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告白
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それから僕たちは、海斗の病室で何時間も話した。同級生がこんな見舞いの品を持ってきただとか、ある看護士さんがかわいかっただとか、海斗の入院生活であった、とりとめのないような話について、この空白の二週間を取り戻すかのように、僕らはずっと話していた。
互いに話したいことを話し終え、僕が家に帰ろうとすると、外はすっかり暗くなっていた。僕は海斗に対して『また来るよ』と伝え、病室を出た。行きとはうってかわり、帰りの心のうちの気分はとても晴れやかだった。この二週間、僕の心をきつくきつく縛り付けていたロープのようなもの。それがようやくほどかれたような気分だった。
病院のバス停からバスに乗り、まっすぐに家へ帰る。すると、帰り道の途中にスマホのバイブレーションが鳴った。星見さんからのメッセージだ。
『こんばんは。平谷君。東根君と仲直りはできた? 心配だったので連絡しちゃいました。午前中はたくさん口を挟んじゃってごめんなさい。でも、どうしても二人に仲直りして欲しかったんです。もし仲直りできていたなら連絡ください』
スマホからでも伝わるぐらい、あたたかくて優しいメールだった。ふと、僕は思う。もし仮に今日星見さんと出会っていなかったらどうなっていたのだろう。きっと、僕と海斗はいまだにすれ違ったままで、この夜空もきっと僕の目には今ほど美しく映らなかったのだろう。しっかり感謝しなければ。それに星見さんにはいろいろと聞いておかなくてはならないことがある。
僕は家に帰り、部屋に戻るとすぐに星見さんのスマホに電話をかけた。
「もしもし、平谷君? その、どうだった?」
彼女は、恐る恐る電話に出た。彼女は必死で言葉を選んで、僕の精神を変に追い詰めないよう、気を配っているようだった。その様子から、彼女がどれほど僕たちの関係を心配してくれていたのかが、よくわかった。
僕は言った。
「仲直りできたよ。おかげさまでね。心配おかけしました」
「ほんとに? 良かった。ずっと心配していたんだよ」
「うん。星見さんの言う通り、海斗は、あんな傷に書かれたようなこと思っていなかったよ」
「でしょ。でも東根君があんなこと思うわけないことぐらい平谷君だってわかってたじゃん? いやあ本当に良かった。今度二人で平谷君のところにお見舞い行こうね」
彼女は、声を弾ませてそう言った。彼女にとっては血もつながっていない他人と他人の仲直り。それを彼女はまるで自分のことのように喜んでくれた。
僕は、そんな彼女の様子を電話越しに感じ取りながら、ずっと、自分の疑問を彼女にぶつけるべきか悩んでいた。きっとこの質問は、彼女のプライベートへ土足でずかずかと入り込むようなものになるだろう。
「ねえ、星見さん」
しかし、僕はあふれ出る下世話な好奇心を抑えることができなかった。
「どうして星見さんは海斗のことを振ったの?」
少なくとも僕から見ていて星見さんが海斗のことを嫌っているようには見えなかった。むしろ海斗ならともかく、世の一般男性が告白に踏み切るほどには親しくなっていたのではないだろうか。だから僕は、海斗の告白が成就させる気のないものだったとしても、彼が振られたことは意外だった。とはいえ成功していて欲しくないと思っている自分はいたのだが。
「あーやっぱり海斗君言ったんだ。まあ親友だしそりゃ話すよね」
彼女は、気まずそうに声を発しながらそう言った。なんと答えたものか、必死で発すべき答えを探している様子だった。そして彼女は言った。
「うーん。なんかね。私は向いてないんだよ。付き合うことに。きっと、これからも誰かと付き合うことはないんだと思う。だから、断ったんだよね」
なるほど、海斗の言っていた『ちゃんと振られた』というのはこういうことか。きっと星見さんは、今僕に言った言葉を同じように海斗にも伝えたのだろう。『誰とも付き合うことはない』思いを寄せている人にこのようなことを口にされると、やはり精神的に来るものがあった。ぼくでさえ、これほどダメージを受けているのだから、直接星見さんに言葉をぶつけられたはずの海斗は、さらに辛かっただろう。
僕は尋ねる。
「どうして向いてないって思うの? 何か理由があるんでしょ」
