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第39話 月宮殿と最後の試練

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【登場人物】
野咲のざきあずき……十二歳。小学六年生。日本とイギリスのハーフ。
おはぎ……黒猫。あずきの飼い猫。
西園寺祥子さいおんじしょうこ……ルナリア魔法学校中等部二年生。


「さぁ、ここが月の女王の住まう場所、月宮殿よ」
「これが月宮殿……」

 あずきは目の前の橋を眺めた。
 幅五十メートルくらいありそうなお堀に、西洋風の石畳が敷き詰められた橋が架けられている。
 欄干らんかんからお堀の中を覗き込むと、橋の上からでも分かるサイズの大きな魚が何匹も泳いでいるのが見える。
 どうやらこの橋を渡って行けということらしい。
 
 あずきは祥子と橋の先にある門に向かって歩きながら、全景を見渡した。 
 前方に見える石造りの門は白一色で、まるでバロック様式のような見事な意匠が施されていた。
 門は城壁と一体化されているようで、高さ二十メートルはありそうな石造りの城壁が左右に延々と、果てが確認できないくらい何百メートルも続いている。

 橋の手前側には普通に片側三車線の道路があって、地球と変わらず新型車も走っているのに、橋を向こう側はまるで中世のおもむきだ。

 そして突き当り、巨大な門の前に、西欧風の軍服を着た屈強そうな軍人が二人立っていた。
 
 実用品なのか威嚇用なのか、二人共、長さ二メートルはありそうな槍斧ハルバートを構えている。 
 すぐそばには交番サイズのポリスボックスが設置されており、中にはまだ四、五人警備兵が待機しているのが見える。
 何か事が起こったときには、この軍人たちが総出で取り押さえるのだろう。
 
 ――さっすが女王の居城だけあって、セキュリティは万全ね。

「そこで止まって用向きを言え!」

 門前の軍人に誰何すいかされる。
 持っている槍斧ハルバートが、あずきと祥子に向く。

「お待ちください。こちら『野咲のざきあずき』さん。初心者の試練に挑みし、初心者魔法使いビギナーですわ。そしてわたしは彼女をここまで案内してきたルナリア魔法学校中等部二年の西園寺祥子さいおんじしょうこ。連絡を受けていませんか?」

 武器を向けられても堂々と胸を張って受け答えをする祥子に、あずきは思わず尊敬の念を覚えた。
 
「大丈夫。話は聞いているよ、西園寺のお嬢様。はっはっは。これはただのサービスだよ。ほら、カッコいいだろ?」

 ポリスボックスから三十絡みの、ダークグレーのスリム型スーツを着た、アゴに薄っすら髭を生やしたダンディが出てきた。
 その動きに合わせて、さっきまで厳しい表情をしていた門番の軍人がニッコリ笑って、ガシャガシャ音を立てつつ道を開ける。
 どうやらこのダンディは、それなりに偉い人のようだ。

姉小路あねこうじのおじさま!」

 ――あれれ? 西園寺先輩の目にハートが浮かんでない? ひょっとして西園寺先輩、チョイ悪系に弱い?

「おじさまは魔法庁にお勤めだったはずでは? なぜこんなところに?」
「やぁ祥子クン。いや、実は昨日、かのリチャード=バロウズ氏から魔法庁に『明日孫娘が初心者の試練を受けるべく月宮殿に行くから案内を頼む』と直々に連絡を受けてね。それでわたしが、期待のルーキーを案内すべく駆り出されたというわけさ」

 ――おじいちゃん! 恥ずかしい……。

 あずきは顔を真っ赤にしながら姉小路を見た。

「キミが『野咲のざきあずき』クンだね。とんでもないルーキーが現れたと報告を受けているよ。魔法庁は上を下への大騒ぎさ。我々としては、是非とも来年、魔法学校に入って更なる魔法の研鑽に励んで欲しいところだが、そういうことを言われるとプレッシャーになってしまうかな?」

 ダンディの歯が白く光る。

「報告? ということは、やっぱり見ていたんですね? わたしの旅を」

 あずきが姉小路ダンディの目を真っ直ぐ見る。
 姉小路がニヤっと笑う。

「ルーキークンはなかなかに鋭い。隠すようなことでは無いから言うが、初心者の試練自体、魔法庁の管轄でね。分かってくれたまえ。魔法使いの人口は年々減っているんだ。初心者魔法使いには安全に月宮殿まで旅をして貰う。そしてその経験を元に魔法学校で本格的に魔法を学び、将来、魔法世界シャンバラを担っていただくというわけだ」

 ――安全に? 結構危険な旅だった気がするけど。

「さぁ、それでは行こうか。祥子クン、おばあさまによろしく伝えてくれたまえ」

 そう言って姉小路は門をくぐった。
 あずきも慌ててその後を付いていく。

「西園寺先輩、ありがとうございました!」
「頑張って。あなたならできるわ。あなたが戻ってくるまでに泥酔老人たちを起こしておくわね」

 笑顔の祥子に見送られて、あずきは門をくぐった。
 
 ◇◆◇◆◇ 

 真っ直ぐ進むと、二人は程なく大広間に着いた。
 天井に描かれたフレスコ画は宗教画に似ているが、天使ではなく月兎族ルナリアンがモチーフになっているのを見ると、どうやら月の歴史が描かれているようだ。
 きらびやかに光るシャンデリアが天井から幾つもぶら下がり、正面には赤い絨毯が敷かれた幅十メートルはありそうなほど広い、大理石製の大階段がある。
 両脇の手すりなど、顔が映るほどピカピカに磨かれている。
 壁際にズラリと並んだ、白亜の騎士や魔法使いの彫像は、おそらく月の英雄なのだろう。
  
 あずきはおのぼりさんのように、広間の真ん中でキョロキョロしていた。   
 あずきに付かず離れず歩いているおはぎの目も、まん丸だ。
 
「こっちだ、来たまえ!」

 いつの間にか姉小路が大階段の横に立って呼んでいる。
 あずきは慌てて、床に敷いてあるフカフカの絨毯を歩いて隣に行った。
 絨毯がフカフカすぎて、全く足音がしない。

「この大階段の裏にだね……」

 グルっと回ると、大階段の真下に像が一体立っていた。
 ヴェンティーマ・ゲート記念広場で見たものと同じモチーフ。 
 月の女神像だ。
 そして、像の前の床に何やら複雑な魔法陣が描かれている。

「表側にあって、誰かが間違えてダンジョンに入ってしまうと大変だから、こうして裏側に配置されているわけだ。面白いだろ」

 何が面白いのか分からないが、確かにパーティの招待客が間違えてダンジョンに送られちゃったら大変だ。

「さ、そこに立って」

 あずきは姉小路に促されるままに、魔法陣の上に立った。
 おはぎが黙って、あずきの肩に乗る。
 それを確認すると、姉小路は何か小声で呪文を唱え始めた。
 姉小路の呪文を受けて、魔法陣が淡く発光する。 

「では、最後の試練に行ってらっしゃい」

 姉小路が軽く手を振った。
 次の瞬間、あずきは光と共に、どこかへ転移した。
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