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第二章
―少しだけ変化した新しい日常・五―
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授業と部活と、即ち学校に置けるその日の日程を全て終わらせたらしく、沈みかけた黄昏を受けながら、菜奈花と香穂は帰路についていた。
そう言えば、と菜奈花は思い返していた。
即ち、あの時の光景である。
眼前に押し寄せるヘッドライトに、耳奥にまで木霊し、今の今まで再生できてしまうクラクション。そして呆然と立ち尽くした上で、反射的に腕で視界を覆ったあの時。一歩間違えれば――否、本来なら死にかける、あるいは……。
香穂と既に別れた後の菜奈花には、沈黙が支配するのみであり、であればより一層思考は絡まり、振り返るべきでないその光景をありありと、白昼夢の如く視界に、脳内に描いてしまう。
本来ならば足が竦むであろうに、けれどあの時にそうはならなかったのは、やはり現実感の皆無さ故なのだろうか、であれば思い起こす今現在において足が竦まないのはどういった事なのであろうか。
否、それ以前にもそういう状況を引き起こしうる場面というものはあったはずである。
「怖く無いわけじゃないけど……」
その言葉の先は、そっと押しとどめた。
怖く無いわけじゃない。それはつまり、未だ現実を受け入れきれていないからか、或いは単に肝が据わっているのか。恐らく前者であり、どこか他人事に思えているのも、そういう事なのではないか、と。
加えてどこかで、今の菜奈花が持つ力をもってすれば、死ぬことは無いのではないか。そんな根拠のない自身がいつか身を滅ぼすと知っておりながらも、それにどこかで肖っているのではないかと、菜奈花は思わずにいられない。
当事者でありながら、変に他人事であり、けれどもやっぱりそう思えてしまっているのは、やはりアルカナの力を過信しすぎているという証拠だろうか。
「アルカナ……か」
そう無意味な呟きを漏らすのは菜奈花の癖であり、けれどやはりそれを自覚しているはずもなかった。
やがて回想は恐怖から奇跡の場面へと映り行く。即ち、咄嗟に覆った視界の隅、足元からの光へと。
「あの時の光は……一体誰の魔法?」
そもそも菜奈花から――否、普通に考えれば、科学の横行する現実に、魔法だの魔術だの言われて、有無を言わずに信じられる年齢は、菜奈花はとうに過ぎている。
ならばまず菜奈花以外にもいる、という事実に驚愕し、更に言えば夢かもと疑ってしまう。
「そもそも私は実は引かれて、ここは夢……なんて事も」
しかしそれにしてはやけに現実味を帯びており――現実である事が違いないと思う以上、この表現が正しいかはさて置き――ならば夢とはとても思えないのもまた、事実である。
ならば、菜奈花をどういうわけか助けた魔法使いがあの近くに居たわけで、それが誰なのかは皆目検討もつかないでいた。更に言えば、どうして狙いすましたように咄嗟に魔法陣を展開できたのか、等々疑問は尽きないのもまた、事実である。
「けど、考えても……」
仕方ない、それが菜奈花の結論であり、そう結論付た時、気が付けば機械的に家の玄関を開けており、また機械的に「ただいま」と呟いていた。
そうしてまた、機械的に靴を脱ぎ、揃え、そうしてリビングの締め切られた扉を一瞥した後に、自室にさっさと上がっていく。
この先にいる存在もまた、菜奈花の感覚を麻痺させている内の一つなのだと思うと、ドアノブを下ろす手も億劫に感じる。
一つ、嘆息すると、ゆっくりとその扉を開き、そうして――
「おかえり、菜奈花」
「ただいま」
中から菜奈花を知らず知らずの内に疲弊させている、その声の主が、けれど何の気もしれず、慣習化したその言葉を投げよこした。
しかしまたも機械的に投げ返した菜奈花は、また嘆息すると、その手に持つカバンを、勉強机の上に置いた。
抗えない非日常の事を現実とし、けれど最早慣れ始めた――否、既に慣れたらしく、さっさと着替えを始めていた。
落ち掛けた黄昏が照らす、さほど広くはない菜奈花の室内は、もうすぐその照らしを閉ざし、菜奈花の思い描く今の現実と同じ色を描こうとしているように、菜奈花は思えた。そう思えたのはつまり、現在に置ける菜奈香を取り巻く環境に対して、既に後悔の念と諦めが混じっているということであり、その事実に再度嘆息するのであった。
