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第一章
はじめてのおつかい
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「さて、ここが庭への扉だ」
「中には入らないんですか?」
シュウは観音開きになっている木製の扉の前で立ち止まると、俺の背中をポンと押した。
「私たちはまだこの先に足を踏み入れにくいんだ」
「そうそう。めんどうなヤツらがいっぱいいるからなあぁ」
いつも明るい顔をしているルルがあっかんべぇをするように舌を出し、うげぇと言いながらシュウの肩に腰かけた。……てか舌の先割れてたのか。
「とにかくこの庭で今自由に動けるのは君くらいだろう。……多分」
「多分!? え、なんか襲われるとか無いよな!?」
「きっと君なら大丈夫だ。そうそう、取ってきてもらいたいものはこういう形のものだ」
いつもとは異なりどこか歯切れの悪いシュウに詰め寄るも、話を逸らされてしまう。そのまま俺の言葉を聞き流して黒い羽織の内側を探ったと思うと、絵が描かれた一枚の紙を取り出した。
「これがさっき言ってた木の実?」
「いつ見ても趣味わりぃいよなぁ。流石土のヤツだ」
「お前の趣味も大概だがな。とにかく、これを探してきて欲しい。近くに大きな木が一本あるはずだ。まあ、君なら行けばわかるだろう」
「そんなアバウトな感じ? まあ、とにかく行ってきます……」
「頑張れよぉお~」
「健闘を祈るよ」
緩く手を振る2人にぎこちなく手を振り返しながら、俺は庭へと足を踏み入れた。
あの2人の話しぶりから、とんでもなく不気味な場所なのかと思っていたが案外そんなことはなく、辺りにはイキイキと茎を伸ばして咲き誇る花や、カラフルな葉に覆われた低木、白いレンガで整えられた花壇等が美しく並んでいた。甘い香りが漂う中、整備された道をゆっくり歩く。上を見れば青い空……というわけではなく、中庭で見たような闇が広がっている。それにも関わらず立派に育っている植物たちはいったい何を栄養にしているのだろうか。あの2人が世話をしているとも考えにくいし……。
そんなことをつらつら考えながら歩いていると、辺りが一段と暗くなったような気がした。不思議に思い顔を上げると、俺を囲むように背の高い植物が並んでいた。それらは目覚めた部屋で見たうねうね動くものに似ていて、今も風が無いのにうねうねと脈打っていた。
「ひっ……! なんもないよな……?」
思わずひきつった声が出てしまう。何事もありませんようにと祈りながら足早に植物の隙間を通り抜けると、後ろからざわざわと葉擦れのような音がしてくる。少し気になって後ろをちらと伺ってみると、あの植物たちが横に伸びて、手を振るみたいにその茎らしきものを動かしているように見えた。それらを見なかったことにし、俺はただただ前進した。
「……ふぅ、もうあいつらはいない、よな?」
やったか? というセリフ並みに何かしらのフラグが立ちそうな呟きだったが、特にフィクションのような展開にはならず、もう後ろにあの植物たちは見えなかった。とにかく前へ進もうと早歩き、なんなら小走りで進んだおかげで、どうやら目的地にたどり着いたらしい。
目の前にはただ一本、大きな木が鎮座していた。ご神木のような太い幹に、縦横無尽に伸びる枝葉。少し下がって遠目に見ると、なんだか巨人が大きく手を広げているように見える。
「そうだ、木の実の確認」
俺はパンツのポケットにしまっていた紙をもう一度開いた。そこに描かれていたのは、スイカのように丸く、自然なものとは思えない斑点がたくさんついた絵で、木の実というよりは何かの果実のように感じる質感のものだった。
実物を見ていないから俺の感覚でしかないのだが、そう感じた。
「木はあったけど、肝心のコイツはどこにあるんだろ」
パッと見木の周りにそれらしきものは見当たらず、俺は辺りを歩き回ってみた。木の後ろやその奥まで歩いても、目当てのものは見当たらない。はてどうしようかと悩んでいたところ、木の後ろ側から、何か太い管のようなものが何本も伸びているのに気が付いた。
「何かの根っこ? いやチューブみたいにも見えるけど。とにかくたどってみるか」
なんとなくそうすべきだと、己の直感を頼りにその管を追ってみる。その管はとても長いようで、どんどん目印の木から離れていってしまった。
