病弱の彼に恋と慕う

雨水林檎

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第八話

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 行為が終わったのち、二人で身体を支え合いながら風呂に入った。尚夏はところどころ内出血している鳴海の肌をなぞる。少し感情が入りすぎて力任せにしてしまったかもしれない。

「先生、ごめんね? 痛い?」
「いや、ここまで誰かの体温を密接に感じたのは初めてだ。尚夏くんの想い、嬉しかったよ」
「俺の愛、伝わった?」
「十分すぎるくらいには」
「先生大好き、愛してるよ」
「……うん」

 尚夏は鳴海の肌を優しく撫でるように石鹸の泡を滑らせてゆく。触れ合った肌についた細かな傷に少し滲みたが、尚夏がなんだかずっとバツが悪そうにしているので、思わず鳴海は笑ってしまう。

「な、なんだよ、先生」
「尚夏くんが責任を感じることはないよ。全て合意の上だ」
「でも俺まだ子供だからさ、どうしても想いをぶつけることばかりに夢中になっちゃって」
「そう言う時もあるでしょう。痛くなかったと言えば嘘になるけど、僕だって嬉しかったんだよ。本当に」
「俺、忘れないよ。先生と離れてもずっと先生のこと大好きだから。愛してるからね」
「ありがとう、でもね、忘れていいんだよ。教師なんてどうせ人生の通過点。僕は君の青春時代の思い出になれただけで十分だ。心変わりをしたら、迷わずそちらに行きなさい」
「なんでそんなこと言うの」
「君の幸せを思えばこそだよ。結局僕はただの先生だからさ」

 どこか達観してしまっているような鳴海に腹が立ち、尚夏は湯船のお湯を鳴海に思いっきりかけた。

「うわ、尚夏くんなにするの」
「うるさいっ」

 びしょ濡れになってしまった鳴海を抱きしめて何度目かのキスをする。熱い湯で赤らんだ鳴海の肌がさらに赤くなった。

「俺は先生のこと大好きなんだよ! これは本当のことだ。俺は先生のもので先生は俺のもの。教師と生徒じゃなくなってもそれは変わらないんだからね。離れたってずっと、変わらないよ」
「……いつでも、帰っておいで。辛くなった時には連絡して、話を聞くことくらいはできるから」
「また会いにくるよ。絶対絶対会いにくる! 忘れたりはしないよ。だから先生も忘れちゃ嫌だ」
「忘れないよ。君は僕にとって特別な子だ。今度会う時はもう教師と生徒じゃない」
「それって新しい始まりじゃない? やったね、新しい先生に一番恋してるのは、俺だ!」
「うん、一番は、尚夏くん。約束する」

 二人は指切りをして、そのまま互いを抱き寄せまたキスをする。このままずっと一緒にいられたらよかった。しかし、別れはもう直ぐ確実に近づいている。

 ***

 旅立ちの日、新幹線のホームで尚夏と鳴海は別れを惜しんでいた。尚夏はもう目に涙を溜めて、やっぱり九州には行かないと駄々をこね出した。鳴海は苦笑して、尚夏の頭をやさしくなでる。

「先生、やっぱり行きたくない。東京にいる」
「そう言うわけには行かないでしょう。これからきっと楽しいことがあるよ。せっかく大学合格したんだから」
「だって九州には先生いないじゃないか」
「また帰ってくればいいんだよ、その時はお土産話を聞かせて」
「先生……っ」

 ぽろぽろと尚夏と目から涙が流れ出した。発車数分前の新幹線にそんな尚夏を鳴海は無理やり押し込む。手と手が触れた、尚夏は鳴海の手をぎゅっと握って離さない。

「住めば都だから。きっと大丈夫」
「ま、また、また会いにくるから……!」
「うん、またね。尚夏くん」
「せんせえ、先生……!」

 発車のベルが鳴る。別れの時だ。今にも飛び出してしまいそうな尚夏の手を離して鳴海は優しく手を振る。

「いってらっしゃい、元気で」
「先生! せんせい……っ!」

 音を立ててドアが閉まった。号泣する尚夏の声はもう聞こえない。そして新幹線はあっという間に加速して、いつの間にか見えなくなってしまった。
 残された鳴海は力が抜けたようにがくりとその場に座り込む。身体に力が入らない。尚夏はきっと鳴海の最後の教え子になるだろう。長かったようで短かった教師生活も終わりだ。すでにもうこの身体には新しく誰かを育て上げるほどの体力は残っていない。せめて卒業していった教え子達が皆幸せになるように。尚夏が、幸せになるように。

「終わってしまった……」

 教師生活の終わり。自分はきちんと子供達を導くことができたのだろうか。いやむしろ、教わったことが多い。その思い出を胸に鳴海はこれからの人生に向かって歩いていくしかない。

 ***

「……先生の手、冷たかったな」

 新幹線が九州に到着し、尚夏の新たな住まいにたどり着いたのはもう夜になった頃だった。家賃の安さだけで決めたボロアパートは夜になるとなんだか真っ暗で薄気味が悪い。風呂トイレはかろうじてついていたがあまりに古すぎて綺麗なものではなかった。六畳一間、昔のフォークソングに出てきそうな、アンティークな畳の部屋にどこか鳴海の屋敷を思い出した。
 荷物は少ない、最低限の洋服をしまった中古家具ショップで小さな買った引き出しの一番上に、写真立てに入れた鳴海の写真を入れる。見えるところに飾って置いたら目にするたびに思い出して泣いてしまいそうだから。しかしそれでもいつでも彼と一緒にいる気分でいたかったから連れて来たものだ。長期休みになったら帰ろう、そしてまた彼に触れて、全身で愛していると囁くのだ。
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