そう言えば、と菜奈花は思い返していた。
即ち、あの時の光景である。
眼前に押し寄せるヘッドライトに、耳奥にまで木霊し、今の今まで再生できてしまうクラクション。そして呆然と立ち尽くした上で、反射的に腕で視界を覆ったあの時。一歩間違えれば――否、本来なら死にかける、あるいは……。
香穂と既に別れた後の菜奈花には、沈黙が支配するのみであり、であればより一層思考は絡まり、振り返るべきでないその光景をありありと、白昼夢の如く視界に、脳内に描いてしまう。
本来ならば足が竦むであろうに、けれどあの時にそうはならなかったのは、やはり現実感の皆無さ故なのだろうか、であれば思い起こす今現在において足が竦まないのはどういった事なのであろうか。
否、それ以前にもそういう状況を引き起こしうる場面というものはあったはずである。
「怖く無いわけじゃないけど……」
その言葉の先は、そっと押しとどめた。
怖く無いわけじゃない。それはつまり、未だ現実を受け入れきれていないからか、或いは単に肝が据わっているのか。恐らく前者であり、どこか他人事に思えているのも、そういう事なのではないか、と。
加えてどこかで、今の菜奈花が持つ力をもってすれば、死ぬことは無いのではないか。そんな根拠のない自身がいつか身を滅ぼすと知っておりながらも、それにどこかで肖っているのではないかと、菜奈花は思わずにいられない。
当事者でありながら、変に他人事であり、けれどもやっぱりそう思えてしまっているのは、やはりアルカナの力を過信しすぎているという証拠だろうか。
「アルカナ……か」
そう無意味な呟きを漏らすのは菜奈花の癖であり、けれどやはりそれを自覚しているはずもなかった。
やがて回想は恐怖から奇跡の場面へと映り行く。即ち、咄嗟に覆った視界の隅、足元からの光へと。
「あの時の光は……一体誰の魔法?」
そもそも菜奈花から――否、普通に考えれば、科学の横行する現実に、魔法だの魔術だの言われて、有無を言わずに信じられる年齢は、菜奈花はとうに過ぎている。
ならばまず菜奈花以外にもいる、という事実に驚愕し、更に言えば夢かもと疑ってしまう。
「そもそも私は実は引かれて、ここは夢……なんて事も」
しかしそれにしてはやけに現実味を帯びており――現実である事が違いないと思う以上、この表現が正しいかはさて置き――ならば夢とはとても思えないのもまた、事実である。
ならば、菜奈花をどういうわけか助けた魔法使いがあの近くに居たわけで、それが誰なのかは皆目検討もつかないでいた。更に言えば、どうして狙いすましたように咄嗟に魔法陣を展開できたのか、等々疑問は尽きないのもまた、事実である。
「けど、考えても……」
仕方ない、それが菜奈花の結論であり、そう結論付た時、気が付けば機械的に家の玄関を開けており、また機械的に「ただいま」と呟いていた。
そうしてまた、機械的に靴を脱ぎ、揃え、そうしてリビングの締め切られた扉を一瞥した後に、自室にさっさと上がっていく。
この先にいる存在もまた、菜奈花の感覚を麻痺させている内の一つなのだと思うと、ドアノブを下ろす手も億劫に感じる。
一つ、嘆息すると、ゆっくりとその扉を開き、そうして――
「おかえり、菜奈花」
「ただいま」
中から菜奈花を知らず知らずの内に疲弊させている、その声の主が、けれど何の気もしれず、慣習化したその言葉を投げよこした。
しかしまたも機械的に投げ返した菜奈花は、また嘆息すると、その手に持つカバンを、勉強机の上に置いた。
抗えない非日常の事を現実とし、けれど最早慣れ始めた――否、既に慣れたらしく、さっさと着替えを始めていた。
落ち掛けた黄昏が照らす、さほど広くはない菜奈花の室内は、もうすぐその照らしを閉ざし、菜奈花の思い描く今の現実と同じ色を描こうとしているように、菜奈花は思えた。そう思えたのはつまり、現在に置ける菜奈香を取り巻く環境に対して、既に後悔の念と諦めが混じっているということであり、その事実に再度嘆息するのであった。
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