「一体どこまで続いてるんだか……」
俺は一人ぼやきながら、とにかくその管を追っていった。道中違うエリアに出たのか、現実ではあり得ないような大きさの花や植物が並ぶのを横目に、ひたすら管を辿る。
「やっっとついた!」
思わずうぉおおと叫び声を上げたくなるほど、長い距離を歩いた気がする。どれだけ広い庭なんだと悪態をつきたくなったが、今はとにかくゴールにたどり着いた喜びが大きかった。
「さて、これが2人が言ってた木の実か」
直感は当たっていたらしい。管を追ってたどり着いたところには、紙に描いてあった木の実がたくさん転がっており、それら全てがやはり管によってあの木と繋がっているようだった。
「帰り道迷う心配は無いとして、どうやって持っていくかな」
とても素手では切れそうにない太さの管にうんうん唸っていると、突然ぶつり、と音がし、一番近くにあった木の実の管が切れていた。
「なんだかわからないがとにかくラッキー! とりあえずこれ持って帰るか」
俺は悩みが解消されたことにとにかく喜び、バスケットボールくらいの大きさの木の実を抱えて来た道を帰ろうとした。行きとは違い帰りがわかっている分、気持ちはかなり楽だった。
「よし、この管をまた辿って帰るぞ」
そうして数歩歩いた瞬間強い風がビュオっと吹き、思わずたたらを踏んでしまった。危ない危ないと体勢を戻して前を見ると、道しるべにしようとしていた管が一斉に実から外れ、掃除機のコードのようにものすごい勢いでシュルシュルと戻って行くのが見えた。
「いやいやいや待ってくれよ俺の目印!!!」
俺はあわてて管を追いかけた。重い木の実を抱えながら猛ダッシュするのはかなりきつく、ゼーハー息を切らしながら必死に走る。
時折休憩とでも言うように動きを止める管に翻弄される様子は、はたから見たら猫じゃらしを追う猫とか、おもちゃを追いかける犬みたいなんだろうなとどうでも良いことを考えながら走っていると、あっという間に木のところへ戻ることができた。
「ぐぇぇええまじで疲れた~~!」
思わずここが外だということも忘れ、地面に大の字に倒れてしまった。ひんやりとした地面の感触が心地良く、大量の汗が体を伝うのもそのままに呼吸を整える。
「はぁっはぁっ……うあ゛あ゛~~きもちぃ~」
頭上に広がる闇を眺めながら火照った体を鎮めていると、さわさわと頬を心地良い風が撫でていった。
ある程度汗も乾き、何故かサラサラと綺麗なままのシャツがふわりと靡くのを他人事のように眺めながら、少し目を閉じる。
「ちょっと休憩……」
「おや、随分だらしない」
「うぉおお!?」
走った疲れと風の気持ちよさに目を閉じてまどろんでいると、突然頭上からそんな声がしてきた。それまでのまったりとした空気は霧散し、飛び起きて辺りを見渡すも、声の主はどこにも見当たらない。
「おやおや、随分品の無い、いや猛々しい叫び声ですね」
どこかこちらを馬鹿にしたような声が再度聞こえてきた方向を見ると、そこにはあの木が佇んでいた。
「まさか、この木が喋ってる?」
目覚めてから何度も不思議な出来事に出くわしてきたからある程度のことには慣れてきたつもりだったが、まさか植物に話しかけられるとは思っていなかった。恐る恐るその立派な幹に手を触れると、突然中央部分に縦線が走り、割れたかと思うと目玉のような模様が浮き出てきた。
「うわきもっ!!」
その目玉部分がぎょろりと俺のほうを向いたため驚いて手を引っ込めてしまった瞬間、くすくすと笑い声が聞こえてきて、先ほどの声の主が姿を現した。
「この子はもう話せませんよ。恩人に向かって随分な物言いですが、まあ君の滑稽さに免じて許してあげましょう」
再度くすくすと笑いながら俺の前に現れたのは、ふよふよと空中に浮かぶ小人だった。そう、ルルと同じような生物だ。
「あ、あんた誰なんだ」
「ああ、自己紹介がまだでしたね。僕はブラン。どうぞお見知りおきを」
そう言って優雅に礼をすると、にこりと微笑んだ。
「さて、君の名前は後で聞くとして、とりあえず戻りましょうか」
「え? 後で聞くって、てか戻るってどういうこと?」
よくわからない目の前の小人、ブランの発言に首をかしげている俺を放置して、ブランはさっさと屋敷の方へ進んでしまう。しかも頼まれていた木の実を持って。持っていかれては困ると、俺は慌ててその小さな背中を追いかけた。
