キズアト

笹原うずら

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君が抱える荷物の重さ

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「いやあ、東根君、結構元気になっていてよかったね」

 夕日の沈む帰り道。オレンジ色に染まるコンクリートの上を二人で歩いていると、星見さんが言った。僕は彼女の言葉にこう返す。

「そうだね。もう少しで海斗も退院かあ。長かったような短かったような」
「ね。海斗君が退院して完全に歩けるようになったら、また三人で色々なところに行きたいね」
「うん」

 海斗が轢かれてしまった、花火大会の日。その際に聞こえていた、蝉の声がすっかりとなくなり、今では、草むらの鈴虫が、美しい音色を奏でている。

 そんな秋の音色に包まれながら、僕はずっとあることに思いを馳せていた。それは新しく来た転校生と、星見さんとの関係である。

 僕の思い過ごしでないとしたら、星見さんの様子を見るに、おそらく二人には何かがあった。それがどんなものだったのかは、想像はつかない。しかし、それがきっと二人の仲を深めるようなものでないことは、彼らの雰囲気から予想できた。

「ねえ星見さん」
「ん? 何?」

 僕は心のうちにある疑問を言葉に出そうとする。もちろん彼女のプライベートに踏み入ることへのためらいの気持ちはあった。だが、そんなためらいから、思いを口にできないようでは、きっと一生(無理な望みなのかもしれないが)彼女にとっての、特別になどなれないような気がした。

「もしかしてさ。星見さん。転校生との間に何かあったの?」

 すると、星見さんが歩いている足を止めた。もちろんそのまま距離をつめるわけにもいかないので、僕も歩みを止め、星見さんの方を見る。彼女は、笑顔を浮かべて、僕に尋ねた。

「どうして、分かったの?」
「また、その笑顔。星見さんさ。月下さんの話するとき、ほんとは笑ってないでしょ。なんとなくそんな気がする」

 彼女は、その笑顔を浮かべたまま、答える。

「そっか。鋭いんだね。相変わらず平谷君は、人のことを良く見てる。でも、教えてはあげないよ。確かに、昔あの子とはいろいろあったけど、教えてあげない」

 彼女の決意は固いようだった。けれども、ここで僕も引き下がるわけにはいかない。海斗と仲違いしたとき、僕は、彼女の支えがなければここまで関係を修復できなかった。それなのに、彼女が辛そうなときに、そのか細い背中を支えられないのだとしたら、僕は助けられっぱなしじゃないか。

「そうやっていつも、星見さんは、何も言ってくれないじゃないか。そんなに僕は信用がないの? これじゃあ今まで助けてもらったお礼もできない」
「信用してないわけじゃないよ」

 彼女は、僕の声にかぶせるようにして強くそう声を発した。そして彼女は続ける。

「そういうわけじゃ決してないんだ。信用してないわけじゃない。でもね。人のトラウマはさ。君の傷跡のように、外からは見えないように見えて、ほんとはとても痛々しいものなんだよ。だから、打ち明けないのは君のせいじゃない。過去を乗り越えられない私の責任なんだ。こんなに良くしてくれた友達に、こんな思いをさせても、どうしても打ち明けるのを恐れてしまう私の責任なんだよ」

 すると、彼女は、この話は終わりとばかりに、再び歩き始めた。もちろんそのまま、距離を離されるわけにも行かなかったので、僕は、彼女に歩幅を合わせてついて行った。

「今日の夕飯なんだろうね?」

 彼女は、夕焼けに染まる空を見つめながら言った。本当は、夕飯なんてさして気になってなどいない。そんなことはすぐに分かった。これは、ただ話を変えたいだけの話題。僕へ打ち明けることへの柔らかな拒絶。この言葉を受け入れたら、きっともう、この話を彼女から聞くことはできない。直観が僕の頭にそう告げた。

「うんそうだね。なんだろ」

 しかし、僕は、それをわかっていてもなお、その言葉を受け入れた。彼女の心を取りかこむ、めまいがするほど、高く高くそびえたつ壁。僕には、その壁を乗り越えようとする勇気がなかった。

「平谷君は優しいね」

 僕に聞かせる気がある言葉だったのかはわからない。しかし、星見さんは僕の言葉を聞くと、そのような言葉を呟いた。

 『優しい』その言葉は誉め言葉のはずなのに、僕の心にそれが届いても、ちっとも嬉しくなんてなかった。彼女の力になることができない。その無力さが悔しくて、切なくて、悲しくて。今は、そういう深い青色の感情が僕の心の器をいっぱいにして、ただただ嫌になるのだった。