「まあ、それは今度話すよ。それよりさ。なんで海斗君とそんなに仲違いしていたの? 仲直りさせてあげたんだから、それくらい聞く資格はあると思うんですけど」
星見さんは、するりと僕の質問を流し、逆に質問を返してくる。きっとそれは彼女にとって簡単に答えられるような質問じゃないのだろう。僕はそれを悟り、自らの疑問を忘れ、彼女の質問に答えようとする。
――とはいっても、僕の方も簡単に答えられるような質問じゃないな。
仲違いした理由。というよりも、僕が一方的に彼に強い罪悪感を抱いた理由。それに答えてしまったら、僕はきっと今まで彼女に隠していた気持ちまで伝えなければならない。しかも、それを伝えたところで、この恋は、彼女の言葉が本当なら、成就する確率はゼロなのだ。考えれば考えるほど、僕がこの質問に答えるべき理由は存在しなかった。
――でも、海斗は告白したのか。
けれどもそこで、ふと僕は親友のことを思い出す。そうだ。きっとここで自分が何も行動しなかったら、僕は親友と同じ土俵に立てない。
伝えよう、そう決心したとき、僕の心臓は跳ね上がるように鼓動した。ドクン、ドクンと流れ込む血液が、徐々に体の温度を向上させる。僕は、額ににじむ汗を感じながら、声が震えぬよう気を付け、言った。
「あの、あれだよ。海斗とさ。好きな人が同じだったんだよ。海斗の気持ちを知っても、ずっとそれを黙っていたから、ずっと海斗が怒っていると思ったんだ。まあ結局僕の恋も成就しないみたいだけど」
「え、あ、そうなんだ。つまり、どういうこと?」
跳ね上がるように、しきりに体に血液を送り込む心臓。スマホを持っていられないほど、震えを繰り返す手。それらすべてを抑え込んで、僕は言った。
「僕もさ、星見さんのことが好きなんだ」
驚いたのか、星見さんは少しだけ間を開けた後、静かに僕の言葉に言葉を返す。
「ごめんね。私は平谷くんとも付き合うことができない」
決して濁すこともなく、はっきりとした様子で彼女は、僕にこう言った。わかっていた結果がそのまま返ってきたのにも関わらず、精神的なダメージを受ける自分。やはり人間はどんなに確率が低くても、なんだかんだ理想的な結果を期待する生き物なのだと痛感した。
「ねえ星見さん。僕がさ。君のことを好きで、こうして思いを伝えても、星見さんは、自分が付き合おうとしない理由を教えてくれないの? 十分さ。聞く資格は持っていると思うんだ」
僕は、そう尋ねた。きっとずるい聞き方なんだと思う。振った罪悪感にかこつけて、彼女のテリトリーに踏み入ろうとしている。この電話が終わったら、僕はきっと、この前ほどではなくとも激しい罪悪感に襲われるだろう。しかし、それでも気になってしまったのだ。きっと、理由もわからずに諦められぬほど、僕にとってこの恋は簡単なものじゃなかったのだろう。
しかし、彼女は、結局僕の質問に答えることはなかった。彼女は、質問に答える代わりに、こう言ったのだ。
「ごめん、平谷君。確かに、私は君に理由を伝える義務があると思う。でも、どうしても勇気が出ないんだ。これをもし伝えてしまったら、平谷君も東根君も、みんな私の周りからいなくなる、そんな気がしてならないんだ。本当にみっともないよね。平谷君にいろいろ言っても、本当に真実に対して怯えてるのはさ、私なんだよ」
あの晩、彼女が言った言葉は、さびしそうに震える彼女の声とともに、いつまでも僕の耳に残っていた。彼女がどれほど辛い真実を抱えて生きているのか、僕には想像がつかなかった、だが、彼女が、それと向き合ううえで苦しんでいることだけは理解することができた。きっとその苦しみは、この傷について多くの知識を持っていたことにも関わってくることなのだろう。
この一件が終わってから、僕と星見さんは、よく二人で海斗のお見舞いに行くようになった。星見さんは、僕と海斗の告白を受けても今までと変わらずに接してくれたので、僕らはまたこの三人で同じ時間を過ごすようになった。僕たち三人は再び友達に戻ることができたのだ。
しかし、星見さんと今まで通りの友人として付き合っていても、いまだに彼女への思いを捨てきれない自分がいた。『付き合うことはできない』はっきりとそう言われたのにもかかわらず、いまだにどこかで、いつか彼女と思いが通じ合うことができるのではないかと考えてしまう自分がいたのだ。
――せめて、彼女の抱えている真実が分かれば諦められるかもしれないのに。
