王道の裏もまた王道か

みるこ

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第一章

恥と審判

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*失禁表現・少々下品な表現があります*
 
 2人(1人と1匹?)に着いていくと、本当に同じ場所を歩いているのかと疑問に思うほど様子が異なっていた。純和風的な庭に堂々と立っていた桜の木は枯れているし、縁側も少し風化しているように見える。その後も通る部屋通る部屋が古ぼけた様子に変わっていて、複雑な気持ちではあるが俺がやらかした劇的ビフォーアフターはバレずに済んだ。
「君が見た様子とはだいぶ違うだろうね」
「……え? どうしてそれを?」
「君はもう少し自分の素直さを自覚した方が良い。顔に全て出ている」
「お前とは違って可愛げがあって良いじゃねぇかぁ~」
 そんなに驚きが表に出ていたのかと、少し恥ずかしくなった。三白眼で体も平均よりでかい俺を素直だとか、可愛げがあるとか、そんな擽ったい言葉で表現するのは今までカミヒロくらいだった。まあ全てバカにした言い方だったが。
「ほら、ここが応接間だ。……忘れ去られたものの1つだがな」
 そう言って少し慇懃無礼にも思えるくらいの綺麗な礼で案内された先には、蜘蛛の巣やホコリを被り朧気に光るシャンデリアや、元の色が見えないくらい風化したテーブルセット、脚が壊れたソファ等が置かれた広い部屋が広がっていた。壁紙や床はシミだらけで、かつてはフカフカだったであろう敷物はぺちゃんこで所々破れている。
「お化け屋敷?」
「お前さん良いこと言うじゃねえかぁ! ここはある意味亡霊共の根城だからなぁあ」
 どうだぁあ怖いだろぉおとわざと脅かすような声をあげる不思議生物に内心ドキドキしながら平静を取り繕う。もう高校生なのだからこんなことで叫ぶなんて有り得ない。
「早く来なさい」
「どわぁぁぁ!?」
 突然男の顔が間近に迫ったことで思わず叫びながらひっくり返ってしまいそうになった。すんでのところで男が腕を引っ張ってくれたから良いものの、そのまま後ろに倒れていれば床に直接頭をぶつけるとこだった。
「ギャッギャッギャッ!! やっぱり面白ぇえなぁあ!」
「一体何をしてるんだ1人で……とにかくこっちに座りなさい」
 先程の決意も虚しく、俺は野太い叫びを上げたこと、難なく助けられ終いには呆れられたことに若干落ち込みながら男に勧められるままソファに座った。脚が壊れているから何とも不安な座り心地ではあったが、案外フカフカだった。
「とりあえず、まずは私たちの自己紹介をしよう。私はシュウ。歳はそうだな……3桁を超えたあたりから数えるのをやめてしまったから分からないな」
 どうぞよろしく、と言う男にあぁこちらこそ、と返していると、遅れて衝撃がやってきた。
「いやいやいやなんでその見た目で年齢3桁? 20代後半くらいにしか見えないですけど!?」
「そんなこと言われてもこれが事実なのだからしょうがないだろう」
「渡り者ってのは皆こうなんだよぉお」
「ワタリモノ?」
「ルル、その話はもう少しあとにしよう」
「へいへいぃ~」
 また新しい概念が出てきたなと混乱しているのが分かったのか、男、シュウは話を本筋に戻した。ワタリモノとは、死人のことでは無いのだろうか……。
「んじゃぁオレだなぁ。オレはルルだぁあ」
「ル――」
「おっとまだ名前は呼ばないでくれよぉおお? 今縁が結ばれたらちと厄介だからなぁあ」
 何も考えず名前を復唱しようとした途端、不思議生物、ルルが俺の口を塞いできた。ひんやりとした手のひらの感覚に悪寒を感じ、黙ってコクコクと頷いた。
「お利口さぁあん」
 ルルはニヤッと笑いながら離れ、シュウの横にふよふよ浮いた。また何が何だかわからないが、とりあえず心の中でだけ名前を呼ぶことにしよう。

「さて、じゃあ次は君の名前を聞きたいとこだが、その前に尋ねなければいけないことがある」
シュウがそう切り出すと、突然空気が重くなった。初めて会った時のようなあの冷ややかな視線に、冷や汗が一筋額を流れていった。
「ルル」
「漏らしてもオレのせいにするなよぉおお?」
 謎の威圧感に動けず、呼吸までしづらくなった俺の前で、シュウがルルの名前を呼ぶと、突然ルルの身体が膨れ上がり眩い光に包まれた。
そのあまりに強い光に思わず目を閉じてしまい、少し経ってから目を開けてみると、目の前には形容しがたいナニかがいた。

