながら、一つのカードを、その方向へと掲げている。
菜奈花は、薄桃色のスプリングコートの裾をはためかせながら、佇んでいた。
菜奈花の頭上へとひらりと舞い上がったままの『正義』を見上げると、呆れたように、それでいて緊張の糸が解けたように、ルニは嘆息した。
「無茶しちゃって……」
手の中に有ったのは、『ソード』の『エース』。即ち、突風の効力を持った小アルカナ。
「これくらいしないと、きっと勝てないもん」
菜奈花はその小アルカナを指輪へとしまい込むと、やがて風に流され、菜奈花を覆う風と共に周回していた群衆は一度舞い上がり、そうして何れもその突風のバリアの向こうで、地面への墜落を描き出した。あるものは登頂から突き刺さり、あるものは腰を打ち、あるものは足をくじいた。
そうして全てが事を終えると、菜奈花は舞い降りる『正義』のアルカナを右手で掴みながら、そのまま姿を再び変えたのである。
ローブマントの内側の黒を垣間見せながら、その穢れなき純白をはためかせる菜奈花に、しかし未だ姿を見せない二人の『魔術師』は怯んだのだろうか、即座には次のアクションを起こそうとはしなかったらしく、そうしてしばしの沈黙が訪れた。
けれど菜奈花はそうではなかった。
アルカナの代わりに掴んでいた剣を一度虚空に振るうと、振替って後方、丸太の飛来してきた側の方向へと走り出したのである。
「まずは分身から!」
ワンテンポ遅れて飛来する丸太に、しかし菜奈花は臆する事無く消し払うと、並大抵以上の速度を出しながら一気に詰め寄っていった。
敵わないと悟ったのか、分身と思わしき『魔術師』は、滑るように横方向への退避を試みるも、しかしやはり姿を目の前に捉えられてしまった彼の前には、三つの魔法陣が展開されていた。
「もう一度――っ!」
再び剣を振りかぶる菜奈花に、しかし投げるより早く発射された三つの丸太がそれぞれ菜奈花を目掛けて襲いかかる。
「いっけえええええええええええええええええええ!」
けれど躊躇う事なく投げ放たれた菜奈花の持つ剣は、剛速球よろしく、投げ矢の如く剣身をぶらすことなく、一直線に分身の彼目掛けて襲いかかる。
一つ、丸太を消し去る剣は尚も速度も動きも変動させず、かと言って後の二つの丸太もまた、菜奈花を捉えて離さない。
――恐らく、このままであれば間違いなく剣は彼に届く。彼らにこの攻撃を止める手段はないのだから。であれば問題があるとすれば、どちらの攻撃が先に届くか、その一点にある。
いくら『正義』を纏っているとは言え、丸太の質量は机の比ではない事くらい菜奈花も理解はしている上に、三つ。否、一つ打ち消しての二つである。ならば尚の事であった。
剣を投げ切った菜奈花に回避をする余裕も、それに移せるだけの姿勢も無く、であれば最早事の顛末を迎え入れる他に手段はない。
剣と丸太はもう既に互いに衝突する位置までは行っており、すれ違いを果たしている。丸太の影が刻々と迫る中、菜奈花は――悟った。
(無理)
と。
刹那、菜奈花は質量の化け物に押し飛ばされ、遥か後方までそれと共に行かんとする所、しかしほんの一瞬の後に丸太は消失し、剣がキチンと『魔術師』の分身であるはずの彼を消し去ったという事実が菜奈花に伝わった。
「菜奈花!」
もう何度目かの叫びを上げるルニはその場に残され、しかし菜奈花は質量の化け物が消失した後でさえあっても尚、その身を宙に任せ、遥か後方目掛けて吹き飛ばされていた。
そうして重力を振り切って文字通り一直線に吹き飛ばされる菜奈花は、結界の対極にあるズレに激突するまでの寸分の時間の後、やがて訪れた激突の衝撃と、寸分前の丸太の殴打の衝撃を思い、膝を折って崩れ込んでしまった。
距離はどれくらいあるだろうかとか、一体いくつもの刃物があるのだろうかなど、考えるのも馬鹿らしい。
最早上を向くことすら叶わない、或いは向いてしまえば足がすくむであろうそれに、けれど菜奈花の瞳は決して挫折や後悔、果てには落胆なんて色は無く、そのトパーズ色は輝きすら放たれているようであった。
「菜奈花!」
再び喚き立てるルニに、けれど菜奈花は冷静に腕を前へ掲げる。
――そうして直後、刃の群集は局地的な豪雨として迫り来た。
ひょっとしたら、この菜奈花の判断は死を招きかねないかもしれない。けれどそれが正しいと、それが正解だと己の信念の揺らぎを押さえつけた菜奈花に、最早緊張も、恐怖も、震えも、そこにはなかった。
(これが私にとっての最善手――!)