 星見さんと月下さんとの間に何があったのか。それらは謎に包まれたままだったが、実際のところ、容姿がよく、社交的であった月下さんは、簡単にクラスの雰囲気になじむことができていた。また彼女は、転校してから一週間足らずで、ほとんどのクラスメイトと親しくなり、周りから一定の支持を得るようになった。きっとそう言った世渡りのスキルがとても高いんだろうなと思う。

 月下さんが十分にクラスに溶けこむと、自分のクラスにいるサッカー部の女子マネージャーが、今入院中の海斗も呼んでクラス会をしようと言い出した。入院中のクラスメイトに、新しくできた仲間を紹介する。そういった機会をわざわざ否定するものなど誰もいなかったし、何か機会があれば集まりたい年頃な高校生たちだったので、その会の日取りはすぐに決定した。

 海斗自身の人望もあってか、授業中いつも騒いでいる陽気な男子から、昼休みに勉強を教えあっている、おとなしめの女子まで、クラスのみんなが、そのクラス会の日の予定をしっかりと開けていた。けれど、その出席者のリストには、開催日まで、星見さんの名前が載ることはなかった。

 クラス会は、学校近くのお好み焼き屋でおこなわれた。席はくじによって決められ、偶然にも、僕が座った四人席には、このクラス会を企画してくれたサッカー部の女子マネージャーである矢内さんのほかに、僕の親友海斗と、月下湊さんが座っていた。

 しっかりと紹介することもないまま、今日の主役である二人をいきなり同じ席にしてよいものかとは思ったが、特にそういった話題には触れられることなく、クラス会は始まった。周りを見渡すと、意中の女子の隣を何とかキープする男子や、気の利いた人を装って権力ある女子の飲み物を注ぐ女子など、みんなそれぞれ忙しそうにしていて、自分が思っているよりも、みんながこのクラス会で抱いていた目的は多様化していたのだなと思った。

「うわあ、やっぱりこのクラスきっての、美男美女が並ぶと壮観だね。二人ともはじめましてなんだよね。自己紹介したら」

 いつも明るくて、クラスをまとめてくれる矢内さんが、二人を交互に見てそう言った。月下さんは、矢内さんの言葉を受けて、照れ笑いを浮かべながら口を開いた。いやらしさを全く感じさせないような純正な笑顔で、僕はその顔を見てなぜだか少し恐怖を覚えた。

「美人だなんてそんな。月下湊です。初めまして。東根海斗君だよね? よろしくお願いします」
「うん。ああ。よろしく。東根海斗です」

 海斗は、相変わらず無愛想な様子でそう言った。僕は、そんな海斗を見て呆れる。全く、昨日の夜、新しい恋を見つけると騒いでいたのは誰だったのか。

 そんな海斗の様子を見かねてか、矢内さんが、彼の紹介に付け足す。

「海斗君はさ。サッカー部の次期エース候補なんだよ。本当に上手だもんね」
「えーそうなんだ。かっこいいのにサッカーもできるんだ」

 月下さんが目を輝かせるようにして、海斗に対してそう言った。海斗は、月下さんの目線のほんの少し上を見るようにしながら、答える。

「そんなにすごくないよ。多分結構休んじゃったから、もう練習ついて行けないと思うし」
「あーそっか。どうして怪我しちゃったの?」
「まあ、色々あって」

 それから怪我の話などの話をしたり、月下さんの話をしたりと、僕たちの卓はそれなりの盛り上がりを見せていた。女子の前での海斗の会話能力は相変わらずであったが、月下さんの会話能力が高いおかげで、変に沈黙する時間や、話題を模索する時間もなかった。海斗には、意外と月下さんのような元気なタイプの方が合うのかもしれない。

「そういえば今日星見さんは来なかったよね? どうしたの?」

 会話のひと段落下したとき、矢内さんが、不意に思い出したように僕に聞いてきた。僕は答える。

「あーどうなんだろ。ちゃんと理由聞いてこなかったな。まあ普通に忙しかっただけだとは思うよ」
「何? 平谷君と京子さんは、仲いいの?」

 月下さんが持ち前の笑顔を向けて、僕にそう尋ねてきた。しかし、ぼくから見てなんだかその笑顔は先ほどよりも陰りがあるような気がした。それは僕が星見さんに、病室で僕らに向けた笑顔に抱いた感覚と同じようなものだった。