 部屋全体をいつの間にか覆い尽くした闇の中、ソレはこちらをじっと見つめていた。ギョロりとした虹色の瞳が円形にいくつも連なり、虹彩の中に複数の瞳孔が蠢いている。
瞳の環の中心部には大きな合掌を組んだ手が浮かび上がり、それらを全て一周するように、青白く光り輝く水流が絶え間なく循環していた。
「目をそらしてはいけない。そのまま目の前のものを見つめ、これから尋ねることに正直に答えなさい」
「もし虚偽を述べようものなら、君は今度こそ死んでしまう。それも輪廻転生からは外れた場所で、この世の終わりまで彷徨うことになってしまう」
 心の底から湧き上がる恐怖、畏怖の念に、体がガタガタと震えだす。目の前のモノにとって、自分は取るに足らない存在なのだという敗北感も一瞬のうちに露と消え、ひたすら跪きながら生を望むために祈りを捧げたくなる。そんな圧倒的上位の存在に相対しているのだ。
いつの間にか後ろにいたシュウの言葉も耳から耳へ流れていき、今はただ、目の前のモノへ平伏したい気持ちだけがあった。
「さて、今の君はとても話せる状態ではないだろうから心の中で思うだけで良い」
「君は、私たちの敵対者か?」
 そんなわけはない。だってこんなものに俺が敵対できるわけがない! 今だって何もできずにただただ無様に股間を濡らすだけなのに、そんな俺に何ができるというのか。そもそも俺に何が起きているのかもわからないのに。
そう考えていると、目の前の瞳が全てこちらを向いた。虹彩の中にある大小さまざまな瞳孔も全て俺を見つめている。きっと今俺は品定めされているのだ。目覚めた時に考えた死後の裁判、それに似た何かがきっと今行われているのだ。
「では次に、君はどうやってここに来たか覚えているか?」
 じいっと瞳はこちらを見続けている。少しでも嘘をつこうものなら、絶対に許さないという強い意志をたたえた瞳が、俺の心の中まで監視している。
 早く質問に答えなければと焦れば焦るほど、考えがまとまらなくなる。どうしてここへ来たのか……自分の意思だったのか……いや、連れてこられたのか?
「俺は……突然刺されて……」
「ほぉ、もう話せるまで回復したか。君は刺されてここへ来たのか?」
「俺は、俺は、カミヒロを置いてきてしまった。突然、男に刺されて目覚めたらここだった」
「カミヒロ……。ではこれが最後の質問だ」
 シュウは一拍置いて、こう切り出した。

「君は、魔王を知っているか?」
 ……魔王。召喚された■■の行き着く先、星の贄、■■なモノ。そして……。
「シュウ、そこまでだ。私でも壊せないロックがかかっている。無理やりこじ開ければいくら渡り者といえども耐えられないだろう」
「……そうか、感謝する。では戻ってくれ」
「この対価はわかっているだろうな」
「ああ。相応のモノを用意しよう」
 今俺は何を考えていた? あれだけ震えていたはずなのに今は呼吸ひとつ乱れていない。それに、魔王という言葉を聞いてから自分が何を考えていたのか思い出せない。その一瞬だけが空白になっていて、意識を乗っ取られたかのような……。