そのような思いを抱えながら一か月の時が過ぎる。すると、僕は意外な形で彼女の真実を手にすることになった。星見さん以外の口から、あまりにも唐突に、その真実は言葉として発せられた。今思えば、きっとそれは星見さんにとって、想定しうる中で最悪な形でのカミングアウトだっただろう。
互いに話したいことを話し終え、僕が家に帰ろうとすると、外はすっかり暗くなっていた。僕は海斗に対して『また来るよ』と伝え、病室を出た。行きとはうってかわり、帰りの心のうちの気分はとても晴れやかだった。この二週間、僕の心をきつくきつく縛り付けていたロープのようなもの。それがようやくほどかれたような気分だった。
病院のバス停からバスに乗り、まっすぐに家へ帰る。すると、帰り道の途中にスマホのバイブレーションが鳴った。星見さんからのメッセージだ。
『こんばんは。平谷君。東根君と仲直りはできた? 心配だったので連絡しちゃいました。午前中はたくさん口を挟んじゃってごめんなさい。でも、どうしても二人に仲直りして欲しかったんです。もし仲直りできていたなら連絡ください』
スマホからでも伝わるぐらい、あたたかくて優しいメールだった。ふと、僕は思う。もし仮に今日星見さんと出会っていなかったらどうなっていたのだろう。きっと、僕と海斗はいまだにすれ違ったままで、この夜空もきっと僕の目には今ほど美しく映らなかったのだろう。しっかり感謝しなければ。それに星見さんにはいろいろと聞いておかなくてはならないことがある。
僕は家に帰り、部屋に戻るとすぐに星見さんのスマホに電話をかけた。
「もしもし、平谷君? その、どうだった?」
彼女は、恐る恐る電話に出た。彼女は必死で言葉を選んで、僕の精神を変に追い詰めないよう、気を配っているようだった。その様子から、彼女がどれほど僕たちの関係を心配してくれていたのかが、よくわかった。
僕は言った。
「仲直りできたよ。おかげさまでね。心配おかけしました」
「ほんとに? 良かった。ずっと心配していたんだよ」
「うん。星見さんの言う通り、海斗は、あんな傷に書かれたようなこと思っていなかったよ」
「でしょ。でも東根君があんなこと思うわけないことぐらい平谷君だってわかってたじゃん? いやあ本当に良かった。今度二人で平谷君のところにお見舞い行こうね」
彼女は、声を弾ませてそう言った。彼女にとっては血もつながっていない他人と他人の仲直り。それを彼女はまるで自分のことのように喜んでくれた。
僕は、そんな彼女の様子を電話越しに感じ取りながら、ずっと、自分の疑問を彼女にぶつけるべきか悩んでいた。きっとこの質問は、彼女のプライベートへ土足でずかずかと入り込むようなものになるだろう。
「ねえ、星見さん」
しかし、僕はあふれ出る下世話な好奇心を抑えることができなかった。
「どうして星見さんは海斗のことを振ったの?」
少なくとも僕から見ていて星見さんが海斗のことを嫌っているようには見えなかった。むしろ海斗ならともかく、世の一般男性が告白に踏み切るほどには親しくなっていたのではないだろうか。だから僕は、海斗の告白が成就させる気のないものだったとしても、彼が振られたことは意外だった。とはいえ成功していて欲しくないと思っている自分はいたのだが。
「あーやっぱり海斗君言ったんだ。まあ親友だしそりゃ話すよね」
彼女は、気まずそうに声を発しながらそう言った。なんと答えたものか、必死で発すべき答えを探している様子だった。そして彼女は言った。
「うーん。なんかね。私は向いてないんだよ。付き合うことに。きっと、これからも誰かと付き合うことはないんだと思う。だから、断ったんだよね」
なるほど、海斗の言っていた『ちゃんと振られた』というのはこういうことか。きっと星見さんは、今僕に言った言葉を同じように海斗にも伝えたのだろう。『誰とも付き合うことはない』思いを寄せている人にこのようなことを口にされると、やはり精神的に来るものがあった。ぼくでさえ、これほどダメージを受けているのだから、直接星見さんに言葉をぶつけられたはずの海斗は、さらに辛かっただろう。
僕は尋ねる。
「どうして向いてないって思うの? 何か理由があるんでしょ」
「まあ、それは今度話すよ。それよりさ。なんで海斗君とそんなに仲違いしていたの? 仲直りさせてあげたんだから、それくらい聞く資格はあると思うんですけど」
星見さんは、するりと僕の質問を流し、逆に質問を返してくる。きっとそれは彼女にとって簡単に答えられるような質問じゃないのだろう。僕はそれを悟り、自らの疑問を忘れ、彼女の質問に答えようとする。