降り注ぐ雨を躱しきることは、如何なる超人であっても不可能に極めて近く、であれば菜奈花に、超人から程遠い一人間には不可能極まりない事なのは、本人がよく知っていた。
――剣が、菜奈花とルニに降りかかる。
けれど菜奈花には、今や力がある。人知を超えうる、否、既に超えたその力が。
――剣は、しかし突き刺さることは無く、何かに煽られたかのように皆一斉に頭上で向きを変え、その刃の先を傾けた。
否、間違いなく煽られたのである。――風、突風に。
菜奈花をいつの間にやら取り巻くのは、風。それも突風。菜奈花を覆うように、半球状に現れたそれは、頭上の刃物を根こそぎ掻っ攫い、挙句の果てには最早不可能であろう木材までもを、軌道を逸らしてしまった。
「菜奈花、これって……」
驚愕する顔を向けるルニは、その現象を引き起こした正体を知っていた。
菜奈花は、既に消滅した『魔術師』の方を見据えながら、一つのカードを、その方向へと掲げている。
菜奈花は、薄桃色のスプリングコートの裾をはためかせながら、佇んでいた。
菜奈花の頭上へとひらりと舞い上がったままの『正義』を見上げると、呆れたように、それでいて緊張の糸が解けたように、ルニは嘆息した。
「無茶しちゃって……」
手の中に有ったのは、『ソード』の『エース』。即ち、突風の効力を持った小アルカナ。
「これくらいしないと、きっと勝てないもん」
菜奈花はその小アルカナを指輪へとしまい込むと、やがて風に流され、菜奈花を覆う風と共に周回していた群衆は一度舞い上がり、そうして何れもその突風のバリアの向こうで、地面への墜落を描き出した。あるものは登頂から突き刺さり、あるものは腰を打ち、あるものは足をくじいた。
そうして全てが事を終えると、菜奈花は舞い降りる『正義』のアルカナを右手で掴みながら、そのまま姿を再び変えたのである。
ローブマントの内側の黒を垣間見せながら、その穢れなき純白をはためかせる菜奈花に、しかし未だ姿を見せない二人の『魔術師』は怯んだのだろうか、即座には次のアクションを起こそうとはしなかったらしく、そうしてしばしの沈黙が訪れた。
けれど菜奈花はそうではなかった。
アルカナの代わりに掴んでいた剣を一度虚空に振るうと、振替って後方、丸太の飛来してきた側の方向へと走り出したのである。
「まずは分身から!」
ワンテンポ遅れて飛来する丸太に、しかし菜奈花は臆する事無く消し払うと、並大抵以上の速度を出しながら一気に詰め寄っていった。
敵わないと悟ったのか、分身と思わしき『魔術師』は、滑るように横方向への退避を試みるも、しかしやはり姿を目の前に捉えられてしまった彼の前には、三つの魔法陣が展開されていた。
「もう一度――っ!」
再び剣を振りかぶる菜奈花に、しかし投げるより早く発射された三つの丸太がそれぞれ菜奈花を目掛けて襲いかかる。
「いっけえええええええええええええええええええ!」
けれど躊躇う事なく投げ放たれた菜奈花の持つ剣は、剛速球よろしく、投げ矢の如く剣身をぶらすことなく、一直線に分身の彼目掛けて襲いかかる。
一つ、丸太を消し去る剣は尚も速度も動きも変動させず、かと言って後の二つの丸太もまた、菜奈花を捉えて離さない。
――恐らく、このままであれば間違いなく剣は彼に届く。彼らにこの攻撃を止める手段はないのだから。であれば問題があるとすれば、どちらの攻撃が先に届くか、その一点にある。
いくら『正義』を纏っているとは言え、丸太の質量は机の比ではない事くらい菜奈花も理解はしている上に、三つ。否、一つ打ち消しての二つである。ならば尚の事であった。
剣を投げ切った菜奈花に回避をする余裕も、それに移せるだけの姿勢も無く、であれば最早事の顛末を迎え入れる他に手段はない。
剣と丸太はもう既に互いに衝突する位置までは行っており、すれ違いを果たしている。丸太の影が刻々と迫る中、菜奈花は――悟った。
(無理)
と。
刹那、菜奈花は質量の化け物に押し飛ばされ、遥か後方までそれと共に行かんとする所、しかしほんの一瞬の後に丸太は消失し、剣がキチンと『魔術師』の分身であるはずの彼を消し去ったという事実が菜奈花に伝わった。
「菜奈花!」
もう何度目かの叫びを上げるルニはその場に残され、しかし菜奈花は質量の化け物が消失した後でさえあっても尚、その身を宙に任せ、遥か後方目掛けて吹き飛ばされていた。
そうして重力を振り切って文字通り一直線に吹き飛ばされる菜奈花は、結界の対極にあるズレに激突するまでの寸分の時間の後、やがて訪れた激突の衝撃と、寸分前の丸太の殴打の衝撃を思い、膝を折って崩れ込んでしまった。
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【作者より、感謝を込めて】
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そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
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