ステラ☆オーナーズ〜星の魔法使い〜

霜山 蛍

文字の大きさ
30 / 70
第一章

―もう一人のオーナー―

しおりを挟む
 閑静かんせいな空気の最中、文字を書く音と、時折紙をめくる音だけが、空間を着色していた。少年は極めて集中しているらしく、その空気はりんとしていた。
 少年――黒橡くろつるばみ色の髪――の名は、紅葉弘。あの日モールで香穂と出会い、菜奈花を避けた少年。
 香穂と幼馴染で、至極真面目で、それでいて独特の雰囲気をかもし出す少年。頭も良ければ、運動もそれなりにできる少年。
 と、ここまで羅列られつしてしまえばある程度は完璧であるのだが、如何いかんせん真面目すぎる故なのか、あまり人目に笑顔の類を見せる機会というものは少ない。常にぶっきらぼうで、それでいて見透かしたようなオニキス色の瞳を覗かせるのである。
 ある者からすればそれはクールな出で立ちであり、またある者からすればただのつまらない奴であり、友人はいない訳ではないが、決して多くはない。そういう人物が彼であり、その事は弘自身もよく知っていた。
 香穂の家は真後ろで、四、五年前あたりだとよく遊んだり、一緒に学校へ向かったりと、何かと仲が良かった。今でも時々言葉を交わすのは、その名残なのか、あるいは別の要因か。
 ふと、弘はいい加減集中が途切れたのか、シャーペンを倒して、顔を上げた。視線の先にあったのは時計であり、時刻は九時半を回っている。かれこれ二時間ほど集中していたらしく、一度リセットするように思いっきり伸びをした。
 カーテンをおもむろに捲ると窓は曇っており、軽く右手で拭けばその先は夜の静けさと、上の方には数多の星々の広がるのみであった。そして同時に、香穂の家――瓦屋根の二階建てで、その癖どことなく西洋風な出で立ち――の屋根と窓がその夜空の下にでかでかと主張している。正面に見据える窓の先こそが香穂の部屋であり、今でこそ殆ど無いが、よくここから話をしていた記憶を思い出す。今はカーテンで閉じきっており、明かりが漏れている様子もない。
(もう寝たのだろうか?)
 そんな事を思うも、けれど口にはしない。香穂はいつもならこの時間はまだ明かりがついているはずなのだから、疑問を持たない訳ではなかった。
 一瞬の回想や疑問もかぶりを振ってかき消し、またそっとカーテンを締めた。が、シャーペンを再び手に取っても途切れてしまった集中力は直ぐには復活しないらしく、嘆息を一つ洩らし、視線の先をもう一度時計に向けた。なんて事ない、それはただただ規則的に針がリズムを刻むだけである。
「……ダメだ」
 弘はそれだけ呟くと、ノートと教科書を、今開いているページを挟み合わせるようにして閉じ、再びシャーペンを倒した。
 即ち、今日はこれ以上やっても無駄、と判断したらしく、挟み合わせたそれらと、黒いトップライナーのペンケースに、使ったシャーペンと消しゴム、マーカーの類などをしまい、そうして学校指定のカバン――弘はそのイメージにそぐい、黒色をチョイスしている――に仕舞った。――単に、弘自身が黒を好む、というのもある。
 弘はこうなってしまうと、決まって一度用を済ましたあとで、洗面台で水を一口飲む。その慣習は今日もまた同じで、自室をでて、洗面台までやってきた。
 別段代わり映えのない、透明なプラスティックコップに水を半分程注ぎ、そうして一気に飲み干した。――いつもの味である。
 コップを置くと、鏡の奥の自分を寸分程見据え、そうしてきびすを返そうとした時、違和感を感じた。
 何かが、自分を呼んでいるような、或いは呼んでもらう事を待っているような違和感を。違和感の正体は、恐らく鏡の中。
「……寝るか」
 けれど弘はその違和感に気を止めることなく、さっさと自室に戻っていってしまったのであった。
 興味はないのだと、或いは関わる気は無いのだと、そう態度で示すように振り返る事は無く、洗面所の扉をそっと後ろ手で締め、明かりの消え切った暗闇の中をあくまで冷静な足取りで、それでいて気持ちだけ早く、逃げるように階段を上がった。
 自室に戻った後も、違和感の気配は未だその閉ざされた鏡の向こうから感じ取ることができ、けれどかぶりを振って意識を別に向けようと努力していた。決して関わっては行けないと本能が警告を鳴らし、理性がそれに従ったのである。
 けれどその後に何かが起こった訳でもなく、その晩、少なくとも目が覚めている間は何も起こらなかった。
 目が覚めてしまった以上、ベッドに入って即座に眼を閉じることはできても、意識を眠らせる事はできず、二度、三度……と寝返りを鬱陶しげにうっていた。何も起きる気配が無いと悟ると、安堵したのか、弘はようやくいつの間にか眠りに付いていた。――三十分程であろうか、弘は幾度となく寝返りを打ち、挙句布団の中でスマホを一度開き、何も通知が無いのを確認した後で、ようやくそうできたのであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~

桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。 交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。 そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。 その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。 だが、それが不幸の始まりだった。 世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。 彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。 さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。 金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。 面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。 本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。 ※小説家になろう・カクヨムでも更新中 ※表紙:あニキさん ※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ ※月、水、金、更新予定!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

底辺から始まった俺の異世界冒険物語!

ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
 40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。  しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。  おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。  漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。  この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

宍戸亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

処理中です...