――とはいっても、僕の方も簡単に答えられるような質問じゃないな。
仲違いした理由。というよりも、僕が一方的に彼に強い罪悪感を抱いた理由。それに答えてしまったら、僕はきっと今まで彼女に隠していた気持ちまで伝えなければならない。しかも、それを伝えたところで、この恋は、彼女の言葉が本当なら、成就する確率はゼロなのだ。考えれば考えるほど、僕がこの質問に答えるべき理由は存在しなかった。
――でも、海斗は告白したのか。
けれどもそこで、ふと僕は親友のことを思い出す。そうだ。きっとここで自分が何も行動しなかったら、僕は親友と同じ土俵に立てない。
伝えよう、そう決心したとき、僕の心臓は跳ね上がるように鼓動した。ドクン、ドクンと流れ込む血液が、徐々に体の温度を向上させる。僕は、額ににじむ汗を感じながら、声が震えぬよう気を付け、言った。
「あの、あれだよ。海斗とさ。好きな人が同じだったんだよ。海斗の気持ちを知っても、ずっとそれを黙っていたから、ずっと海斗が怒っていると思ったんだ。まあ結局僕の恋も成就しないみたいだけど」
「え、あ、そうなんだ。つまり、どういうこと?」
跳ね上がるように、しきりに体に血液を送り込む心臓。スマホを持っていられないほど、震えを繰り返す手。それらすべてを抑え込んで、僕は言った。
「僕もさ、星見さんのことが好きなんだ」
驚いたのか、星見さんは少しだけ間を開けた後、静かに僕の言葉に言葉を返す。
「ごめんね。私は平谷くんとも付き合うことができない」
決して濁すこともなく、はっきりとした様子で彼女は、僕にこう言った。わかっていた結果がそのまま返ってきたのにも関わらず、精神的なダメージを受ける自分。やはり人間はどんなに確率が低くても、なんだかんだ理想的な結果を期待する生き物なのだと痛感した。
「ねえ星見さん。僕がさ。君のことを好きで、こうして思いを伝えても、星見さんは、自分が付き合おうとしない理由を教えてくれないの? 十分さ。聞く資格は持っていると思うんだ」
僕は、そう尋ねた。きっとずるい聞き方なんだと思う。振った罪悪感にかこつけて、彼女のテリトリーに踏み入ろうとしている。この電話が終わったら、僕はきっと、この前ほどではなくとも激しい罪悪感に襲われるだろう。しかし、それでも気になってしまったのだ。きっと、理由もわからずに諦められぬほど、僕にとってこの恋は簡単なものじゃなかったのだろう。
しかし、彼女は、結局僕の質問に答えることはなかった。彼女は、質問に答える代わりに、こう言ったのだ。
「ごめん、平谷君。確かに、私は君に理由を伝える義務があると思う。でも、どうしても勇気が出ないんだ。これをもし伝えてしまったら、平谷君も東根君も、みんな私の周りからいなくなる、そんな気がしてならないんだ。本当にみっともないよね。平谷君にいろいろ言っても、本当に真実に対して怯えてるのはさ、私なんだよ」
あの晩、彼女が言った言葉は、さびしそうに震える彼女の声とともに、いつまでも僕の耳に残っていた。彼女がどれほど辛い真実を抱えて生きているのか、僕には想像がつかなかった、だが、彼女が、それと向き合ううえで苦しんでいることだけは理解することができた。きっとその苦しみは、この傷について多くの知識を持っていたことにも関わってくることなのだろう。
この一件が終わってから、僕と星見さんは、よく二人で海斗のお見舞いに行くようになった。星見さんは、僕と海斗の告白を受けても今までと変わらずに接してくれたので、僕らはまたこの三人で同じ時間を過ごすようになった。僕たち三人は再び友達に戻ることができたのだ。
しかし、星見さんと今まで通りの友人として付き合っていても、いまだに彼女への思いを捨てきれない自分がいた。『付き合うことはできない』はっきりとそう言われたのにもかかわらず、いまだにどこかで、いつか彼女と思いが通じ合うことができるのではないかと考えてしまう自分がいたのだ。
――せめて、彼女の抱えている真実が分かれば諦められるかもしれないのに。
そのような思いを抱えながら一か月の時が過ぎる。すると、僕は意外な形で彼女の真実を手にすることになった。星見さん以外の口から、あまりにも唐突に、その真実は言葉として発せられた。今思えば、きっとそれは星見さんにとって、想定しうる中で最悪な形でのカミングアウトだっただろう。
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