 僕は答える。

「うん。仲いいよ。この海斗と僕と星見さんでよく三人で遊びに行くんだ。そういえばさ。月下さんは星見さんと中学校一緒だったんだよね。中学校の時の星見さんってどんな感じだったの?」
「あ、それ私も気になる」

 矢内さんが僕の質問に同調し、月下さんの方を向く。月下さんは「えー」と困ったような笑いを浮かべながら言った。

「すごくまじめで、かわいいっていうよりはかっこいいって感じの子だったよ。いつも素直でみんなの話をよく聞いていて、でも、この高校に来てからずいぶん雰囲気変わったんだね。なんだか話しかけづらくなっちゃった」

 彼女はさびしそうな顔を浮かべながらそう言った。だが、その顔はなんだか作り物っぽくて、嘘めいていて、僕から見るとその顔は、ほんの少しだけ腹立たしく映るのだった。僕、そして海斗は、そんな月下さんの言葉に肯定も反論もせずにただ黙っているだけだった。

 すると矢内さんが、言葉を返した。

「そうなんだ。私あの星見さんしか知らなかったから意外だなあ。まあ確かに今の星見さんは話しかけづらいよね。あ、水なくなっちゃった」

 矢内さんは空のグラスを持ち、中の氷を口に含んだ。月下さんは、そんな様子を見ると立ち上がって言った。

「あ、私も水なくなったからグラス取ってくるよ。ドリンクバーたのんでたよね?何がいい?」
「ありがとう。じゃあオレンジジュースで」

 月下さんは、矢内さんの注文を聞くと、ドリンクのコーナーに向かっていった。月下さんが席を離れると、待っていましたとばかりに、矢内さんは、海斗のほうへ話を振った。

「で、どうですか海斗君。月下さんは」
「どうって何?」
「またまたとぼけちゃってさ。ありなの? なしなの?」

 矢内さんは、目をキラキラさせながら、畳みかけるように海斗に質問を重ねる。女子のこういった姿を生で見ると『すべての女子は恋バナが好き』という言説もあながち間違いでもないような気がしてくる。

「どうって言われてもなあ。まだ会ったばかりだし。星見さんの方がいい」
「何馬鹿なこと言ってるの。いつまでも過去の女追いかけないで、未来に目を向けなさいよ」

 どうやら海斗は、星見さんに振られたということは、サッカー部には広めていたようだ。ちなみにもちろん僕は誰にも打ち明けていない。

「だって結構はきはきしゃべる子じゃん。結構肉食っぽいし、ああいう明るいタイプをリードしていける自信ないよ」
「何? 海斗君ゴリゴリの草食系男子なのに、まだリードする気でいるの? あなたみたいなタイプは、女子にリードされて尻にしかれる方が絶対にうまくいくから」

 いかにもヘタレらしい言葉をつらつらと並べる海斗と、それを叱咤し続ける矢内さん。きっと海斗は今までの恋愛関係のことを結構矢内さんにも相談してきたのだろう。そんな様子がありありと思い浮かべられるほどに、矢内さんは、海斗のヘタレさをよく理解していた。

 叱咤される海斗、叱咤する矢内さん、その様子を聞きながら、静かにドリンクを飲み続ける僕。しばらくそうしていると、月下さんが向かったドリンクバーの方の動きに変化があった。ピアスをつけて、髪を茶色に染めたいかにも不良な高校生らしきグループが月下さんに絡んでいたのだ。これはまずいのではとあたりを見渡したが、席的に僕と矢内さん以外で、その様子をしっかりと見ることができる場所はない。

 ちなみに矢内さんは現状に気づいているのだろうか。そう思い、彼女の方を見ると、ちょうど彼女も気づいたらしく、視点をドリンクバーの方へ向けた。すると、彼女は何を思ったのか、にやりと何か企むような表情を浮かべ、海斗に言った。

「ねえ海斗君。ちょっと平谷君がトイレに忘れ物したかもだから、見てきてくれない?海斗君のほうが席出やすい位置だし」
「なんでだよ。今足悪いのに」
「いいじゃんリハビリだよ。それに平谷君だって海斗君に見てきて欲しいよね?」

