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第1章
18.ミケside
しおりを挟む久しぶりに学校に行くと、担任に呼ばれた。
「心配したんだぞ、連絡はないし、電話も繋がらないし」
「……すみません、体調が悪くて」
しおらしく言うと、まだ若い担任は溜め息をついた。
「……親御さんは、今は?」
「仕事が長引いてるらしくて…」
母親は仕事の都合で海外にいることになっている。
「そうか…、一度きちんとお話をさせて貰いたいんだけど、そういう事情じゃな…」
「すいません…」
「いや、おまえも大変だよな。なんかあったらすぐに言えよ?」
……言ったら、何してくれんの?
ありがとうございますと笑顔で言いながら、そんな事を思った。
……出席日数か
いくらテストでいい点とっても、そればっかりはどうにもならない。
バイトにかまけて進級できなかったら、それこそ元も子もないし…。
めんどくさいなぁと思いながら廊下を歩いていると、いきなり腕を掴まれた。
「―――っ!」
強引に空き教室に連れ込まれ、だんっと壁に背中を押しつけられる。
「痛っ…」
「次は担任をたらし込む気か?」
低い声。
「なんで電話にでない、」
掴んでいる手に力が籠もる。
「………」
その部屋には、普段は使われていない机や備品が置かれていた。
一つしかない小さな窓から申し訳程度に陽の光が差し込んでいる。
湿った空気と、カビくさい匂い。
「……言えないのか」
「……別に、なんか乗り気じゃなかったから」
目を逸らしながら答える。
「理由にならない」
「……いいじゃん、どうでも」
俺は何をイライラしてるんだろう。
「……よくないな」
「………!やめろよ…っ」
無理矢理抱きしめられて、身体に触れられる。
抵抗しようとした途端、唇を塞がれた。
「……っふ…やッ」
制服の中に手が入ってきた瞬間、鳥肌がたった。
慣れているはずのキスにも、身体にも、あの煙草の匂いにさえ嫌悪感を覚えた。
それから逃れたくて必死でもがいていると、河西は耳元で囁いた。
「……寺嶋と、随分仲がいいみたいじゃないか」
「………!」
「あいつと一緒だったんだろ?」
……こいつ、なんで…
一瞬ひるんだ俺の耳元で、河西が囁く。
「あいつのは、そんなによかったか?」
「……っ!」
力いっぱい突き飛ばす。
ガタンと大きな音が部屋に響いた。
「……あんた、何考えてんだよ。こんなとこ誰かに見られたら…」
「……そうだな」
河西は平然とした様子で俺を見た。
眼鏡の向こうにある、冷たい眼差し。
そこには温厚な教師ではなくて、俺がよく知っている彼がいた。
「………。電話にでなかったのは、しばらくあんたに会いたくないと思ったからだよ」
本心だった。
「それに忙しいんだよ、悪いけど。客はあんただけじゃないし?大体あんただって、俺と遊んでる場合じゃないんじゃないの?」
もう家で待ってるのは、嫁だけじゃないんだろ?
「……あいつには女がいるぞ」
「……だから何?関係ねえって」
じゃあね、と言って部屋を出る。
河西は追ってくるような事はしなかった。
「………」
チャイムの音、長い廊下、生徒達の声と、足音。
そこにはいつもの学校の風景があった。
手早く衣服の乱れを直しながら、そのなかを歩いていく。
まるで白昼夢でも見ているようだ。
しばらく動悸はおさまりそうになかった。
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