最近、こんなのばっかりだなと心の中でぼやきながら。
「中には入らないんですか?」
シュウは観音開きになっている木製の扉の前で立ち止まると、俺の背中をポンと押した。
「私たちはまだこの先に足を踏み入れにくいんだ」
「そうそう。めんどうなヤツらがいっぱいいるからなあぁ」
いつも明るい顔をしているルルがあっかんべぇをするように舌を出し、うげぇと言いながらシュウの肩に腰かけた。……てか舌の先割れてたのか。
「とにかくこの庭で今自由に動けるのは君くらいだろう。……多分」
「多分!? え、なんか襲われるとか無いよな!?」
「きっと君なら大丈夫だ。そうそう、取ってきてもらいたいものはこういう形のものだ」
いつもとは異なりどこか歯切れの悪いシュウに詰め寄るも、話を逸らされてしまう。そのまま俺の言葉を聞き流して黒い羽織の内側を探ったと思うと、絵が描かれた一枚の紙を取り出した。
「これがさっき言ってた木の実?」
「いつ見ても趣味わりぃいよなぁ。流石土のヤツだ」
「お前の趣味も大概だがな。とにかく、これを探してきて欲しい。近くに大きな木が一本あるはずだ。まあ、君なら行けばわかるだろう」
「そんなアバウトな感じ? まあ、とにかく行ってきます……」
「頑張れよぉお~」
「健闘を祈るよ」
緩く手を振る2人にぎこちなく手を振り返しながら、俺は庭へと足を踏み入れた。
あの2人の話しぶりから、とんでもなく不気味な場所なのかと思っていたが案外そんなことはなく、辺りにはイキイキと茎を伸ばして咲き誇る花や、カラフルな葉に覆われた低木、白いレンガで整えられた花壇等が美しく並んでいた。甘い香りが漂う中、整備された道をゆっくり歩く。上を見れば青い空……というわけではなく、中庭で見たような闇が広がっている。それにも関わらず立派に育っている植物たちはいったい何を栄養にしているのだろうか。あの2人が世話をしているとも考えにくいし……。
そんなことをつらつら考えながら歩いていると、辺りが一段と暗くなったような気がした。不思議に思い顔を上げると、俺を囲むように背の高い植物が並んでいた。それらは目覚めた部屋で見たうねうね動くものに似ていて、今も風が無いのにうねうねと脈打っていた。
「ひっ……! なんもないよな……?」
思わずひきつった声が出てしまう。何事もありませんようにと祈りながら足早に植物の隙間を通り抜けると、後ろからざわざわと葉擦れのような音がしてくる。少し気になって後ろをちらと伺ってみると、あの植物たちが横に伸びて、手を振るみたいにその茎らしきものを動かしているように見えた。それらを見なかったことにし、俺はただただ前進した。
「……ふぅ、もうあいつらはいない、よな?」
やったか? というセリフ並みに何かしらのフラグが立ちそうな呟きだったが、特にフィクションのような展開にはならず、もう後ろにあの植物たちは見えなかった。とにかく前へ進もうと早歩き、なんなら小走りで進んだおかげで、どうやら目的地にたどり着いたらしい。
目の前にはただ一本、大きな木が鎮座していた。ご神木のような太い幹に、縦横無尽に伸びる枝葉。少し下がって遠目に見ると、なんだか巨人が大きく手を広げているように見える。
「そうだ、木の実の確認」
俺はパンツのポケットにしまっていた紙をもう一度開いた。そこに描かれていたのは、スイカのように丸く、自然なものとは思えない斑点がたくさんついた絵で、木の実というよりは何かの果実のように感じる質感のものだった。
実物を見ていないから俺の感覚でしかないのだが、そう感じた。
「木はあったけど、肝心のコイツはどこにあるんだろ」
パッと見木の周りにそれらしきものは見当たらず、俺は辺りを歩き回ってみた。木の後ろやその奥まで歩いても、目当てのものは見当たらない。はてどうしようかと悩んでいたところ、木の後ろ側から、何か太い管のようなものが何本も伸びているのに気が付いた。
「何かの根っこ? いやチューブみたいにも見えるけど。とにかくたどってみるか」
なんとなくそうすべきだと、己の直感を頼りにその管を追ってみる。その管はとても長いようで、どんどん目印の木から離れていってしまった。
「一体どこまで続いてるんだか……」
俺は一人ぼやきながら、とにかくその管を追っていった。道中違うエリアに出たのか、現実ではあり得ないような大きさの花や植物が並ぶのを横目に、ひたすら管を辿る。