 混乱の最中、またもあのまばゆい光が辺りを満たした。たまらず目をつぶり、そうして開けた時にはあのぼろい応接間に戻っていた。
「あーあやっぱり漏らしてやがるなあぁ」
「へ? ってうわまじかよ!」
「しょうがないだろう。お前の実体は本来人が見るものでは無いからな」
「まったくヒトの感性ってやつはわからねえぇな~! こんなに美しいのによぉ」
「てか何、何が起きたんだよ! って人んちで漏らした俺のがダメだ!」
「まあ少し落ち着きなさい。……今着替えを持ってこよう。ルル、綺麗にしてやってくれ」
「しゃあないなあぁ……ほれ!」
 ルルが指をパチンと慣らすと、股間に広がるあの不快感がきれいさっぱりなくなった。綺麗にしてくれたり着替えを取りに行ってくれるのは大変ありがたいのだが、ルルもシュウも特に変わりなく落ち着いていて、俺だけがまた置いてけぼりなのは解せない。
 それに、先程まで漏らすほどのとんでもない目にあっていたはずなのだが、なんでかあまりうまく思い出せないのも不思議だった。
「ま、気にするこたぁねぇえぜ~。シュウ、あいつも最初は漏らしてたからなあ」
 ギャッギャッと笑いながらルルは俺の肩へ寄ってきた。
「ああそうだ、もうオレの名前呼んでもいいぜぇ? お前さんはシロってわかったからなぁあ」
「シロ……? まあとりあえずありがとう? ルル」
「シュウ以外が呼ぶのは新鮮だなあおい! 良い気分のお礼に1つ良いことを教えてやろうかあ?」
「え、なんだよ良いことって」
「それはなあぁ、さっきシュウも最初は漏らしたって言っただろぉお? それがよぉ実は良い歳して今も漏らしてるんだぜぇぇ? ま、ションベンとは違うもんだけどなああ~」
「はぁ……? それのどこが良いことなんだよ」
「あぁ? そりゃあお前さんもいつかは――」
「そこまでだ。全く何馬鹿なことを言ってるんだお前は」
「オレは若人を導いてやってるだけだろぉぉ? なあシュウ、お前と同じようになぁ」
「……そうかわかった。今夜はなしだ」
「それはねえだろぉぉ! オレも腹減ってんだよぉお」
 良いことって言うから期待したのに訳の分からない話をされた挙句、シュウにも無視され始めたルルを思わずじとーっと見ていると、シュウは一言すまないと言いながら着替えを渡してくれた。本当に俺が着て良いのかと思う程、 
手触りの良いシャツにパンツだった。もちろん下着も同じ素材で、昔母さんが持っていた絹のハンカチに似ていた。
「それは君にあげるからとりあえず着替えておいで。そんなものしかなくてすまない」
「いやいやこんな良いものありがとうございます。じゃあとりあえず着替えてきます」
 そそくさとテーブルセットの後ろに回って着替えた。ルルが先ほど綺麗にしてくれたから元々身に着けていた服も綺麗ではあるのだが、そこは気持ちの問題だろう。きっとシュウもそれがわかるから着替えを寄越してくれたのだと思う。それに、いつまでも同じ服を着ているのは日本人である俺にとって精神衛生上あまりよろしくなかった。
「やはりサイズは大丈夫そうだな」
「ここらにあるもんが合わねえってこたあないだろうよぉ。屋敷が歓迎してやがるからな」
 シュウとルルはそう言って、俺をソファに手招いた。なんだか、漏らしてから2人の態度が柔らかくなった気がする。最初に感じたあの冷たさはもう見る影もなかった。
「さて、では自己紹介の続きをしよう。君のことを今度は聞かせてくれ」
「俺は田中博道。皆にはヒロって呼ばれることが多い。歳は17歳だ」
「では私たちもヒロと呼ばせてもらうことにしよう。よろしく」
「よろしくぅぅ」
「う、うん。こちらこそよろしく」
 2人と握手をし、簡素な自己紹介は一通り済んだ。なんだか思っていたよりスムーズに進行を深められている気がする。
「ではここからは話が長くなることだし、一度お茶を淹れよう」
「あぁ? お前キッチン使えるのかよぉ」
「いやまだ準備はできていない。だからヒロにおつかいを頼もうと思う」
「おつかい……? あぁなるほどなあぁ。お前にしては良い案じゃねえかぁ」
「いやいや、何2人で勝手に話してるんだよ! おつかいって何のことだ?」
「なんて事はない。ただ庭にある木の実を取ってきてもらうだけだ」
「気ぃ付けろよぉお? ここは亡霊の根城。何が起きるかわからねえからなぁ」
 怖がりのお前さんには無理かもなあとにやにや煽るルルに見事に乗せられてしまい、
「俺はまだやるって言ってないんだけど……。まあ良いや、とにかく木の実を取って来れば良いんだろ?」
 と言ってしまった。そうだ、ただ庭に行くだけなんだからなんてことはないだろう。……きっと大丈夫だ。
「では庭への道を案内しよう。こっちだ」
 シュウは優雅に立ち上がると、すたすたと歩き出した。俺は置いて行かれないように慌てて小走りで着いて行った。
一体庭には何があるのだろう。それに、ただの木の実をわざわざ俺に頼む理由は何なのだろう。いつまでも尽きぬ疑問を抱きながら、これまでのようにとりあえず2人に着いていった。
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