公爵様、その秘密は花嫁にも隠せません

カプチーノカナミ

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第二章 揺れる翡翠

第四話

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翌朝、リゼットはいつもより早く目が覚めた。

昨日のことが、頭から離れない。

野犬が飛び出してきた瞬間、気づいたら前に立っていたアルヴィンのこと。
手首を掴んで、腰をそっと支えてくれたこと。

「もう少し、このままでいていいですか」という、あの静かな言葉。

そして、ハーブティー。

リゼットは天蓋を見つめながら、ゆっくりと息を吐いた。

――私、アルヴィン様のことが好きなのかもしれない。

考えてみれば当たり前のことかもしれない。
毎日顔を合わせて、一緒に食事をして、町に出かけて、森を歩いて。

あんなふうに守ってもらって、あんなふうに気遣ってもらって。

好きになるなという方が無理だ。

でも。

リゼットは目を閉じた。

――夜になると、姿を消す。

その事実が、温かい気持ちに水をさすように、静かに浮かんでくる。

好きだと気づいてしまったからこそ、怖かった。
このまま深みにはまって、取り返しのつかないところまで行って、それから全部崩れてしまったら。

リゼットはぎゅっと毛布を握りしめた。

――考えすぎだ。今日は今日のことだけ考えよう。

そう言い聞かせながら、ベッドから出た。



朝食の時間。

ダイニングに入ると、アルヴィンがすでに席についていた。

いつもの席。
窓から少し離れた、影に近い方の席。

紅茶のカップを両手で包むように持って、窓の外を眺めていた。

リゼットが入ってくると、すぐに気づいて顔を向けた。

「おはようございます」

「おはようございます、アルヴィン様」

向かい合わせに座る。
クロエが朝食を運んでくる。

何もない、いつも通りの朝だ。

でも今日は、いつも通りではいられなかった。

アルヴィンの顔をまともに見られない。
視線がどうしても泳いでしまう。

パンをちぎる手が、なんとなく落ち着かない。

「手、温まりましたか」

突然言われて、リゼットは顔を上げた。

「あ、はい。ハーブティー、ありがとうございました。美味しかったです」

「それは良かった」

アルヴィンはそれだけ言って、また紅茶に目を落とした。

それだけだ。特別なことは何もない。

なのにリゼットの頬は、じわじわと熱くなっていた。

――好きな人に気遣ってもらうって、こんなにも落ち着かないものなのか。

好きな人。

その言葉を心の中で使ってから、リゼットは慌てて打ち消した。
まだそう決めたわけじゃない。たぶん、きっと。

「リゼットさん」

「は、はいっ」

返事が裏返った。
アルヴィンが少しだけ目を瞠る。

「……今日の午後、時間がありますか。書斎で話したいことがあって」

「あります。あります、はい」

二回言ってしまった。

リゼットは視線をスープに落として、ひたすら飲んだ。

向かいで、アルヴィンがかすかに笑った気配がした。



午後、書斎に向かいながら、リゼットは自分に言い聞かせた。

落ち着け。
いつも通りにしろ。

ただ話をするだけだ。

でも扉をノックして「どうぞ」という声を聞いた瞬間、また心臓が跳ねた。

書斎に入ると、アルヴィンは暖炉のそばに立っていた。

テーブルの上に、見覚えのない小箱が置かれている。

「座ってください」

向かい合わせに座ると、アルヴィンは小箱をリゼットの方に押し出した。

「なんですか、これ」

「開けてみてください」

リゼットはそっと蓋を持ち上げた。

中に入っていたのは、小さなガラス瓶。

透明な瓶の中に、細かく刻まれたハーブが入っている。
昨日のハーブティーと同じ、ショウガとシナモンの香りがした。

「昨日使ったものと同じブレンドです。手が冷えたときに飲んでください」

リゼットはしばらく、瓶を手の中で転がしていた。

温かい。
瓶自体は冷たいのに、受け取った手の中がじんわりと温かい。

「……アルヴィン様って」

「はい」

「優しいですね」

言ってから、直球すぎたかと思った。

でもアルヴィンは嫌な顔をしなかった。
ただ少し、困ったように目を逸らした。

「そんなことは」

「そんなことありますよ」

リゼットは続けた。

「昨日も今日も、こういうことをさらっとするじゃないですか。気づいてないんですか、ご自分で」

アルヴィンはしばらく黙った。

暖炉の火が、ぱちりと鳴った。

「……リゼットさんには」

アルヴィンが静かに言う。

「気づいてほしいと、思っているので」

リゼットは息を飲んだ。

気づいてほしい。

その言葉の意味を、頭の中で何度も繰り返す。

でも確かめる勇気が出ないまま、

「そうですか」とだけ答えた。

アルヴィンは何も言わなかった。

ただ暖炉の方を向いて、その横顔だけが、かすかに和らいでいた。



書斎を出て、自室に戻る廊下。

リゼットはガラス瓶を両手で包み、足早に歩いた。

気づいてほしい。

――気づいてほしいって、何に。

決まってる。
わかってる。

わかっているから、怖い。

角を曲がったところで、ルカとばったり鉢合わせた。

「おっと、どうしたんですか。顔が真っ赤ですよ」

「な、なんでもないです」

「書斎から来ましたよね」

ルカはにやにやしながら言う。

「アルヴィンに何か言われました?」

「……別に」

「へえ」

楽しそうに目を細める。

「ルカさん」

「はい」

「アルヴィン様って……自分の気持ちを、ちゃんとわかってて言ってると思いますか」

ルカは少し驚いた顔をして、それからゆっくりと笑った。

「あいつが言葉にしたなら」

静かに、でもはっきりと言う。

「全部本気ですよ。冗談で人の心に触れるような奴じゃないので」

リゼットは俯いた。

全部本気。

その言葉が、じんわりと胸の奥まで落ちていく。

――やっぱり、私。

廊下の窓から、夕暮れの光が差し込んでいた。

オレンジ色の光の中で、ガラス瓶がきらりと光る。

リゼットはそれをぎゅっと握りしめて、自室への廊下を歩いた。
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