「やっっとついた!」
思わずうぉおおと叫び声を上げたくなるほど、長い距離を歩いた気がする。どれだけ広い庭なんだと悪態をつきたくなったが、今はとにかくゴールにたどり着いた喜びが大きかった。
「さて、これが2人が言ってた木の実か」
直感は当たっていたらしい。管を追ってたどり着いたところには、紙に描いてあった木の実がたくさん転がっており、それら全てがやはり管によってあの木と繋がっているようだった。
「帰り道迷う心配は無いとして、どうやって持っていくかな」
とても素手では切れそうにない太さの管にうんうん唸っていると、突然ぶつり、と音がし、一番近くにあった木の実の管が切れていた。
「なんだかわからないがとにかくラッキー! とりあえずこれ持って帰るか」
俺は悩みが解消されたことにとにかく喜び、バスケットボールくらいの大きさの木の実を抱えて来た道を帰ろうとした。行きとは違い帰りがわかっている分、気持ちはかなり楽だった。
「よし、この管をまた辿って帰るぞ」
そうして数歩歩いた瞬間強い風がビュオっと吹き、思わずたたらを踏んでしまった。危ない危ないと体勢を戻して前を見ると、道しるべにしようとしていた管が一斉に実から外れ、掃除機のコードのようにものすごい勢いでシュルシュルと戻って行くのが見えた。
「いやいやいや待ってくれよ俺の目印!!!」
俺はあわてて管を追いかけた。重い木の実を抱えながら猛ダッシュするのはかなりきつく、ゼーハー息を切らしながら必死に走る。
時折休憩とでも言うように動きを止める管に翻弄される様子は、はたから見たら猫じゃらしを追う猫とか、おもちゃを追いかける犬みたいなんだろうなとどうでも良いことを考えながら走っていると、あっという間に木のところへ戻ることができた。
「ぐぇぇええまじで疲れた~~!」
思わずここが外だということも忘れ、地面に大の字に倒れてしまった。ひんやりとした地面の感触が心地良く、大量の汗が体を伝うのもそのままに呼吸を整える。
「はぁっはぁっ……うあ゛あ゛~~きもちぃ~」
頭上に広がる闇を眺めながら火照った体を鎮めていると、さわさわと頬を心地良い風が撫でていった。
ある程度汗も乾き、何故かサラサラと綺麗なままのシャツがふわりと靡くのを他人事のように眺めながら、少し目を閉じる。
「ちょっと休憩……」
「おや、随分だらしない」
「うぉおお!?」
走った疲れと風の気持ちよさに目を閉じてまどろんでいると、突然頭上からそんな声がしてきた。それまでのまったりとした空気は霧散し、飛び起きて辺りを見渡すも、声の主はどこにも見当たらない。
「おやおや、随分品の無い、いや猛々しい叫び声ですね」
どこかこちらを馬鹿にしたような声が再度聞こえてきた方向を見ると、そこにはあの木が佇んでいた。
「まさか、この木が喋ってる?」
目覚めてから何度も不思議な出来事に出くわしてきたからある程度のことには慣れてきたつもりだったが、まさか植物に話しかけられるとは思っていなかった。恐る恐るその立派な幹に手を触れると、突然中央部分に縦線が走り、割れたかと思うと目玉のような模様が浮き出てきた。
「うわきもっ!!」
その目玉部分がぎょろりと俺のほうを向いたため驚いて手を引っ込めてしまった瞬間、くすくすと笑い声が聞こえてきて、先ほどの声の主が姿を現した。
「この子はもう話せませんよ。恩人に向かって随分な物言いですが、まあ君の滑稽さに免じて許してあげましょう」
再度くすくすと笑いながら俺の前に現れたのは、ふよふよと空中に浮かぶ小人だった。そう、ルルと同じような生物だ。
「あ、あんた誰なんだ」
「ああ、自己紹介がまだでしたね。僕はブラン。どうぞお見知りおきを」
そう言って優雅に礼をすると、にこりと微笑んだ。
「さて、君の名前は後で聞くとして、とりあえず戻りましょうか」
「え? 後で聞くって、てか戻るってどういうこと?」
よくわからない目の前の小人、ブランの発言に首をかしげている俺を放置して、ブランはさっさと屋敷の方へ進んでしまう。しかも頼まれていた木の実を持って。持っていかれては困ると、俺は慌ててその小さな背中を追いかけた。
最近、こんなのばっかりだなと心の中でぼやきながら。
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