 もちろん僕は、トイレになど何も忘れていないし、仮に忘れていたとしても松葉杖の海斗を行かせようとは思わない。だがそれでも、矢内さんの方から何にも形容できないほど苛烈で強い圧を感じ取れたので、僕は彼女に合わせた。

「うんそうだね。ちょっと席的に出づらいから入れてくれると嬉しいな。」
「あ、そうか、わかったよ。しょうがないなあ。和也が言うなら行ってくるわ」

 海斗は、そんな僕の言動を全く疑う様子もなく、トイレの方へ歩いて行った。松葉杖の海斗を騙し、わざわざ席を立たせてしまった罪悪感。そんな感情を覚えたので、僕は、声を小さくして矢内さんに尋ねる。

「ねえ、なんで海斗にわざわざ月下さんのところに行かせようとしたの?」

 トイレは、ドリンクバーの向こうにある。だからこそ、海斗をトイレに行かせたのは、矢内さんが海斗にドリンクバーの様子を見てもらうための方便であることは分かっていた。多分、今絡まれている月下さんを助けるためだろうが、僕には、そこにわざわざ怪我人の海斗を行かせる目的が分からなかった。

 矢内さんは目をキラキラさせながら、僕に答える。

「だってさ、あそこで絡まれてる月下さんを海斗君が助けたら一躍ヒーローだよ。もしかしたら恋始まっちゃうかもしれないじゃん。最近浮いた話が身の回りでないから退屈してたんだよね」

 僕は彼女の答えを聞いて思わず苦笑いした。やはりこの年の女子高生は、恋愛が至上の娯楽なんだろう、そう感じた。とはいえ、実際僕も、彼女の計画はある程度実現するとは思う。海斗はへたれという言葉をそのまま表現したような男だが、心の底には、確かな芯の強さが眠っている。きっと彼ならドリンクバーで絡まれている月下さんを見ても、見捨てるような真似はしないだろう。

 けれど僕は、そうだとしても、一つのことが気にかかって仕方がなかった。だから僕はそれを言葉にする。

「でも、そんなにうまくいくの? まだあの二人なんて、今日出会ったばっかりじゃん。たかだか一回助けられて、正義感ある人だなってなったくらいで、好きになったりするのかな?」

 矢内さんは僕の言葉を聞くと、一つ大きくため息をついた。そして、先ほどのキラキラした目とは打って変わって、世の現実をすべて悟ったような目をして、彼女は言った。

「わかってないなあ、平谷君は。大事なのは、海斗君の正義感とか彼のいいところを、月下さんにアピールすることじゃないよ。本当に大事なことは、イケメンが、偶然月下さんを助けたっていう事実を作ることなんだ。海斗君くらいのルックスがあったら、後はきっかけさえあれば、女子は恋に落ちるんだよ」
「そういうもんなのかあ」

 ドリンクバーの場所に海斗がたどり着く。僕と矢内さんは、そのあとの経過を、ただのんびりと眺めていた。月下さんに絡んでいた不良はしばらく、海斗と口論していたが、最終的に特に喧嘩に発展することもなく、彼らは自分たちの席へ戻っていった。不良たちも怪我人の海斗に恐れをなしたわけではないだろうが、クラス会であることを彼が伝えれば、大人数と問題になることを恐れてそれ以上絡みにはこないだろう。

 笑顔で海斗に対して、礼を言う月下さん。そんな彼女の方を見ながら、矢内さんは、呟くように僕に言った。

「それに、あの子は結構面食いだと思うよ」

 たった一言にも関わらず、その言葉はなぜだか得体のしれない強い衝撃を包括していた。女子って怖いな。僕は彼女の言葉に対して、曖昧な笑みを浮かべることでしか答えを返すことができなかった。


 それから結局、二人の関係は、矢内さんの思った通りとなった。月下さんは、このご飯会の後から少しずつ、海斗に対して、控えめではあるが、いくらかのアプローチをするようになっていった。次第に彼女は、海斗の病室に顔を出すようにもなり、僕が彼の見舞いに行ったとき、彼女と遭遇することも多くなった。お見舞いに来てくれる人が増えることは決して悪いことではない。海斗もきっと悪い気はしていないだろう。しかし、そんな月下さんとは対照的に、星見さんがお見舞いに来る回数は、どんどん減っていった。
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